41 / 95
41.ジョンの話
しおりを挟む
41.
そこは古びた木の家だった。暖かなオレンジ色の明かりが壁に灯り、目の前に細長い廊下があって、その隣に小さくて急な階段があった。
「ここをのぼるのよ」レネアがいった。
サフソルムが身軽に駆け上がっていき、アリステアが続いた。レネアは楽しげにぼくを見た。「お先にいいかしら」
「もちろん、どうぞ」
ほっそりとしたレネアは注意深く小さな階段を上がり始め、真ん中あたりまで来ると振り返った。「この辺りから階段の奥を覗いてみて」
レネアが上り切った後、ぼくはいわれた通りに段の途中を覗き込んだ……。
はたして、そこには一つの宇宙が広がっていた。無限に続くような奥行きに目もくらむような高さと、どこまでも下りていけるような深さのある空間が存在していた。そしてそこには数えきれないほどの本が本棚に入れられて延々と積まれ、並んでいた。大中小、様々な大きさの、色とりどりに作られた本がぎっしりと。
内部はほんのりとした明かりで照らされていた。数えきれないほどのはしごや階段が本棚の間をつないでいるのが見えた。それらを使えば移動は自在にできるように思えた。この底なしの場所で動くのが苦にならなければの話だけど!
吸い込まれるように眺めた後で、げっそりした気持ちで顔をあげた。「この場所はぼくには無理だよ。胃がひっくり返りそうだ……。上へあがって、ここへ入るってわけ?」
「違うわよ、ジョン。みんな待ってる。早く上まで来て」
自分の体重で階段はぎいぎい鳴った。できる限りの早い動きで上へあがった。
ほかの三人は静かに歩けたが、ぼくだけは歩くたびに床がきしんだ。
短い廊下を抜けて、一つの扉の前に立った。
レネアが扉に手をかけた。「じゃあ、開けるわね」
ぎぃーといって開いた扉の向こう側は奥に長く、幅の狭い部屋になっていた。
真ん中には大きな木の桶のような、楕円形のテーブルのようなものが置かれていて、それが部屋のほとんどを占めていた。
外からのほの白い光が部屋全体を照らしていたが、部屋は十分に明るいとはいえなかった。
「連れてきたのかい? 明かりをつけよう」誰かの声がして、部屋に明かりがついた。
真ん中の物体の向こうに、暗い色のローブを着て、白髪に白髭の老人が立っていた。彼はこちらを見るとにやっと笑った。
奥に長い部屋の両隣は窓になっていて、窓に沿って棚があり、分厚い本や羽根ペン、インク、くるくると丸められた羊皮紙、紙の束、飲みかけのカップ、ものさし、拡大鏡、小さな箒が無造作に置かれていた。それに白いネコがいた。
白いネコはじっとこちらを見つめていた。サフソルムがさっと棚にあがり、白いネコにゆっくりと近づき、互いに鼻と鼻を寄せ合って挨拶をした。
サフソルムがいった。「シルヴィとゴールディアノだ」
ぼくは「シルヴィが白猫のほうだ。そうだろ?」といった。
サフソルムは眉をあげ、頷いた。続けてアリステアとぼくの名前を紹介し、それぞれがよろしく、といった。
「さて」ゴールディアノは両手をすり合わせた。「もう話はついているのかね?」
レネアはふふふ、と笑った。「少しだけ。でもほとんどまだよ。まずはこの不思議なものをジョンとアリステアに見せたいわ」
彼女は部屋の真ん中のほとんどを占めている物体のそばに寄った。
大きな楕円形をした、それの高さは大人の腰くらいまであって、真ん中が深いすり鉢状にへこんでいた。中心から放射線状に何本も線が入っていて、それらが静かに回転をしていた。縁には数字だとか、見たことのない文字だとかが並んでいて、それぞれが一方向に回転したかと思うと今度は逆向きに回転したりした。
その上にはいろんなものが浮かんでいた。緑や青、赤や紫の丸い物体に、輪を伴った丸い玉、雲みたいなもの、虹みたいなもの、眩しく光を放っている玉、半透明の固まり、螺旋状のもの、細長い線状のもの――。それらは単なる「物」には見えなかった。どこかの職人が木や金属で作った物には見えなかったのだ。それらは生き生きとして、楕円の空間のなかをゆっくりと、あるいは素早く、それぞれの速さで弧を描きながら自由自在に巡っていた。
窓の棚にシルヴィと共に仲良く座っているサフソルムがいった。「これに飛びかかりたい気持ちを抑えるのは苦労がいる。オレさまたちにとってはな」
そこは古びた木の家だった。暖かなオレンジ色の明かりが壁に灯り、目の前に細長い廊下があって、その隣に小さくて急な階段があった。
「ここをのぼるのよ」レネアがいった。
サフソルムが身軽に駆け上がっていき、アリステアが続いた。レネアは楽しげにぼくを見た。「お先にいいかしら」
「もちろん、どうぞ」
ほっそりとしたレネアは注意深く小さな階段を上がり始め、真ん中あたりまで来ると振り返った。「この辺りから階段の奥を覗いてみて」
レネアが上り切った後、ぼくはいわれた通りに段の途中を覗き込んだ……。
はたして、そこには一つの宇宙が広がっていた。無限に続くような奥行きに目もくらむような高さと、どこまでも下りていけるような深さのある空間が存在していた。そしてそこには数えきれないほどの本が本棚に入れられて延々と積まれ、並んでいた。大中小、様々な大きさの、色とりどりに作られた本がぎっしりと。
内部はほんのりとした明かりで照らされていた。数えきれないほどのはしごや階段が本棚の間をつないでいるのが見えた。それらを使えば移動は自在にできるように思えた。この底なしの場所で動くのが苦にならなければの話だけど!
吸い込まれるように眺めた後で、げっそりした気持ちで顔をあげた。「この場所はぼくには無理だよ。胃がひっくり返りそうだ……。上へあがって、ここへ入るってわけ?」
「違うわよ、ジョン。みんな待ってる。早く上まで来て」
自分の体重で階段はぎいぎい鳴った。できる限りの早い動きで上へあがった。
ほかの三人は静かに歩けたが、ぼくだけは歩くたびに床がきしんだ。
短い廊下を抜けて、一つの扉の前に立った。
レネアが扉に手をかけた。「じゃあ、開けるわね」
ぎぃーといって開いた扉の向こう側は奥に長く、幅の狭い部屋になっていた。
真ん中には大きな木の桶のような、楕円形のテーブルのようなものが置かれていて、それが部屋のほとんどを占めていた。
外からのほの白い光が部屋全体を照らしていたが、部屋は十分に明るいとはいえなかった。
「連れてきたのかい? 明かりをつけよう」誰かの声がして、部屋に明かりがついた。
真ん中の物体の向こうに、暗い色のローブを着て、白髪に白髭の老人が立っていた。彼はこちらを見るとにやっと笑った。
奥に長い部屋の両隣は窓になっていて、窓に沿って棚があり、分厚い本や羽根ペン、インク、くるくると丸められた羊皮紙、紙の束、飲みかけのカップ、ものさし、拡大鏡、小さな箒が無造作に置かれていた。それに白いネコがいた。
白いネコはじっとこちらを見つめていた。サフソルムがさっと棚にあがり、白いネコにゆっくりと近づき、互いに鼻と鼻を寄せ合って挨拶をした。
サフソルムがいった。「シルヴィとゴールディアノだ」
ぼくは「シルヴィが白猫のほうだ。そうだろ?」といった。
サフソルムは眉をあげ、頷いた。続けてアリステアとぼくの名前を紹介し、それぞれがよろしく、といった。
「さて」ゴールディアノは両手をすり合わせた。「もう話はついているのかね?」
レネアはふふふ、と笑った。「少しだけ。でもほとんどまだよ。まずはこの不思議なものをジョンとアリステアに見せたいわ」
彼女は部屋の真ん中のほとんどを占めている物体のそばに寄った。
大きな楕円形をした、それの高さは大人の腰くらいまであって、真ん中が深いすり鉢状にへこんでいた。中心から放射線状に何本も線が入っていて、それらが静かに回転をしていた。縁には数字だとか、見たことのない文字だとかが並んでいて、それぞれが一方向に回転したかと思うと今度は逆向きに回転したりした。
その上にはいろんなものが浮かんでいた。緑や青、赤や紫の丸い物体に、輪を伴った丸い玉、雲みたいなもの、虹みたいなもの、眩しく光を放っている玉、半透明の固まり、螺旋状のもの、細長い線状のもの――。それらは単なる「物」には見えなかった。どこかの職人が木や金属で作った物には見えなかったのだ。それらは生き生きとして、楕円の空間のなかをゆっくりと、あるいは素早く、それぞれの速さで弧を描きながら自由自在に巡っていた。
窓の棚にシルヴィと共に仲良く座っているサフソルムがいった。「これに飛びかかりたい気持ちを抑えるのは苦労がいる。オレさまたちにとってはな」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる