英雄の弾丸

葉泉 大和

文字の大きさ
上 下
60 / 154

2-18 希望の巡回、その跡地

しおりを挟む
 ***

「後の祭りって感じね……」

 路地裏の開けた空間から離れたクルム達は、ひとまず宿屋に戻るためにシエル教団の巡回が行なわれていた広場に来ていた。

 巡回によって盛り上がりを見せていたはずの広場も、巡回が終わるや否や――正確に表現するのであれば、巡回の主役であるペテルが去るや否や、広場からは人の足が遠のいて行った。そして、巡回が終わってからまだそこまで長い時間も経っていないというのに、広場はもぬけの殻同然だった。
 広場に佇むのは、ただ三人。クルムとリッカ、そしてシンクだけだ。

 その現状を見て、リッカは先ほどの第一声を放ったのだった。

 ちなみに、ペテルやシオンによって斬られた人々は命に別状はなかったため、世界政府のヴェルル支部の人達に任せている。
 彼らに対する世界政府の処罰はなく、命の心配もない上に、ペテルが放った『天恵の大瀑布カタラクト・グラース』により憑き物が払われたように落ち着いていることから、眠りから覚めたらすぐに家に帰すだろうと、リッカは現場に居合わせたカーサから聞いた。

「なんだ、クルムが立ったあの高台に俺も立ってみたかったんだけどな」

 シンクは後頭部に両手を当てながら、落胆したような声音で言った。

 ヴェルルの広場に堂々と置かれていた高台も、実はシエル教団がこの巡回のためだけに立てたものだった。
 巡回が終わった今、役目を果たした高台はシエル教団の手によって回収されてしまっていた。

 あのような高い場所から大勢の人を見る機会など容易には存在しないため、どうやらシンクは高台に立ってみたかったようだ。

「まぁ、仕方ないか……。なぁ、クルム! あそこからの景色ってどうだった? やっぱ町全体まで見通せたのか?」

 しかし、シンクはすぐに声を弾ませ、クルムに訊ねた。

 クルムはシンクの質問に、すぐに答えることはなかった。クルムはどのように返答すべきか迷いあぐねているように、眉を下げている。
 シンクはクルムの表情を察することなく、「なぁなぁ」と執拗に声を上げていた。

 見かねたリッカはクルムに助け舟を出すことを決め――、

「シンク、そんなに聞かなくても――」
「なんだよ、もうシエル教団行っちゃったのか」

 しかし、リッカより先に別の助け舟がクルム達の元に泳ぎ込んできた。
 声の元に目を送れば、そこにはまだ成人していないような若い人物が二人立っていた。声を上げた人物は肩を落としており、隣に立つ人物は呆れたように声の持ち主を見下ろしている。

「昨日の夜から今までヴェルルに滞在されておられたんだ。その中でチャンスを掴めなかったフレッドが悪い」
「ちぇっ。もしかしたら、まだ広場にいるかもって思ったんだけどな」
「だから、来ても意味ないって言っただろ。シエル教団の皆様はお忙しいながらも、俺達のためにこの場に足を踏み入れてくださったんだ。それだけでも感謝しろ」
「あの……」

 二人――巡回を見逃したフレッドとその友人であるルイスの会話に突如遠慮しがちな声が割り込んでくる。その声がする方に二人は顔を向けると、クルムが彼らの背後に立っていた。
 突然話しかけられたことにフレッドとルイスは驚きながらも、クルムの傍から離れることはなかった。

 クルムは彼らの姿に頭を下げ、微笑みを浮かべると、

「急にすみません。今、昨日の夜からシエル教団がいたと言っていましたけど――、彼らはヴェルルに何かしてくれていましたか?」

 二人に優しく問いかけた。

 クルムの突然の質問に、二人は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに考え込むように真剣な表情へと変わり、

「……お前も遅れて乗り込んだ組か。さぁな、俺はさっき仕事が終わって、今慌ててここに来たから……」
「ここでペテル様が英雄について講演してくださったんだ。英雄がこの地に来るっていう話を、偉い方から直接聞けたのは良かったな。やっぱ実感が湧くっていうか」

 巡回の場にいなかったフレッドは同胞を見つけたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、ちゃんと巡回に参加したルイスは生でペテルを見れた興奮に満面の笑みを浮かべていた。

 しかし、すぐにフレッドの笑みは崩れ、恨めしそうにルイスの顔を睨み付けた。

「ぐぐっ、やっぱルイスが羨ましい。俺も直接見たかった!」
「お前が巡回中は儲け時だ、って言って金に目がくらんだのが悪い」
「……そうですか」

 フレッドとルイスで盛り上がりを見せる中、クルムは腕を組みながら今聞いた話を受けて考えを巡らせていた。

「でも、おかしな話――。さっきの巡回以外、シエル教団の方達を町の中で見たことはなかったんだよね」

 一人思考の海に潜る中、クルムは聞き逃せない言葉を聞いて、

「え、どういうことですか?」
「いや、言葉の通りだけど……、巡回の本番までにシエル教団の方から話を聞きたいと思って、ヴェルル中を探したのに、巡回の高台を組み立てている人と広場を囲む最低限の警備以外は誰一人町の中で見つけることが出来なかったんだ。彼らが町に姿をお見せになられたのは、巡回が始まるちょっと前だった」
「それまでシエル教団の人達が何をしていたのかは、ご存知ですか?」

 瞬間、クルムの表情が少しだけ強張ったことに気付かないまま、ルイスは首を横に振った。

「詳しいことは分からないけど、きっとシエル教団の方達のために準備された建物の中だったと思うよ」
「ふーん、もうちょっと俺達一般市民にも時間を出してくれてもいいのにな」
「あの規模で巡回を行なわれたのだから、難しい話かもしれないけどね」
「なるほど……、分かりました。お話の最中だったのに、色々教えて頂きありがとうございました」
「おう、困ったときはお互い様ってやつだ」

 クルムの言葉に、フレッドは胸を張って堂々を答えた。対して、一番説明をしてくれたルイスは当然のことをしたように偉ぶることなく、控えめに口角を上げた。

 その二人の性格の違いに、この短い時間しか接していないにも関わらず二人のことを深く知れた気がして、クルムは思わず笑みを零す。そして、改めて頭を下げると、クルムは宿屋に戻るために、この場を後にした。
 クルムが去って行くのを見て、今まで静かに見守っていたリッカとシンクも、クルムの後について行く。

「あ、まだ他にも――」

 ふと思い出したように声を上げたルイスの言葉は、クルム達には届かず、だんだんと距離が開いて行く。

「他にも何かあったのか?」

 代わりに話を拾ったのは、フレッドだった。大したことではないと言いたげに、ルイスは頭に触れてから、

「実は、俺は後ろの方にいたからよく見えなかったんだけど、巡回の舞台に闖入者が現れたんだ。その闖入者を対処する時も、シエル教団らしからぬ態度を取っていたんだよなって、ふと思ってさ。まぁ、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……」
「うえ、マジかよ。もし、本当に英雄が再び来たとしても、高いところから権力を振りかざすだけ振りかざして俺達に何もしてくれないなら、そこまで会いたいとは思わないな」
「まぁ、そう言うな。シエル教団の方にも何かしらの理由が……って、あれ。そういえば……」

 ルイスは今更になってクルムの姿に既視感を覚えた。しかし、確認するには既に時は遅く、クルムとリッカ、シンクはヴェルルの広場から背を向けて、大分離れたところだった。もう人影しか確認することは出来ない。

「どうした?」
「んー、今話してた人どこかで見たことがあったような気がしたけど……、きっと気のせいかな」

 ルイスは自分でそう納得させると、腕を伸ばした。そうして、体に始動をかけると、

「さ。フレッド、ここにいても何もないって分かったんだ。俺たちも帰ろう」
「そうだな。さーてと、巡回の余韻を味わってる人達相手に、明日も一稼ぎするか!」

 こうして、フレッドとルイスもそれぞれ帰路に就き、巡回が行なわれた広場には誰もいなくなった。

 その静けさは、この場で大きな出来事があったのかと疑ってしまうほどであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

訳あり超人が異世界移住で商人暴走⁉

真狩トオル
ファンタジー
※※※第一部『訳あり移住編』完結しました。第二部の『復活&始動編』完結しました。 ※※※第一部と第二部は合わせて物語の序章という感じです。  ★あらすじ★  何故か超人的パワーを生まれ持つ鈴木秋斗は、周りの迷惑にならないように家に引きこもり見事なオタニートになっていた。だが十七の誕生日、父親に出生の秘密を告げられる。それは母親が異世界人のドワーフで、父親は勇者召喚された元勇者であるという事だった。そして父親は、ヒキオタニートの息子に異世界への移住を提案した。  引きこもりでストレスMAXの秋斗は即決し、その日のうちに異世界へと旅立つ。召喚勇者たちと違い主人公補正もお金も情報もないまま冒険をスタートさせてすぐに、秋斗は巨大なモンスターとバトルになる。だが簡単に倒してしまい自分の超人パワーが異世界でもチートである事を知る。  その後も安住の地を探す旅の中で次々に、猫系半獣人奴隷の女の子や盗賊、二つ名の転生エルフ、謎の生物や訳ありイケメンと知り合い、時に巨悪の陰謀に巻き込まれ自然とカオスな状態になっていく。  秋斗はそんな慌ただしい日々の中で知ることになる。今までの自分の行動や出会い、周りにいた人の過去などが複雑に絡み合い大きな因果を作り出していることに。 ※ ツッコミや気になる箇所があった場合は感想の方でコメントお願いします。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。

異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉
ファンタジー
その乙女の名はアルタシャ。 『癒し女神の化身』と称えられる彼女は絶世の美貌の持ち主であると共に、その称号にふさわしい人間を超越した絶大な癒しの力と、大いなる慈愛の心を有していた。 いかなる時も彼女は困っている者を見逃すことはなく、自らの危険も顧みずその偉大な力を振るって躊躇なく人助けを行い、訪れた地に伝説を残していく。 彼女はある時は強大なアンデッドを退けて王国の危機を救い ある国では反逆者から皇帝を助け 他のところでは人々から追われる罪なき者を守り 別の土地では滅亡に瀕する少数民族に安住の地を与えた 相手の出自や地位には一切こだわらず、報酬も望まず、ただひたすら困っている人々を助けて回る彼女は、大陸中にその名を轟かせ、上は王や皇帝どころか神々までが敬意を払い、下は貧しき庶民の崇敬の的となる偉大な女英雄となっていく。 だが人々は知らなかった。 その偉大な女英雄は元はと言えば、別の世界からやってきた男子高校生だったのだ。 そして元の世界のゲームで回復・支援魔法使いばかりをやってきた事から、なぜか魔法が使えた少年は、その身を女に変えられてしまい、その結果として世界を逃亡して回っているお人好しに過ぎないのだった。 これは魔法や神々の満ち溢れた世界の中で、超絶魔力を有する美少女となって駆け巡り、ある時には命がけで人々を助け、またある時は神や皇帝からプロポーズされて逃げ回る元少年の物語である。 なお主人公は男にモテモテですが応じる気は全くありません。

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

処理中です...