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第6章 肝試し大会編

第百二十九話 「頑張れ」

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 闇ギルド。
 冒険者ギルドとは対の存在。
 冒険者ギルドには頼めないような依頼を超高額で受け持つ、闇側の冒険者ギルドのこと。
 
 以前、シャルムさんからそう教えてもらったことがある。
 非道なモンスター研究を行なう組織――モンスタークライムが、新たな計画のためにロメを捕まえようとしていて、その依頼を受けて彼女のことを追い回していたのがそいつらだ。
 奴らは金のためならどんな依頼でも受ける。
 小さな女の子を傷だらけになるまで追いかけるし、他人の従魔はおろか自らの従魔だって乱暴に”使って”みせる。
 
 そんな連中が集う闇ギルドという組織に、ファナが入ろうとしている?
 僕の幼馴染で、初めての英雄であるファナ・リズベルが、闇ギルドに?
 オーランからそう聞かされて、僕は頭の中が真っ白になった。
 意識がぼんやりとする。周りの音も聞こえない。
 そして、気が付けば……
 
 僕は森の中を全力で駆けていた。
 
「はぁ……はぁ……はぁ……」

 激しく息を切らしながら足を動かす。
 自分はいったいどこに向かっているのか、それすらもわからない。
 無我夢中になって走っていると、やがて後方から呼び止められていたことに、今さらながら気が付いた。

「ちょ、ルゥ君! どこに行こうとしてるんですか!? 待ってください!」

 パーティーメンバーであるクロリアの声が耳に入り、僕は足を止める。
 いつの間にか頭上にはライムも乗っかっていて、本当にしばらく無意識の状態だったのだと思わされた。
 僕は息を切らしながら振り返る。

「クロ……リア……」

 すると彼女は、同じく疲れたように膝に手を当てながら言った。

「あの方からあんなことを聞いたから、びっくりしちゃったんですよね?」

「……」

 正しくその通りだった。
 先ほどオーラン・ガルドからファナのことを聞いて、僕はびっくりしてしまった。
 気が動転して、訳もわからず走り出してしまった。
 何がしたいとかどうするべきかとか、何もわからずに。
 いまだに頭がぼんやりとする中、クロリアが優しい声音で続けてくれた。

「私はファナさんのことをルゥ君ほど知ってはいませんけど、闇ギルドに入るような方だとは思いません。もしかしたら、さっきの方が嘘を吐いているとか……」

 まったく同じ予想、というか希望を僕も密かに抱いていた。
 しかし先刻の光景を思い出しながら、弱々しくかぶりを振る。

「ううん、あいつが嘘を言っているようには見えなかった。って、クロリアもそれについては薄々わかってるんじゃないの?」

「まあ、はい、そうですね。嘘ついている様子ではなかったと思います」

 彼女は同意して頷く。
 改めてそれが事実なのだと知った僕らは、二人して口を固く閉ざしてしまった。
 まだ、あの話が本当なのか信じられない。
 ファナが闇ギルドに入ろうとしているなんて。
 きっと何かの間違いに決まっている。だって彼女はいじめられっ子の僕のことを、いつも一生懸命守ってくれたんだから。
 
 そう思い出していると、クロリアは再度確かめるように僕に聞いてきた。

「も、もしあの方が本当のことを言っていたとするなら、どうしてファナさんが闇ギルドなんかに……?」

「そんなの、僕の方が聞きたいよ」

 歯を食いしばって項垂れる。
 僕にわかるはずもない。
 なんでファナは闇ギルドなんかに入ろうとしているんだ?
 そもそも、オーランの言っていたことは本当なのか?
 
 確かなことは何もわかっておらず、そう聞いただけと奴は言っていたけど、火のない所にそんな煙は立たないはず。
 仮にそれが真実だったとして、僕はいったいどうすればいいんだ?
 これからどうすれば……いや、僕は”どうしたい”んだろう?
 いまだにもやもやとした感情が胸中で渦巻く中、その様子を見て心配してくれたのだろうか、クロリアが突然元気な声を出した。

「き、きっと何かの間違いですよ! あのフェアリーロードの冒険者の方も、詳しいことは知らないようでしたし、何か違った情報を耳にして勘違いしているだけです! だってファナ・リズベルさんは、ルゥ君と幼馴染で、凄腕のドラゴンテイマーで、ルゥ君が尊敬している大切な方なんですから。だから……」

 彼女は爽やかな笑顔で、うつむき加減の僕の顔を覗き込んで言う。

「ルゥ君は、それが間違いであることを確かめに行ってください!」

「えっ……」
 
「先ほどあの怖い方が言っていたモスキート大密林という場所に行って、ファナさんのことを確かめに行ってください! そうした方が絶対にいいです!」

 確かめに、行く?
 呆然としながらクロリアの笑顔を見つめて、やがて僕は首を横に振る。

「で、でも、肝試し大会ホーンテッドパーティーは? 僕たちは今すぐにお金を集めなきゃ……」

「そちらの方は心配しないでください。肝試し大会ホーンテッドパーティーは私とミュウの二人だけで優勝してみせますから」

「……ふ、二人だけって」

 僕はクロリアと、彼女の胸に抱かれているハピネススライムのミュウも見て思う。
 そんなの、無理に決まっている。
 だってクロリアはオバケが苦手で、昨日だってそのせいでエリア探索を中断したっていうのに。
 それで二人だけで肝試し大会ホーンテッドパーティーを優勝するなんて、絶対に不可能だ。
 我ながら珍しく弱気な考えを抱いていると、クロリアは優しい笑みを浮かべたまま続けた。

「ルゥ君は今、ある人に追いつきたくて、強くなろうとしているんですよね? 私はそれを知っています。それと同じように、私だってルゥ君と肩を並べられるくらい強くなりたいと思っているんです。ここを乗り越えなくては、真にルゥ君たちの仲間とは決して言えませんから。だからここは私たちに任せて、ルゥ君とライムちゃんはファナさんのところに行ってください」

「……クロリア」

 僕は黒髪おさげの少女を見つめながら、名前を零す。
 まだ躊躇いの気持ちが心中に滲む中、僕に有無を言わさぬ勢いで、クロリアはこちらの両肩を掴んできた。
 そしてくるりと後ろを向かせると、ぐいっと背中を押してくる。

「さあ、幼馴染の美少女が待っていますよ。ここで走り出さなくてどうするのですか」

「う、うん。ありがとうクロリア」

 僕は若干狼狽えながらも、その背中押しに身を任せる。
 勢いのままに前進すると、やがて僕は決心して自ら足を進め始めた。
 僕はファナの元へ向かう。
 オーランが言っていたことが事実なのかどうか確かめるため。
 そして事実だった場合に、ファナの近くで何ができるか考えて、助けてあげるために。
 
 僕は首を巡らして後方を一瞥すると、遠ざかるパーティーメンバーに手を振り上げて声を掛けた。

「絶対にファナを見つけて、真相を確かめてみせるから」

 だから……
 僕は走りながら、精一杯の声を彼女に届けた。

「頑張れクロリア!」

「頑張ってくださいルゥ君!」

 そうして僕たちは、一時パーティーを解散し、別行動を取ることにした。
 
 ここで一旦、お別れ。
 ロメとも離れ離れだし、僕たちのパーティーはなんだか、別々になることが多いけれど。
 必ずまた、みんなと揃って、笑顔を交わし合ってみせる。
 そのために僕は、懸念しているファナのことについて、調べに行かなくちゃいけないんだ。
 絶対に真相を確かめてみせる。
 だからライム、またみんなと笑い合うためにも、弱虫な僕に力を貸して。
 
 先刻の戦いの疲れがいまだに抜けず、力なく寝息を立てる頭上のライムに、僕は心中で大きく頭を下げた。
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