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「なんなら今度、試してみるかい?」

「それは魅力的な提案ですね。オーナーにはご迷惑かもしれませんが」

口元に手をやり笑い声を押し殺すレイヴァンはどうやら本格的にツボったようだ。
肩が小さく震えている。
そんな姿を眺めながら、ふと中身のなくなった彼のカップが目に入った。

「飲み物を注文する?」

再びメニューを渡し、ついでに俺もと戻されたメニューを眺める。
カップの中にはまだ2/3ほど残っていたそれを飲み干し、手を挙げてオーナーを呼んだ。

「なにやらとても楽し気でしたね」

ロマンスグレーの老紳士は、相も変わらず目尻に柔らかな皺を刻んでそんな言葉を口にした。
思わずレイヴァンと視線を交わし、口元に笑みを浮かべる。

「オーナーに迷惑をかける計画をね」

「おやおや。それはなんという企みを」

とんでもないことを言い出す俺にも、老紳士の柔らかな笑みは崩れない。
それどころかちょっと楽し気ですらある。

「読書会の計画をしていたんです。時を忘れて本を読み耽ろうかと」

「その際は貸し切りの予約を出した方がいいのかな?」

「そうですねぇ……その際は最初にご注文を済ませて私も仲間に加えて頂きましょうか。追加注文はなしで。でないと私は本に没頭できませんからね」

茶目っ気を含ませた老紳士は「いつでもご利用をお待ちしております。お客さまに寛ぎのひと時を過ごしていただくことこそこの店の本願ですので」と優雅に腰を折ると注文を片手に踵を返した。

「店内と雰囲気だけでなく、オーナーもここの魅力ですね」

レイヴァンの言葉には、全面的に肯定した。


二杯目の飲み物もだいぶ減り、時計を確認したすぐ後だった。

「ラファエル」

それまでとは違った声音で名を呼ばれ、視線を目の前に座るレイヴァンへと戻した。

異次元染みた空間に鎮座する彼は、美しく一枚の絵のようで……。

惹きこまれるように視線は彼だけを映し、世界は狭く閉ざされた。
周囲など目に入らぬまま、視線も、心も囚われる。

細い指が美しい赤に金粉が煌めくハートを摘んだ。

ソファから僅かに腰を浮かせ、テーブルに片手をついたレイヴァンは身を乗り出すようにしてそれを俺の唇へと押し付けた。

染まったまなじりの艶やかさに思わず喉を鳴らしそうになった俺の、僅かに開かれた唇へとゆっくりと押し込まれるそれ。

オリフェリアの心臓を模した、赤くて甘い、ハートのショコラ。

ふにりとした指の感触が唇に触れ、やがてそっと離れていく。
ゆっくりと舌の上で蕩けるそれは甘く濃厚に口内を包んだ。

身を引き、ソファへと身体を戻したレイヴァンの宝石のような瞳はいまだ俺を離さずに鼓動と熱を上げていく。
洋酒が強く香った。
どろりと溶けた甘さが喉を下って身体中を駆け巡る。

「僕の心臓ココロは貴方のものです。代わりに、貴方の心を僕にください」

くらり、と眩暈めまいがしそうな酩酊感が頭を包んだ。

「同じ強さじゃなくてもいい。それでも……ラファエルの心が欲しいです。どうか、貴方の心に僕の居場所をください」

形のいい唇が紡いだ「愛してます」の一言に、思わず手を伸ばそうとした。

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