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第三十一話 「闇冒険者狩り」

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 馬車の中から引っ張り出された女性は、全身を黒衣で覆い、闇に紛れやすい格好をしていた。
 手足を厳重に縛られており、眠っているのではなく気を失っている様子からも、おそらく一般の人ではないだろう。
 いったい彼女はどこの誰なのか?
 とにもかくにも僕たちは、大木の裏に隠れて彼らの様子を窺うことにした。
 すると魔法使いらしき男性冒険者が、女性を引っ張り出したルークディアに対し、思わずといった感じで苦笑を滲ませた。

「ル、ルーさん、またそれですか」

 同じく戦士らしき人も、若干引いた様子でルークディアのことを見ている。
 彼らのそんな視線を受けたルークディアは、至って普段通りの表情で言い返した。

「んっ? 別にいいだろこれくらい。仕事終わりのストレス発散みたいなもんだよ。俺が捕まえた”獲物”だしな」

 その表現に、何やら違和感を覚えてしまう。
 今目の前で起きているのは、いったいどういう状況なのか。
 僕の理解が追いつくより先に、ルークディアが女性に対して声を掛けた。

「お~い、ちゃんと起きてるかお嬢ちゃ~ん? 起きてくんないと始めらんないんだけどぉ」

「うっ……」

 女性は顔をしかめながら目を覚ます。
 しばし寝ぼけてぼんやりとすると、やがて周りの景色を眺めて疑問符を浮かべた。

「こ、ここは……?」

「別にどこだっていいだろ。とにかく今から足枷外してやるから、死に物狂いで”避けろ”よなぁ」

「……?」

 避ける?
 女性と同様、僕らもその言葉に首を傾げた。
 するとルークディアは、女性の足を縛っていたロープを解き始める。
 それが済むと、僅かに距離をとって、不意に右手を構えた。
 開いたそれを座り込む女性に向けて、カッと目を見開く。

「そら、『フレイムショット』!」

「――ッ!?」

 瞬間、ルークディアの右手から、眩い火球が撃ちだされた。
 火属性魔法のフレイムショット。
 あまりに唐突なことに、女性は驚愕しながらその場から飛び退る。
 間一髪で火の玉を避けると、額に青筋を立てて声を荒げた。

「な、何すんのよあんた!?」

「おぉ、さっすが”闇冒険者”! 弱っててもよく動いてくれるねぇ」

 ルークディアは愉快な笑い声を響かせる。
 対して仲間の二人は苦笑しながらその様子を見守り、僕は密かに驚きを覚えていた。
 今、確かに奴は、あの黒ずくめの女性のことを闇冒険者と呼んだ。
 となると彼女は、あいつらに捕まった闇冒険者の一人ということなのだろうか?
 闇に紛れやすい格好をしていることからも、おそらくそれで正しいと思う。
 じゃあ、あいつは今なにをやっているのだ?

「そら次行くぞ! 『エアロブラスト』!」

 続けて右手から突風を撃ち出す。
 女性はそれも紙一重で回避すると、始めから弱っていたせいだろうか、苦しそうな声を漏らした。

「くっ――!」

 目も当てられないその光景に、ルークディアの仲間の一人が苦笑いしながら言う。

「は、はは。女相手にも容赦ないっすね」

 決して彼の行為に手を貸すこともなく、また止めることもしない。
 だからルークディアは手を休めることなく、逃げ回る女性に対して魔法を撃ち続けた。

「あははは! いいねいいねぇ! その調子だよ闇冒険者! 必死こいて避けまくれ!」

 多種多様な魔法の数々。
 女性も必死に逃げてはいるが、いまだに両手を後ろ手に拘束されたままなので、思うように体を動かせていない。
 ゆえに、ついに魔法の一つが女性の背中を的確に捉えた。

「ぐあっ!」

 彼女は凄まじい火球を受けて、遠方へと吹き飛ばされる。
 それを見たルークディアは、先刻よりも一層笑みを深めて声を上げた。

「は~い残念でしたぁ! 試合しゅ~りょ~!」

 次いで女性のもとまで歩み寄り、面白がるような目で彼女を見下ろす。
 すると女闇冒険者は、不可解な行動を取る冒険者に対し、睨みと共に疑問をぶつけた。

「な、なんでこんなことを……」

「はっ? なんで? 別に理由なんてどうでもいいだろ? 俺はただ魔法の練習がしたくて捕まえた闇冒険者を”的”にしてるだけだっつーの」

 その答えに女闇冒険者は、ぎりっと歯を食いしばる。
 なんとなくそんな気はしていたが、まさかその悪い予感が当たるとは。
 あのルークディアという青年冒険者は、目の前の闇冒険者を”魔法の的”にしていた。
 まるで遊びをするみたいに。
 傍らで顔をしかめながらその様子を見ていると、ルークディアはさらに女性を挑発するように続けた。

「まあ最近は魔法の練習よりかは、犯罪者をいたぶる方が楽しくなってきたって感じだけどな。だから今日もこうして、クエスト終わりに闇冒険者を痛めつけてるってわけだよ」

「こ、このゲス冒険者が……」

「おいおい闇冒険者が何言ってやがんだよ。犯罪者を魔法の的にすることの何がいけないっていうんだ? 捕まえた闇冒険者が少し傷ついてたところで、交戦時にやむを得なく付けたってことにすればそれで済むしな」

 ルークディアは別段、自分がおかしいことを言っているという自覚がない様子でそう返す。
 こいつにとって闇冒険者を痛めつけることは、悪いことでもなんでもないと思っているのだ。
 ストレス発散のための木偶人形にしようと、魔法の練習のために的にしようとも。
 すべて正当な行為。だって奴は冒険者で、相手は闇冒険者だから。
 その事実を目の当たりにして、僕は魂が抜けたように放心してしまう。
 
 これがルークディアという冒険者の真の姿なのか?
 一級冒険者として町の人たちのために戦い、仲間たちからも尊敬される存在。
 そんな彼は、陰で罪人を傷つけて悦に浸っていた。
 相手が闇冒険者だからって、それは本当に正しいことなのか?
 これこそが、僕が小さい頃から目指していた冒険者なのか?
 こんなのは……こんな冒険者は……僕がなりたいと思っていた冒険者とは違う。

「んじゃあそろそろ手足の一本でも吹っ飛ばして、冒険者ギルドに引き渡してやるから、せいぜい痛みに喘ぐ準備でもしておきな」

 ルークディアは腰から長剣を抜き、それを上段に構える。
 対して女闇冒険者は逃げる体力もなく、その景色を悔しそうな表情で黙って見つめていた。
 そして傍らからそれを見守っている僕は、こんな状況だというのにふとクロムさんの言っていたことについて思い出していた。
 殺しの依頼があるということは、そいつに殺されるだけの理由があるということ。
 彼女はこのつもりで言っていたのではないだろうが、奇しくもそれは現状にとても当てはまっている。
 闇ギルド側の都合で暗殺クエストが設定されはしたが、もしかしたらギルドはこのことすら把握して、依頼を発行したのではないか?
 本当の目的は、この非道な一級冒険者の悪事を止めさせるためだった。
 
 では、なぜその役目を僕に担わせたのか。
 これももしかしたらとしか言いようがないが、闇ギルド側は僕にこの光景を見せたかったのではないか?
 見せて、それを一つの転機として僕に与えたかったのではないか?
 いや、さすがにそれは考え過ぎだな。
 そこまではどうかわからないし、真実は直接聞くまで明らかになることはない。
 それより何よりも、今はやるべきことがある。
 考える前に――動けっ!

「リスカ、ドーラ」

「「えっ?」」

「あいつ以外の二人を引き付けて、しばらく足止めをお願い。僕とあいつの戦いに巻き込まれないように」

「「……」」

 口早に言い残すと、僕はすかさず大木の裏から飛び出した。

「そら新技だぞ闇冒険者! 『エアロエンチャント』!」

 瞬間、ルークディアの長剣が見る間に鋭利な突風に包まれる。
 より危なさを増したその刃は、倒れる女性を目掛けて一直線に振り下ろされた。
 その間に僕は、腰裏からナイフを抜き、奴と闇冒険者の間に割り込む。
 風魔法で強化された刃をいなし、同時に女性を抱えて後ろに飛ぶと、ルークディアの表情が一瞬だけ固まった。

「あっ?」

 やがて彼は細めた目を上げ、鋭い視線をこちらに向けてくる。
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