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56.ジョンの話
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56.
森のなかを歩いていくうちに、何か水の音が聞こえてきた。ほどなくして目の前に、とてつもなく大きな穴が、いや、地面から垂直に落ち込んだ崖が現れた。地面は崖となってそこで終わっているわけではなく、ぐるりと大きな円を描いていた。ずっと向こうの反対側には、流れてきた川が崖の下を目がけて垂直に落ちているのが見えた。周囲は大木で囲まれ、そこから無数のツルが伸びて、はるか下へと垂れ下がっていた。そして――。
「赤い鳥のいうことには」とサフソルムがいった。「ここを下って、一番下まで行かねばならない。しかし赤い鳥がここを下まで飛んでいくには障害物が多くて行くことができないのだ。よってここからは各自の力で向かわねばならない、とのこと」
大木の間から木でできた、長く細い橋が下に向かって何本も伸びていた。崖の垂直面からもたくさんの木でできた支えが作られていて、細い橋はそれらに支えられててぐるぐると弧を描き、崖下まで伸びているようだった。
だが、それらを上から見る分には下の方でぐちゃぐちゃに絡み合い、時に垂直に、時に間を空けて作られているのだった。
サフソルムがいった。「ここに木のソリがあるのだ」
瞬時に頭に血が巡って、顔が熱くなるのがわかった。「こいつをソリで下れって? 行けるわけないだろう? 冗談じゃない、下に着くころには命がないに決まってる!」
「歌うたい」サフソルムが静かにいった。「赤い鳥に失礼だぞ」
ぼくはうめき声をだした。
一台のソリをもらい、一つの橋の上に置いて座った。ベルナーもソリをもらい、少し離れた別の橋の上に座った。彼が大声を出した。「ここがワクワクランドか!」
「きみはどうするんだ?」ぼくは近くにいたネコに憮然として聞いた。
「オレさまはこの橋を駆けて下りてゆく。心配はいらぬ。ネコは高いところを飛ぶように駆けてゆくことができる」
「心配だって? 心配なのはこの橋だよ! そしてこの自分自身さ! 冗談じゃない、こんなところでこんなことをしている暇は……」
赤い鳥が後ろからギィと鳴いて、ぼくの背中を勢いよく押した。
「あああああ!」
木のソリはよく滑った。すぐ目の前に急降下しているところがあって、そこをあっという間に駆け下り、ソリは速さを増し、どんどん下に落ちていった。「助けて……!」
あまりにも速くなりすぎたソリを抑えるためか、時に橋は再び上を向いた。上りながらぐるりと弧を描いて進んで、ゆっくりとなったところで、また突然の下り坂が出現し、ソリは下を向き、とんでもない速度で走っていった。
ぼくは叫び声をあげ続けていた。そうするより仕方なかった。ソリの下はときにガタガタいい、ときに橋が途切れたところを勢いよく飛んだ……。
やがて、地面にいよいよ近づいてきたというところで、ソリは大きく上がっては後ろ向きに下がり、そしてそのまま後ろ向きに上がった。揺りかごのように、下がっては上がってを繰り返し、徐々に速度を落としていった。
ソリがついに地面にとまったとき、ぼくは立ち上がることができず、そこにそのまま突っ伏した。
別の方向からウォーだとかワァァーだとかヒュゥゥーだとかの声を聞いた。ソリが滑ってきて、だんだん音が小さくなって、やがて止まる音がした。いくらかするとベルナーと思われる足音が近づいてきた。「だいじょうぶか?」
ぼくは答えなかった。鼻から涙がでそうだった。目を開けることもなく、じっとしていた。
「……ああ、これはすごい。これは美しい。ジョン、これを見て」
ベルナーの言葉にも目が開けられないでいたが、そこへトン、トン、トン、トンという音が遠くから近づいてきて、不意にドシンと背中に重みが加わった。「ぐぁっ」
「何をのんびりやっておるのだ、歌うたい。早く立て、なかに入るぞ」
ぼくは何とかして目を開けた。するとそこには緑色の宝石でできた立派な屋敷が建っていたのだった。
森のなかを歩いていくうちに、何か水の音が聞こえてきた。ほどなくして目の前に、とてつもなく大きな穴が、いや、地面から垂直に落ち込んだ崖が現れた。地面は崖となってそこで終わっているわけではなく、ぐるりと大きな円を描いていた。ずっと向こうの反対側には、流れてきた川が崖の下を目がけて垂直に落ちているのが見えた。周囲は大木で囲まれ、そこから無数のツルが伸びて、はるか下へと垂れ下がっていた。そして――。
「赤い鳥のいうことには」とサフソルムがいった。「ここを下って、一番下まで行かねばならない。しかし赤い鳥がここを下まで飛んでいくには障害物が多くて行くことができないのだ。よってここからは各自の力で向かわねばならない、とのこと」
大木の間から木でできた、長く細い橋が下に向かって何本も伸びていた。崖の垂直面からもたくさんの木でできた支えが作られていて、細い橋はそれらに支えられててぐるぐると弧を描き、崖下まで伸びているようだった。
だが、それらを上から見る分には下の方でぐちゃぐちゃに絡み合い、時に垂直に、時に間を空けて作られているのだった。
サフソルムがいった。「ここに木のソリがあるのだ」
瞬時に頭に血が巡って、顔が熱くなるのがわかった。「こいつをソリで下れって? 行けるわけないだろう? 冗談じゃない、下に着くころには命がないに決まってる!」
「歌うたい」サフソルムが静かにいった。「赤い鳥に失礼だぞ」
ぼくはうめき声をだした。
一台のソリをもらい、一つの橋の上に置いて座った。ベルナーもソリをもらい、少し離れた別の橋の上に座った。彼が大声を出した。「ここがワクワクランドか!」
「きみはどうするんだ?」ぼくは近くにいたネコに憮然として聞いた。
「オレさまはこの橋を駆けて下りてゆく。心配はいらぬ。ネコは高いところを飛ぶように駆けてゆくことができる」
「心配だって? 心配なのはこの橋だよ! そしてこの自分自身さ! 冗談じゃない、こんなところでこんなことをしている暇は……」
赤い鳥が後ろからギィと鳴いて、ぼくの背中を勢いよく押した。
「あああああ!」
木のソリはよく滑った。すぐ目の前に急降下しているところがあって、そこをあっという間に駆け下り、ソリは速さを増し、どんどん下に落ちていった。「助けて……!」
あまりにも速くなりすぎたソリを抑えるためか、時に橋は再び上を向いた。上りながらぐるりと弧を描いて進んで、ゆっくりとなったところで、また突然の下り坂が出現し、ソリは下を向き、とんでもない速度で走っていった。
ぼくは叫び声をあげ続けていた。そうするより仕方なかった。ソリの下はときにガタガタいい、ときに橋が途切れたところを勢いよく飛んだ……。
やがて、地面にいよいよ近づいてきたというところで、ソリは大きく上がっては後ろ向きに下がり、そしてそのまま後ろ向きに上がった。揺りかごのように、下がっては上がってを繰り返し、徐々に速度を落としていった。
ソリがついに地面にとまったとき、ぼくは立ち上がることができず、そこにそのまま突っ伏した。
別の方向からウォーだとかワァァーだとかヒュゥゥーだとかの声を聞いた。ソリが滑ってきて、だんだん音が小さくなって、やがて止まる音がした。いくらかするとベルナーと思われる足音が近づいてきた。「だいじょうぶか?」
ぼくは答えなかった。鼻から涙がでそうだった。目を開けることもなく、じっとしていた。
「……ああ、これはすごい。これは美しい。ジョン、これを見て」
ベルナーの言葉にも目が開けられないでいたが、そこへトン、トン、トン、トンという音が遠くから近づいてきて、不意にドシンと背中に重みが加わった。「ぐぁっ」
「何をのんびりやっておるのだ、歌うたい。早く立て、なかに入るぞ」
ぼくは何とかして目を開けた。するとそこには緑色の宝石でできた立派な屋敷が建っていたのだった。
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