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3-17 勝負の正念場
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「がぁぁぁあぁッ!」
決定的なダメージを受けたにも関わらず立ち上がったアンガスだったが、相当な疲労が蓄積しているのだろう――、その体には震えが生じていて、呼吸一つするにしても肩が激しく上下する。こうして立ち上がるだけでもアンガスにとっては限界のはずだ。それでも、アンガスは主君であるティルダに応じようと奮起している。
「おー、本当に立ち上がったよ。人間やれば出来るものだなぁ」
しかし、そのアンガスの想いを軽んじるように、ティルダは冷めた目に冷めた拍手を送っていた。
リッカは陰湿なティルダに嫌悪を感じるのを抑えながら、立ち上がったアンガスの方に向くと、
「っ、もうあなたの体は限界を迎えているはずよ! これ以上は――」
「……まだだ」
アンガスはリッカの言葉を最後まで聞くことはなかった。重心を低くし、何とか倒れずにいる状態のはずなのに、アンガスからはそのようには感じられなかった。
リッカは勝ち負け関係なく、アンガスの身が心配になった。
もちろん、ここまでしたのはリッカ自身なのだが、それでも命までは絶対に奪わない。死んでしまったら、次はなく、そこで本当に終わりだ。罪を償い、未来をよくすることは叶わなくなる。
――だから、どんな悪人であろうとも誰の命も奪わない。
それはリッカが世界政府に入った時に、決めたことだった。
だが、このままではアンガスの命も危うくなってしまう。リッカはアンガスを止めようと、一歩近づこうとしたが、ふとアンガスの様子には違和感を覚え、足を止めた。
震えるアンガスがまだ何かをしようとしていることが、リッカには直感的に分かったのだ。
だから、リッカは瞬時にバックステップを取ることでアンガスとの距離を取った。加えて、今の場所や現状、周りの状態を、少しでも多く目に焼き付ける。
恐らくリッカの予想が正しければ、次にアンガスが行なおうとしていることは、一度自身で体験したものだ。
そして、そのリッカの予想は正しく――、
「俺はまだやれる! 舐めるなよォ! 小娘がァ!」
アンガスはそう言うと、自分の足元に思い切り煙幕を叩きつけた。それにより、この空間が白い煙に包まれる。
視界が煙に覆われていく中、リッカは冷静さを欠いた無理な動きはせず、鞭を強く握り締めた。
もうアンガスはなりふり構っていられない状況にまで追い詰められている。非情な手段にも手を出して来るに違いない。
そうリッカは予想し、煙の中を足音をなるべく殺しながら移動した。
リッカが煙の中を移動する中、所々で爆発音が鳴り響く。アンガスはリッカが闇雲に逃げ回ると予想して、無作為に手榴弾を投げ込んでいるのだ。ここでリッカの恐怖心を煽るつもりなのだろう。
「逃げても無駄だぜェ! 俺を怒らせた罰だァ!」
アンガスの怒声が響く中、リッカは構わずに潜んで移動する。
ここで焦って、自分の場所をばらすような真似だけは避けなければならない。逸る心臓を抑えながら、なるべく早く、落ち着いて動いた。
そして、移動した先には、煙の中一人佇む人物がいて――、
「クルム」
リッカはクルムの名前を呼んだ。
自分の名前を呼ばれたクルムの影はぴくりと動き、
「リッカさん」
穏やかな声でリッカの名前を呼んだ。
リッカはクルムが無事だったことに安堵する。万が一クルムが爆発に巻き込まれていたらと心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
しかし、油断は出来ない。リッカはすぐに考えを切り替えた。
「これから、あいつはクルムのことも狙って来るはず……。今のクルムの怪我の状態じゃ、あいつと対抗することは出来ないでしょ。だから――」
「いえ。リッカさんが戦ってくださったおかげで、自分の身くらいなら自分で守るくらいには回復出来ました。……もちろん、激しい動きは出来ないですけどね」
「――っ」
その顔は見えないが、クルムが微かに息を漏らす音がリッカの耳に聞こえた。どんな表情をしているかは煙に紛れて見えないが、その息遣い一つで何となく分かった。
クルムが回復したこと――、本来ならば、それは喜ぶべきことだ。しかし、先ほどまでオレオル・ズィーガーとの死闘を繰り広げ、ボロボロになってしまったクルムに、また無理をさせてしまうことを考えると、どうしてもリッカには手放しで喜ぶことは出来なかった。
「それより、僕に考えがあります」
そんなリッカの心配をよそに、クルムは言葉を続けていく。その口ぶりは自信に満ち溢れていて、堂々たるものだった。
これから話そうとするクルムの考えとやらは分からない。
けれど、とにかく今は話を聞こうと、リッカはクルムの言葉を聞き逃さないように、クルムの口元に自分の耳を近づけた。煙の中で正確な距離感は分からないから目算だ。
「きっと彼は――」
時折、爆発音と共にアンガスの怒声が響き渡るが、クルムとリッカは気に留めなかった。クルムの作戦の内容が、リッカの頭に入っていく。
一通り聞き終えたところで、リッカは慮るような視線をクルムに当てて、
「でも、それじゃあ、クルムが――」
「僕なら大丈夫です。一種の賭けに近いかもしれませんが、うまくいけば、これでリッカさんが勝つことが出来るはずです」
しかし、クルムの意志は固かった。たった今、クルムの口から出た作戦は、まさにクルムの身を削るような作戦だ。
クルムには安心してただ見ていて欲しいと思っても、実際はそうはいかない。
アンガスはこれからその歯牙を完全に傷が癒えていないクルムに向けるだろうし、実際リッカも体力的に余裕がある訳ではないのだ。
ならば、互いに互いの場所で最善を尽くし、アンガスを倒すべきだろう。
結局は今のところ、クルムが提示した作戦に頼る以外に、この場を切り抜ける方法はなかった。
「……分かった。そしたら、クルムのこと信じるね」
互いに覚悟を決め合うと、リッカは踵を返して、クルムから離れようとした。
ここが勝負の正念場になりそうだ。無事この場を乗り越えることが出来れば、シンクと囚われた子供達を助け出せる。
リッカは鞭を握りしめて、爆音が鳴り煙が立ち込める戦場に駆け出した時、
「リッカさん」
そんなリッカの背中を、クルムが呼び止めた。
リッカは立ち止まり、クルムの言葉を待つ。
「無茶だけはしないでくださいね」
クルムの口からは、リッカを案じるような言葉が漏れた。
これから行なう作戦を考えるならば、クルムの方に無理を強いようとしているのに、クルムはリッカのことを案じている。
どんな状況になろうとも変わらないクルムに、リッカは思わず笑みを漏らすと、
「それはこっちの台詞だよ。皆でオーヴに帰ろう」
今度こそクルムの元から離れ、アンガスの方へと距離を詰めた。
先も見えず、視界も鮮明としない中、ただ爆発音と狂ったような笑い声が響き渡る。
正直なところ、この先に足を進めることに対して、恐れがリッカの中にはあった。
だから、アンガスがこの手段を取った時、リッカは真っ先にクルムの元へ行って、一人にさせないようにした。クルムを守るという思いはもちろんあったが、自分の心に安寧をもたらしたいという思いが、リッカも気付かずして心の中にあった。
――結局、クルムを勇気づけるつもりで来たのだが、逆にリッカの方が勇気づけられてしまった。
爆発に気を付けながら、リッカは真っ直ぐアンガスに向かった。もうその心に恐れはない。
そして、だんだんと白い煙が収拾し始めていく。辺りはアンガスが無造作に投げた手榴弾によって、ボロボロの状態となっていた。
「ちィ、まだ生きてやがるのか……ッ!」
アンガスは息を荒げていた。アンガスももう体力的にも精神的にも限界を迎えているのだろう。
リッカは何も答えず、鞭の感触を確かめながら、ただ静かにアンガスのことを見つめていた。
「気に食わねェ……」
アンガスは今にも消え入りそうなか細い声を出した。
リッカは何も口を挟まない。その態度には、どこか余裕さえ感じられる。
「その面が気に食わねェんだよ! 勝ち誇った顔をしていられるのも今の内だァ!」
そう叫ぶと、アンガスは振り被って思い切り手榴弾を投げた。リッカも、手榴弾の動きに対処できるよう身構えた。
しかし、手榴弾の軌道はリッカを越えて――、
「ハッ、馬鹿が! 俺の狙いはテメェじゃねぇ! 手負いのあいつには、躱せねぇだろ!」
クルムへと向かっていた。
クルムは微動だにせず、刻々と迫って来る手榴弾を見つめていた。クルムの姿を何も対応出来ないと判断したのか、アンガスは勝ちを確信したように笑い声を上げていた。
けれど、アンガスに水を差すように、
「あんた、クルムのこと舐めすぎじゃない?」
「――は?」
割って入ったリッカの声に、アンガスは反射的に疑問符を口にしていた。
そして、次の瞬間には、リッカが勢いよくアンガスとの距離を詰め始める。
「なにッ!?」
アンガスは驚きに声を上げた。
まさかリッカがクルムのことを気に掛けることもなく、アンガスに攻めて来るとは思いもしなかった。クルムのことを案じてアンガスに背を向けた瞬間、リッカの背中にナイフを投げ入れ、クルムとリッカを同時に殺めようと考えていたのに、その目論見は潰えてしまった。
更にアンガスに追い打ちを掛けるように、
「残念ながら――、こちらに真っ直ぐ飛んでくる物を撃ち落とすことくらい、怪我をしていても簡単です」
クルムは銃を構えると、手榴弾に向けて発砲した。弾丸に撃ち抜かれた手榴弾は空中で爆発する。
「なっ!?」
クルムが銃を使えること、それもまたアンガスにとって予想外だったのだろう。しかし、アンガスにとって予想外な出来事は、まだまだ続く。
手榴弾の爆風の勢いに乗って、瞬く間にリッカがアンガスの目の前に近づいていたのだ。
アンガスの横を通り過ぎる瞬間、リッカは鞭を巧みに振ると、アンガスを捕らえた。
「――しまっ」
アンガスは直立した状態で、両手ごと胴が鞭に縛られてしまった。これでは手榴弾もナイフも、何も投げることは出来ない。
リッカは勢いに乗ったまま、アンガスとの距離を再び開いていく。距離が開く度、鞭の長さも比例するように伸びていた。
そして、ある程度の距離まで来たところで、リッカは足を止めた。
今までのスピードを利用して、リッカの倍近くはありそうなアンガスを鞭で持ち上げると、アンガスは身動きもままならない状態で、
「ま、待て……」
「あなたはそう言って、シンクや子供達を攫う手を止めたのかしら?」
命乞い虚しく、宙に上げられたアンガスは放物線を描かされている。アンガスは何とか鞭から逃れようとしてるが、空中で力が存分に出せる訳がなく、足をじたばたと情けなく動かしているだけだ。
「く、くそ! こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃあ……ッ!」
「これで、おしまいよ! あなた達、まとめて反省しなさい!」
リッカはそう力強く叫ぶと、そのままアンガスをティルダ達がいる場所に向けて打ち付けた。
決定的なダメージを受けたにも関わらず立ち上がったアンガスだったが、相当な疲労が蓄積しているのだろう――、その体には震えが生じていて、呼吸一つするにしても肩が激しく上下する。こうして立ち上がるだけでもアンガスにとっては限界のはずだ。それでも、アンガスは主君であるティルダに応じようと奮起している。
「おー、本当に立ち上がったよ。人間やれば出来るものだなぁ」
しかし、そのアンガスの想いを軽んじるように、ティルダは冷めた目に冷めた拍手を送っていた。
リッカは陰湿なティルダに嫌悪を感じるのを抑えながら、立ち上がったアンガスの方に向くと、
「っ、もうあなたの体は限界を迎えているはずよ! これ以上は――」
「……まだだ」
アンガスはリッカの言葉を最後まで聞くことはなかった。重心を低くし、何とか倒れずにいる状態のはずなのに、アンガスからはそのようには感じられなかった。
リッカは勝ち負け関係なく、アンガスの身が心配になった。
もちろん、ここまでしたのはリッカ自身なのだが、それでも命までは絶対に奪わない。死んでしまったら、次はなく、そこで本当に終わりだ。罪を償い、未来をよくすることは叶わなくなる。
――だから、どんな悪人であろうとも誰の命も奪わない。
それはリッカが世界政府に入った時に、決めたことだった。
だが、このままではアンガスの命も危うくなってしまう。リッカはアンガスを止めようと、一歩近づこうとしたが、ふとアンガスの様子には違和感を覚え、足を止めた。
震えるアンガスがまだ何かをしようとしていることが、リッカには直感的に分かったのだ。
だから、リッカは瞬時にバックステップを取ることでアンガスとの距離を取った。加えて、今の場所や現状、周りの状態を、少しでも多く目に焼き付ける。
恐らくリッカの予想が正しければ、次にアンガスが行なおうとしていることは、一度自身で体験したものだ。
そして、そのリッカの予想は正しく――、
「俺はまだやれる! 舐めるなよォ! 小娘がァ!」
アンガスはそう言うと、自分の足元に思い切り煙幕を叩きつけた。それにより、この空間が白い煙に包まれる。
視界が煙に覆われていく中、リッカは冷静さを欠いた無理な動きはせず、鞭を強く握り締めた。
もうアンガスはなりふり構っていられない状況にまで追い詰められている。非情な手段にも手を出して来るに違いない。
そうリッカは予想し、煙の中を足音をなるべく殺しながら移動した。
リッカが煙の中を移動する中、所々で爆発音が鳴り響く。アンガスはリッカが闇雲に逃げ回ると予想して、無作為に手榴弾を投げ込んでいるのだ。ここでリッカの恐怖心を煽るつもりなのだろう。
「逃げても無駄だぜェ! 俺を怒らせた罰だァ!」
アンガスの怒声が響く中、リッカは構わずに潜んで移動する。
ここで焦って、自分の場所をばらすような真似だけは避けなければならない。逸る心臓を抑えながら、なるべく早く、落ち着いて動いた。
そして、移動した先には、煙の中一人佇む人物がいて――、
「クルム」
リッカはクルムの名前を呼んだ。
自分の名前を呼ばれたクルムの影はぴくりと動き、
「リッカさん」
穏やかな声でリッカの名前を呼んだ。
リッカはクルムが無事だったことに安堵する。万が一クルムが爆発に巻き込まれていたらと心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
しかし、油断は出来ない。リッカはすぐに考えを切り替えた。
「これから、あいつはクルムのことも狙って来るはず……。今のクルムの怪我の状態じゃ、あいつと対抗することは出来ないでしょ。だから――」
「いえ。リッカさんが戦ってくださったおかげで、自分の身くらいなら自分で守るくらいには回復出来ました。……もちろん、激しい動きは出来ないですけどね」
「――っ」
その顔は見えないが、クルムが微かに息を漏らす音がリッカの耳に聞こえた。どんな表情をしているかは煙に紛れて見えないが、その息遣い一つで何となく分かった。
クルムが回復したこと――、本来ならば、それは喜ぶべきことだ。しかし、先ほどまでオレオル・ズィーガーとの死闘を繰り広げ、ボロボロになってしまったクルムに、また無理をさせてしまうことを考えると、どうしてもリッカには手放しで喜ぶことは出来なかった。
「それより、僕に考えがあります」
そんなリッカの心配をよそに、クルムは言葉を続けていく。その口ぶりは自信に満ち溢れていて、堂々たるものだった。
これから話そうとするクルムの考えとやらは分からない。
けれど、とにかく今は話を聞こうと、リッカはクルムの言葉を聞き逃さないように、クルムの口元に自分の耳を近づけた。煙の中で正確な距離感は分からないから目算だ。
「きっと彼は――」
時折、爆発音と共にアンガスの怒声が響き渡るが、クルムとリッカは気に留めなかった。クルムの作戦の内容が、リッカの頭に入っていく。
一通り聞き終えたところで、リッカは慮るような視線をクルムに当てて、
「でも、それじゃあ、クルムが――」
「僕なら大丈夫です。一種の賭けに近いかもしれませんが、うまくいけば、これでリッカさんが勝つことが出来るはずです」
しかし、クルムの意志は固かった。たった今、クルムの口から出た作戦は、まさにクルムの身を削るような作戦だ。
クルムには安心してただ見ていて欲しいと思っても、実際はそうはいかない。
アンガスはこれからその歯牙を完全に傷が癒えていないクルムに向けるだろうし、実際リッカも体力的に余裕がある訳ではないのだ。
ならば、互いに互いの場所で最善を尽くし、アンガスを倒すべきだろう。
結局は今のところ、クルムが提示した作戦に頼る以外に、この場を切り抜ける方法はなかった。
「……分かった。そしたら、クルムのこと信じるね」
互いに覚悟を決め合うと、リッカは踵を返して、クルムから離れようとした。
ここが勝負の正念場になりそうだ。無事この場を乗り越えることが出来れば、シンクと囚われた子供達を助け出せる。
リッカは鞭を握りしめて、爆音が鳴り煙が立ち込める戦場に駆け出した時、
「リッカさん」
そんなリッカの背中を、クルムが呼び止めた。
リッカは立ち止まり、クルムの言葉を待つ。
「無茶だけはしないでくださいね」
クルムの口からは、リッカを案じるような言葉が漏れた。
これから行なう作戦を考えるならば、クルムの方に無理を強いようとしているのに、クルムはリッカのことを案じている。
どんな状況になろうとも変わらないクルムに、リッカは思わず笑みを漏らすと、
「それはこっちの台詞だよ。皆でオーヴに帰ろう」
今度こそクルムの元から離れ、アンガスの方へと距離を詰めた。
先も見えず、視界も鮮明としない中、ただ爆発音と狂ったような笑い声が響き渡る。
正直なところ、この先に足を進めることに対して、恐れがリッカの中にはあった。
だから、アンガスがこの手段を取った時、リッカは真っ先にクルムの元へ行って、一人にさせないようにした。クルムを守るという思いはもちろんあったが、自分の心に安寧をもたらしたいという思いが、リッカも気付かずして心の中にあった。
――結局、クルムを勇気づけるつもりで来たのだが、逆にリッカの方が勇気づけられてしまった。
爆発に気を付けながら、リッカは真っ直ぐアンガスに向かった。もうその心に恐れはない。
そして、だんだんと白い煙が収拾し始めていく。辺りはアンガスが無造作に投げた手榴弾によって、ボロボロの状態となっていた。
「ちィ、まだ生きてやがるのか……ッ!」
アンガスは息を荒げていた。アンガスももう体力的にも精神的にも限界を迎えているのだろう。
リッカは何も答えず、鞭の感触を確かめながら、ただ静かにアンガスのことを見つめていた。
「気に食わねェ……」
アンガスは今にも消え入りそうなか細い声を出した。
リッカは何も口を挟まない。その態度には、どこか余裕さえ感じられる。
「その面が気に食わねェんだよ! 勝ち誇った顔をしていられるのも今の内だァ!」
そう叫ぶと、アンガスは振り被って思い切り手榴弾を投げた。リッカも、手榴弾の動きに対処できるよう身構えた。
しかし、手榴弾の軌道はリッカを越えて――、
「ハッ、馬鹿が! 俺の狙いはテメェじゃねぇ! 手負いのあいつには、躱せねぇだろ!」
クルムへと向かっていた。
クルムは微動だにせず、刻々と迫って来る手榴弾を見つめていた。クルムの姿を何も対応出来ないと判断したのか、アンガスは勝ちを確信したように笑い声を上げていた。
けれど、アンガスに水を差すように、
「あんた、クルムのこと舐めすぎじゃない?」
「――は?」
割って入ったリッカの声に、アンガスは反射的に疑問符を口にしていた。
そして、次の瞬間には、リッカが勢いよくアンガスとの距離を詰め始める。
「なにッ!?」
アンガスは驚きに声を上げた。
まさかリッカがクルムのことを気に掛けることもなく、アンガスに攻めて来るとは思いもしなかった。クルムのことを案じてアンガスに背を向けた瞬間、リッカの背中にナイフを投げ入れ、クルムとリッカを同時に殺めようと考えていたのに、その目論見は潰えてしまった。
更にアンガスに追い打ちを掛けるように、
「残念ながら――、こちらに真っ直ぐ飛んでくる物を撃ち落とすことくらい、怪我をしていても簡単です」
クルムは銃を構えると、手榴弾に向けて発砲した。弾丸に撃ち抜かれた手榴弾は空中で爆発する。
「なっ!?」
クルムが銃を使えること、それもまたアンガスにとって予想外だったのだろう。しかし、アンガスにとって予想外な出来事は、まだまだ続く。
手榴弾の爆風の勢いに乗って、瞬く間にリッカがアンガスの目の前に近づいていたのだ。
アンガスの横を通り過ぎる瞬間、リッカは鞭を巧みに振ると、アンガスを捕らえた。
「――しまっ」
アンガスは直立した状態で、両手ごと胴が鞭に縛られてしまった。これでは手榴弾もナイフも、何も投げることは出来ない。
リッカは勢いに乗ったまま、アンガスとの距離を再び開いていく。距離が開く度、鞭の長さも比例するように伸びていた。
そして、ある程度の距離まで来たところで、リッカは足を止めた。
今までのスピードを利用して、リッカの倍近くはありそうなアンガスを鞭で持ち上げると、アンガスは身動きもままならない状態で、
「ま、待て……」
「あなたはそう言って、シンクや子供達を攫う手を止めたのかしら?」
命乞い虚しく、宙に上げられたアンガスは放物線を描かされている。アンガスは何とか鞭から逃れようとしてるが、空中で力が存分に出せる訳がなく、足をじたばたと情けなく動かしているだけだ。
「く、くそ! こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃあ……ッ!」
「これで、おしまいよ! あなた達、まとめて反省しなさい!」
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