上 下
11 / 95

11.マグナスの昔の話

しおりを挟む
11.マグナスの昔の話
 マグナスは一階のホールに置かれた椅子に座り、日が落ちて薄暗がりへと空が変わっていくのを大きな窓から眺めていた。
 赤いドレスの姉以外、屋敷に誰もいないのかと思っていたが、召使が何人かいて、ホールの隣の食堂でディナーの支度を始めだした。
 やがて広大な庭のずっと向こうからかがり火がいくつも見えて、それらが徐々に集まり、こちらへとやってくるのがわかった。
 マグナスは立ち上がって、戻ってきた十四、五人を出迎えることにした。
 かがり火は何かを燃やしていたわけではなく、どれもが鬼火を使った明かりだった。帰ってきた者たちが庭からホールへと続く、大きな扉に入るときには火はすうっと空の上へと消えていった。
 帰ってきた男たちの年齢はいろいろだった。白髪で年をとった顔の者もいれば、もう少し若い者もいた。しかしいちばん若い男が弟であるのはすぐにわかった。
 彼らはマグナスを見ると少し驚いた顔をしたが、マグナス自身は自分の特徴として多くの者が自分に警戒心を持つことが少ないのを分かっていたので、自ら挨拶をすると誰もが同じように挨拶を返した。
 マグナスは弟に近付くと話をしたい、といった。二人は庭にでることにした。
 弟はマグナスの話を聞いて、誰にも知られていないと思っていたのに、そう思っていたのは自分だけで多くの者に知られていたことに困惑の表情を浮かべた。マグナスは街の娘がどこか周囲のために利用されているような気がしていたし、それに住む世界が違っている者同士が共に生きていくのは全く新しくてわくわくすることだと考えていた。そこから見たこともないような風が世界に吹き渡っていく気が大いにしていた。妖精たちほどではないにしろ、マグナスにもそんな熱意があったのだ。
 二人は庭を歩いて大きな噴水の近くまで来た。やってきた方角を振り返ると屋敷が見え、全員が揃った食事のための部屋が蝋燭の明かりに照らし出されていた。ワインの栓が開けられ、料理が運ばれてくるのが見えた。全員が長いテーブルに並んで座って、語り合い、笑顔を見せ、酒を飲み、料理を味わおうとしているところだった。
「この屋敷はもう何百年と続いているんだ」弟はそういった。「父や母はもういないんだけどね。おじやおばや親戚やらで毎日にぎやかにやってるよ」しばらく黙っていたが、また話した。「この先もまだずっと続いていくのがいい気がするよ。どこまでも駆けていける豊かな森に、食べ物にきれいな水も湧いている。空気は澄んでいて、真夜中に月が出たならば皆がなかなかの良い声で鳴いてずいぶん遠くまで声が渡っていく。どうして月がでると皆鳴きたくなるのだろう? お酒も入ったとなれば屋敷の屋上で大合唱さ。姉さんはあまり参加しないのだけど。これからも一族はここで自然に囲まれてずっと生きていくんだ」
「じゃあ、きみがここを出るのは難しいかい?」とマグナスが尋ねた。
「ここを出る? どういう意味?」
「きみの愛する彼女も家を出て、きみもここを出て……」マグナスは小さく笑みを浮かべた。
 弟は肩をすくめた。「きみのなかではずいぶん話が進んでいるんだね」
「そうでもないさ」マグナスは真っ直ぐな目で弟を見た。「明日にだって二人の願いを叶えられる」
「おもしろいことをいうね」弟はそっと笑った。「もう二度と会うこともないと思うけれども、もしまた会ってしまったらその人の持つ何かを感じて魂が震えだす」
 ああ、とマグナスはうなづいた。「それで姉さんは反対なようだけど、構わないかい?」
「何が?」弟はマグナスに聞いた。
 マグナスは笑って、それじゃあ失礼するよといって去ろうとした。弟が声をかけた。「食事は? 食事をよかったら一緒にどう?」
「ありがとう」マグナスはそういって、屋敷のほうを眺めた。「ほら、姉さんが入り口に」
 弟も屋敷を見た。姉がこちらへ来ようとしていた。ほんとうだ、と弟が再びマグナスを見たときには姿は消えていてどこにも見つけることができなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...