31 / 35
第三十一話 「闇冒険者狩り」
しおりを挟む馬車の中から引っ張り出された女性は、全身を黒衣で覆い、闇に紛れやすい格好をしていた。
手足を厳重に縛られており、眠っているのではなく気を失っている様子からも、おそらく一般の人ではないだろう。
いったい彼女はどこの誰なのか?
とにもかくにも僕たちは、大木の裏に隠れて彼らの様子を窺うことにした。
すると魔法使いらしき男性冒険者が、女性を引っ張り出したルークディアに対し、思わずといった感じで苦笑を滲ませた。
「ル、ルーさん、またそれですか」
同じく戦士らしき人も、若干引いた様子でルークディアのことを見ている。
彼らのそんな視線を受けたルークディアは、至って普段通りの表情で言い返した。
「んっ? 別にいいだろこれくらい。仕事終わりのストレス発散みたいなもんだよ。俺が捕まえた”獲物”だしな」
その表現に、何やら違和感を覚えてしまう。
今目の前で起きているのは、いったいどういう状況なのか。
僕の理解が追いつくより先に、ルークディアが女性に対して声を掛けた。
「お~い、ちゃんと起きてるかお嬢ちゃ~ん? 起きてくんないと始めらんないんだけどぉ」
「うっ……」
女性は顔をしかめながら目を覚ます。
しばし寝ぼけてぼんやりとすると、やがて周りの景色を眺めて疑問符を浮かべた。
「こ、ここは……?」
「別にどこだっていいだろ。とにかく今から足枷外してやるから、死に物狂いで”避けろ”よなぁ」
「……?」
避ける?
女性と同様、僕らもその言葉に首を傾げた。
するとルークディアは、女性の足を縛っていたロープを解き始める。
それが済むと、僅かに距離をとって、不意に右手を構えた。
開いたそれを座り込む女性に向けて、カッと目を見開く。
「そら、『フレイムショット』!」
「――ッ!?」
瞬間、ルークディアの右手から、眩い火球が撃ちだされた。
火属性魔法のフレイムショット。
あまりに唐突なことに、女性は驚愕しながらその場から飛び退る。
間一髪で火の玉を避けると、額に青筋を立てて声を荒げた。
「な、何すんのよあんた!?」
「おぉ、さっすが”闇冒険者”! 弱っててもよく動いてくれるねぇ」
ルークディアは愉快な笑い声を響かせる。
対して仲間の二人は苦笑しながらその様子を見守り、僕は密かに驚きを覚えていた。
今、確かに奴は、あの黒ずくめの女性のことを闇冒険者と呼んだ。
となると彼女は、あいつらに捕まった闇冒険者の一人ということなのだろうか?
闇に紛れやすい格好をしていることからも、おそらくそれで正しいと思う。
じゃあ、あいつは今なにをやっているのだ?
「そら次行くぞ! 『エアロブラスト』!」
続けて右手から突風を撃ち出す。
女性はそれも紙一重で回避すると、始めから弱っていたせいだろうか、苦しそうな声を漏らした。
「くっ――!」
目も当てられないその光景に、ルークディアの仲間の一人が苦笑いしながら言う。
「は、はは。女相手にも容赦ないっすね」
決して彼の行為に手を貸すこともなく、また止めることもしない。
だからルークディアは手を休めることなく、逃げ回る女性に対して魔法を撃ち続けた。
「あははは! いいねいいねぇ! その調子だよ闇冒険者! 必死こいて避けまくれ!」
多種多様な魔法の数々。
女性も必死に逃げてはいるが、いまだに両手を後ろ手に拘束されたままなので、思うように体を動かせていない。
ゆえに、ついに魔法の一つが女性の背中を的確に捉えた。
「ぐあっ!」
彼女は凄まじい火球を受けて、遠方へと吹き飛ばされる。
それを見たルークディアは、先刻よりも一層笑みを深めて声を上げた。
「は~い残念でしたぁ! 試合しゅ~りょ~!」
次いで女性のもとまで歩み寄り、面白がるような目で彼女を見下ろす。
すると女闇冒険者は、不可解な行動を取る冒険者に対し、睨みと共に疑問をぶつけた。
「な、なんでこんなことを……」
「はっ? なんで? 別に理由なんてどうでもいいだろ? 俺はただ魔法の練習がしたくて捕まえた闇冒険者を”的”にしてるだけだっつーの」
その答えに女闇冒険者は、ぎりっと歯を食いしばる。
なんとなくそんな気はしていたが、まさかその悪い予感が当たるとは。
あのルークディアという青年冒険者は、目の前の闇冒険者を”魔法の的”にしていた。
まるで遊びをするみたいに。
傍らで顔をしかめながらその様子を見ていると、ルークディアはさらに女性を挑発するように続けた。
「まあ最近は魔法の練習よりかは、犯罪者をいたぶる方が楽しくなってきたって感じだけどな。だから今日もこうして、クエスト終わりに闇冒険者を痛めつけてるってわけだよ」
「こ、このゲス冒険者が……」
「おいおい闇冒険者が何言ってやがんだよ。犯罪者を魔法の的にすることの何がいけないっていうんだ? 捕まえた闇冒険者が少し傷ついてたところで、交戦時にやむを得なく付けたってことにすればそれで済むしな」
ルークディアは別段、自分がおかしいことを言っているという自覚がない様子でそう返す。
こいつにとって闇冒険者を痛めつけることは、悪いことでもなんでもないと思っているのだ。
ストレス発散のための木偶人形にしようと、魔法の練習のために的にしようとも。
すべて正当な行為。だって奴は冒険者で、相手は闇冒険者だから。
その事実を目の当たりにして、僕は魂が抜けたように放心してしまう。
これがルークディアという冒険者の真の姿なのか?
一級冒険者として町の人たちのために戦い、仲間たちからも尊敬される存在。
そんな彼は、陰で罪人を傷つけて悦に浸っていた。
相手が闇冒険者だからって、それは本当に正しいことなのか?
これこそが、僕が小さい頃から目指していた冒険者なのか?
こんなのは……こんな冒険者は……僕がなりたいと思っていた冒険者とは違う。
「んじゃあそろそろ手足の一本でも吹っ飛ばして、冒険者ギルドに引き渡してやるから、せいぜい痛みに喘ぐ準備でもしておきな」
ルークディアは腰から長剣を抜き、それを上段に構える。
対して女闇冒険者は逃げる体力もなく、その景色を悔しそうな表情で黙って見つめていた。
そして傍らからそれを見守っている僕は、こんな状況だというのにふとクロムさんの言っていたことについて思い出していた。
殺しの依頼があるということは、そいつに殺されるだけの理由があるということ。
彼女はこのつもりで言っていたのではないだろうが、奇しくもそれは現状にとても当てはまっている。
闇ギルド側の都合で暗殺クエストが設定されはしたが、もしかしたらギルドはこのことすら把握して、依頼を発行したのではないか?
本当の目的は、この非道な一級冒険者の悪事を止めさせるためだった。
では、なぜその役目を僕に担わせたのか。
これももしかしたらとしか言いようがないが、闇ギルド側は僕にこの光景を見せたかったのではないか?
見せて、それを一つの転機として僕に与えたかったのではないか?
いや、さすがにそれは考え過ぎだな。
そこまではどうかわからないし、真実は直接聞くまで明らかになることはない。
それより何よりも、今はやるべきことがある。
考える前に――動けっ!
「リスカ、ドーラ」
「「えっ?」」
「あいつ以外の二人を引き付けて、しばらく足止めをお願い。僕とあいつの戦いに巻き込まれないように」
「「……」」
口早に言い残すと、僕はすかさず大木の裏から飛び出した。
「そら新技だぞ闇冒険者! 『エアロエンチャント』!」
瞬間、ルークディアの長剣が見る間に鋭利な突風に包まれる。
より危なさを増したその刃は、倒れる女性を目掛けて一直線に振り下ろされた。
その間に僕は、腰裏からナイフを抜き、奴と闇冒険者の間に割り込む。
風魔法で強化された刃をいなし、同時に女性を抱えて後ろに飛ぶと、ルークディアの表情が一瞬だけ固まった。
「あっ?」
やがて彼は細めた目を上げ、鋭い視線をこちらに向けてくる。
0
お気に入りに追加
1,618
あなたにおすすめの小説
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。
udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。
他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。
その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。
教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。
まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。
シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。
★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ)
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。
石八
ファンタジー
主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる