27 / 31
25「理想の兄弟」
しおりを挟む聖属性のクラウディウスと土属性のクランツ並びにスターン、この三名一組による魔力の強化方法は、
「土属性の魔力で『光』を囲んで閉じ込める――そのようなイメージで『光』を打ち消してください」
及び、
「聖属性の魔力で『土』を強く照らし上げて、その影から輪郭まで全てを完全に消し飛ばす――そのようなイメージで『土』を打ち消してください」
といったものだった。
「水と火」ほど関係性は強くない「光と土」だが自然界で互いの影響を全く受けない現象は存在しない。ちょっとした工夫や柔軟な発想で幾らでもイメージは作れた。
「真理は常に目の前にあります。まぶたを閉じて独りで考え込んだりはせず、まずは目の前の事実を受け入れてから頭を柔らかくして考えてみましょう」
と老教師はおっしゃっていた。
「――はい。はじめての事ばかりで。実技の授業は楽しいと思います」
馬車の中、クラウディウスがテルマに答えた。
「お姉さまとペアを組めなかった事は残念ですけど。受け入れて、頭を柔らかくして考えてみたら、えっと、一緒じゃなかったからお姉さまに『どうだった?』て聞いてもらえるし、こんなふうに思いますってお話が出来るから。えっと」
「これで良かったのかなって思いました」とクラウディウスは微笑んだ。
「……良い子ね」
とテルマは可愛い妹の頭を撫でる。ついつい手が伸びてしまった。
「えへへ」とクラウディウスはくすぐったそうに笑った。……かわいらしい。
その体をぎゅっと抱き寄せてしまいたくなってしまったテルマは、
「んんッ。そういえば」
と敢えて話題を変更する。どうにか理性を保とうとする。
「授業中に少しだけ見えたけれど土属性の魔力は面白いわね」
「おもしろい……ですか?」
「ええ。面白いというか違和感を覚えるというか」
質量を伴わない魔力はどれも半透明だった。元々の見た目が半透明っぽい水や火は半透明の魔力でカタチを作って表しても本物の水や火のように見えるのだが、本来は少しも透明ではない土を半透明の魔力で表すと――なかなかに土だとは認識しづらい半透明の茶色い塊になるのだ。
「見慣れていないものだからとても不自然な物に見えて面白かったわ」
「……そうなんですね」
「ああ。土属性を馬鹿にしてるわけじゃないのよ」
事実、質量を得て魔法となった土属性の魔力は、目隠しや防御の為の壁となったり屋根となったり足場となったりと非常に有用性が高い。
「色々な事に使えるのよ。土属性は凄いの」
何だかテルマは言い訳をするみたいに土属性の魔力を褒めてしまった。
故意でなくとも無垢なクラウディウスに他人の悪口を吹き込むような真似はしたくなかったのだ。また妹クラウディウスに他人の陰口を叩くような姉だとは思われたくなかったという思いもテルマにはあった。
だから……有用な土属性の魔力を持っているとは言ってもあの兄弟が実際に魔法を使えるようにまでなるかはまた別の話だけれども……とは思っていながらもテルマは口には出さなかった。テルマが口に出した言葉は、
「クラウディウスもあの兄弟と同じくらいの事が出来ていれば良いから。ゆっくりと頑張って」
クランツとスターン兄弟の実力を大きく侮った上で、クラウディウスには遠回しに頑張り過ぎないようにと促すようなものであった。
「お二人と同じくらいに……はいっ。頑張ります――!」
クラウディウスは胸の前で小さく拳を握った。テルマの頬が緩む。その姿は非常に微笑ましかった……が、である。
――後から考えれば。この時のテルマの言葉が起因であったかもしれない。
テルマェイチがクランツとスターンの二人を褒めるような事を言ったから、クラウディウスが嫉妬してしまった……いや違う。クラウディウスは姉の言葉を素直に受け取って「兄弟と同じくらいの事」が出来るように頑張っただけだ。
この次の日、実技の授業中に大きな問題が起きる。グループで授業を受けるようになってからまだ三日目の事だった。平穏はわずか二日しか続かなかったのだった。
三日目の授業中盤、半透明の「土」に覆われていた「光」が大きく膨らんでいって全ての「土」を打ち消した。
顕現時にはてのひら大であった「光」が今は人間の頭よりも大きくなっていた。
その「光」は自分を取り囲んでいた「土」を綺麗に打ち消した後も、一向に消える気配が無いどころか止まる事すらも無く、更にどんどんと膨らんでいっていた。
「うぅ……わあッ!?」とスターンが頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ時にはもう「光」は人間と同じような大きさの楕円形となっていた。
クラウディウスが、
「では。いきますね」
と宣言をした。
「どどどどど……何処にですかっ?」とスターンは地面近くで頭を抱えたままクラウディウスの方を見もせずに返した。
一方、兄のクランツは「光」とスターンの間に立って大きく両腕を広げていた。
……普段ならば弟のスターンと一緒に震え上がっていそうなものだが、いざ本当の危機的状況となれば「弟」を守るのが「兄」の務めという事だろうか。
ホラティオと魔力の撃ち合いをしながら横目で三人の遣り取りを見ていたテルマはその「光」の大きさに――「頑張り過ぎないでって言ったのに。聖女候補だってバレたらどうするの」と別の意味でハラハラとはしていたが兄弟が怯えるような「危機的状況」だとは考えていなかった。
クラウディウスが何をしようとしているのかは分からないが。まさかその「光」を兄弟にぶつけたりはしないだろう。余りにも危険過ぎると誰にでも分かる行為だ。
……水属性の「大雨」をホラティオの頭上から降らせた前科を持つテルマが言えた義理ではないかもしれないが。今回の「光」はテルマの「大雨」よりも大きかった。顕現化された魔力が他人の精神に及ぼす負の影響を「威力」と言ってしまって良いのなら、その「威力」の大きさは注ぎ込まれている魔力の量に依るのだ。
テルマの場合、局地的な「大雨」を降らせて大量に浴びせたとはいってもその一粒一粒は小さかった。その総量と比べても人間大の「光」の方が明らかに魔力は多い。「威力」としてはテルマが降らせた「大雨」の何倍から下手をすれば何十倍にもなるかもしれない。それを「赤い勇者」でもない兄弟に浴びせたら……何が起きるのか。言わずもがな。
クラウディウスにも分かっているだろう。分かっていればするはずがない。
クラウディウスにそんな暴力的な一面は無い――はずだ。
テイン先生もテルマと同じように考えていたに違いない。
だから老教師は慌てて「光」を打ち消したりとせずにその騒動を眺めていた。
「ほお……何と大きな『光』を。素晴らしいですな」
その結果――「まさか」の自体が起きた。
クラウディウスは人間程の大きさになっていたその「光」を兄弟に向けて放った。
その場にしゃがみ込んでいたスターンを庇うような格好でクランツが「光」を受け止める。
大きな「光」はクランツの頭の先から足の先までその前面の全てを余すところなく包み込み――消えた。
「クランツ君ッ!」
糸の切れた人形のようにぐしゃりとへたり込んでしまったクランツのもとにテイン先生が駆け寄った。得意の風魔法を使用したのだろう老人とは思えない速度だった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜
黄舞
ファンタジー
勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。
そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは……
「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」
見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。
戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中!
主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です
基本的にコメディ色が強いです
婚約破棄された悪役令嬢は、満面の笑みで旅立ち最強パーティーを結成しました!?
アトハ
恋愛
「リリアンヌ公爵令嬢! 私は貴様の罪をここで明らかにし、婚約を破棄することを宣言する!」
突き付けられた言葉を前に、私――リリアンヌは内心でガッツポーズ!
なぜなら、庶民として冒険者ギルドに登録してクエストを受けて旅をする、そんな自由な世界に羽ばたくのが念願の夢だったから!
すべては計画どおり。完璧な計画。
その計画をぶち壊すのは、あろうことかメインヒロインだった!?
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる