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しおりを挟む周囲には他に誰も見当たらないとはいえ、日曜日の午後、マンションの廊下で、
「やった、やった。犬だ。すごい。僕の犬だ」
と大声ではしゃぐ少年の口を「ちょちょちょ、お静かに願います」と軽く、本当に軽く、ふわっと塞いで虎呼郎は自室に彼を招き入れた。半ば反射的な行動であった。
ふと気が付けば、まだ何も片付けなどしていない段ボール箱だらけの一室に名前も知らない少年がぽつんと佇んでいた。その一枚絵に、
「これは……」
と虎呼郎は頭を抱える。
紛れもなき事案だった。というか完全に犯罪行為だ。未成年者略取だ。
「駄目だ駄目だ駄目だ」
大きくかぶりを振った虎呼郎は、
「冗談、冗談。間違えた。違う違う違う違うんだ。そう。これじゃなかった。少年、ちょっと外に戻ろうか。招かれたからって知らない人間の家に入っちゃいけないよ」
一息にまくし立てながら少年の背中をぐいぐいと押して、この部屋から追い出そうとしたが、
「ちょっとちょっとちょっと、もうッ! 待って! 押さないでッ!」
少年は、
「おじさんはッ! 僕の犬でしょッ!」
大きな声を上げながら両腕を大きく振り回して、強い抵抗を見せた。
「しょ、少年、ちょっと声が大きい」
「僕だよ。僕が御主人様だよ。おじさんは犬だから人間の見分けがつかないの?」
うろたえる虎呼郎を余所に少年は不満げに頬を膨らませていた。
その御様子を「か、かわいい……」などと思えるような心の余裕は当然、この時の虎呼郎にはあろうはずがなかった。
「覚えてよ。僕が僕だよ」
少年は「そうだ。こないだテレビで大御所? のオジサンが言ってた。すごく吠えたりする犬にはお尻の匂いを嗅がせると懐いてくれるんだって」と小声で何やら呟いた後、
「おじさん。しゃがんで。ほら。早く。しゃがんで。座って。頭を下げて」
真下から虎呼郎の首に両の手を回して強く引っ張った。その格好はまるで虎呼郎の首っ玉に勢い良く抱き着いているかのようだった。
「や、止めなさい。こういう事は、その。止めなさい」と虎呼郎はぷるぷると細かく震えながら、真っ赤になってしまっていた顔を横に向ける。
頑張って、努力して、真剣な表情の少年から目を逸らす。
「ほらあ、座って。座って。おすわりッ! おすわりッ! おーすーわーりーッ!」
「わ、分かったから。座るから。大きな声は出さないでくれ。ほら。座った。座ったから。もう離れてくれ。頼むから」
耐え難き状況にぎゅっと目を閉じていた虎呼郎が、その首に感じていた子供特有の高い体温と重過ぎない重みが無くなってしまった事をしっかりと噛み締めた後、恐る恐るながらまぶたを開けるとそこには、
「――なッ!?」
薄桃色をしたまさに完全無欠の、くすみも毛穴も無いようなツルすべもちもち肌の丸い塊がぐぐぐと迫ってきていた。
「嗅いで。嗅いで。僕の匂いだよ。ちょんと嗅いで。ねえ。ちゃんと嗅いだ?」
「え? あ? なに? まッ、ちょ、ぐむッ、むぐぐッ」
そして前回の冒頭に繋がる。
「止べべぶべ。ばびをびべぶぶば」
「あははは。しゃべらないで、そのまま。くすぐったいから」
何だ何だ何だ何だ何なんだこれはどういう事だドッキリかマル秘報告かチャッチャラーが聞こえないぞ美人局かおとり捜査かこの後に出てくるのは反社か警察か――。
「ねえ、どう? わかった? もういい? まだ?」
「ばびばぼうびびぶば」
「あははははは。だから、しゃべらないでって」
この状況、百歩か千歩か譲ってもらって、向こうから押し付けられているのだからまだしも、虎呼郎が自ら少年の尻に触るなどという行為はいかなる理由があろうとも許されないと必死の思いで堪えていたがもう限界だった。
鼻と口とを塞がれて息も限界。生尻を押し付けられて理性も限界。
このままでは前後不覚に陥ってしまう。その前に。虎呼郎は「むんッ!」と最後の力を振り絞って、少年の尻を両サイドから挟み込むように掴むと「ぬおォ!」と強く押しのけた。
「おわッ?」と少年が驚きの声を上げる。
さっきまで顔面に押し付けられていた尻の柔らかさも凶悪だったが、虎呼郎の伸ばされた腕の長さ分――凡そ五十センチ向こうにしっかりと見る事の出来た尻の美しさもまた強烈であった。虎呼郎は思わず、
「ごくり」
生唾を飲んでしまった自分に気が付き、
「違う!」
と叫んでしまった。
そんな虎呼郎の悲痛な叫びをどのように解釈したのか少年は、
「違くない! 僕が御主人様だから!」
これまた泣き叫ぶように声を張り上げた。
文字じゃない、吹き出しじゃない、声優の子供声じゃない、子役の演技でもない、モノホンな子どもの泣き声を本当に久し振りにナマで耳にした虎呼郎は、
「わ、分かった。分かったから。もう大丈夫だ。少年が俺の御主人様だから」
はたと我に返った。オトナな自分を取り戻し、一所懸命に少年をあやす。
「……えへへ」
口許を緩めて笑う少年の可愛らしい事、可愛らしい事。虎呼郎は「ぐぬぬ……」と自身の胸に手を当てながら低く呻いた。
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