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45.マグナスとマリオンの話
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45.マグナスとマリオンの話
不器用に組み上げられた木の塔には相変わらず、月らしきものが引っかかったままでいた。時間は過ぎているのか、それとも止まったままなのか、マグナスたちに判別することはできなかった。
二人は窓から外を眺め、時折、夜目の利く鳥たちが飛びながらギャと鳴くのを聞いた。
「荒野の者たちは?」マリオンは尋ねた。
「彼らは庭のそこかしこで休んでるよ」
「ずっとここにいるつもりかしら」
マグナスは肩をすくめた。
「アリステアは安全なところへ行ったし、あなたの大変だった話も聞いた。私、決めたわ」マリオンが外に目をやりながらいった。「あいつを倒すことにした」
マグナスは黙ったままでいた。
マリオンは続けた。「あいつを倒して、この屋敷を奪われないようにしてから、あなたと一緒にアリステアのところへ行くことにした」
「あいつは普通の者では倒せないよ」マグナスが静かにいった。
「噛みついて穴をあけてやるわ。背中に飛び乗って、首根っこに噛みつくのはどう?」
マグナスは、さあ、といった。しばらく黙った後、「屋敷の塔に上がれるかい? それと必要なものがあって……」
「ええ。何をするの?」
マグナスとマリオンは屋敷の端に作られた塔へ向かった。螺旋状の階段をひたすら上がって、一番上の階にたどり着いた。大きな窓がついていて、そこからもいびつな木の塔を見ることができた。
マグナスは窓を開け放ち、外をじっと眺めていたが、そこへマリオンの耳に大きな羽ばたきの音が近づいてくるのが聞こえてきた。
月の光で近づいてくる大きな影がよく見えた。それは普通の大きさの何倍にもなる黒いカラスだった。
カラスは窓枠にとまった。マグナスがやぁ、来てくれたのかい?というと、しわがれた声で挨拶をした。
マグナスは用意した長いロープの端をカラスに渡すと、何かを小声で話した。カラスはそれを持って飛び、庭に作られた木の塔まで飛んで、木の間にロープをくぐらせた。カラスは垂れたロープをまた拾い上げ、別の間に差し込んだ。それを何度か繰り返し、木の塔にうまく括り付けた。
カラスはマグナスの元へ戻ってきて、もう一鳴きすると、身軽に屋根の上へ飛び乗った。マグナスは少し身を乗り出して屋根を見上げ、「まだしばらくいてくれるようだよ」といった。
やがてマリオンは馴染みの騒音がずっと遠くから聞こえてくるのを感じ取った。「来たわ」
騒音は鳴き声ともいえたが、動物の声ではなかった。嵐のような、強い風が狭いところを抜けていくときのような、耳障りで不安を掻き立てる音だった。
「犬たちの狂った鳴き声も聞こえてくる。何頭いるのかしら。五十、それとも百」
マグナスはその言葉に頷いた。「遠くにたくさんの松明が見える。霧も出てきた」
「前にいったことがあったかしら。おかしな話よ。弟の子供たちは人間であることを自負していて、私たちを退治して追い出すという話にいつの間にかすり替わったんだわ。昔から住んでいるのは私たちのほうなのに」
「彼らにとっては化け物退治というわけだ」
「本当の化け物は自分たちのくせに。あなたはどう思う? それにあいつの正体は何?」
「前にサフソルムと話してた。彼の意見では弟の子供たちの分身ではないかと。一見彼らは、犬と武器を持ち、賢い人間の見た目をしている。一方で人の見た目に収まりきらない部分があいつになった」
月明りが二本足で立つ、大きな黒い影を照らし出していた。
それは山のように大きく、体中から細かな霧を出して歩いていた。頭には二本の角が生え、顔も体も黒よりも暗い影の色をしていた。重さがあるようにもみえたが、身のこなしはしなやかで足音が聞こえることはまずなかった。目は赤くなっていて、時折不快な音と共に口を開けると、そこには燃え盛る炎が見えた。
姿を認めたマグナスがいった。「このロープで、最悪の場合……」
「最悪の場合って何?」
「普通の者じゃ倒せないよ。二人でこれを引っ張って、一部を壊せば塔は不安定になって崩れるかもしれない。捕まっている月が脱出し、時が動く。朝が来たら、あいつには退散してもらう」
「マグナス、私、あいつを倒したいのよ!」
「でもここもきみの一族も散々犠牲になってきた」マグナスはマリオンを見た。「弟の子供たちと話し合いを」
不器用に組み上げられた木の塔には相変わらず、月らしきものが引っかかったままでいた。時間は過ぎているのか、それとも止まったままなのか、マグナスたちに判別することはできなかった。
二人は窓から外を眺め、時折、夜目の利く鳥たちが飛びながらギャと鳴くのを聞いた。
「荒野の者たちは?」マリオンは尋ねた。
「彼らは庭のそこかしこで休んでるよ」
「ずっとここにいるつもりかしら」
マグナスは肩をすくめた。
「アリステアは安全なところへ行ったし、あなたの大変だった話も聞いた。私、決めたわ」マリオンが外に目をやりながらいった。「あいつを倒すことにした」
マグナスは黙ったままでいた。
マリオンは続けた。「あいつを倒して、この屋敷を奪われないようにしてから、あなたと一緒にアリステアのところへ行くことにした」
「あいつは普通の者では倒せないよ」マグナスが静かにいった。
「噛みついて穴をあけてやるわ。背中に飛び乗って、首根っこに噛みつくのはどう?」
マグナスは、さあ、といった。しばらく黙った後、「屋敷の塔に上がれるかい? それと必要なものがあって……」
「ええ。何をするの?」
マグナスとマリオンは屋敷の端に作られた塔へ向かった。螺旋状の階段をひたすら上がって、一番上の階にたどり着いた。大きな窓がついていて、そこからもいびつな木の塔を見ることができた。
マグナスは窓を開け放ち、外をじっと眺めていたが、そこへマリオンの耳に大きな羽ばたきの音が近づいてくるのが聞こえてきた。
月の光で近づいてくる大きな影がよく見えた。それは普通の大きさの何倍にもなる黒いカラスだった。
カラスは窓枠にとまった。マグナスがやぁ、来てくれたのかい?というと、しわがれた声で挨拶をした。
マグナスは用意した長いロープの端をカラスに渡すと、何かを小声で話した。カラスはそれを持って飛び、庭に作られた木の塔まで飛んで、木の間にロープをくぐらせた。カラスは垂れたロープをまた拾い上げ、別の間に差し込んだ。それを何度か繰り返し、木の塔にうまく括り付けた。
カラスはマグナスの元へ戻ってきて、もう一鳴きすると、身軽に屋根の上へ飛び乗った。マグナスは少し身を乗り出して屋根を見上げ、「まだしばらくいてくれるようだよ」といった。
やがてマリオンは馴染みの騒音がずっと遠くから聞こえてくるのを感じ取った。「来たわ」
騒音は鳴き声ともいえたが、動物の声ではなかった。嵐のような、強い風が狭いところを抜けていくときのような、耳障りで不安を掻き立てる音だった。
「犬たちの狂った鳴き声も聞こえてくる。何頭いるのかしら。五十、それとも百」
マグナスはその言葉に頷いた。「遠くにたくさんの松明が見える。霧も出てきた」
「前にいったことがあったかしら。おかしな話よ。弟の子供たちは人間であることを自負していて、私たちを退治して追い出すという話にいつの間にかすり替わったんだわ。昔から住んでいるのは私たちのほうなのに」
「彼らにとっては化け物退治というわけだ」
「本当の化け物は自分たちのくせに。あなたはどう思う? それにあいつの正体は何?」
「前にサフソルムと話してた。彼の意見では弟の子供たちの分身ではないかと。一見彼らは、犬と武器を持ち、賢い人間の見た目をしている。一方で人の見た目に収まりきらない部分があいつになった」
月明りが二本足で立つ、大きな黒い影を照らし出していた。
それは山のように大きく、体中から細かな霧を出して歩いていた。頭には二本の角が生え、顔も体も黒よりも暗い影の色をしていた。重さがあるようにもみえたが、身のこなしはしなやかで足音が聞こえることはまずなかった。目は赤くなっていて、時折不快な音と共に口を開けると、そこには燃え盛る炎が見えた。
姿を認めたマグナスがいった。「このロープで、最悪の場合……」
「最悪の場合って何?」
「普通の者じゃ倒せないよ。二人でこれを引っ張って、一部を壊せば塔は不安定になって崩れるかもしれない。捕まっている月が脱出し、時が動く。朝が来たら、あいつには退散してもらう」
「マグナス、私、あいつを倒したいのよ!」
「でもここもきみの一族も散々犠牲になってきた」マグナスはマリオンを見た。「弟の子供たちと話し合いを」
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