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歌の無い世界
01(オープニング|18禁要素ナシ)
しおりを挟む八階建てや十二階建ての商業ビルに囲まれた駅前広場は祭りでも開催中かと思わせるほどにヒト、ヒト、ヒトで賑わっていた。溢れかえっていた。
「おーふっ!」
十五歳の海人は思わず雄叫びを上げてしまった。
生まれてこの方、十五年。コンビニはあってもハンバーガーショップは無いような田舎町から一歩も出た事がなかった海人は目の前に広がっている「街ッ!」の景色にテンションが一気に爆上がりしてしまったのだった。
「すぅ……、ふぅ……」と深呼吸を一つして心を落ち着かせた海人は、
「……懐かしいな」
遠い目をして呟いた。
「なんでだよッ!」
友達の英太が海人の背中を叩いた。
「出た! 海人の知ったかぶり!」
もう一人の友達、悠二がギャハハと大きく笑った。
「ぬぅ……」と海人は苦笑する。
海人は今、同い年の英太と悠二と三人で地元の町から電車で一時間半も掛かる「東京の方」に来ていた。厳密に言えば此処はまだ千葉県なのだが海人達が住む田舎町の住民は皆、都会としか思えないこの駅を「東京の方」と呼んでいた。
……本当の東京まで行くにはまだもう少しお金と度胸が必要なのだ。
「初めて来たくせに懐かしいとか。誰に対して見栄張ってんだ」
「海人の悪いクセだな。もっと素直にダサく生きようゼ?」
「……悠二みたいにダサくか。遠慮したいなあ」
「ああン? 誰がダサいって? ああンッ?」
「ポケットに両手を突っ込んでアゴをしゃくり上げながら睨むな。格好良過ぎるぞ」
三人は一昨日、中学校を卒業したばかりで二週間後には同じ高校に入学をする。
今、この二週間ばかりは中学生でも高校生でもない単なる十五歳である三人は何の肩書きも持たない自分達の現状に謎の高揚感と解放感を覚えてしまい、プチ卒業旅行気分の遠出ショッピングに来ていた。
ちなみに各々の目的は、英太が本で悠二がスポーツ用品で海人は洋服だった。
今までは母親が近所のスーパーの衣類コーナーで買ってきてくれていた「なんだかなあ……」というような服をお仕着せられるがまま身にまとっていたが、中学校を卒業して子供達だけで「東京の方」まで行っても親達から怒られなくなったからには海人は堂々と自分の着る物は自分で決めて買って来ようと考えていた。
……どうして母親というものは自分の子供に変な服を着せたがるのか。二言目には「カワイイ」と言う。「カワイイ」と言われて喜ぶ思春期男子も居るには居るだろうが自分の息子がそのタイプかどうかは親ならば分かってくれよと切に願ってしまう。
生まれてこの方、十五年間。海人は我慢し続けてきたのだ。
比喩ではない。大袈裟でもない。彼は平凡な人生を歩んで三十歳となった日の夜に死亡した後、その記憶を残したまま伊世海人という全くの別人として二度目の人生を歩み直していた。
……チートもギフトも何も無い同世界転生だ。しかも見知らぬ土地で縁もゆかりも無かった人達に囲まれて。
その事実にはしょんぼりとしてしまった事もあったが、冷静になって考えてみれば二度目の人生が送れるだけでも奇跡だ。神様には感謝こそすれ恨みがましく思うのは間違いだと海人は思った。
「海人。いつまで圧倒されてるつもりだ。さっさと行くぞ」
「ビビってんのか? 迷子になったら笑ってやるから安心しろ」
海人はその前世では東京でサラリーマンをしていた。「の方」じゃない。正真正銘の東京だ。確かに今世の伊世海人としては初体験だったがこの「東京の方」みたいな栄えた街並みは海人にとっては本当に懐かしいものであったのだ。
ただ海人は親友と言っても過言ではないこの二人の友人にも家族にも誰にも前世に関する事は何一つも話していなかった。
テレビにも新聞にも転生者だの前世の記憶持ちだのといった人間は出てこない。父親のスマホを勝手に借りてこっそりとネット検索してみても引っ掛かるのは漫画やアニメといったフィクションだけだった。
この世界はやっぱり前世と同じ世界なのだと理解した海人は確かに残っている前世の記憶を自分だけの秘密にしようと決めた。
この現実世界で前世の記憶があるだの転生者だのと言い出そうものならきっと頭のおかしい奴だと思われてしまう。……海人自身、前世の時にそんな事を本気で言っている奴が居たら大きく距離を取ってしまっていただろう。
「あ、おい。待てよ。悠二。英太。マジで迷子になったらお前らの氏名を叫びながら泣くからな。恥も外聞もなく。覚悟しておけ。それが嫌なら俺を一人にするな」
精神的には生後四十五年だ。その三分の一しかまだ生きていない親友や気持ち的には年下の両親も今の海人にとっては大切なヒト達だった。皆を失うかもしれない可能性を考えると前世やらを打ち明けようとは思えなかった。
伊世海人は今が幸せなのであった。
……ただ実際には、ちょいちょいと前世と今世の記憶を混同させてしまい、海人が知っているはずのない事をさも知っているかのような顔をしてしまっては英太にツッコまれて、悠二には「知ったかぶりめ!」と茶化してもらっていた。お陰で誰に訝しまれる事もなく今では海人の「知ったかぶり」は一つの面白キャラとなっていた。
「お? 先攻型の逆ギレか。新しいな」
「カンベンしろよ。お手々つなぐかあ?」
流石に手は繋がなかったが海人は二人の友人と肩を寄せ合うように固まって、駅前広場の人込みに足を踏み入れた。前世では月金で満員電車に乗っていたのに今世では初めての人込みだからか海人は妙にドキドキとしてしまっていた。高揚感というよりは恐怖心に近いような息苦しさを感じる。
……ああ、そうかと不意に海人は気が付いた。
伊世海人は十五歳。絶賛成長中だがまだまだ前世の頃よりも背は低かった。
ヒールや厚底を履いている女性も含めて、背の高い大人達ばかりの人込みに入り込んでしまうと今の海人では完全に埋もれてしまうのだった。
「右も左も前も後ろも人間しか見えないな」
「海人。きょろきょろしてんな。マジで迷子になるぞ」
「はぐれたときの為に集合場所を決めておくか?」
人込みの中、三人は好き勝手に口を開いていた。会話にはなっていなかった。
「ん?」と海人は向こうの方に更なる人の密集地を見付けた。
「あっぶね。急に止まんなって」
「悪い悪い。いや、あっちに人集りが出来てんじゃん? 何だと思って」
「あー……と。路上ミュージシャンだな。多分」
三人の中では一番背の高い英太が軽く爪先立ちになりながら様子を窺ってくれた。
「へえ」と海人は関心を高める。
思えば今世では全く音楽に触れてきていなかった。
イマドキは必修科目じゃないのか小学校でも中学校でも音楽の授業は無かったし、合唱コンクールも無かった。
海人が生まれ育ったのはプロのミュージシャンがライブやコンサートを行うようなハコが一つも無い田舎町だが、映画や何かではありがちな洋楽かぶれのギター弾きの兄チャンは住んでいなかった。少なくとも海人の家の近所には居なかった。
セミプロかプロ志望なだけのただの素人かは知らないがその路上ミュージシャンとの出会いは海人にとっては十五年以上振りとなる本当に久しぶりの生の音楽との触れ合いだった――そのような期待に胸を膨らませて、
「見に行ってみようぜ」
海人は二人の返事を待たずに向こうの方に見える人集りに向かってしまった。
「わーかったから。引っ張んなよ」
「珍しいな。海人がそんなに前のめりになるなんて」
悠二と英太も付いていく。
三人は人波をかき分けて、人込みの最前列に顔を出す。その人集りの中心地には、一人の半裸の青年がいた。
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