17 / 35
第十七話 「覚醒の予兆」
しおりを挟むヴァイスの表情に違和感を覚えた。
具体的にどう引っかかっているのかは言葉にしづらいが、ともかく何やらおぞましい感じがする。
二階から食堂を見下ろしつつそう思っていると、兵の隊長が少し委縮した様子で返した。
「お、お言葉ですがヴァイス様、あのジャスティ様がそのようなことをするとは、少し考えにくいのですが」
瞬間、彼はヴァイスに睨みつけられる。
それを受けてさらに尻込みをし、兵は目を伏せてしまった。
ジャスティ、というのが誰なのかは定かではないが、話の流れからするとヴァイスが言った兄上という人物だろうか。
その者と敵対関係にあるのか、兵が庇うような言葉を口にして視線で咎めた。というシーンでいいのかな?
いまいち話が掴めずに見守っていると、ヴァイスはそれ以上兵を責めることはせず、逆に頷きを返した。
「ふむ、まあ確かにあのプライドの高い兄上ならば、そんな回りくどいことはせず真正面から取り返しに来るであろうな。あっ、いや、取り返すではなく奪いに、か。これは正真正銘、私の物だからな」
再びの不気味な笑み。
続いて兵が反応を示す。
「そ、それならばやはり、わざわざヴァイス様が自らお持ちになる必要は……」
「いやいや、確かに兄上が賊に依頼するのは少し考えにくいが、他の者が代わって依頼をする可能性は充分にあるであろう。ただでさえ主人の無様な負け姿を拝んだのだからな、代わって宝剣を奪おうと考える従者がいても不思議ではない」
上品にワイングラスを揺らしながら言うと、一層おぞましい笑みを深く歪めた。
そして遠い日のことを思い出すようにして続ける。
「ふふっ、傑作であってな。変わり者であった父上の遺言に従い、領主の座を賭けて執り行なった決闘。衆人環視の中で一方的に私に痛めつけられ、領主の証である宝剣をまんまと取られたあの阿呆が。さぞ悔しかったことであろうな」
物静かな食事の席を、彼なりに盛り上げようとしているのだろうか。
まったくもってセンスのない話題選びに、さらに食堂は陰気臭くなってしまった。
が、ヴァイスはそれに気付いていないのか、構わずに続ける。
「兄上はいつも私の上を行っていた。勉学や武道、その他多く。誰もが兄上を慕い、そして領主を継ぐと確信すらしていた。しかし、そこに降って湧いてきた父上の遺言書。希望すれば領主の証である宝剣を、決闘で取り合ってもいいという。これを利用しない手はない。確かに兄上は私の上を行っていた。だが地頭の方は少し足りなかったようだな」
それを聞いた兵は、心なしか頬を引き攣らせたように見えた。
だがすぐに元の顔に戻ると、確認を取るようにして尋ねる。
「『魔導士』の天職による『強化魔法』……ですか」
「んっ? 私は別に何も言ってはいないぞ。正々堂々と一対一で戦っている時に、勝手に空から降ってきたのだ。いいや、私が土壇場で真の力に目覚めたのかもしれんな。まさに勇者のように」
ここで耐え切れなくなったといわんばかりに、ついにヴァイスが盛大に吹き出した。
しばし食堂には彼の笑い声だけが響き渡る。
周りでは相変わらず無表情の兵たちが佇んでいるだけで、異様な光景が眼下に広がっていた。
やがて笑いが収まり、隊長と思しき人物にヴァイスが言う。
「とまあ、そのようなことがあったからな、兄上が刺客を送り込んでくる可能性も否定はできないということだよ。あの悔しさが一朝一夕で拭えるはずもない。奴はいまだに領主の座を……この宝剣を狙っていることに違いないぞ」
最後にヴァイスは卓上から宝剣を取り上げて、にやりと不気味に微笑んでみせた。
以上の会話を聞き、僕とリスカはいったん食堂から視線を外す。
そして互いに顔を見合わせて、かくんと首を傾げた。
まず先に彼女が疑問を口にする。
「えぇ~とぉ、これってつまり……?」
僕は断片的な話を元に、当てずっぽうで答えてみた。
「お父さんの跡、つまりは領主を継ぐためにお兄さんと決闘して、ずるして勝ったってことじゃないかな? たぶん」
「えっ、それっていいんですか?」
「い、いや、いいわけないだろうけど」
でも事実、今の領主はヴァイスが引き継いでいることになっている。
能力とプライドが高く、誰からも慕われるお兄さんではなく、ヴァイスが。
ということは、あの領主の証っぽい宝剣を盗んでくるように闇ギルドに依頼したのは、お兄さんということになるのだろうか?
あっ、いや、その可能性はないと思う。
話を聞いた限りだが、とてもプライドが高いように思えるし、ヴァイスの言ったとおりお兄さんを慕う誰かが依頼したと考えるのが妥当だろう。
例えば……
「……」
ちらりと下の食堂を一瞥して、すぐに目を逸らす。
依頼主についてはこの際知らなくてもいいことだ。
僕が今考えるべきなのは、依頼の事情や意味などではなく、盗みができるかどうかということ。
その心の準備をするために一度ここに身を潜めたのだから、そろそろ決心してもいい頃だろう。
そう思って、僕は今一度『宝剣』を盗み出すことについて深く考えてみた。
「……あ、あれ?」
考えてみた、のだが。
先ほどのようなもやもやが出てくることは一切なかった。
というより……
「……」
僕の心の中からはいつの間にか。
”躊躇い”というものが、綺麗さっぱりなくなっていた。
その代わりと言ってはなんだが、ふつふつと別の何かが湧いてきている。
目標の宝剣を持つヴァイスの顔を見ると、さらにそれは爆発的に増していき、自然握られた拳に一層の力が入った。
そんなこと露知らず、リスカが尋ねてくる。
「そ、それで、どうしますか? アサトさん、あれを盗む決心はつきましたか?」
逆にリスカの方が決心がついていなさそうに聞いてきて、僕は肩をすくめて答える。
「それならもう大丈夫。心配はいらないよ」
「そ、そうですか。では、どうやってあれを持ち去りましょうか。こっそり奪い取って、そのまま逃げちゃいますか?」
「……」
普通に聞けば、なんとも間抜けな提案に思えることだろう。
しかしおそらくそれが、一番現実的なやり方だ。
こちらには隠密スキルがある。
それを使えば姿を完全に隠すことができて、宝剣も難なく奪えることだろう。
だから僕はリスカのその案に”概ね”賛成だった。
そう、概ね。
「それが一番簡単でわかりやすいとは思う。だけど、ただ奪い取るだけじゃダメだ」
「えっ? ダメ? じゃあどうすればいいんですか?」
リスカはきょとんと首を傾げる。
普通に奪っただけじゃダメだ。
今回設定された闇クエストをクリアするだけなら、それでもいいのだが。
それではこの気持ちは決して晴れない。
だから僕は……
「リスカ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「は、はい?」
有言実行というわけではないが、リスカに手を貸してもらうことにした。
0
お気に入りに追加
1,616
あなたにおすすめの小説
ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!
桜井正宗
ファンタジー
辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。
そんな努力もついに報われる日が。
ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。
日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。
仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。
※HOTランキング1位ありがとうございます!
※ファンタジー7位ありがとうございます!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。
そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。
しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。
そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。
転移した異世界が無茶苦茶なのは、オレのせいではない!
どら焼き
ファンタジー
ありがとうございます。
おかげさまで、第一部無事終了しました。
これも、皆様が読んでくれたおかげです。
第二部は、ゆっくりな投稿頻度になると思われます。
不遇の生活を送っていた主人公が、ある日学校のクラスごと、異世界に強制召喚されてしまった。
しかもチートスキル無し!
生命維持用・基本・言語スキル無し!
そして、転移場所が地元の住民すら立ち入らないスーパーハードなモンスター地帯!
いきなり吐血から始まる、異世界生活!
何故か物理攻撃が効かない主人公は、生きるためなら何でも投げつけます!
たとえ、それがバナナでも!
ざまぁ要素はありますが、少し複雑です。
作者の初投稿作品です。拙い文章ですが、暖かく見守ってほしいいただけるとうれしいです。よろしくおねがいします。
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる