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17.ジョンの話
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17.
「お連れの人たちが増えた」マリオンは小さくため息をついた。「マグナス、あなたなら私の考えをわかってくれると思ってたわ」
「ここできみが終わりを迎えたがっているのを、かい?」
「そうじゃないわ。私が終わりになるわけじゃない。私のことは関係ない。ここにいたいだけ」
「おれが責任を感じているといったのは覚えてるだろうか」マグナスは柔らかな口調でそういって、ぼくたちを見た。「少し休ませてもらおう」
屋敷に馬小屋はなかった。サフソルムによれば、当然のことである、なぜってオオカミは自分で駆けるのだから。まったくだった。馬たちを屋敷の裏手で休ませると、マグナスとマリオンはぼくたちを食堂に残してどこかへ行ってしまった。
そこは大きな部屋で、長くて大きなテーブルとその両側に十ずつの椅子が等間隔で並べられていた。
椅子のひとつに子供が座り、サフソルムはその膝に大人しく座ってじっとしていた。なぜだかネコは一言も話さず、子供に頭や背を撫でられるがままになっていた。
その向かい側にぼくとイザベラが離れて座っていた。イザベラは飲んでいいといわれたワインの一本をグラスに注ぎ、手にしていた。ぼくは水をグラスに注いで飲んだ。
「早くここを出発しないと」ぼくは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。「サフソルム、そうだろ?」とネコに声をかけた。
ネコはちらりとこちらを見たが、何も答えなかった。ちょっと軽蔑してるみたいな目つきだった。
「サフソルム?」ぼくはもういちどいった。
すると子供が答えた。「まるでサフソルムが言葉がわかるみたいにいうんだね。あなたはネコとお話できるの?」
横でイザベラが、はっ! と笑った。
ぼくはテーブルの上を指でたたいた。「なんというか……。そりゃそうだよ。きみのいうとおりだ。ネコと話なんかできっこない。ぼくがおかしいんだ」
サフソルムがこちらを見て、じろりと睨んだ。
ぼくは自分とイザベラの名前をアリステアに告げた。子供は話ができるのが嬉しいようだった。最近までいてくれた何人かの召使たちもいなくなってしまって退屈していたのだとか。
「それで」とぼくはうまく言葉を選んで話そうとした。「きみのきれいなお母さんはここを出るつもりはないのかい? ちょっとだけマグナスから聞いたんだ。その、夜になると怖いものがやってくるんだとか」
サフソルムがすごい目つきで睨んできたが無視した。
アリステアはうん、と肩を落とした。「ぼくはママのことを愛してるんだ。ママもぼくのことを愛してくれてるから一緒にいたいんだ。でもこれからどうなるかわからないんだよ」
グラスを手にしたイザベラが横で、いやだ、お化けでも出るの? といった。
ぼくはイザベラに向かっていった。「お化けが怖いって?」
「あんたは怖くないの?」
「いやに決まってるだろ。女戦士にそんなものがあるなんて意外じゃないか」
「剣が通るものなら何とも思わないわ。ジョンは何もかもの全部が怖いじゃない」
言葉がわかるはずのないネコが失笑したのを横目で見ながら、ぼくはため息をついた。
「はじめのころは」とアリステアがネコの背中に手を置いたまま話し出した。「夜になるとたくさんの明かりを持った人間と何十頭もの猟犬がやってきて、辺りをうろうろして、犬たちが一斉に吠えてすごかったんだ。いつもどこかから霧が湧いてきて、犬と明かりと人間たちが動き回っていた。ママはいつもだいじょうぶといってた。彼らは私たちを怖がらせようとしているのだから、そうならないようにしようって」
ぼくはうんとうなづいた。アリステアは話を続けた。
「あるとき、家に手紙が届いた。ママはぼくに何も説明しなかったけど、ほかの人に話しているのを聞いたんだ。ここを出て、家を明け渡すように、そうしなければ力づくで奪うとかって。ママは困っていた。ある晩、またどこかから霧が湧いてきて、ちょっと嫌な気がした。ママはみんなを三階の一室に集めた。ぼくたちはどの窓からも離れた部屋の真ん中に集まっていたけれども、ぼくはちょっと窓から覗いてみたんだ。遠くからたくさんの明かりが集まってきてこっちにやってくるようだった。そのとき聞いたこともないような大きな声が響いたんだ。山にこだまして本当に怖かった。ぼくはママに窓から連れ戻された。でも結局何度もやってくるから姿は見たよ。そいつはいつもお屋敷に大きな岩を投げつけてはいろんなところを壊すんだ」
アリステアの話で我を忘れて前のめりになっていたときに部屋のドアが開いた。
マリオンが入ってきて子供のところへ近づいていった。後ろからマグナスもやってきて、近くの椅子に座った。
彼女はアリステアの頭を撫で、いい子ね、といった。
マグナスはこちらを見て小さく笑みを浮かべた。「決まったよ」
「一緒に行くことになったのかい?」ぼくは聞いた。
マリオンがこちらを見ていった。「いまからみんなで食事にしましょう」
「お連れの人たちが増えた」マリオンは小さくため息をついた。「マグナス、あなたなら私の考えをわかってくれると思ってたわ」
「ここできみが終わりを迎えたがっているのを、かい?」
「そうじゃないわ。私が終わりになるわけじゃない。私のことは関係ない。ここにいたいだけ」
「おれが責任を感じているといったのは覚えてるだろうか」マグナスは柔らかな口調でそういって、ぼくたちを見た。「少し休ませてもらおう」
屋敷に馬小屋はなかった。サフソルムによれば、当然のことである、なぜってオオカミは自分で駆けるのだから。まったくだった。馬たちを屋敷の裏手で休ませると、マグナスとマリオンはぼくたちを食堂に残してどこかへ行ってしまった。
そこは大きな部屋で、長くて大きなテーブルとその両側に十ずつの椅子が等間隔で並べられていた。
椅子のひとつに子供が座り、サフソルムはその膝に大人しく座ってじっとしていた。なぜだかネコは一言も話さず、子供に頭や背を撫でられるがままになっていた。
その向かい側にぼくとイザベラが離れて座っていた。イザベラは飲んでいいといわれたワインの一本をグラスに注ぎ、手にしていた。ぼくは水をグラスに注いで飲んだ。
「早くここを出発しないと」ぼくは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。「サフソルム、そうだろ?」とネコに声をかけた。
ネコはちらりとこちらを見たが、何も答えなかった。ちょっと軽蔑してるみたいな目つきだった。
「サフソルム?」ぼくはもういちどいった。
すると子供が答えた。「まるでサフソルムが言葉がわかるみたいにいうんだね。あなたはネコとお話できるの?」
横でイザベラが、はっ! と笑った。
ぼくはテーブルの上を指でたたいた。「なんというか……。そりゃそうだよ。きみのいうとおりだ。ネコと話なんかできっこない。ぼくがおかしいんだ」
サフソルムがこちらを見て、じろりと睨んだ。
ぼくは自分とイザベラの名前をアリステアに告げた。子供は話ができるのが嬉しいようだった。最近までいてくれた何人かの召使たちもいなくなってしまって退屈していたのだとか。
「それで」とぼくはうまく言葉を選んで話そうとした。「きみのきれいなお母さんはここを出るつもりはないのかい? ちょっとだけマグナスから聞いたんだ。その、夜になると怖いものがやってくるんだとか」
サフソルムがすごい目つきで睨んできたが無視した。
アリステアはうん、と肩を落とした。「ぼくはママのことを愛してるんだ。ママもぼくのことを愛してくれてるから一緒にいたいんだ。でもこれからどうなるかわからないんだよ」
グラスを手にしたイザベラが横で、いやだ、お化けでも出るの? といった。
ぼくはイザベラに向かっていった。「お化けが怖いって?」
「あんたは怖くないの?」
「いやに決まってるだろ。女戦士にそんなものがあるなんて意外じゃないか」
「剣が通るものなら何とも思わないわ。ジョンは何もかもの全部が怖いじゃない」
言葉がわかるはずのないネコが失笑したのを横目で見ながら、ぼくはため息をついた。
「はじめのころは」とアリステアがネコの背中に手を置いたまま話し出した。「夜になるとたくさんの明かりを持った人間と何十頭もの猟犬がやってきて、辺りをうろうろして、犬たちが一斉に吠えてすごかったんだ。いつもどこかから霧が湧いてきて、犬と明かりと人間たちが動き回っていた。ママはいつもだいじょうぶといってた。彼らは私たちを怖がらせようとしているのだから、そうならないようにしようって」
ぼくはうんとうなづいた。アリステアは話を続けた。
「あるとき、家に手紙が届いた。ママはぼくに何も説明しなかったけど、ほかの人に話しているのを聞いたんだ。ここを出て、家を明け渡すように、そうしなければ力づくで奪うとかって。ママは困っていた。ある晩、またどこかから霧が湧いてきて、ちょっと嫌な気がした。ママはみんなを三階の一室に集めた。ぼくたちはどの窓からも離れた部屋の真ん中に集まっていたけれども、ぼくはちょっと窓から覗いてみたんだ。遠くからたくさんの明かりが集まってきてこっちにやってくるようだった。そのとき聞いたこともないような大きな声が響いたんだ。山にこだまして本当に怖かった。ぼくはママに窓から連れ戻された。でも結局何度もやってくるから姿は見たよ。そいつはいつもお屋敷に大きな岩を投げつけてはいろんなところを壊すんだ」
アリステアの話で我を忘れて前のめりになっていたときに部屋のドアが開いた。
マリオンが入ってきて子供のところへ近づいていった。後ろからマグナスもやってきて、近くの椅子に座った。
彼女はアリステアの頭を撫で、いい子ね、といった。
マグナスはこちらを見て小さく笑みを浮かべた。「決まったよ」
「一緒に行くことになったのかい?」ぼくは聞いた。
マリオンがこちらを見ていった。「いまからみんなで食事にしましょう」
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