上 下
40 / 118

40

しおりを挟む

他人ひとのを貰うのに気をつかったんだろう。
無難なのを選ぼうとするレイヴァンへ「遠慮はいらないよ」と声をかける。

こういうとこ律儀だよな。
でも俺は全制覇済みだから好きなのを選べばいい。

宙で一度止まった指が摘んだのは、赤いハート型のショコラだ。

美しい赤に金粉が煌めく。
よく見れば赤い表面には同じく赤で細い線が幾つも描かれているのがわかる。


「『この愛こそ、我が心臓』」


呟いたのは、ある物語の有名な台詞だ。

俺の注文したメニューは、とある架空の帝国を舞台にした物語だ。
絡みあう蛇をイメージしたものや表面にゴールドで短剣が描かれたものなど、物語を彩るモチーフを象った一口サイズのショコラや焼き菓子などが9つに区切られた箱に並んでいる。

中でもひときわ鮮やかで目を引くのがレイヴァンが選んだ赤いハート。

それは物語に出てくる絶世の美女の心臓を模したモノだ。

帝国へと嫁いだ聡明で美しい女性オリフェリア。

物語の終盤、滅びを迎えんとする帝国を前に彼女の国の使者が訪れる。 
彼女を逃がそうとする使者にオリフェリアは告げる。

運命の糸が赤いのは血の色で、そしてそれは操り人形マリオネットの糸だ、と。

この愛がときに自分を嫉妬や憎しみ、愚かな行動へと導き、理性とは遠いなにかがこの身を操る。
だけどこの愛をうしなえば、残るのは糸を断ち切られ崩れ落ちる人形のような自分だけ。

「この愛こそ、我が心臓」と言い放ち、オリフェリアは流転へと身を投じる。

帝国が、それに関わる人々が、燃え盛る炎のように激しくも美しく破局カタストロフィへと向かっていくのがこの物語の山場でもあり、美しいオリフェリアは人気も高い登場人物だ。

「……ラファエルもどうぞ」

お返しにと差し出された彼の箱からも一つをもらった。
とある戯曲を題材にした大昔の大作の中から選んだのはシックな黒に白い翼が描かれたもの。

これは結構ビターだからね。
わりと甘党の彼の口には合わないだろうし。

ゆったりとした時間を楽しみながら会話を楽しむ。
場所がら、自然と多くなるのは本談義だ。

いつもはゆったりと本を読んだり、物思いにふけることが多いこの場所だが、こういう時間もたまにはいい。

本当は他の場所もいくつかめぐる予定だったのだが、レイヴァンとの話が思いのほか弾み気づけばかなりの時間をカフェで過ごしてしまった。

「楽しかったです。でも他の行く予定だったところも行ってみたかったです」

カラン、と吊るされたベルを鳴らしながらドアを開けた通りの向こうは茜色の空。

晴れやかな笑顔で、次いで強請ねだるようにそんなことを言われては「また今度ね」と約束せずにはいられない。

はにかむように「はい」と笑うレイヴァンは随分とお強請ねだり上手だ。

子どもみたいに喜ぶ彼の頭をふわりと撫でる。

「じゃあ今日はひとまず帰ろうか。あまり君を連れまわしては侯爵家に睨まれてしまう」

道化どけたようにそういって手を差し出した。

あまりにも自然に。


夕日が眩しかったのか、僅かに目を細めて俺の手をとったレイヴァン。

この時はまだ、
自分の気持ちになんて 少しも気付いてはいなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。

青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった) 妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。 そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。 その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。 私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。 誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ
ファンタジー
かつて世界を征服しようとした女皇帝がいた。 名をラウラリス・エルダヌス。 長きに渡り恐怖と暴力によって帝国を支配していた彼女は、その果てに勇者との戦いによって息絶える。 それから三百年の月日が流れた。 実はラウラリスは世界の為に悪役を演じていただけであり、その功績を神に認められた彼女は報酬として新たなる(若返った)肉体としがらみをもたない第二の人生を与えられることとなる。 これは悪役を演じきったババァの、第二の人生譚である。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび
BL
気が付いたら異世界にいた主人公。それもユリスという大公家の三男に成り代わっていた。しかもユリスは「ヴィアンの氷の花」と呼ばれるほど冷酷な美少年らしい。本来のユリスがあれこれやらかしていたせいで周囲とはなんだかギクシャク。なんで俺が尻拭いをしないといけないんだ! 知識・記憶一切なしの成り代わり主人公が手探り異世界生活を送ることに。 突然性格が豹変したユリスに戸惑う周囲を翻弄しつつ異世界ライフを楽しむお話です。 ※基本ほのぼの路線です。不定期更新。冒頭から少しですが流血表現あります。苦手な方はご注意下さい。

生真面目メガネさんと、懐かない猫。

あきすと
BL
兄弟もので、近親相姦ネタや死を思わせる表現が含まれますので苦手な方はご注意を。 更新もこちらにしていきます。 こちらも、元は擬人化創作の 守護職のCPだったりします。 えちえちも、あったりなかったり。 この2人は愛憎が絡まりあってるので なんとか、仲良しさせたくて 書いてます。 2人とも永遠の20代なので 矛盾が生じてる様に 思われますが、とりあえず 常若です。 大地(※20代半ば)※年齢では無くて見た目年齢です。(ほぼ不死なので) 身長:178cm 体重:67kg 朴訥としていながらも、実際は情も深くしっかり者。 現実的な考え方をしてしまう。 弟が至高過ぎて遠慮気味。でもかなりブラコン。 光のお隣の県に一人暮らし中。 農業に精を出している。 髪は茶色く、短髪(昔は長めだった)眼鏡装用。 光(※20代前半) 身長:167cm 体重:56kg ちょっと気難しそうに思われがちだけど、人見知りなだけ。 礼儀正しく真面目な人に好感を抱く(兄への憧れか) 大地とはとても年の離れた兄弟だった。 ツンツンツンツンしてるけど、照れと気恥ずかしさから。 本当は思い切り甘えたい。大地しか見てない。 アイスとチョコが好き。職業、書道家。 黒髪、前髪はセンターパート。 ちょっと出てくる人たち。 楓 西の都の守護をしてる強い人。タローの拾い主(付き合ってる) タロー 楓のパートナー。関西担当。 葵 とーっても偉くて強い人。皆のだいたいの上司。 美濃 大地の秘書的存在。 元ネタがTDFK擬人化ですが、キャラに特化しているので こちらでの設置要素は薄いです。 ほぼ不死で長生きと言う事以外、この兄弟は特段能力も 出てこないので(イチャイチャさせたり、いがみ合う要素が強いので) 一応は、それぞれの県を担当して守護繁栄をしてたりもします。 この2人は、未遂っぽく見えるだけです。 光はわりと肝が据わってるのですが…大地が、と言った雰囲気が。 好きな2人なので、また書きたいです(#^.^#) ※一応のイメージを貼りつけてありますが 小説は想像の産物ですので、各自お楽しみいただければと思います。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

処理中です...