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46.マグナスとマリオンの話
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46.マグナスとマリオンの話
百近くの数の犬たちが匂いを嗅ぎつけ、唸り声をあげるにつれ、庭にいる荒野の者たちがざわつき始めていた。
明かりを持ち、犬を従えているのは兄弟たちだけでなかった。何十という雇われの者たちも犬を扱い、兄弟の指示に従おうとしていた。
犬たちは主人たちからの、解き放たれて攻撃する合図をじっと待っていた。たいそう大切にされているわけでもなかった犬たちはいまここで日頃の鬱憤を晴らさんとするかのようだった。
荒野の者たちは臆病ではなかったうえに、今夜は特別に全員がまとまり、何かを成し遂げたい気持ちが高まっていた。どこからそんな気持ちが湧いてくるのかは自分たちでは分からないことであったが、こちらへとやってくる一団に向けて身を低くして身構えていた。一方で何割かが自分たちで作った塔に上り始めた。
マリオンは月明りの下、それを認めていった。「彼らが登りだした。けっこうな数だわ」
マグナスも様子を眺め、「あんなにいるとなると、こちらからは塔を壊せなくなった」といった。
「庭にこんなおかしなものを作って、時をとめて、全てイェンドートたちの嫌がらせだと思っていたけれど……」マリオンは慎重な声でいった。
「彼らのやることは理解できないさ」
大変な数の生き物がいるにも関わらず、不意に静かな瞬間が訪れた。そして犬を扱う誰かが口笛を鋭く吹いたときにそれが合図となって、犬たちは無数の、虫の好かない連中に襲い掛かっていった。
マリオンのすばらしく良い耳には犬たちと荒野の者たちとが戦い、叫び声をあげ、お互いを傷つける音が目に見えるように届いた。
マリオンは壁に隠れながら、視線を庭ではなく、月明りの下、少し離れたところに立っている大きな影を眺めた。
「兄弟のところへ行ってくるわ。私が出ていけば少しは狂気も収まるかしら」
二人は屋敷の一階へと赴き、マグナスは屋敷に潜んだままで、マリオンだけが庭に面した扉を開けて外に出た。
辺りは血や獣の匂いに満ちていた。そのなかを赤いドレスのマリオンが静かに黙々と歩いていった。屋敷の端の塔にとまっていたカラスが飛び立ち、マリオンの上を静かについていった。
マリオンの姿に気が付いても犬たちは目もくれなかった。我を失ったかのような荒野の者たちが時々マリオンに襲い掛かってきたが、うまく避けた。
やがて明かりを手にしている、人間の一団の前にたどりついた。
マリオンは「弟の子供たちは?」と尋ねた。
きちんとした、良い服を着た青年が二人、前に出た。「こうしてお目にかかれるとは。マリオンおばさん」
「今日は話をしにきたの」
「初めてお会いした。そうだろう、エレク?」一人がもう一人にいった。
「そうだよ、フレド。正直、言葉が通じるとは思ってなかった。手紙を出しても無しのつぶてだったから」
マリオンの目に二人の顔は同じに見えた。
「残念だけど」とマリオンはいった。「やっぱり、ここをあなたたちに譲ることはできないわ。いったいどうしたらあなたたちがここを諦めてくれるのかと考えているの。あの怪物にもここへは来てほしくない」
ああ、そりゃそうだ、と一人がいった。「あの怪物、って名前があるんだよ、おばさん。エレクフレドさ」
二人はひとしきり笑った。
「つまり、フレドもエレクもエレクフレドも、三人ともおばさんの甥ってことさ。甥っこたちに屋敷を譲ることにどうして問題が?」
「私たちが住んでいる」マリオンは少し気持ちが揺れるのを感じながら答えた。
「そうだけど、もうおばさんたちには出ていってもらって甥っこたちに屋敷を譲るってこと」
二人のうちの一人がそういって、もう一人が後を続けた。
「それを何度も手紙でいってるんだよ。それに今日はこんなにおかしな連中を味方につけて。ごらんよ、犬たちが大変なことになってる。いったい何人雇ったんだい? こんなことをするなんて。ひどいよ、おばさん」
心のなかの何かを必死で我慢して、マリオンはもう一度いった。「あなたたち全員に、この先も引き取ってもらうには私はどうしたらいいの?」
双子の兄弟は顔を見合わせた。
「おばさんが譲ってくれないのならここを壊そうと思う。そうだろう、エレク?」
「そうだな、フレド。壊して新しいのを建てたらいい。エレクフレドが壊してくれるよ。全てを新しくしたらいいさ。建物も新しく、住む者も新しく。まぁ、おばさんの答えがそういうことならエリクフレドだけ残して帰るとするよ」
マリオンが我慢していた心の何かがついに弾けて、それを抑えていた冷静さは吹き飛び、彼女は突如大きな白銀色の獣となって二人に飛びかかっていた。兄弟はあっという間に倒されて、大きなオオカミの下敷きになった。ほかの取り巻きがすぐに武器を持ったが大ガラスが彼らを急襲した。
カラスが大きく一鳴きすると、オオカミは少し我に返った。
人間の誰かが犬を呼び戻す口笛を吹いた。
オオカミのままのマリオンは踏みつけていた兄弟から離れ、大ガラスと共に一目散に屋敷へと走り、犬たちは一斉に人間たちのほうへと戻っていった。
カラスは再び屋敷の塔へと舞い戻り、マリオンはマグナスの開けた扉へ駆け込んで、扉はすぐに閉められた。
不穏な咆哮が空にこだまし、長く響き続けた。
百近くの数の犬たちが匂いを嗅ぎつけ、唸り声をあげるにつれ、庭にいる荒野の者たちがざわつき始めていた。
明かりを持ち、犬を従えているのは兄弟たちだけでなかった。何十という雇われの者たちも犬を扱い、兄弟の指示に従おうとしていた。
犬たちは主人たちからの、解き放たれて攻撃する合図をじっと待っていた。たいそう大切にされているわけでもなかった犬たちはいまここで日頃の鬱憤を晴らさんとするかのようだった。
荒野の者たちは臆病ではなかったうえに、今夜は特別に全員がまとまり、何かを成し遂げたい気持ちが高まっていた。どこからそんな気持ちが湧いてくるのかは自分たちでは分からないことであったが、こちらへとやってくる一団に向けて身を低くして身構えていた。一方で何割かが自分たちで作った塔に上り始めた。
マリオンは月明りの下、それを認めていった。「彼らが登りだした。けっこうな数だわ」
マグナスも様子を眺め、「あんなにいるとなると、こちらからは塔を壊せなくなった」といった。
「庭にこんなおかしなものを作って、時をとめて、全てイェンドートたちの嫌がらせだと思っていたけれど……」マリオンは慎重な声でいった。
「彼らのやることは理解できないさ」
大変な数の生き物がいるにも関わらず、不意に静かな瞬間が訪れた。そして犬を扱う誰かが口笛を鋭く吹いたときにそれが合図となって、犬たちは無数の、虫の好かない連中に襲い掛かっていった。
マリオンのすばらしく良い耳には犬たちと荒野の者たちとが戦い、叫び声をあげ、お互いを傷つける音が目に見えるように届いた。
マリオンは壁に隠れながら、視線を庭ではなく、月明りの下、少し離れたところに立っている大きな影を眺めた。
「兄弟のところへ行ってくるわ。私が出ていけば少しは狂気も収まるかしら」
二人は屋敷の一階へと赴き、マグナスは屋敷に潜んだままで、マリオンだけが庭に面した扉を開けて外に出た。
辺りは血や獣の匂いに満ちていた。そのなかを赤いドレスのマリオンが静かに黙々と歩いていった。屋敷の端の塔にとまっていたカラスが飛び立ち、マリオンの上を静かについていった。
マリオンの姿に気が付いても犬たちは目もくれなかった。我を失ったかのような荒野の者たちが時々マリオンに襲い掛かってきたが、うまく避けた。
やがて明かりを手にしている、人間の一団の前にたどりついた。
マリオンは「弟の子供たちは?」と尋ねた。
きちんとした、良い服を着た青年が二人、前に出た。「こうしてお目にかかれるとは。マリオンおばさん」
「今日は話をしにきたの」
「初めてお会いした。そうだろう、エレク?」一人がもう一人にいった。
「そうだよ、フレド。正直、言葉が通じるとは思ってなかった。手紙を出しても無しのつぶてだったから」
マリオンの目に二人の顔は同じに見えた。
「残念だけど」とマリオンはいった。「やっぱり、ここをあなたたちに譲ることはできないわ。いったいどうしたらあなたたちがここを諦めてくれるのかと考えているの。あの怪物にもここへは来てほしくない」
ああ、そりゃそうだ、と一人がいった。「あの怪物、って名前があるんだよ、おばさん。エレクフレドさ」
二人はひとしきり笑った。
「つまり、フレドもエレクもエレクフレドも、三人ともおばさんの甥ってことさ。甥っこたちに屋敷を譲ることにどうして問題が?」
「私たちが住んでいる」マリオンは少し気持ちが揺れるのを感じながら答えた。
「そうだけど、もうおばさんたちには出ていってもらって甥っこたちに屋敷を譲るってこと」
二人のうちの一人がそういって、もう一人が後を続けた。
「それを何度も手紙でいってるんだよ。それに今日はこんなにおかしな連中を味方につけて。ごらんよ、犬たちが大変なことになってる。いったい何人雇ったんだい? こんなことをするなんて。ひどいよ、おばさん」
心のなかの何かを必死で我慢して、マリオンはもう一度いった。「あなたたち全員に、この先も引き取ってもらうには私はどうしたらいいの?」
双子の兄弟は顔を見合わせた。
「おばさんが譲ってくれないのならここを壊そうと思う。そうだろう、エレク?」
「そうだな、フレド。壊して新しいのを建てたらいい。エレクフレドが壊してくれるよ。全てを新しくしたらいいさ。建物も新しく、住む者も新しく。まぁ、おばさんの答えがそういうことならエリクフレドだけ残して帰るとするよ」
マリオンが我慢していた心の何かがついに弾けて、それを抑えていた冷静さは吹き飛び、彼女は突如大きな白銀色の獣となって二人に飛びかかっていた。兄弟はあっという間に倒されて、大きなオオカミの下敷きになった。ほかの取り巻きがすぐに武器を持ったが大ガラスが彼らを急襲した。
カラスが大きく一鳴きすると、オオカミは少し我に返った。
人間の誰かが犬を呼び戻す口笛を吹いた。
オオカミのままのマリオンは踏みつけていた兄弟から離れ、大ガラスと共に一目散に屋敷へと走り、犬たちは一斉に人間たちのほうへと戻っていった。
カラスは再び屋敷の塔へと舞い戻り、マリオンはマグナスの開けた扉へ駆け込んで、扉はすぐに閉められた。
不穏な咆哮が空にこだまし、長く響き続けた。
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