97 / 98
最終章
第百三十五話 「悪夢再び」
しおりを挟む「ファ、ファナのフレアドラゴンがローグパスを飲んだって、それは本当なんですか!?」
「はいッス」
信じがたいと言うように目を見張って問うと、カレッジさんは緑髪を揺らしながら頷き返した。
その反応に、僕はますます驚愕に見舞われる。
フレアドラゴンが、あの欠陥だらけのレベルアップアイテム『ローグパス』を?
なんでそんなことになったんだ? いったいどういう経緯で……?
と思わず眉を寄せていると、その疑念が顔に出ていたのか、カレッジさんが事情を話してくれた。
「奴らが珍しいモンスターを狙って、ローグパス実験を行なっているのは知ってるッスよね?」
「は、はい。まあ……」
「その標的にされちゃったわけッスよ。彼女のAランクモンスター『フレアドラゴン』が」
「……」
実に簡潔に話してもらったのだが、それだけで僕は納得することができなかった。
いまだに信じられないというように首を振る。
「ど、どうしてそんなことになってるんですか? だってファナは、自分の相棒が危険にさらされたのに気付かないほど、鈍感じゃありません。彼女の注意力がある中で、フレアドラゴンにローグパスを服用させることなんて、どう考えても……」
不可能なはずです。
そう口にしようとした瞬間、即座にカレッジさんが声を挟んできた。
「どうもそれが、ややこしい話になってるみたいッスよ」
「……?」
「どうやらファナ・リズベルは、とんでもないお人好しみたいッスね。口頭で聞いただけッスけど、何やら彼女は冒険者になってからあまり日が経たないうちに、道端で困っている人に出くわしたみたいッス」
「困ってる人?」
「まあ、襲われてる人って言ったほうがいいッスね。一対五くらいで一方的に殴られている人がいて、すかさず彼女が助けに入ったみたいッス」
一度お茶を啜り、喉に潤いを加えてから彼女は続ける。
「聞くところによると、その襲われている人は、大切な従魔を相手の集団に攫われそうになったみたいで、勇気を持って止めにかかって返り討ちにあったみたいッス。従魔を人質に取られてどうしようもできない時に、ファナ・リズベルが割って入ったらしいッスよ」
「へ、へぇ……」
すごく、ファナらしい話だと思った。
珍しくもない従魔攫いを目の当たりにして、見ず知らずの人を助けようとした。
パルナ村にいた時と変わらず、ファナは優しい少女なんだ。
改めてそう感じていると、カレッジさんはさらに続けてくれた。
「当然戦えば彼女が勝ち、無事にその場を丸く収めることができたでしょうけど、相手側には人質がいて、ファナ・リズベルも手が出せずにいたらしいッス。そこで相手側から、ある提案を持ち出されたらしいッスよ」
「ある提案?」
「『こちらが持つ薬をフレアドラゴンに与えれば、人質の従魔は解放する』という、なんとも非道な提案ッス」
それを聞いた瞬間、僕は鋭く息を詰めた。
そんな提案をしてくる奴らは一つしかない。
従魔を攫おうとしていた集団は、モンスタークライムだったのだ。
冒険者になってあまり日が経たないうちに、奴らと出くわすなんて、ファナはなんて不運なんだろう。
そのような提案を持ち出されたら、きっと彼女は……
「当時はまだローグパスが知れ渡る前で、それはもう不可解な提案に聞こえたらしいッス。それに彼女は心優しく、もちろん従魔のフレアドラゴンも大切にしていて、しばらく答えを迷ったそうッスよ。でも、その場で奴らが自分の従魔に薬を飲ませ、毒薬でないことを見せたり、フレアドラゴン自身が”大丈夫”だという目をファナ・リズベルに向けて、仕方なくフレアドラゴンに薬を飲ませたらしいッス。その結果、無事に人質は解放されて、しばらくは効果も現れなかったんスけど……」
言いかけた彼女に代わり、僕が言った。
「遅れて副作用が出てしまったんですね」
「……その通りッス」
弱々しく頷いたカレッジさんを見て、僕は密かに一つの光景を頭に浮かべた。
以前に僕とライムが止めた、熊型のモンスター『ミークベア』のように。
フレアドラゴンは突如、ファナの言うことを聞かなくなったり、所構わず暴れまわったり、周りの人間に爪を立てたり。
きっとそうなってしまったに違いない。
だからこそファナは……
「他の人の目に付かず、かつ誰にも迷惑が掛からないだろうカレッジさんの預かり所に、フレアドラゴンを預けることにしたんですね」
「……察しがいいッスね。正しくその通りッスよ」
肩をすくめて頷いたカレッジさんは、すでに空になったお茶カップに目を落として、さらに続けた。
「ローグパス実験の被害に遭った従魔は、他にもたくさんいるッス。そうした従魔たちは総じて、テイマーズストリートの正門近くにある大きな預かり所に隔離されているんスけど、ファナ・リズベルだけはそうしなかったッス。理由はまあ、今ルゥ少年が言った通りなんスけど、それより何よりも彼女は、他の人に心配を掛けたくなかったみたいッスよ」
「……」
これもまた、すごくファナらしい話だと思った。
相棒のフレアドラゴンが暴れて、周りを傷つけてしまうのは自分のせいでもある。
だから誰にも迷惑を掛けず、かつ心配されないようにカレッジさんの隠れ家に相棒を預けた。
そしてたった一人で、事件を解決させようとしている。
そうと知った僕は、ふつふつと怒りが湧き上がるのを感じていた。
しかし不思議とそれは、事件の元凶となったモンスタークライムにではなく、どこか幼馴染のファナ・リズベルに向いている気がする。
僕は今、ファナに怒っている。なぜかはよくわからないけれど。
そして僕は、このもやもやを解消するためには一つしかないと思い、カレッジさんに言った。
「ファナのフレアドラゴンがカレッジさんの預かり所にいる理由はわかりました。どうして最初に僕たちのことを襲ってきたのかも。そして、ファナが今、何をしているのかも」
「……」
「お時間取らせてしまい申し訳ありませんでした。僕、もう行きますね。行かなければならないところがあるので」
お茶を一気に呷ると、僕は早々に席から立ち上がった。
そして水色の相棒を頭に乗せて、カレッジさんに背を向ける。
すると彼女は面倒見のいい母親のように、ファナを遠く見つめた様子でこくりと頷いた。
「はいッス。ウチからもよろしくお願いするッス。彼女のフレアドラゴンについては、大人しく寝かせておくので、その点は心配しないでくださいッス」
「はい、よろしくお願いします」
僕は知り合いになったばかりのカレッジさんと別れ、木造り小屋を後にする。
再びテイマーズストリートの裏路地に出ると、僕は肌寒い湿気まじりの空気を大きく吸い込んで、相棒に声を掛けた。
「行くよライム。今度こそ、奴らと決着をつけてやる!」
「キュルキュル!」
見つめる先は、宿敵モンスタークライム。
僕は長い因縁に決着をつけるべく、勢いよく走り出した。
0
お気に入りに追加
3,063
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
死んだのに異世界に転生しました!
drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。
この物語は異世界テンプレ要素が多いです。
主人公最強&チートですね
主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください!
初めて書くので
読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。
それでもいいという方はどうぞ!
(本編は完結しました)
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。