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第十七話 「覚醒の予兆」

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 ヴァイスの表情に違和感を覚えた。
 具体的にどう引っかかっているのかは言葉にしづらいが、ともかく何やらおぞましい感じがする。
 二階から食堂を見下ろしつつそう思っていると、兵の隊長が少し委縮した様子で返した。

「お、お言葉ですがヴァイス様、あのジャスティ様がそのようなことをするとは、少し考えにくいのですが」

 瞬間、彼はヴァイスに睨みつけられる。
 それを受けてさらに尻込みをし、兵は目を伏せてしまった。
 ジャスティ、というのが誰なのかは定かではないが、話の流れからするとヴァイスが言った兄上という人物だろうか。
 その者と敵対関係にあるのか、兵が庇うような言葉を口にして視線で咎めた。というシーンでいいのかな?
 いまいち話が掴めずに見守っていると、ヴァイスはそれ以上兵を責めることはせず、逆に頷きを返した。

「ふむ、まあ確かにあのプライドの高い兄上ならば、そんな回りくどいことはせず真正面から取り返しに来るであろうな。あっ、いや、取り返すではなく奪いに、か。これは正真正銘、私の物だからな」

 再びの不気味な笑み。
 続いて兵が反応を示す。

「そ、それならばやはり、わざわざヴァイス様が自らお持ちになる必要は……」

「いやいや、確かに兄上が賊に依頼するのは少し考えにくいが、他の者が代わって依頼をする可能性は充分にあるであろう。ただでさえ主人の無様な負け姿を拝んだのだからな、代わって宝剣を奪おうと考える従者がいても不思議ではない」

 上品にワイングラスを揺らしながら言うと、一層おぞましい笑みを深く歪めた。
 そして遠い日のことを思い出すようにして続ける。

「ふふっ、傑作であってな。変わり者であった父上の遺言に従い、領主の座を賭けて執り行なった決闘。衆人環視の中で一方的に私に痛めつけられ、領主の証である宝剣をまんまと取られたあの阿呆が。さぞ悔しかったことであろうな」

 物静かな食事の席を、彼なりに盛り上げようとしているのだろうか。
 まったくもってセンスのない話題選びに、さらに食堂は陰気臭くなってしまった。
 が、ヴァイスはそれに気付いていないのか、構わずに続ける。

「兄上はいつも私の上を行っていた。勉学や武道、その他多く。誰もが兄上を慕い、そして領主を継ぐと確信すらしていた。しかし、そこに降って湧いてきた父上の遺言書。希望すれば領主の証である宝剣を、決闘で取り合ってもいいという。これを利用しない手はない。確かに兄上は私の上を行っていた。だが地頭の方は少し足りなかったようだな」

 それを聞いた兵は、心なしか頬を引き攣らせたように見えた。
 だがすぐに元の顔に戻ると、確認を取るようにして尋ねる。

「『魔導士』の天職による『強化魔法』……ですか」

「んっ? 私は別に何も言ってはいないぞ。正々堂々と一対一で戦っている時に、勝手に空から降ってきたのだ。いいや、私が土壇場で真の力に目覚めたのかもしれんな。まさに勇者のように」

 ここで耐え切れなくなったといわんばかりに、ついにヴァイスが盛大に吹き出した。
 しばし食堂には彼の笑い声だけが響き渡る。
 周りでは相変わらず無表情の兵たちが佇んでいるだけで、異様な光景が眼下に広がっていた。
 やがて笑いが収まり、隊長と思しき人物にヴァイスが言う。

「とまあ、そのようなことがあったからな、兄上が刺客を送り込んでくる可能性も否定はできないということだよ。あの悔しさが一朝一夕で拭えるはずもない。奴はいまだに領主の座を……この宝剣を狙っていることに違いないぞ」

 最後にヴァイスは卓上から宝剣を取り上げて、にやりと不気味に微笑んでみせた。
 以上の会話を聞き、僕とリスカはいったん食堂から視線を外す。
 そして互いに顔を見合わせて、かくんと首を傾げた。
 まず先に彼女が疑問を口にする。

「えぇ~とぉ、これってつまり……?」

 僕は断片的な話を元に、当てずっぽうで答えてみた。

「お父さんの跡、つまりは領主を継ぐためにお兄さんと決闘して、ずるして勝ったってことじゃないかな? たぶん」

「えっ、それっていいんですか?」

「い、いや、いいわけないだろうけど」

 でも事実、今の領主はヴァイスが引き継いでいることになっている。
 能力とプライドが高く、誰からも慕われるお兄さんではなく、ヴァイスが。
 ということは、あの領主の証っぽい宝剣を盗んでくるように闇ギルドに依頼したのは、お兄さんということになるのだろうか?
 あっ、いや、その可能性はないと思う。
 話を聞いた限りだが、とてもプライドが高いように思えるし、ヴァイスの言ったとおりお兄さんを慕う誰かが依頼したと考えるのが妥当だろう。
 例えば……

「……」

 ちらりと下の食堂を一瞥して、すぐに目を逸らす。
 依頼主についてはこの際知らなくてもいいことだ。
 僕が今考えるべきなのは、依頼の事情や意味などではなく、盗みができるかどうかということ。
 その心の準備をするために一度ここに身を潜めたのだから、そろそろ決心してもいい頃だろう。
 そう思って、僕は今一度『宝剣』を盗み出すことについて深く考えてみた。
 
「……あ、あれ?」

 考えてみた、のだが。
 先ほどのようなもやもやが出てくることは一切なかった。
 というより……

「……」
 
 僕の心の中からはいつの間にか。
 ”躊躇い”というものが、綺麗さっぱりなくなっていた。
 その代わりと言ってはなんだが、ふつふつと別の何かが湧いてきている。
 目標の宝剣を持つヴァイスの顔を見ると、さらにそれは爆発的に増していき、自然握られた拳に一層の力が入った。
 そんなこと露知らず、リスカが尋ねてくる。

「そ、それで、どうしますか? アサトさん、あれを盗む決心はつきましたか?」

 逆にリスカの方が決心がついていなさそうに聞いてきて、僕は肩をすくめて答える。

「それならもう大丈夫。心配はいらないよ」

「そ、そうですか。では、どうやってあれを持ち去りましょうか。こっそり奪い取って、そのまま逃げちゃいますか?」

「……」

 普通に聞けば、なんとも間抜けな提案に思えることだろう。
 しかしおそらくそれが、一番現実的なやり方だ。
 こちらには隠密スキルがある。
 それを使えば姿を完全に隠すことができて、宝剣も難なく奪えることだろう。
 だから僕はリスカのその案に”概ね”賛成だった。
 そう、概ね。

「それが一番簡単でわかりやすいとは思う。だけど、ただ奪い取るだけじゃダメだ」

「えっ? ダメ? じゃあどうすればいいんですか?」

 リスカはきょとんと首を傾げる。
 普通に奪っただけじゃダメだ。
 今回設定された闇クエストをクリアするだけなら、それでもいいのだが。
 それではこの気持ちは決して晴れない。
 だから僕は……

「リスカ、ちょっと頼みがあるんだけど」

「は、はい?」

 有言実行というわけではないが、リスカに手を貸してもらうことにした。
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