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 22時を過ぎた。

 諒は鳴ったスマホを手に取って、メッセージアプリを開く。

『今夜のオカズ』という簡素なメッセージと一枚の画像が送られてきていた。

 今日の画像は「肩紐を外されたビキニ水着を慌てて押さえている美少女」だった。乳首は流石に見えていないが、乳輪は見えているような、いや、いないような……。

 その画像は、いま人気の若手女優が初めてテレビのバラエティー番組に出演した際のキャプチャー画像――いわゆる「お宝画像」だった。

 平たく言えば「エロ画像」だ。

「今夜のオカズ」とはそういった意味だった。

「……毎度、毎度、よく見付けてくるよね」

 ぼやくみたいに諒は呟いた。

 その画像の送り主は幼馴染の和彦だった。高校では真面目を装って生徒会長なんぞしているらしいが十年来の友人である諒には本性のバカを気軽に見せてくれていた。

『今日、俺、コレで抜いた』というバカ過ぎるメッセージを和彦が最初に送り付けてきたのはもう何週間前の事になるだろうか。諒のスマホにはすでに50枚以上の「お宝画像」が保存されていた。

 始めの頃こそ、

『止めなよ。バカなの?』

 などと返信してすぐにスマホを閉じていた諒だったが、懲りずに飽きずに何度も何度も『今日はコレ』だの『超エロかった』だの『いつもより出た』だのといった知りたくもない情報と一緒に送られてきていた「画像」に対して、非常にムカムカとしながらも、いつの頃からか、同時にムラムラともしていた自分に気が付いてしまった。

 諒も男だ。ムラムラすれば勃起する。

 勃起はするが、和彦が『いつもより出た』だの何だのと言っていた「画像」で処理をしようとは思えなかった。なんていうか……悔しいから。

 勃起したまま悶々と夜を過ごす事、数回。その「悔しさ」でどうにか堪えてきたが或る夜に諒は敢え無く限界を迎えてしまった。

『諒も抜いてみ? これで俺達、アナ兄弟』というバカ丸出しのメッセージと一緒に送られてきた「女子アナのパンチラ画像」を見ながら諒はその夜、痛いくらいに強く勃起していたペニスを扱いてしまった。乱暴に。八つ当たりでもするかのように。

 その目では「女子アナのパンチラ画像」を見ながらもペニスを扱く諒の脳裏には、今の自分と同じようにスマホの画面を見ながら自身のペニスを扱いている和彦の姿が浮かんでいた。

 椅子に座って。机の上に置いたスマホに目を落としながら。上半身は服を着たまま下半身を丸出しにて。駅前でも歩けば逆ナンは当然、モデル事務所のスカウトなんかにも声を掛けられるような正統派美青年のあられもない、間抜けな格好をリアルに想像しながら、諒は自身のペニスを扱いた。

 格好良い和彦、間抜けな和彦、エロい和彦、バカな和彦、和彦、和彦、和彦……。諒は同性の幼馴染を想いながら「はぁ、はぁ……」とオナニーをしてしまっていた。

 この画像で。この女子アナで。このパンチラで和彦は抜いたのか。これをエロいと感じたのか。……悔しい。悔しいよ……。

 つらい気持ちで、

「――んッ」

 と迎えたフィニッシュだったが、それでも射精は気持ちの良いものだった。

 諒はその夜、惨めな気持ちと罪悪感とバカな和彦に対する苛立ちのようなものと、だが確かな解放感をも胸に抱いたまま深い眠りに落ちた。

 ――諒は和彦の事が好きだった。それを「恋」だと言い切ってしまって良いのかは分からない。諒は「友達」としても和彦の事は好きだった。だって、和彦は愛すべきバカだから。それと同時に別の「好き」も抱えていた。それが「友達以上に」なのか「友達以外の意味で」なのかは分からない。とにかく「好き」だった。ただ、確実に言える事は「性的に」も「好き」だという事だ。

 小学校に上がってすぐに出来た友達。同い年の幼馴染。十年来の友人である和彦は諒のこの気持ちを知らない。諒が同性愛者である事も知らない。知っていれば、あんな「お宝画像」など送り付けてこないだろう。

『コレで抜いて「男好き」なんて「ビョーキ」は治せ』

 悪意からだろうが善意からだろうが和彦は絶対にそんなことをするような人間ではなかった。そんな「馬鹿」は、和彦のバカとはまた違うベクトルの「馬鹿」だった。

 和彦は多分、冗談というよりもただじゃれ合っているような感覚で毎夜毎夜、メッセージを送り付けてきているのだろう。

 受け取っている側の諒も悔しかったりや苛立ったりと嫌な気持ちにはなりつつも、和彦からのメッセージに悪意の類いは感じられていなかった。

 色々な意味で、

「……バカだよねえ」

 とは思っていたが。

 あの日の夜の「女子アナのパンチラ画像」以降、諒は抵抗する事を止めて、

『五回は抜ける』

『むしろエロい』

『奇跡の1枚』

 といったメッセージと共に送られてくる画像を見ながら――その画像でオナニーをしている和彦の姿を妄想しながら、諒もまた「同じように」オナニーをする事が日課となってしまっていた。

 引き締められた腹筋。大きな手。苦悶にも似た表情。荒い息遣い。動かされる腕。その筋。――飛び出るザーメン。慌ててティッシュに手を伸ばす間抜けな姿。

 諒はそのスマホに保存された「お宝画像」の数だけ、和彦と「一緒に」オナニーをした。想像の中の和彦は常に「お宝画像」だけを見詰めていた。和彦を見詰める諒の視線には気が付かない。決して和彦はこちらに振り向かない。

 それは少しだけ――ううん、とってもつらい気持ちになるけれど。

「はッ、はッ、はッ、ふッ、はッ……――うッ」

 つらい気持ちでする射精は、悔しいけれども、とっても気持ちの良いものだった。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。…………。なんだっけ……、こういうの……」

 ……ネトラレっていうのかなあ。

「違うかも」

 ただの……嫉妬かな。

 毎夜、毎夜、和彦からのメッセージは送られてくる。何処から見付けてくるのか、ネットではあるのだろうが、ネットの何処からだ。よく「ネタ」が尽きないものだ。呆れを通り越して感心をしてしまうとはこの事か。

 和彦は、分厚い眼鏡を掛けたオタクでもないくせに――見た目だけで言えば、その正反対に位置しているような男のくせに、ネットやらPCやらに妙に詳しかった。

 何年前だったか、諒が初めてスマホを手にした際には、

「オカズだったら俺が送ってやるから。諒は下手にエロを検索なんかするなよ」

 などと要らぬ心配をされたりもした。

「スマホを誰にも見せなければ良いとか検索履歴を消せば良いってもんじゃないぞ。検索したワードは相手方のサーバーに保存されて使用した回線と紐付けられたりするんだからな」

「……ちょっと何言ってるのかわかんない」

「簡単に言えば、諒がスマホで何を検索したのか、諒の家のPCで分かるって事だ」

「……こわッ」とそのときの諒は大袈裟に肩をすくめておどけたが、和彦に言われていなければ「エロ」は検索しなくても「同性愛」等に関しては検索していたかもしれない。諒の家族はまだ諒が同性愛者である事は知らないでいた。そういった意味では「要らぬ心配」も有り難かった。

 あの日の和彦は単なる冗談でそんな事を言ったのだろうが。でもまさか、あれから何年も経った今、本当に和彦から「オカズ」が送られてくるようになるとは思ってもいなかった。

 特筆すべきようなキッカケは何も無かったと思う。ただ唐突に再開されたあの日の冗談の続きだった。冗談の延長線上にあるようなじゃれ合いのつもりで和彦は、諒に「オカズ」を送り続けているのだろう。

 ……和彦は変わらない。小さな頃から変わらずにバカのままだった。

 バカはしつこい。

 今夜も諒のスマホは22時過ぎに鳴る。


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