英雄の弾丸

葉泉 大和

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5-04 噂以上の人

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「――さて、と」

 デムテン支部でジュディ・ガミーヌからパルマ・ティーフォの情報を聞いたリッカは、道すがら今後どうするべきか考えていた。

 ジュディの情報だと、パルマは不定期に町へと降り立って来るようだ。しかし、その機会を狙ってパルマと会うというのは、運に頼るようで現実的ではない。
 パルマの研究所を自力で探そうとも、罠が構えているという話だ。しかも、仮に罠を乗り越えたとしても、その先に研究所があるかも分からない。
 ジュディの情報を整理すると、パルマに会うための決定的な情報がないことに気付いてしまったリッカは、思わず苦笑を漏らす。

 デムテンの地図を眺めながら、虱潰しにデムテンを散策していくことが、最適解だろうか。

「……はぁ」

 自分で考えたとはいえ、途方もない策に、リッカは思わず溜め息を吐いた。

 だけど、クルムに話したら、もしかしたらリッカが思いつかなかった違う案を提示してくれるかもしれない。いや、そもそもクルム達でも、何か情報を掴んでいる可能性だってある。
 まずはクルムとシンクとの合流が最優先だ。

 優先順位を決めたリッカが顔を上げた瞬間、

「お、重いぃ」

 明らかに身の丈に見合っていない荷物を、背中で背負い、かつ両手に持つ女性がいた。本来なら綺麗な長髪のはずが、身だしなみに興味がないためか、髪は所々はねていてボサボサだ。眼鏡を掛けているが、今にもズレ落ちそうなほど、彼女に合っていなかった。

 リッカはぼんやりとその女性を眺めていたが、ハッと我に返る。

「宜しければ、荷物運び手伝いましょうか?」
「本当かい! 助かるよ、ありがとう!」

 リッカの声に、大量の荷物を持った女性は、嬉しそうに破顔させた。その表情だけで、相当に困っていたことが窺える。実際、女性から片手分の荷物を預かると、重い衝撃がリッカの手首に走った。

 この量の荷物を、眼鏡の彼女は一人で運ぼうとしていたのだ。なんと無謀な女性なのだろう、とリッカは思った。

「そ、それにしても、すごい量ですね」
「うん、ボク買い物するなら一気に買いたい派でね。何度も何度も買いに行くなんて、効率が悪いだろう?」
「は、はぁ」

 女性の言葉に、リッカは曖昧な相槌を打つことしか出来なかった。小分けにして買えば、こんな大荷物を背負わなくてもいいのだから、こちらの方が効率が悪いのではと思う。が、それは人それぞれだ。リッカはあえて深く言及はしなかった。

 彼女の性格は人懐っこいのか、新たな話題を提示しなくても、勝手に口を開いていく。

「だけど、問題点もあってね。普段引きこもってばかりいるから力がないんだよね、ボク。だから、買い物するだけで一苦労なのさ。アッハッハ」
「あ、あはは」

 彼女の言葉は自嘲も混ざっている内容なのに、話口調からは一切自嘲を感じさせない。

 ――不思議な人だ。

 つられるように笑いながら、リッカは思う。

 まだ出会って十数秒も経過していないが、リッカは彼女に惹かれているのが自分でも分かった。それは、彼女が自分の弱みを一切隠そうとせず、開けっ広げにしているからだろう。そして、その弱みも自分自身として受け入れている。
 加えて、眼鏡越しで見る彼女の瞳が生き生きとしていた。遠くから見た第一印象では、身だしなみに気を遣っていない女性だった。しかし、近くで見たら、彼女の身だしなみに反して、彼女の表情は力強く輝いていた。自分の成すべきことが何なのか分かっている人の表情だ。
 言動の節々から感じられる自分の意志にブレないところが、きっと人を魅了する力になるのだろう。

 リッカの近くにも、そういう類の人間がいるから、何となく分かる。

「――ッ!」

 それと同時、一つの考えが浮かんだ。

 今もリッカの反応など関係なく、話し続けている隣の女性は、今まで探し回った件の人物との特徴がピタリと当て嵌まっている。

「……もしかして、パルマ・ティーフォ博士?」

 一切口が止まる気配を見せない女性の言葉を遮って、リッカは自分の推測を口にした。

 途端、あれほど忙しなく動いていた彼女の唇は動きを止めると同時、荷物を掴んでいた手をパッと放してしまった。買い込んだ大荷物が地面へと音を立てて落ちる。彼女は地面の荷物を気にすることなく、ただただリッカだけに焦点を当てていた。眼鏡越しに重なる視線は鋭く、まるで研究対象を見つけたかのように好奇心に満ちた瞳だった。

 その瞳を見て、リッカは確信する。

 この隣にいる女性こそが、クルムの今後の悪魔との戦いにおける最重要人物――、パルマ・ティーフォだ。

 パルマは不敵な笑みを浮かべると、

「なんでボクの名前知ってるの?」

 瞳をキラキラと輝かせながら、グイっとリッカとの距離を物理的にも詰め寄って来た。もう少しで、顔と顔がくっついてしまいそうなほど近い。

「もしかしてボクって有名? ほら、これでも色んなもの開発してるでしょ」
「いえ、その」
「あー、でも、ボクの発明って一部の界隈にしか需要ないんだよなぁ。いや、でも、たまに暇つぶしに色んな研究施設に情報を提供しているから、そこから知れ渡った可能性もあるのか?」

 パルマの口は止まらない。あまりの早口にリッカが戸惑っているのもお構いなしに、パルマは喋り続けていく。先ほども口が止まらなかったが、パルマだと分かると更に勢いが増してしまった。

 弾丸が連射されるように繰り広げられるパルマの話に、リッカは「……あぁ」と思う。

 クルムからパルマの情報を聞いた時、人と関わると研究に支障をもたらしてしまうから、わざわざデムテンという小さな平穏とした町に研究所を構えたと言っていた。その話を聞いた時、パルマが静かに研究に集中したいから、そうしているのだろうと解釈した。パルマが僅かな音にも、過敏に反応し、集中力が途切れたら困るだろうと、一般的に考えてそう思ったのだ。
 しかし、実際は違った。逆だった。

 パルマ・ティーフォは、人がうるさくて集中出来ないから、静かな場所に研究所を設けたのではない。パルマ自身が人と話すことが好きすぎて、研究そっちのけで人と話してしまうから、辺鄙な場所に研究所を建てたのだ。

「ちなみに、ボクが最近発明したもので、面白いものがあってさ」

 戸惑いを隠せないリッカに対し、一切配慮することなく、パルマは喜々として左手首を見せつけて来る。パルマの左手首には、腕時計のようなものが着いていた。ただの腕時計のように見えるが、そんな普通のものをパルマが話したがるとは到底思えない。

「この時計には普通にはない隠された仕掛けがあってね。まだ試作品の段階なんだけど、ここを押すと、こうなるんだ」

 言いながら、パルマは腕時計のボタンを押す。すると、小さめのサイズだった腕時計が、パルマの顔くらいの大きさへと変化した。

 物理的法則がどうなっているかは良く分からないし、いつどのように使うかの用途も分からないが、今までリッカが目にしたことがない機能であることは確かだ。

「どうだい、あまり使い道のない機能だけど、なんか面白いだろう?」
「あ、は、はい……」

 紹介したくてたまらないようで、パルマは試作品と称した大きな腕時計を見せながら、執拗に感想を求めて来る。この機能をゼロから考えて自分で作ったのなら、パルマは天才だ。しかし、あまりの勢いで迫って来るため、リッカは冷静に判断することが出来なかった。

「実はこの腕時計には他にも機能があるんだけど、それはまぁいいや。それより、他にも紹介したいものがあってさぁ」

 リッカは詰められた分の距離を開こうとするが、パルマはまるで気にも留めずに、ぐいぐいと詰め寄って来た。

 ジュディが「変人だから気を付けた方がいいっす」と言った意味が、ようやく分かった。パルマ・ティーフォは、研究に心を奪われた変人だ。

「おーい、リッカぁー」

 パルマに対する認識を確固たるものにしたリッカの耳に、シンクの声が響いて来た。助け船が来るとはまさにこのことで、リッカはシンクの声が聞こえた方向に顔を向ける。視線の先には、リッカに向けて手を振るシンクと、人当たりの良い笑みを浮かべるクルムがいた。

「ちぇ、何だよぉ。いいところだったのにぃ」

 パルマは自分の話を妨害されたと思ったのか、口を窄めながら、リッカの視線の先へと顔を向ける。

「……あ」
「――あ」

 そして、クルムとパルマの視線が重なった。互いに沈黙すること数秒。先に静寂を打ち破ったのは、

「クルムくんじゃないか! 久し振りだねぇ!」

 当然のことながらパルマだった。子供のような無邪気な表情で、パルマは大きく手を振る。

 クルムはやや駆け足でパルマの方へと近付いていく。シンクもクルムの後ろに付き従った。そして、パルマの前まで来ると、クルムは頭を下げた。

「パルマ博士、ご無沙汰しております」
「アッハッハ、そんな堅苦しい言葉はやめてくれよ。ボクとクルムくんの仲じゃないか。それにしても、こんな田舎まで来て何かあったの? 観光?」
「いえ、実はパルマ博士にお願いしたいことがありまして……」
「お、天才であるボクに依頼なんて、由々しき事態が起こってそうだねぇ。いいよ、詳しい話は、ボクの研究所で聞こうじゃないか!」

 流れるような会話の応酬に、リッカとシンクは口を挟むことが出来ず、唖然と眺めることしか出来なかった。

 あれほど必死に探し求めていたパルマ・ティーフォが簡単に見つかってしまったことも一因にあるが、博士と言うから勝手に寡黙な人間だと思い込んでいたことも原因にある。

 いつもなら何も考えずに口を挟むシンクも流石に動じてしまい、リッカも二人の間に割って入る気力は残っていなかった。

「それで、こっちのボーっとしているお嬢ちゃんとお子ちゃまはクルムくんの連れなのかい? お嬢ちゃんとはさっきまで少し話をしていたのだけど……」

 リッカとシンクを指さしながら、パルマはクルムに問うた。パルマの言葉を聞いたリッカは「あれが少し……?」と頭の中で疑問を抱かずにはいられなかったが、わざわざ口にして話の骨を折るような無粋な真似はしない。いや、この状況では出来ないと表現するのが正しいか。

 一瞬、クルムと目が合ったリッカは、静かに頷いた。

 そのリッカの小さな仕草一つで全てを察したクルムは、パルマのことを呆れるように見つめると、

「まさかですが、パルマ博士。リッカと自己紹介せずに、一方的に話していたのですか?」
「いやぁ、そんなことないよ。彼女はボクのこと知ってたし」

 図星をつかれたパルマは、視線を逸らしながら言う。やれやれと言いたいように、クルムは頭を押さえると、

「こちらは僕が今一緒に旅をしているリッカとシンクです」
「あ、改めまして、リッカ・ヴェントです。宜しくお願いします」
「俺はシンク・エルピスだ!」

 クルムによって、ようやく口を開く機会が出来たリッカとシンクは、ここぞとばかりに自分の名前をパルマに伝える。

「ふむふむ、リッカちゃんとシンクくんね。うん、憶えた。バッチリだ」

 パルマはリッカとシンクの顔を見つめながら、頭をこくこくと頷かせた。

 その一言に、リッカは少しホッとしている自分がいることに気が付いた。今までの話から、パルマは自身と研究以外に興味がないのかと思っていたが、他人のことも考慮出来る人間ではあったのだ。
 しかし、すぐにその考えは改めることになる。

 パルマは一つ咳払いをすると、不敵な笑みを浮かべ、

「ちゃんと自己紹介をしていなかったから、この場で正式に名乗らせてもらうよ。ボクの名前はパルマ・ティーフォ。このダオレイスの歴史を覆す、天才博士さ! アッハッハッハ!」

 往来に響く注目を浴びるような声で名乗りを上げた。

 胸を反らして高笑いをするパルマを、通行人も含めクルム一行は、どう接するべきか迷うように見つめていた。その視線に気付くことなく、ずっと笑い続けていられるパルマは、天才か馬鹿か、そのどちらか一方なのだろう。

 とにかく今ハッキリと言えることは、リッカとシンクには、パルマ・ティーフォという人間を計り知ることが出来ないということだけだった。
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