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5-17 クルムと弾丸
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「リッカの言う通り、僕の力をすぐに発揮させれば、確かに悪魔人を瞬時に救うことが出来るでしょう。本来なら、それが正しい方法だとも思います。ですが、この能力を人に向けて発動させるには、条件があるようなんです」
「条件……?」
クルムは頷くと、指を一本立てた。
「相手が僕のことを受け入れる、もしくは悪魔の存在を認め拒むこと、です。そして、このどちらかの条件が満たされた時、銃が光り、僕の能力が最大限に現れます」
「――ぁ」
クルムの答えを聞いて、リッカは納得した。道理で、クルムが真っ先に弾丸に頼るのではなく、相手のことを慮って戦場に赴く訳だ。
言葉か行動によってクルムが悪魔人に働きかけることで、悪魔人の心が変わる。クルムの人柄に光を見出すか、己の中にいる悪魔に打ち勝ちたいと考えが転換していく。その瞬間になって、ようやく相手にクルムの弾丸を受け入れる土壌が出来上がるのだ。
そして、準備が出来たことをクルムの本能が敏感に察知すると、クルムの中に眠る能力が本領発揮するようになり、銃が光り輝くという訳だ。
「もちろん、今挙げた条件を満たさなくても弾丸を撃つこと自体は可能です。しかし、そうすると、相手は受け入れる心持ちが出来上がっていない訳ですから、悪魔を退ける可能性は少なくなってしまいます。僕がいる間は悪の思想がなくなったとしても、僕がいなくなった瞬間、再び悪の思想に陥り、再び悪魔が手を出すこともあるのです」
「だから、あの時――」
リッカが思い出したのは、オーヴという町で出会ったティルダ・メルコスという人物で、旅を始めて唯一クルムが苦渋に満ちた表情で弾丸を撃った相手だ。その時、クルムは銃が光らない状態でティルダに向けて弾丸を放っていたが、悪魔を滅ぼすことが出来る確率は五分五分だと言っていた。弾丸に貫かれたティルダは目を覚まさないまま世界政府に連行されていき、クルム達はティルダが悪魔から救われたのか分からないままだった。
しかし、クルム達は知らないが、ティルダは再び悪の思想に囚われて、終の夜にやられてしまうという悲しい末路だった。
リッカの言葉の続きを察したクルムは静かに頷いた。
「だけど、パルマ博士特製の弾丸と僕の力をもってしても、悪魔人の中から悪魔を退けるまでが限界です。だから、最後の締めくくりとして、人の体から放り出されて無防備になった悪魔を狙い撃つ必要があります」
「だから、最後の最後に、クルムが空に向けて弾丸を撃っていたのね」
言うは易いが、行なうは難しい。
クルムは悪魔人の攻撃を受けながら、相手に認められるように説得を行なって、悪魔を追い出す準備も並行しなければならない。いざ光る弾丸で悪魔を追い出しても、追い出された悪魔を撃つという使命が残っている。戦いの最後に、いつもクルムが限界を迎えてしまうのは、至極当然と言えよう。
その己の体に負担を与え続ける戦い方を、クルムはパルマから弾丸を作ってもらってからずっと繰り返しているのだ。
「ちなみに、クルムくんの光る弾丸に撃たれた人物の体内には、クルムくんと同じような抗体物質が生成されるようになり、昔のように悪魔の思考に陥ることは、ほぼほぼ無くなるんだ」
「……なるほど」
クルムとパルマの話を聞いたリッカは、今までのクルムの戦い方の理由がハッキリと納得出来た。
悪魔人をも助けたいと思うクルムならば、自分が傷付いてでも、完全に悪魔を退けることが出来る方法を選ぶだろう。文句ひとつ言わず、人に知られることのない功績を立て続けるクルムのことを、リッカは改めて度が過ぎるほどに不器用でお人好しだと思った。
常人ならば、ここまでのことは出来ないだろう。クルムと同じ条件に立たされた時、世界政府でもあるリッカも同様のことが出来るかと問われれば、答えに窮してしまう。
「だけど、クルムのやり方にも限界が来たから――」
「――こうしてパルマ博士の元に訪れた訳です」
リッカの言葉を引き継いで、クルムが本来パルマに会いに来た目的を口にした。
そう。クルムは今まで人を傷付けないことを最優先にして、悪魔人を救うために戦って来たが、そのやり方も限界を迎えていた。
人に憑く悪魔自体の力が強くなっていることも一因にあるし、クルムの方針と真逆の方針を貫く終の夜の存在も大きい。
相手をなるべく傷付けずに説得をするという現状のやり方では、終の夜に先を越される可能性もあるし、クルム自身の命も危うくなってしまうのだ。
勿論、クルムの本心で言えば、今のやり方を続けて、極力人を傷付けずに悪魔人を救いたい。
クルムは己の力不足に、誰にも見えないように拳を握り締めた。
「ボクはクルムくんがデムテンを発ってからの事情は詳しく知らないのだけど、あれから一体どうやって悪魔人と戦って来たんだい?」
パルマは含みのある笑みを浮かべながら、クルムに問いかけた。その表情を見て、パルマが答えを分かっていながらも聞いていることを、リッカはすぐに察した。
「えっと――」
クルムはパルマと別れてからの悪魔人との戦い方について語った。概ね、パルマが目撃したタバルとの一戦と同じような内容だ。
クルムの話を聞き終えたパルマは、
「アッハッハ、馬鹿がいる! そんなんじゃ、やっていけなくなるのは目に見えていただろうに! 相変わらず、クルムくんは気持ちのいいほどお人好しだね!」
腹を抱えて笑いながら言った。あまりの笑いっぷりに、眠りに入っていたシンクの体がピクリと跳ね上がり、煩わしそうに寝ぼけ眼を開けた。無理やり起こされたシンクが何も言わないということは、パルマの性格をある程度分かっていて諦めている証拠だ。
シンクが目を覚ましたことにも気付かず、パルマは何がそこまでツボに入ったのか、「ひー、苦しー」と涙を流すまで始末だ。
パルマの反応を予期していたクルムは、特に大きな反応を示すことなく、小さく肩を落としただけだった。
「だから、終の夜を抜けたってことは分かってるでしょう」
「いやー、そうだね。その通りだよ」
笑い過ぎて流れた涙を拭うために、パルマは眼鏡を外した。そして、涙を指で拭うと、再び眼鏡を掛け直し、
「だからこそ、クルムくんの依頼を引き受けさせてもらおうじゃないか」
先ほどまで大笑いをしていたとは思えないほど、真剣な声で言った。
「い、いいんですか?」
もう少し駆け引きでもあるのではないかと思っていたリッカは、依頼人であるクルムよりも先に、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
愚問を、と言わんばかりに、パルマは口角を上げる。
「だって、ボクがやらなければ、無茶に突っ走ったクルムくんがいつ返り討ちにされても可笑しくないからね」
パルマの言葉は、人のためなら自分を厭わないクルムの性格を分かっていなければ出ない言葉だ。パルマの言う通り、もしクルムが新たな弾丸を手に入れることが出来なければ、従来通りの戦い方を続け、身も心も傷付き続けていただろう。
無理をしたクルムが傷付く姿を見るのは、パルマの本意ではなかった。
それに人前で口にすることはないが、パルマはクルムのためになるのならば、何でもすると心に決めていた。もしクルムが新しい武器を望むのならば、パルマは持てる知識を全て使って、最高の武器を作り上げる。それが、クルムによって生き甲斐を取り戻すことが出来たパルマの、せめてもの恩返しだ。
「ありがとうございます、パルマ博士。完成までにはどれくらい時間が掛かりそうですか?」
「やれやれ。結論を急がないでくれたまえよ、クルムくん。いくらボクが天才博士とはいえ、物を作るのに時間は必要だ」
パルマは顎に手を当てて、思案に耽る。クルムの要望に応じた新たな武器を作るために必要な道筋を、頭の中で組み立てていた。
無言で頭を回転させるパルマの表情は真剣でいて、その一方でどこか楽しそうだった。その表情を見て、リッカはパルマが改めて天才博士と謂われる所以を思い知る。
そして、自分の頭の中で考えをまとめ終えたパルマは恍惚とした笑みを浮かべると、顔を上げ、
「うん、この構想なら――、明日の夜までには試作品を作り上げているだろう。それから試行錯誤を重ね、完成品を渡すのは三日後といったところだろうか」
「三日ッ!?」
リッカはパルマが導き出した期日に、思わず声を漏らしてしまった。世界政府の研究施設だって、何か新しい物を開発するのに、一か月近く掛かることだってある。それを、パルマは一人でやろうとしているのにも関わらず、たったの三日で完成させると言っているのだ。
「思ったより簡単に出来るんだな! よかったな、クルム!」
眠気から完全に覚醒したシンクが、無邪気にもクルムに声を掛ける。しかし、シンクは子供故に、パルマが口にした日数の意味を分かっていなかった。
軽く口を開いているシンクに、パルマが通常だと思わせてはならない。リッカはそう考え、シンクに声を掛ける。
「シンク、何かを作ることが本来どれほど大変か――」
「ん、何だい、リッカちゃん。三日じゃ不服かい?」
「いやいや、むしろ逆ですよ!」
リッカはすぐさま否定する。
パルマの口ぶりと表情から、更なる腕前を隠していることが窺えた。パルマが本気を出せば、どんなものでも一日で開発出来てしまいそうだ。
どうやらパルマの開発の速さに驚いているのは、リッカだけなようだった。シンクは幼いが故に疑問を抱いていないし、クルムもパルマの腕を知っているから何も口にすることはない。
「えっと、その、……本当にそんな早く完成してしまうんですか?」
パルマの腕を信じていないわけではないが、どうしても常識を当て嵌めてしまい、リッカは恐る恐るパルマに訊ねた。
「アッハッハ、ボクを誰だと思ってるんだい? 人呼んで天才博士、パルマ・ティーフォさ」
見ていて清々しいほど、パルマは自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。嫌味に聞こえるような言葉にも関わらず、パルマが言うと全く嫌味には聞こえない。こういう人を本物の天才と呼ぶのだろうと、リッカは本日何度目になるか分からない感想を抱いた。
「ありがとうございます、パルマ博士」
「アッハッハ、まだ作ってもいないのにそんな仰々しい態度はやめてくれって、前にも言っただろう、クルムくん。それにボクとクルムくんの仲じゃないか。遠慮しないでくれたまえ」
頭を下げるクルムに、パルマは払うような手振りを見せる。お互いに良好な関係性を築いていなければ成立しないやり取りだ。
そして、パルマは大きく腕を伸ばすと、
「それじゃ、ボクはこれから研究に取り組むから、この建物は好きに使ってくれていいよ」
「え?」
パルマの言葉に、三人とも声を揃えた。
思ってもいなかった提案は、まさに魅力的とも言えたが、ここまでパルマの世話になっていいのかという遠慮もある。
「研究所に泊まらせて頂いても大丈夫なんですか?」
「当然さ。それとも、ボクが新武器を開発させるまでの間、クルムくん達は宿泊先を確保出来ているのかい?」
クルムが言葉を詰まらせる。
「で、でも、パルマさんの開発の邪魔になってしまうのでは……?」
「大丈夫、ボクは基本的に研究室に籠ってるからね。もし行き詰った時には、話し相手に付き合ってもらうことで解消させてもらうし、ボクにとっても得はあっても損はないよ」
リッカはこれ以上言うべき言葉がなかった。
「じゃあ、パルマの研究所を探検だな!」
「いいね、ぜひともやってくれ」
喜々として語るシンクに、パルマは笑顔を絶やさずに同調する。
「――ただし」
しかし、パルマは表情を変えないまま、突然声音を低くし、
「ボクの研究室には、ぜーったいに顔を出さないように気を付けてね、三人とも」
今までの空気からは考えられないほど、殺気にも似た雰囲気を放った。
パルマはこれから本気で、クルムの新しい武器を作り上げようとしているのだ。いくら天才博士と呼ばれるパルマでも、三日という期間はやはり短いのだろう。それでも、作ると明言するのは、新しい武器を手にしたクルムに、一刻も早く、一人でも多く、命を守って欲しいと思っているからだ。
その圧倒的な雰囲気に、意気揚々としていたシンクは無言でコクコクと頷くことしか出来なかった。探検する気なんてなかったリッカも、静かに頷いてしまう。クルムだけは、パルマの素性を知っているからか、動じることはなかった。
「それじゃ、そういうことでボクは早速開発に取り掛かるとするよ。研究室にあるもの以外だったら何使っても大丈夫だから、三人はゆっくりしていってね」
そう言い残すと、パルマは鼻歌交じりに研究室へと向かった。
家主がいなくなった居間に残された三人は、互いに顔を見合わせた。
「……これからどうしよっか?」
「お、俺はとりあえず探検するのは、やめよっかなー」
パルマの放つ雰囲気に圧されたシンクは、先ほどとは打って変わって、大人しくなっている。
クルムは顎に指を当てて、考える素振りを見せると、
「パルマ博士のお言葉に甘えて、ゆっくりさせて頂きましょう。オリエンスからデムテンまで、しっかりと休むことも出来ませんでしたから、二人とも疲れているでしょう?」
確かにクルムの言う通りだった。
クルム達が旅を始めてからこれまで、様々な事件に巻き込まれたり、大がかりな移動をしたりと、まともに休息を取ることは出来ていなかった。リッカもシンクも、体の節々に重だるい感覚が残っている。
幸い、パルマの研究所は静かな山奥に位置している。自然も豊かで、何も気にすることなく、時間を過ごすことが出来る環境だ。
それにデムテンの町自体が放つ雰囲気も落ち着いたものだ。
今ここで肩ひじ張るのは止めて、心身共に休むことに適している。
「言われれば確かにな。さっき寝てたけど、実はまだ眠いぜ……」
「……うん。それに話込んでいたら、いつの間にか夜にもなってるし、休むのに丁度いいかもね」
リッカは体を大きく伸ばしながら言った。
パルマ研究所にやって来た時は、まだまだ陽は高く昇っていたというのに、外を見ればもう既に陽は沈んでいた。この話の長さだけでも、パルマ・ティーフォという存在が、悪魔との戦いにおいてどれだけ影響を与えているかの証拠でもある。
「それでは、パルマ博士も自由に使っていいと仰っていたので、今日は休みましょう。明日どうするかは、また明日決めればいいですから」
クルムの意見に異論がなかったリッカとシンクは素直に頷いた。
パルマが新しい武器を作り上げるまで、三日もの時間が残されている。それまで、この静かな町であるデムテンで、今までの旅の疲れを癒すことにした。
「条件……?」
クルムは頷くと、指を一本立てた。
「相手が僕のことを受け入れる、もしくは悪魔の存在を認め拒むこと、です。そして、このどちらかの条件が満たされた時、銃が光り、僕の能力が最大限に現れます」
「――ぁ」
クルムの答えを聞いて、リッカは納得した。道理で、クルムが真っ先に弾丸に頼るのではなく、相手のことを慮って戦場に赴く訳だ。
言葉か行動によってクルムが悪魔人に働きかけることで、悪魔人の心が変わる。クルムの人柄に光を見出すか、己の中にいる悪魔に打ち勝ちたいと考えが転換していく。その瞬間になって、ようやく相手にクルムの弾丸を受け入れる土壌が出来上がるのだ。
そして、準備が出来たことをクルムの本能が敏感に察知すると、クルムの中に眠る能力が本領発揮するようになり、銃が光り輝くという訳だ。
「もちろん、今挙げた条件を満たさなくても弾丸を撃つこと自体は可能です。しかし、そうすると、相手は受け入れる心持ちが出来上がっていない訳ですから、悪魔を退ける可能性は少なくなってしまいます。僕がいる間は悪の思想がなくなったとしても、僕がいなくなった瞬間、再び悪の思想に陥り、再び悪魔が手を出すこともあるのです」
「だから、あの時――」
リッカが思い出したのは、オーヴという町で出会ったティルダ・メルコスという人物で、旅を始めて唯一クルムが苦渋に満ちた表情で弾丸を撃った相手だ。その時、クルムは銃が光らない状態でティルダに向けて弾丸を放っていたが、悪魔を滅ぼすことが出来る確率は五分五分だと言っていた。弾丸に貫かれたティルダは目を覚まさないまま世界政府に連行されていき、クルム達はティルダが悪魔から救われたのか分からないままだった。
しかし、クルム達は知らないが、ティルダは再び悪の思想に囚われて、終の夜にやられてしまうという悲しい末路だった。
リッカの言葉の続きを察したクルムは静かに頷いた。
「だけど、パルマ博士特製の弾丸と僕の力をもってしても、悪魔人の中から悪魔を退けるまでが限界です。だから、最後の締めくくりとして、人の体から放り出されて無防備になった悪魔を狙い撃つ必要があります」
「だから、最後の最後に、クルムが空に向けて弾丸を撃っていたのね」
言うは易いが、行なうは難しい。
クルムは悪魔人の攻撃を受けながら、相手に認められるように説得を行なって、悪魔を追い出す準備も並行しなければならない。いざ光る弾丸で悪魔を追い出しても、追い出された悪魔を撃つという使命が残っている。戦いの最後に、いつもクルムが限界を迎えてしまうのは、至極当然と言えよう。
その己の体に負担を与え続ける戦い方を、クルムはパルマから弾丸を作ってもらってからずっと繰り返しているのだ。
「ちなみに、クルムくんの光る弾丸に撃たれた人物の体内には、クルムくんと同じような抗体物質が生成されるようになり、昔のように悪魔の思考に陥ることは、ほぼほぼ無くなるんだ」
「……なるほど」
クルムとパルマの話を聞いたリッカは、今までのクルムの戦い方の理由がハッキリと納得出来た。
悪魔人をも助けたいと思うクルムならば、自分が傷付いてでも、完全に悪魔を退けることが出来る方法を選ぶだろう。文句ひとつ言わず、人に知られることのない功績を立て続けるクルムのことを、リッカは改めて度が過ぎるほどに不器用でお人好しだと思った。
常人ならば、ここまでのことは出来ないだろう。クルムと同じ条件に立たされた時、世界政府でもあるリッカも同様のことが出来るかと問われれば、答えに窮してしまう。
「だけど、クルムのやり方にも限界が来たから――」
「――こうしてパルマ博士の元に訪れた訳です」
リッカの言葉を引き継いで、クルムが本来パルマに会いに来た目的を口にした。
そう。クルムは今まで人を傷付けないことを最優先にして、悪魔人を救うために戦って来たが、そのやり方も限界を迎えていた。
人に憑く悪魔自体の力が強くなっていることも一因にあるし、クルムの方針と真逆の方針を貫く終の夜の存在も大きい。
相手をなるべく傷付けずに説得をするという現状のやり方では、終の夜に先を越される可能性もあるし、クルム自身の命も危うくなってしまうのだ。
勿論、クルムの本心で言えば、今のやり方を続けて、極力人を傷付けずに悪魔人を救いたい。
クルムは己の力不足に、誰にも見えないように拳を握り締めた。
「ボクはクルムくんがデムテンを発ってからの事情は詳しく知らないのだけど、あれから一体どうやって悪魔人と戦って来たんだい?」
パルマは含みのある笑みを浮かべながら、クルムに問いかけた。その表情を見て、パルマが答えを分かっていながらも聞いていることを、リッカはすぐに察した。
「えっと――」
クルムはパルマと別れてからの悪魔人との戦い方について語った。概ね、パルマが目撃したタバルとの一戦と同じような内容だ。
クルムの話を聞き終えたパルマは、
「アッハッハ、馬鹿がいる! そんなんじゃ、やっていけなくなるのは目に見えていただろうに! 相変わらず、クルムくんは気持ちのいいほどお人好しだね!」
腹を抱えて笑いながら言った。あまりの笑いっぷりに、眠りに入っていたシンクの体がピクリと跳ね上がり、煩わしそうに寝ぼけ眼を開けた。無理やり起こされたシンクが何も言わないということは、パルマの性格をある程度分かっていて諦めている証拠だ。
シンクが目を覚ましたことにも気付かず、パルマは何がそこまでツボに入ったのか、「ひー、苦しー」と涙を流すまで始末だ。
パルマの反応を予期していたクルムは、特に大きな反応を示すことなく、小さく肩を落としただけだった。
「だから、終の夜を抜けたってことは分かってるでしょう」
「いやー、そうだね。その通りだよ」
笑い過ぎて流れた涙を拭うために、パルマは眼鏡を外した。そして、涙を指で拭うと、再び眼鏡を掛け直し、
「だからこそ、クルムくんの依頼を引き受けさせてもらおうじゃないか」
先ほどまで大笑いをしていたとは思えないほど、真剣な声で言った。
「い、いいんですか?」
もう少し駆け引きでもあるのではないかと思っていたリッカは、依頼人であるクルムよりも先に、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
愚問を、と言わんばかりに、パルマは口角を上げる。
「だって、ボクがやらなければ、無茶に突っ走ったクルムくんがいつ返り討ちにされても可笑しくないからね」
パルマの言葉は、人のためなら自分を厭わないクルムの性格を分かっていなければ出ない言葉だ。パルマの言う通り、もしクルムが新たな弾丸を手に入れることが出来なければ、従来通りの戦い方を続け、身も心も傷付き続けていただろう。
無理をしたクルムが傷付く姿を見るのは、パルマの本意ではなかった。
それに人前で口にすることはないが、パルマはクルムのためになるのならば、何でもすると心に決めていた。もしクルムが新しい武器を望むのならば、パルマは持てる知識を全て使って、最高の武器を作り上げる。それが、クルムによって生き甲斐を取り戻すことが出来たパルマの、せめてもの恩返しだ。
「ありがとうございます、パルマ博士。完成までにはどれくらい時間が掛かりそうですか?」
「やれやれ。結論を急がないでくれたまえよ、クルムくん。いくらボクが天才博士とはいえ、物を作るのに時間は必要だ」
パルマは顎に手を当てて、思案に耽る。クルムの要望に応じた新たな武器を作るために必要な道筋を、頭の中で組み立てていた。
無言で頭を回転させるパルマの表情は真剣でいて、その一方でどこか楽しそうだった。その表情を見て、リッカはパルマが改めて天才博士と謂われる所以を思い知る。
そして、自分の頭の中で考えをまとめ終えたパルマは恍惚とした笑みを浮かべると、顔を上げ、
「うん、この構想なら――、明日の夜までには試作品を作り上げているだろう。それから試行錯誤を重ね、完成品を渡すのは三日後といったところだろうか」
「三日ッ!?」
リッカはパルマが導き出した期日に、思わず声を漏らしてしまった。世界政府の研究施設だって、何か新しい物を開発するのに、一か月近く掛かることだってある。それを、パルマは一人でやろうとしているのにも関わらず、たったの三日で完成させると言っているのだ。
「思ったより簡単に出来るんだな! よかったな、クルム!」
眠気から完全に覚醒したシンクが、無邪気にもクルムに声を掛ける。しかし、シンクは子供故に、パルマが口にした日数の意味を分かっていなかった。
軽く口を開いているシンクに、パルマが通常だと思わせてはならない。リッカはそう考え、シンクに声を掛ける。
「シンク、何かを作ることが本来どれほど大変か――」
「ん、何だい、リッカちゃん。三日じゃ不服かい?」
「いやいや、むしろ逆ですよ!」
リッカはすぐさま否定する。
パルマの口ぶりと表情から、更なる腕前を隠していることが窺えた。パルマが本気を出せば、どんなものでも一日で開発出来てしまいそうだ。
どうやらパルマの開発の速さに驚いているのは、リッカだけなようだった。シンクは幼いが故に疑問を抱いていないし、クルムもパルマの腕を知っているから何も口にすることはない。
「えっと、その、……本当にそんな早く完成してしまうんですか?」
パルマの腕を信じていないわけではないが、どうしても常識を当て嵌めてしまい、リッカは恐る恐るパルマに訊ねた。
「アッハッハ、ボクを誰だと思ってるんだい? 人呼んで天才博士、パルマ・ティーフォさ」
見ていて清々しいほど、パルマは自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。嫌味に聞こえるような言葉にも関わらず、パルマが言うと全く嫌味には聞こえない。こういう人を本物の天才と呼ぶのだろうと、リッカは本日何度目になるか分からない感想を抱いた。
「ありがとうございます、パルマ博士」
「アッハッハ、まだ作ってもいないのにそんな仰々しい態度はやめてくれって、前にも言っただろう、クルムくん。それにボクとクルムくんの仲じゃないか。遠慮しないでくれたまえ」
頭を下げるクルムに、パルマは払うような手振りを見せる。お互いに良好な関係性を築いていなければ成立しないやり取りだ。
そして、パルマは大きく腕を伸ばすと、
「それじゃ、ボクはこれから研究に取り組むから、この建物は好きに使ってくれていいよ」
「え?」
パルマの言葉に、三人とも声を揃えた。
思ってもいなかった提案は、まさに魅力的とも言えたが、ここまでパルマの世話になっていいのかという遠慮もある。
「研究所に泊まらせて頂いても大丈夫なんですか?」
「当然さ。それとも、ボクが新武器を開発させるまでの間、クルムくん達は宿泊先を確保出来ているのかい?」
クルムが言葉を詰まらせる。
「で、でも、パルマさんの開発の邪魔になってしまうのでは……?」
「大丈夫、ボクは基本的に研究室に籠ってるからね。もし行き詰った時には、話し相手に付き合ってもらうことで解消させてもらうし、ボクにとっても得はあっても損はないよ」
リッカはこれ以上言うべき言葉がなかった。
「じゃあ、パルマの研究所を探検だな!」
「いいね、ぜひともやってくれ」
喜々として語るシンクに、パルマは笑顔を絶やさずに同調する。
「――ただし」
しかし、パルマは表情を変えないまま、突然声音を低くし、
「ボクの研究室には、ぜーったいに顔を出さないように気を付けてね、三人とも」
今までの空気からは考えられないほど、殺気にも似た雰囲気を放った。
パルマはこれから本気で、クルムの新しい武器を作り上げようとしているのだ。いくら天才博士と呼ばれるパルマでも、三日という期間はやはり短いのだろう。それでも、作ると明言するのは、新しい武器を手にしたクルムに、一刻も早く、一人でも多く、命を守って欲しいと思っているからだ。
その圧倒的な雰囲気に、意気揚々としていたシンクは無言でコクコクと頷くことしか出来なかった。探検する気なんてなかったリッカも、静かに頷いてしまう。クルムだけは、パルマの素性を知っているからか、動じることはなかった。
「それじゃ、そういうことでボクは早速開発に取り掛かるとするよ。研究室にあるもの以外だったら何使っても大丈夫だから、三人はゆっくりしていってね」
そう言い残すと、パルマは鼻歌交じりに研究室へと向かった。
家主がいなくなった居間に残された三人は、互いに顔を見合わせた。
「……これからどうしよっか?」
「お、俺はとりあえず探検するのは、やめよっかなー」
パルマの放つ雰囲気に圧されたシンクは、先ほどとは打って変わって、大人しくなっている。
クルムは顎に指を当てて、考える素振りを見せると、
「パルマ博士のお言葉に甘えて、ゆっくりさせて頂きましょう。オリエンスからデムテンまで、しっかりと休むことも出来ませんでしたから、二人とも疲れているでしょう?」
確かにクルムの言う通りだった。
クルム達が旅を始めてからこれまで、様々な事件に巻き込まれたり、大がかりな移動をしたりと、まともに休息を取ることは出来ていなかった。リッカもシンクも、体の節々に重だるい感覚が残っている。
幸い、パルマの研究所は静かな山奥に位置している。自然も豊かで、何も気にすることなく、時間を過ごすことが出来る環境だ。
それにデムテンの町自体が放つ雰囲気も落ち着いたものだ。
今ここで肩ひじ張るのは止めて、心身共に休むことに適している。
「言われれば確かにな。さっき寝てたけど、実はまだ眠いぜ……」
「……うん。それに話込んでいたら、いつの間にか夜にもなってるし、休むのに丁度いいかもね」
リッカは体を大きく伸ばしながら言った。
パルマ研究所にやって来た時は、まだまだ陽は高く昇っていたというのに、外を見ればもう既に陽は沈んでいた。この話の長さだけでも、パルマ・ティーフォという存在が、悪魔との戦いにおいてどれだけ影響を与えているかの証拠でもある。
「それでは、パルマ博士も自由に使っていいと仰っていたので、今日は休みましょう。明日どうするかは、また明日決めればいいですから」
クルムの意見に異論がなかったリッカとシンクは素直に頷いた。
パルマが新しい武器を作り上げるまで、三日もの時間が残されている。それまで、この静かな町であるデムテンで、今までの旅の疲れを癒すことにした。
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その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
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