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第1章

閑話 決意(ケインの話)

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今日もそろそろ狩りにでも行くか、と家を出たところで珍しく来客があった。この前ホーンラビットを持ってきた日本人達とソイツ等を引き連れたアヤメとノバラだ。アヤメがここに連れてくるなど、嫌な予感しかしない。大勢でゴチャゴチャ言われちゃ堪らんから、リーダーっぽいヤツとアヤメだけを家に招き入れた。

見ると、アヤメはイタズラでも仕掛けたような、ワクワクしたような顔をしてやがる。昔は顔に似合わずお転婆てんばで、よくこんな表情をしてたもんだ。大人になって落ち着いたと思ってたが、相変わらずか……。大方おおかた、コイツ等が日本人だと明かして俺が驚くのを楽しみにしてるんだろう。わざわざ乗ってなどやらんがな。

俺がコイツ等を日本人だと言い当てたことにアヤメもユースケも驚いたマヌケ面をしてたが、俺だって伊達に20年も冒険者やってたわけじゃない。世界中あちこち行く中で、祖父じいさんと同じ日本人てヤツに一度会った事もある。祖父じいさんから聞いてた通り、そいつも黒髪で茶色っぽい目だった。それに、名前のこともある。ユースケとかサヤカとか、アリアのどの国でも聞かない珍しい名だ。極めつけは異様に世間知らずだったことだな。ホーンラビットの解体を顔をしかめて見てたり、売れる部位やら物価についても聞いてきた。慎重に言葉を選んでる感じだったが、アリアに生まれてここまで旅してきたってんなら、今更な質問だろう。それを知らねぇってことは、アリアに来て間もないってことだろうよ。だから、コイツラがここに来たその日のうちに、日本人だと確信してた。

とりあえず用件を聞くと、こっちで行方不明のダチを捜すために急いで強くなりたいと言う。レベルも低く世間知らずのくせに、人探しの旅に出るなどと正気を疑う。いや、世間知らずゆえか。本当なら、旅なんかやめさせるのがコイツラのためだろう。先にアリアに来たはずだという男だって、生きてるかどうかも怪しい。いや、むしろ既に死んでる可能性が高いんじゃねぇか?

アヤメだってそれくらい分かってんだろうに、それでも止めずに協力してるっつーことは、止めても無駄と判断したってとこか。実際、俺が多少威圧したところで、このユースケという男は引く気は一切ないようだ。なら、ここで俺が突き放したところで諦めもしないだろうし、聞いた以上は俺もどうしたって気になる。それに、アヤメが実戦訓練に付き添うとか言い出しかねんしな。それで万が一があったりしちゃあ、祖父じいさんやアヤメの旦那に顔向けできねぇ。あんまり他人と関わりたくねぇってのに、まったく、面倒な事を押し付けてくれるもんだ。

それにしても、このユースケというヤツはグループのリーダーなんだろうが、捜したいという相手はダチだったな。ダチのために異世界こんなとこまで来て命かけるなんぞ奇特きとくなヤツだが、そんなお人好しがリーダーじゃあ、危なっかしくてしょーがねぇ。リーダーには、時として仲間以外を切り捨てる非情さも必要だ。そして、何があっても仲間と自分だけは生き延びる事を第一に考えられなければならん。その上で、目的を達成するんだっつー気概を持ち続けられんのか?
まぁ、仕方ねぇから面倒は見てやるつもりだが、場合によっちゃあ痛い目見せてでも諦めさせるように持っていった方がいいか。

とりあえず、何故なぜそうまでしてそのダチを捜そうとすんのか聞いてみることにした。まぁ、答えは大体予想してるがな。親友が、モンスターなんかがいる世界で独り彷徨さまよってんのかもしれねぇってんだから、心配でいてもたってもいられねぇとか、自分たちだけが安全なところで暮らしていくのは後ろめたいとか、まぁそんなとこだろう。コイツラはモンスターなんかいない平和な場所から来たってんだから、村の外の脅威きょういなんかを甘く見てるんだろうな。そういう理由だったら、甘っちょろいとは思うが、まぁ嫌いじゃねぇ。まずは現実をしっかり見せて、その上でまだ諦めねぇってんなら、しっかりきたえてやるか。でもって、俺たちのように大事な時に判断を間違えねぇように言い聞かせねぇとな……。

声や態度には出さねぇが、内心ではそんなことを考えながら聞くと、外にいるメンバーの中にそのダチの妹がいるとか言い出す。メンバー内の総意とか、今はどうでもいいんだよ。それよりも、いざという時はリーダーであるユースケ個人の気構えだとか心の在り処ありかだとかが重要になったりするんだ。あ? まさかその妹に惚れてて妹のためにとか言うのか? 命懸けで女を守るんだってんならまだいいが、ただ格好つけたいだけとかだったら鍛える価値もねぇな。

少し苛立ちながら、ユースケ自身の気持ちを聞かせろと重ねて尋ねる。すると、しばらく考え込んだかと思えば、意外な答えが返ってきた。

――自分のためですね。相棒のくせにさんざん心配かけて、手のかかる妹押し付けて、いい加減にしろって殴りとばしたいです――

相棒……。聞いた瞬間、アイツの顔が思い浮かんだ。忘れたくても忘れられねぇ、アイツ――トマスの顔が。俺にとってトマスは正に相棒だった。ダチとかいう生温い関係ではなかったし、同じパーティの仲間ではあったが、他の2人とは一線を画す存在。ケンカしてようが意見の相違があろうが、どんな時でも信頼を置いていた、他に変わりのいない唯一無二の存在だった。

自分のために捜して、見つけたら殴りとばす、か……。ふん、きっぱり言い切りやがって、面白おもしれぇじゃねぇか。冷静そうに見えて中身は熱い。自分のためだとか言ってるが、「手のかかる妹」を押し付けられてやって、他のヤツらも相棒も放って置かない。要は全員、メチャクチャ大事なんじゃねぇか。
コイツ、最初はトマスに似てる気がしたが、むしろ俺に似てる気もするな。

いいだろう、しっかり鍛えてやろうじゃねぇか。
俺は実戦での修行をつけることを了承して、さっそく出掛ける準備をした。

修行に向かう道すがら、俺はさっきのユースケとのやりとりを思い出していた。話の最後、ユースケが「殴りとばしたい」と言った時に、何か引っかかるモンがあったからだ。俺も、前に誰かにそう言った気がするんだが……。いや、冒険者時代には殴るとか斬るとか言ったのは一度や二度どころじゃないんだが、確かに何かが引っかかったんだ。

草原で、オーク達をおびき寄せる薬に必要な薬草を集めさせている間、さっさと探し終えたユースケが素振りを始めた。盾役のコイツは軽めの盾を装備して片手で剣を振るっている。まだまだヘタクソだが、盾を持った真剣な目を見ているとトマスを思い出す。しばらくユースケを通してトマスを見ながら、俺はまたさっきの引っかかりに思いを巡らせ……、そこで唐突に思い出した。
それは、トマスが結婚を決めた時に、妙に改まって俺に言った言葉。相棒と交わした何気ない口約束。

ーーーーーーーーーー

「ケイン、もし俺が死んだら、エリーゼを頼むな」

「あ? なにイキナリ馬鹿なこと言ってんだ? 大事なら最後までてめぇで守りやがれ」

そう言った俺に、アイツはニッと笑って言った。

「もちろん死ぬつもりなんかないさ。万が一の保険だ。ほら、戦闘中に迷いがあったりするとダメだろ?」

「ちっ、しょーがねーな。そん代わり、俺を当てにしてさっさと死んだりしたら、殴りとばしてやるからな。覚悟しとけよ」

今度は若干、頬を引きらせて。

「ははっ、死んでまでお前に殴られるのは遠慮したいな。うっかり死なないように気を付けるよ」

ーーーーーーーーーー

馬鹿か俺は。アイツが死んだ時のことばかりに囚われて、あの時の約束をキレイサッパリ忘れちまって……。

そうか。ずっと、まだ何かやらなきゃならんことがあるはずと、そう感じてたのはこの事だったんだな。
それにしても、あ゛ークソッ! なんで今の今まで忘れてたんだ! まったく、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさすぜ。

もしかして、アイツが最期に盾を遺したのは「約束どおりエリーゼを頼む」とかいう俺へのメッセージだったのか? まさか、殴られるのが嫌で身体を遺さなかったとか。……んなわけねぇか。

そういえば最近、魔国関連で物騒な噂があったな。エリーゼはまだあの魔国との国境近くの領都にいるんだろうか……。
チラリとユースケを見れば、まだ一心不乱に剣を振っている。腕だけで振ってんじゃねぇよ、ヘタクソめ。コイツラへの修行は骨が折れそうだが、これが済んだらエリーゼを訪ねてみるか。それで、今度こそあの盾を受け取って約束を果たす。でもって、いつかあの世へ行ったら、トマスを捜して殴り飛ばしてやろうじゃねぇか。ちょっと遅くなった分、8割くらいの力に抑えてやるから、首洗って待ってろよ。
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