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73 (※)ラインハルト
しおりを挟むコイツこんなにわかりやすい奴だったか?
思わずそんなことを思ってしまったのも仕方がない。
「ラインハルト殿下とリーゼロッテ様はそちらの馬車へ。マルク様とゼリファン隊長はどうぞお二人とご一緒に」
そういって侯爵家の紋が入った黒塗りの馬車を示すレイヴァン。
別にその言動におかしなところはない。
侯爵家の馬車が立派な造りをしているとはいえ、人数を考えれば数台にわかれるのは当然。
そして王族である俺に護衛として二人がつくのもまた当然。
当然……なのだが、レイヴァンの本心はゼリファンをこっちに寄越したいだけだ。
賭けてもいい。
いつもは呼び捨てな癖にわざわざ殿下呼びまでして俺をダシに使いやがって。
「ずいぶんと嫌われたな」
「そのようですね」
揶揄い半分にかけた言葉には薄く笑って答えられた。
まぁ、昨日も一昨日もちょっとでもエバンスに近づこうものならことごとくレイヴァンに敵意を向けられていたゼリファンだ。あのあからさまな態度に気付かないわけもないだろう。
「ちょっかいをかけたのが面白くなかったようで」
クッと喉を鳴らす姿は嫌味なぐらいに男前。
凄みさえ帯びた美貌の男はいつになく機嫌が良さそうだ。
「ちょっかい……」
「ロッティ?」
なにやら赤い顔でふるふる震えるロッティにどうした?と声をかければ「ちょっと暑くて」と扇を仰ぐ。少し窓を開けるか。
「エバンス様のことか?」
その名に薄い唇が微かに笑みを浮かべた。
問いかけたマルクの瞳が開かれる。
隣に座る男を見るその瞳には意外なものを見た驚きが浮かんでいた。
正直、俺も驚いている。
堅物で婚約者以外には見向きもしないマルクと違い、目の前の色男は決して品行方正でない。
ハメを外すようなことはしないが、誘われればそれなりに応じていたのは風の噂で知っている。
だが気まぐれや一夜の相手ならばともかく、この男が他人に興味を抱くのは稀だ。
レイヴァンといい、ゼリファンといい、エバンスは他人に興味が薄い奴らを惹き付けるなにか特殊な磁力を放っているのかもしれない。
「珍しいな」
「殿下も興味がおありかとおもいましたが?」
返されたそれには、「まぁ、な」と曖昧に答えた。
彼らの抱く感情とは違うが、興味というならあるだろう。
前々から手元に留め置けたらと考えてはいたが、いまはより一層そう思う。
「卒業後はクラウ・ソラスに入隊するつもりだった。もちろん一時期だけだがな。……でもいまは迷っている」
いずれは公務を担うことになるだろう。
だけど数年はクラウ・ソラスに所属する許可は父王からも得ていた。
民を、国を直接的に守る部隊であるクラウ・ソラスに所属することは誇り高いことで、王族貴族では珍しいことでもない。
「 “象徴としての影響力” あの夜のエバンスの言葉が頭を離れなくてな」
王族である自分だからこそもっと他にできることがあるんじゃないか。
あの日からその考えがぐるぐると渦巻く。
未だ心は定まらないのに、浮き立つように鼓動が踊る。
足の上に置いていた手に、そっと華奢な繊手が重ねられた。
「すぐに答えを出される必要はありませんわ。どのような決断を選ぼうと、私はラインハルト様を応援いたします」
柔らかな笑顔に、思わず抱きしめようとして人前だというのを思い出した。
ワザとらしく咳ばらいをして座り直す。
「興味深い男なのは認めるさ。領地に返すのは惜しいくらいにな」
将来的には側近候補としてぜひとも勧誘したいところだが……下手をすると俺までレイヴァンに睨まれそうな気しかしないな。
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