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第07話
しおりを挟む澄んだ空気が清々しい秋晴れの午前中、無防備にもカーテンの開け放たれている明るい室内で、大山翔吾と和泉光助と一ノ瀬夏純の三人はパソコンの画面に映されたエロ動画を観賞していた。
「本当に口にくわえてる」
衝撃の事実に顔を引きつらせながらも夏純はその映像から目が離せないでいるようだった。
今、流されている映像の内容は共に二十代と思われる男女の性行為だった。男性が一人と女性が一人で、場所はシティホテルの一室と思われた。道具は何も使われてはおらず、これといった言葉の遣り取りも無かった。
男がカメラを片手に撮影をしながら行為に及んでいるという点を除けば、おおよそ「フツウ」と思われる性交だった。
光助が「まずはこの辺りか」と指定した動画だ。初心者の夏純にとって、無難だと思われる選択をしたのだろう。
ただ、エロ動画としては「フツウ」ではなくて、モザイクの全く掛かっていない、いわゆる「無修正モノ」だった。
イマドキはインターネットで簡単に無修正のエロ動画を見る事が出来た。しかも、無料で。当然、違法だ。
「犯罪じゃないんですか。逮捕されたりしませんか」と怯えた夏純に、
「法を犯しているのは基本的にその動画を公開してる方だな。海外のサーバーだとか何だとかで法の目をかいくぐってるのかもしれないけど。今の日本国の法律的には、違法に公開されている動画もダウンロードはしないで、ストリーミング再生で見る分にはセーフだったはずだ。本当に『見るだけ』ならな。自分で公開はしていなくても『こういう動画があるぜ』って他の人に広める行為も違法だった気がするな」
光助が答えた。蛇足のような後半の話は夏純に対する口止めの意味合いも含まれていたのかもしれない。
「いや。エロ動画を十八歳未満が見てる段階でアウトだろ」
翔吾は呟きは核心を突いていたが、光助には明らかな無視をされて、夏純の耳には届いていなかった。
画面の中では、フェラチオの後、女性をベッドに寝転ばせた男性がのっそりとそれに覆い被さっていた。愛撫もそこそこに男性は腰を振り始める。正常位でのセックスだったが、
「え? あれ?」
と夏純は戸惑っていた。
「何だ。どうした」
本日の目的は一ノ瀬夏純の性教育にあった。発起人の和泉光助には、夏純の疑問に真摯な態度で応えてやらねばならないという義務のようなものでもあるのだろうか。再生されているエロ動画を前に、光助は意外と真面目な顔をしていた。
「カブトムシの交尾とかワニの交尾は後ろからだったと思うんですけど」
夏純が言った。光助と翔吾の二人は同時に別々の台詞を吐き出す。
「カブトムシって」
「何でワニ」
光助は笑いを堪えているような表情をしていたが、翔吾の方は遠慮も無しに笑ってしまった。ハッハッハッ。
「昔、理科の授業で映画みたいなのを見させられました」
答えた夏純には、笑われてしまった事を気にする素振りも無かった。
「言われてみれば。人間以外の動物は基本的に『後背位』かもしれないな。さっきの体位は『正常位』って言って、人間の場合は」
「あの。タイイって何ですか?」
光助が説明をし始めたところで、夏純は申し訳なさそうに口を挟む。
「そうだな。そこからだな」
光助は嫌な顔もせず、面倒臭がりもせずに「イチから」どころか「ゼロから」教え始めた。光助らしいなと唐突に翔吾は思ってしまった。
和泉光助は馬鹿な事にも真面目に付き合ってくれる男だ。
「それで。後背位はバックとも言われて」
光助も性交体位の四十八手を全て覚えているわけではなかろうが、比較的に見聞きする頻度が高いように思われるものから順々に教えていっているようだった。
不意に、
「イクぞ。イク、イクッ」
動画の中の男が大きめの声を上げた。夏純が「ん?」とそちらに目を向ける。
「あ、出た」
動画を見ながら夏純が言った。男が女の腹の上に射精をしたのだ。
「あれ? 拭いちゃった」とまた夏純は首を捻る。
「どうした」
「いえ。この男の人。女の人のお腹の上に精子を出しましたけど、これじゃあ、妊娠しませんよね?」
「まあ。そうだな」と頷いた光助の頭の上にもハテナが浮かんでいるように見えた。
夏純は何が言いたいのだろうか。何を「あれ?」と思ったのだろう。
「今、出した精子をティッシュで拭いて、多分、捨てましたよね?」
「捨てたな」
「そういうやり方があるのかどうかは知りませんでしたけど、もしかしたら、お腹の上に出した精子をすくって膣に戻すのかと思ったら。捨てたので。何でだろうって」
夏純の言葉に、光助と翔吾の二人は思わず顔を見合わせた。
「お腹の上に出しても妊娠しないのに何でお腹の上に出すんですか?」
「それは」と光助は言いよどむ。何と言えば伝わるのか、考えたのだろう。
「せっかく出したのに、それもティッシュで拭いちゃうし」
「妊娠が目的じゃないからだろ」と今度は翔吾が答えた。
「え? じゃあ、何が目的なんですか?」
と驚いた夏純に、光助と翔吾も驚いてしまう。
「そりゃあ、気持ちが良」と翔吾が答えている途中で、
「ちょっと待て。お前、オナニーはしてるよな?」
光助が割り込んできた。
和泉光助にしては珍しい行動だ。一ノ瀬夏純の実態に流石の和泉光助も動揺は隠せないでいるようだった。
夏純は一秒ほど考えた様子の後、
「阪神ファンは一番やぁー!」「ではなくて」
ボケや冗談ではなさそうな顔付きで差し出した回答を即座に否定されていた。
「お前、マジか」と翔吾は驚きを通り越して、心配をしてしまう。
「インポっていうか、不感症なのか?」
今の今までエロ動画を見ていたお年頃の男の子だというのに、翔吾の目に入った夏純の股間は平らなままだった。画面の真正面を夏純に譲っていた事もあって、翔吾は見るよりも聞くばかりではあったがそれでも女の喘ぎ声に軽く勃起はしていたのに。かぶりつき席で凝視もしていた夏純の股間が無反応とは、どういう事だろうか。
翔吾は思わず、
「何するんですかッ」
夏純の股間を握ってしまった。夏純が大きな悲鳴を上げる。すぐに翔吾はその手を離した。
「いや、すまん」
と大山翔吾らしくもなく素直に謝りながらも、ただ、その右の手に残る感触に少しだけ安心をしてしまっていた。
今日の服装のせいもあったのだろう。一ノ瀬夏純の股間は見た目こそ、平らなままだったが、全くの無反応というわけではなかったらしい。翔吾が掴んでみたところ、小さくはあったが、確かに硬いモノがあった。一応の主張はしていた。
「仕方がねえ」
翔吾が膝を打つ。今の行為の詫びのつもりでもなかったが、
「俺が一ノ瀬にオナニーを教えてやる」
力強い笑顔で翔吾は言った。
拒否されるどころか、嫌がられる可能性すらも翔吾の頭には無かった。
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