上 下
21 / 44
第1章

第20話 遺言

しおりを挟む
『赤い狐亭』の一室で4人集まり今後について話していると、ドアのすぐ外で音がした。ちょうど『地球』だの『転移』だの話していたタイミングだったため、誰かに聞かれたのかと皆に緊張が走る。

「誰かに聞かれたかな?」

ミーコが声をひそめて不安げに聞いてくる。さすがに聞かれたかどうかわからないが、少し音がしただけで、その後去っていく音なども聞こえない。
足音がしないようにそっとドアに近付き、勢いよくドアを引いて開けてみた。すると……

「きゃっ!? いたたたた……。っ!?」

ドアにもたれるようにしていたのだろう、宿の狐少女が横向きに転がり込んできた。しばらく痛がっていたが、ハッと気付いたように急いで立ち上がる。

「あ、あ、あ、あの、その……すみませーーん!!」

そのまま慌てふためいて去っていった。ドアの前にはモップが残されている。

「お掃除の途中だったみたいですね」

「あの慌てぶりは、聞いてたっぽいっすね」

サーヤとコータも苦笑いだ。狐少女があまりに慌てていたので、俺も含め皆「マズイ」とか「どうしよう」とか焦るより、なんとなく和んでしまった。

「だな。もう少し周りに気を使うべきだったか」

「もういっそ、ストレートに『2代前のおやっさん』のこと聞いてみたらダメかな?」

「あー、そうだな。聞かれたんなら変に隠すより、ちゃんと話した方がいいだろうな。噂はすぐ広まるし」

「そうですね。なら他の人に話してしまう前に捕獲しましょうか」

サーヤがにっこり笑って言う。まぁ確かに小動物っぽいが。ケモミミだし。

な」

俺たちは狐少女と宿の女将さんを探しに急いで一階に下りていった。

ーーーーーーーーーー

食堂や厨房、表の通りを探してみるが、狐少女も女将さんも見つからない。すでにどこかで話を広められているかも、と少し焦り始めたところで2人が現れた。

「皆さん、先ほどは娘が大変失礼いたしました。少し、お話よろしいでしょうか」

俺たちが応じると、食堂で話そうと促され皆で食堂に向かった。
席に座ると女将さんと狐少女が深々と頭を下げる。

「改めまして、先ほどは娘のノバラが失礼なことを……、大変申し訳ありません」
 
「のばら……。あ、いえ、こちらも特に注意を払わず話していたので。別に怒ってはいませんよ」

「ありがとうございます。……まだ名乗っておりませんでしたわね。私はこの赤い狐亭の女将でアヤメと申します」

「!!! あやめ、さん……。あの、このあたりでは『のばら』や『あやめ』というのはよくあるお名前なんですか?」

日本では別に不思議な名前ではないが、この世界ではかなり違和感のある名前だ。『野薔薇のばら』に『菖蒲あやめ』、この親子はやはり日本人の血をひいているのか?

「お客様方は、この名前の意味がお解かりになるのですか?」

少女の方は、少し驚いた様子で女将さんと俺たちを交互に見ているが、女将さんは俺の質問に答えることなく、穏やかな笑みを浮かべたまま質問を返す。なんとなく、試されているように感じて少し焦ってしまう。決して美人に見つめられたからではない。

「花の名前、ですよね」

そう言った瞬間、少女はクリクリの目を最大限に見開き、女将さんはどこか嬉しそうに笑みを深めて口を開いた。

「本当にあなた方は、日本からいらしたんですね」

やっぱり――

予想はしていたが『日本』という単語が出てきたことに、一瞬動揺してしまった。俺以外の皆も同じような反応だった。

「わたくしごとの少し古い話ですが、聞いていただけますか?」

そう俺たちの同意を得てから女将が話してくれたのは、やはり彼女の祖父、例の『2代前のおやっさん』の話だった。

彼女の祖父、一郎さんはやはり日本の出身だった。およそ60年ほど前、俺たちと同じように山の祠の青白い光によって、この世界へ飛ばされてきたらしい。彼はなんとかこの村に辿り着いたのだが、日本とはあまりに違う常識や環境にとまどい、最初の数年は相当苦労したそうだ。
20代半ばまで日本で料理人として修行をしていたことから、この食堂兼酒場で雇ってもらえることになり、やがて店主の娘と結婚して跡を継いだということだ。
もちろんだが、彼が違う世界から来たということは、家族以外にはずっと秘密にされてきたらしい。そして今までに、彼と同じく異世界から来たと思われる人には出会わなかったとのことだった。

「祖父は、『ここでの暮らしは刺激的で楽しいし、最愛の家族と多くの弟子に恵まれて、自分は幸せ者だ。最初は俺をこの世界に飛ばした「誰か」を恨んだが、今では感謝すらしている。ただ、ここには故郷を感じるものがない。それだけが寂しい』そう言っていたそうです。それで祖母は、子どもや孫達に日本を感じられる名前を付けるよう勧めたと聞きました」

いくら幸せを手にしたといっても望んで来たわけでもないのだ。故郷の家族や友人への想いや、郷愁きょうしゅうにかられるのも無理は無い。少しジンとくる話だ。

「それで『アヤメ』さんなんですね。『ノバラ』というのも一郎さんが?」

そう尋ねると、アヤメさんは少し目を伏せ軽く首を横に振った。

「祖父はこの子が生まれる前に亡くなりました。けれど祖父の遺言で、代々女の子には花の名前を付けるようにとメモ書きが遺されているんです。ノバラはその候補の中から選んだ名前です」

「そうなんですね。ちなみに、男の子の名前の候補もあるんですか?」

今度はアヤメさんの顔にぎこちない笑顔が浮かぶ。そしてここまで静かに成り行きを見守っていた狐少女――ノバラが、これまた微妙な表情で言う。

「はぁ、あたし女の子でホントに良かったよ。男の子だったらサブローになるとこだったんだから」

サブローってまさか……

「イチローという名前は日本語の数字に男性を表すローが付いているのだと聞いています。男の子には、数字の部分を変えて付けるようにと言われていて、私の父は『ジロー』といいます」

「「「「……」」」」

アヤメさんが補足説明してくれるが、これには俺たちも苦笑いしか出ない。まぁ確かに日本を感じる名前かもしれんが…。

「それで、祖父の遺言には続きがあるんです。この名前の意味が解る人は、きっと自分と同じところから来た人だ。だから、もしこの世界に来て間もないようなら、色々教えてあげて欲しい、と……」

「「「「!!!!」」」」

「なるほど、名前にはそういった意味も込められていたんですね」

「ええ。祖父以外で意味が解る人には初めて会ったので驚きました」

「私、作り話じゃないかと思ってたからホントにビックリしました。あの、だから部屋から『異世界』って聞こえてきて興味が湧いてつい…ごめんなさい!」

客の部屋に聞き耳立てるのはいただけないが、ちゃんと反省もしているようだし今回は事情が事情だからな。

「いや、おかげで話が聞けたし、俺たちも不注意だったから。でも、今後は気をつけろよ。客商売なんだから、店の信用に関わるぞ」

「はい!」

「ありがとうございます。祖父の遺言もありますし、一般常識程度しか教えられませんが、なんでも聞いてくださいね」

アヤメさんがにっこりと微笑んで言ってくれる。15年も前に亡くなった人の遺言に助けられるとは思いもしなかったな。

「こちらこそ、ありがとうございます。本当にわからないことだらけだったので助かります」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】妃が毒を盛っている。

ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

処理中です...