35 / 35
第三十五話 「冒険者になれなくても」
しおりを挟む音に遅れて、嫌な感触がナイフを伝って右手にやってくる。
刃には徐々に鮮血が滴り、ポタポタと森の地面に赤い斑点を残していった。
そしてルークディアは、自分が刺されたことにしばし気付かず、呆けた面で眼前の僕を見つめていた。
やがて奴は、遅れて自分の胸元に視線を落とす。
それから、僕が突き出したナイフの半分が胸に沈み込んでいるのを見て、ようやく彼は何が起こったのか理解した。
「あ……ぐぁ……!」
痛みからか、それとも苦しみからか、途切れ途切れの声を漏らす。
血が溢れ出す胸元を何とかして押さえようとするが、手が震えて上手くいかないようだった。
ゆっくりと時間を掛けて僕のナイフを掴むと、憎々し気な目をこちらに向けてきた。
「て、てめぇ……マジでやりやがったな……」
「言ったはずだ。痛めつけられて終わりなんて甘ったるい考えは、今すぐに捨てておけって」
奴の胸元から躊躇なく短剣を引き抜く。
それによってルークディアは仰向きに倒れ、朧気な目をして空を見上げた。
完璧な致命の一撃。
実際に人殺しをしたことはないが、手応えは充分だった。
これで奴は、間違いなく”死ぬ”。
「こ、この、クソガキがぁ……。これでてめえも、人殺しの仲間入りだよ。俺を殺したとなれば、すぐにそれは知れ渡る。名実ともに暗殺者として、てめえは世界から拒絶されるんだよ」
「……」
死ぬ間際の、せめてもの抵抗なのだろうか。
変わらず僕に罵倒を浴びせながら、ルークディアはじわりと死に近づいていく。
そのまま立ち去ればよかったものの、僕はなぜか最期までその場に留まり続けてしまった。
「一生後悔しな、クソ暗殺者が。人殺しのてめえなんかに、居場所も味方も、ありはしねえ……」
相も変わらずの幼稚な罵り。
のはずだったのだが、意外なことにそれは僕の心に僅かばかりの傷を付けた。
そして、その後に続く言葉がなかったので……
僕は倒れるルークディアに背を向け、その場を後にした。
一級冒険者ルークディアの死は、闇ギルドに戻った翌日に町中に知れ渡ることとなった。
殺害した犯人は、『暗殺者アサト』。
ルークディアの仲間が証言したのか、はたまた彼自身が死の直前に何らかのメッセージでも残したのか。
それらは定かではないが、以前、冒険者試験を受けに来ていた少年として、僕は見事に手配書に名を連ねることとなってしまった。
それを知ってから数日…………僕は設定された依頼にも行かず、借りている宿部屋でぼぉーっとした日々を過ごしていた。
「……」
静けさに包まれた部屋の机で、頬杖をつきながらじっとする。
何かをする気も、動くことさえも、今では面倒に感じていた。
そんな中、誰かが部屋のドアをコンコンとノックしてくる。
こちらからの返事がないことを了承と受け取ったのか、その人は極力静かに部屋に入ってきた。
そして依然として机で呆けている僕を見て、心配そうな顔をする。
「まだ、気にしているんですか?」
「……」
パーティーメンバーのリスカから声を掛けられ、僕は自然とそちらから目を逸らしてしまう。
しかし彼女はそのことを咎めることもなく、優しい言葉を掛け続けてくれた。
「殺したことを気にしているのでしたら、それは仕方のないことだったんですよ。彼を止めていなければ、また誰か他の闇冒険者がやられていた可能性があります。それにほら、私なんて狂人化してる時に、いったいどれだけの人を傷つけてきたかわかりませんし、そこまで気にすることは……」
「あぁ、いや、殺したことについては、別にもういいんだよ」
「……?」
見当違いなことを言われて、つい言葉が漏れてしまう。
リスカは久方ぶりに口を開いた僕を見て、二重の疑問符を頭上に浮かべた。
殺してことについてはもういい。その理由を問いたいという意思が表情から窺える。
僕はすっかり乾いた口で、その意味を話すことにした。
「あれは依頼のためにやったことだし、僕自身も相当あいつには怒ってたから、殺したことに後悔とかはしてないよ。罪悪感がまったくないって言ったら嘘になるけど」
「で、では、何をそんなに気に掛けて……?」
数日も部屋に閉じこもり、罰金があるはずの闇クエストをいくつも放棄している。
人を殺したことを悔いているのではないなら、いったい何にショックを受けているというのか。
僕は遠い日のことを思い出すように続けた。
「なんていうかさ、今まで暗殺者の影の薄さのせいで、僕はあんまり人と関わらない生き方をしてきたから、こうして誰かに注目されるのって初めてでさ。元々は冒険者になって、みんなに認めてもらいたいって思ってたから、それが悪い形で実現しちゃって……。だから、なんていうかさ……」
自分でも下手くそだと思う作り笑いを浮かべて、僕はリスカに言った。
「周りから悪者として扱われるのは、あんまり気分のいいものじゃないね」
「……」
僕は冒険者になりたかった。
冒険者になって、たくさんの人たちの役に立って、みんなから認めてもらいたかったのだ。
それなのにいつの間にか、冒険者殺しとして悪名が轟いてしまった。
存在を認知されないより、悪い形で認知される方が何倍も辛いだなんて。
という胸の内を吐露すると、リスカはしばし何も言わずにこちらを見つめていた。
やがて彼女は、ふっと微笑んで返してくる。
「確かに、今回の件を経て、アサトさんは周囲から悪い意味で注目されてしまったと思います。冒険者として大成して皆から称えられるのとは真逆の結果となってしまいました。ですけど……」
相変わらずの柔らかい視線を貫き、彼女は言う。
「少なからずあなたに救われた人たちがいるんですよ」
「……」
……救われた人たち。
おそらく闇冒険者たちのことを指しているのだろう。
僕が闇冒険者狩りをしているルークディアを倒していなければ、また新たに犠牲者が出ていたと思う。
それを防げたのは闇冒険者としての功績として認められるとは思うが、それでも僕はその結果だけを見て自分を慰められる自信がなかった。
という心中を察したように、リスカは続ける。
「もちろん、冒険者になっていたとしたら、より多くの善良な市民たちを救うことができていたと思います。しかし、冒険者になれなかったとしても誰かを救うことはできます。今回のように。それにですね……」
「……?」
「アサトさんがこうして闇冒険者になっていなかったら、私たちはあなたに出会うことができていなかったんですよ。だから少なくとも、私たちはアサトさんのことを認めて、闇冒険者になってくれて感謝をしています。それだけじゃ、いけないですか?」
首を傾げて問いかけてくる。
と、ちょうどそのタイミングで、また一人部屋の中にちょこちょこと入ってきた。
もう一人のパーティーメンバーであるドーラ。
僕は彼女たち二人を前にして、しばし違った意味で放心してしまう。
闇冒険者になっていなかったら、この二人と会うこともなかった。
いいや、最悪戦うべき敵として対峙していた可能性だってあるのだ。
だからこうして一緒に依頼を受けたり、他愛のない話で盛り上がったり、慰め合ったりしていることは、奇跡以外の何物でもない。
それだけじゃダメなのか? というリスカの問いに対し、僕は本心からの笑みを浮かべてかぶりを振った。
「ううん、充分嬉しい」
「それならよかったです」
同じく仲間の二人も、心からの笑みを返してくれた。
確かに冒険者になりたいと思ったのは、みんなに認めてもらいたいという夢があったからだ。
でも僕は、それ以前に……
心の底から信頼できる仲間がほしいと思っていたのだ。
たとえ冒険者になれなかったとしても、僕にはちゃんとした仲間がいる。
信頼できるパーティーメンバーがいる。
それだけでもう充分だったのだ。
周りの人間から蔑まれたりしても、褒められなかったとしても、慰めてくれる仲間がいればそれだけでいい。
それにたぶんこれからも、闇冒険者として窃盗や誘拐や暗殺などの依頼を受けることになるとは思う。
でも、この仲間たちと一緒ならきっと大丈夫だ。僕はそう思い、二人に笑みを向けながら暗い気持ちから抜け出した。
0
お気に入りに追加
1,616
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(28件)
あなたにおすすめの小説
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こんな「鬱陶しい」主人公がどう変わっていくのか楽しみやな
まぁ書きようが無くてエタッたっぽいから途中までやけど
いや、マジでやりやがったなって、最初からずっと殺す言ってるやんw
その飲み込みの悪さというか、危険を感じられない鈍さとゆーか…よく生き残ってこられたな
あれか、『慢心、ダメ絶対』ってやつか
祝再開!
これからも楽しみにして読ませて頂きマス!٩( 'ω' )و
コメントありがとうございます。
長らく更新してなくて申し訳ございません。
区切りのいいところまで書き終わっているのでそこまで毎日更新したいと思います。