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【5】
俺が〆る。
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人々の営みの気配を漂わせている部屋は、植木がなくなって随分とすっきりした。広くなった室内で狼二匹がじゃれ合っている。従者が時間と手間を惜しまず手入れをしている毛は艶もあり、獣臭さも少ない。もふもふする楽しみが最近増した。二匹の狼とこの部屋の主であるフォルカーは目を細めた。
「あれ?随分と着飾っていかれるのですね。殿下が選ばれたこの上着、前まで『ギラギラ派手すぎてイヤ』って言っていたものですよね?今日は会議は定例のものなのに…誰か特別なお客様がいらっしゃるのですか?」
「うん?」
衣装を着付けていたポルトが小首をかしげる。今日は見目麗しい姫君たちが集まるような仕事も催し物も無い。しかし彼の手にはすでに星々のごとく輝く大きな指輪がいくつもはめられていた。しかも足下にはゴツい銀装飾の靴まで。つま先に被せてある金飾りだけで小さな集落が買えそうだ。
従者の問いに満面の笑みで返すフォルカーは、「ちょっと強気なおめかし♪」だと笑う。
外国からの客人でも来るのだろうか?それともポルトの知らない金持ち貴族が顔を出すとか……。なんにせよ、国一番の財力を自慢するつもりなのだろう。
(もぉ。趣味悪いなぁ、殿下ったら……)
彼は時々見せびらかすようなことをする。それは時に海外から取り寄せた珍しい調度品であったり見目麗しいと自負する自分の姿であったりするのだが、今回はストレートに金目のもので来たようだ。
と、……思っていた。
後日、それは全くの誤解だったということをポルトは使用人達から聞くことになる。
その日の会議の出席者の中でフォルカーが目を付けていたのは、最近城へ来ていなかったロイター卿だった。
会議が滞りなく終わった直後、新しく運ばれてきた茶を一口ふくんだロイターが何故か顔をしかめる。近くにいたメイドを睨みつけ声をかけようとしたとき、側に来たのは王太子フォルカーだった。
ロイターは慌てて起立し、貴族らしく一礼する。
「これはこれはフォルカー殿下……」
「久しぶりに顔を見たぞ、ロイター。お前は運がいい。ほら、見ろ。今日のために従者が王家にふさわしい装いを着付けてくれた。特にこの右手にはめた指輪……。王妃の故郷オルギルモア産のダイアモンドだ。これほど大粒でこれほどの純度を持った石は見つからない。まさに天が相応しい者、場所を選んで与えたものだと…そう思わないか?」
「ええ!勿論でございます…!まさに殿下の御手を飾るに相応しい逸品でございます!」
「時に…最近そちらの調子はどうだ?」
「はい、おかげさまで問題なく……」
「それは良かった。お前には我が従者も随分世話になったようだし、元気でいてもらわねば困る」
「は……?」
はっはっはと高笑うフォルカー。言葉の意図がわからないロイターがあっけに取られた瞬間、王子の硬く握られた右手の拳が頬にめり込み、さっきまで座っていた椅子ごと壁にぶっ飛ばされた。
それだけではない。フォルカーはにこやかな表情そののままに、右・左・右・左・足・足・足・足・足足足足足足足足足足足・ 椅子と流れるような力技を披露した。
手(椅子)が止まる頃、ロイター卿の顔は風船のように腫れ上がり息をするのも苦しそうに肩を上下させる。王子が一歩踏み出すと言葉にならない声で「ヒャ……ッ」と身を引いた。
「俺は弱ってる人間を殴る趣味は無くてな」
故に、健康体でいてもらわねばならないということだ。
「おお!これは王妃様の得意技『ドスカラットパンチ』!!連蹴からの椅子投下への無駄のない動きは生き写しのようだ!」
喜んだのは、たまたま父とその場に来ていたクラウス司教。「今日の合計はどれぐらいだ?」という問いに、フォルカーは「560カラット」と爽やかに両手を広げ、原石の形をそのままのような宝石(という名の凶器)を見せびらかした。
他の大臣達は王子の氷山のような笑顔に一歩も動けず、ダーナー卿は何かを思い出したのかすーーーっと気を失いかけたのだという。
『あの日』の礼はしてもしてもまだ足りないらしく、ロイター卿の持っていた領地はその殆どを没収され役職も外された。
少年好きの趣味が起こした不祥事は即日家族にもバレた。王家の怒りに触れた男を一族は許さず、息子には親子の縁を切られ、妻と娘はさっさと荷物をまとめて実家に戻ってしまった。そして一人になった彼は療養の為という名目で唯一残された家に引き籠ってしまったそうだ。
恐ろしいほど迅速に行われたロイターへの処分は、フォルカーがかねてより機を伺っていたことを疑いのないものにし、一声かけるタイミングすら無かったウルリヒ王はこめかみを押さえて深いため息をつくのだった。
――――という一連の話を聞き、大臣達同様固まってしまったポルト。確かにフォルカーは自分に向かって「俺が守ってやるから」とは言っていたが、彼の言う『守る』は報復までがセットだったようだ。
(あの人は………)
想定以上の罰で悲惨な末路を迎えてしまったロイターに少し同情する。でもそれ以上に何故かソワソワとして落ち着かない。
サーコートの裾を掴む指先がくすぐったそうにもそもそと動く。何かを追い払うように慌てて首を振った。
「あれ?随分と着飾っていかれるのですね。殿下が選ばれたこの上着、前まで『ギラギラ派手すぎてイヤ』って言っていたものですよね?今日は会議は定例のものなのに…誰か特別なお客様がいらっしゃるのですか?」
「うん?」
衣装を着付けていたポルトが小首をかしげる。今日は見目麗しい姫君たちが集まるような仕事も催し物も無い。しかし彼の手にはすでに星々のごとく輝く大きな指輪がいくつもはめられていた。しかも足下にはゴツい銀装飾の靴まで。つま先に被せてある金飾りだけで小さな集落が買えそうだ。
従者の問いに満面の笑みで返すフォルカーは、「ちょっと強気なおめかし♪」だと笑う。
外国からの客人でも来るのだろうか?それともポルトの知らない金持ち貴族が顔を出すとか……。なんにせよ、国一番の財力を自慢するつもりなのだろう。
(もぉ。趣味悪いなぁ、殿下ったら……)
彼は時々見せびらかすようなことをする。それは時に海外から取り寄せた珍しい調度品であったり見目麗しいと自負する自分の姿であったりするのだが、今回はストレートに金目のもので来たようだ。
と、……思っていた。
後日、それは全くの誤解だったということをポルトは使用人達から聞くことになる。
その日の会議の出席者の中でフォルカーが目を付けていたのは、最近城へ来ていなかったロイター卿だった。
会議が滞りなく終わった直後、新しく運ばれてきた茶を一口ふくんだロイターが何故か顔をしかめる。近くにいたメイドを睨みつけ声をかけようとしたとき、側に来たのは王太子フォルカーだった。
ロイターは慌てて起立し、貴族らしく一礼する。
「これはこれはフォルカー殿下……」
「久しぶりに顔を見たぞ、ロイター。お前は運がいい。ほら、見ろ。今日のために従者が王家にふさわしい装いを着付けてくれた。特にこの右手にはめた指輪……。王妃の故郷オルギルモア産のダイアモンドだ。これほど大粒でこれほどの純度を持った石は見つからない。まさに天が相応しい者、場所を選んで与えたものだと…そう思わないか?」
「ええ!勿論でございます…!まさに殿下の御手を飾るに相応しい逸品でございます!」
「時に…最近そちらの調子はどうだ?」
「はい、おかげさまで問題なく……」
「それは良かった。お前には我が従者も随分世話になったようだし、元気でいてもらわねば困る」
「は……?」
はっはっはと高笑うフォルカー。言葉の意図がわからないロイターがあっけに取られた瞬間、王子の硬く握られた右手の拳が頬にめり込み、さっきまで座っていた椅子ごと壁にぶっ飛ばされた。
それだけではない。フォルカーはにこやかな表情そののままに、右・左・右・左・足・足・足・足・足足足足足足足足足足足・ 椅子と流れるような力技を披露した。
手(椅子)が止まる頃、ロイター卿の顔は風船のように腫れ上がり息をするのも苦しそうに肩を上下させる。王子が一歩踏み出すと言葉にならない声で「ヒャ……ッ」と身を引いた。
「俺は弱ってる人間を殴る趣味は無くてな」
故に、健康体でいてもらわねばならないということだ。
「おお!これは王妃様の得意技『ドスカラットパンチ』!!連蹴からの椅子投下への無駄のない動きは生き写しのようだ!」
喜んだのは、たまたま父とその場に来ていたクラウス司教。「今日の合計はどれぐらいだ?」という問いに、フォルカーは「560カラット」と爽やかに両手を広げ、原石の形をそのままのような宝石(という名の凶器)を見せびらかした。
他の大臣達は王子の氷山のような笑顔に一歩も動けず、ダーナー卿は何かを思い出したのかすーーーっと気を失いかけたのだという。
『あの日』の礼はしてもしてもまだ足りないらしく、ロイター卿の持っていた領地はその殆どを没収され役職も外された。
少年好きの趣味が起こした不祥事は即日家族にもバレた。王家の怒りに触れた男を一族は許さず、息子には親子の縁を切られ、妻と娘はさっさと荷物をまとめて実家に戻ってしまった。そして一人になった彼は療養の為という名目で唯一残された家に引き籠ってしまったそうだ。
恐ろしいほど迅速に行われたロイターへの処分は、フォルカーがかねてより機を伺っていたことを疑いのないものにし、一声かけるタイミングすら無かったウルリヒ王はこめかみを押さえて深いため息をつくのだった。
――――という一連の話を聞き、大臣達同様固まってしまったポルト。確かにフォルカーは自分に向かって「俺が守ってやるから」とは言っていたが、彼の言う『守る』は報復までがセットだったようだ。
(あの人は………)
想定以上の罰で悲惨な末路を迎えてしまったロイターに少し同情する。でもそれ以上に何故かソワソワとして落ち着かない。
サーコートの裾を掴む指先がくすぐったそうにもそもそと動く。何かを追い払うように慌てて首を振った。
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