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25「理想の兄弟」

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 聖属性のクラウディウスと土属性のクランツ並びにスターン、この三名一組による魔力の強化方法は、

「土属性の魔力で『光』を囲んで閉じ込める――そのようなイメージで『光』を打ち消してください」

 及び、

「聖属性の魔力で『土』を強く照らし上げて、その影から輪郭まで全てを完全に消し飛ばす――そのようなイメージで『土』を打ち消してください」

 といったものだった。

「水と火」ほど関係性は強くない「光と土」だが自然界で互いの影響を全く受けない現象は存在しない。ちょっとした工夫や柔軟な発想で幾らでもイメージは作れた。

「真理は常に目の前にあります。まぶたを閉じて独りで考え込んだりはせず、まずは目の前の事実を受け入れてから頭を柔らかくして考えてみましょう」

 と老教師はおっしゃっていた。

「――はい。はじめての事ばかりで。実技の授業は楽しいと思います」

 馬車の中、クラウディウスがテルマに答えた。

「お姉さまとペアを組めなかった事は残念ですけど。受け入れて、頭を柔らかくして考えてみたら、えっと、一緒じゃなかったからお姉さまに『どうだった?』て聞いてもらえるし、こんなふうに思いますってお話が出来るから。えっと」

「これで良かったのかなって思いました」とクラウディウスは微笑んだ。

「……良い子ね」

 とテルマは可愛い妹の頭を撫でる。ついつい手が伸びてしまった。

「えへへ」とクラウディウスはくすぐったそうに笑った。……かわいらしい。

 その体をぎゅっと抱き寄せてしまいたくなってしまったテルマは、

「んんッ。そういえば」

 と敢えて話題を変更する。どうにか理性を保とうとする。

「授業中に少しだけ見えたけれど土属性の魔力は面白いわね」

「おもしろい……ですか?」

「ええ。面白いというか違和感を覚えるというか」

 質量を伴わない魔力はどれも半透明だった。元々の見た目が半透明っぽい水や火は半透明の魔力でカタチを作って表しても本物の水や火のように見えるのだが、本来は少しも透明ではない土を半透明の魔力で表すと――なかなかに土だとは認識しづらい半透明の茶色い塊になるのだ。

「見慣れていないものだからとても不自然な物に見えて面白かったわ」

「……そうなんですね」

「ああ。土属性を馬鹿にしてるわけじゃないのよ」

 事実、質量を得て魔法となった土属性の魔力は、目隠しや防御の為の壁となったり屋根となったり足場となったりと非常に有用性が高い。

「色々な事に使えるのよ。土属性は凄いの」

 何だかテルマは言い訳をするみたいに土属性の魔力を褒めてしまった。

 故意でなくとも無垢なクラウディウスに他人の悪口を吹き込むような真似はしたくなかったのだ。また妹クラウディウスに他人の陰口を叩くような姉だとは思われたくなかったという思いもテルマにはあった。

 だから……有用な土属性の魔力を持っているとは言ってもあの兄弟が実際に魔法を使えるようにまでなるかはまた別の話だけれども……とは思っていながらもテルマは口には出さなかった。テルマが口に出した言葉は、

「クラウディウスもあの兄弟と同じくらいの事が出来ていれば良いから。ゆっくりと頑張って」

 クランツとスターン兄弟の実力を大きく侮った上で、クラウディウスには遠回しに頑張り過ぎないようにと促すようなものであった。

「お二人と同じくらいに……はいっ。頑張ります――!」

 クラウディウスは胸の前で小さく拳を握った。テルマの頬が緩む。その姿は非常に微笑ましかった……が、である。

 ――後から考えれば。この時のテルマの言葉が起因であったかもしれない。

 テルマェイチがクランツとスターンの二人を褒めるような事を言ったから、クラウディウスが嫉妬してしまった……いや違う。クラウディウスは姉の言葉を素直に受け取って「兄弟と同じくらいの事」が出来るように頑張っただけだ。

 この次の日、実技の授業中に大きな問題が起きる。グループで授業を受けるようになってからまだ三日目の事だった。平穏はわずか二日しか続かなかったのだった。

 三日目の授業中盤、半透明の「土」に覆われていた「光」が大きく膨らんでいって全ての「土」を打ち消した。

 顕現時にはてのひら大であった「光」が今は人間の頭よりも大きくなっていた。

 その「光」は自分を取り囲んでいた「土」を綺麗に打ち消した後も、一向に消える気配が無いどころか止まる事すらも無く、更にどんどんと膨らんでいっていた。

「うぅ……わあッ!?」とスターンが頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ時にはもう「光」は人間と同じような大きさの楕円形となっていた。

 クラウディウスが、

「では。いきますね」

 と宣言をした。

「どどどどど……何処にですかっ?」とスターンは地面近くで頭を抱えたままクラウディウスの方を見もせずに返した。

 一方、兄のクランツは「光」とスターンの間に立って大きく両腕を広げていた。

 ……普段ならば弟のスターンと一緒に震え上がっていそうなものだが、いざ本当の危機的状況となれば「弟」を守るのが「兄」の務めという事だろうか。

 ホラティオと魔力の撃ち合いをしながら横目で三人の遣り取りを見ていたテルマはその「光」の大きさに――「頑張り過ぎないでって言ったのに。聖女候補だってバレたらどうするの」と別の意味でハラハラとはしていたが兄弟が怯えるような「危機的状況」だとは考えていなかった。

 クラウディウスが何をしようとしているのかは分からないが。まさかその「光」を兄弟にぶつけたりはしないだろう。余りにも危険過ぎると誰にでも分かる行為だ。

 ……水属性の「大雨」をホラティオの頭上から降らせた前科を持つテルマが言えた義理ではないかもしれないが。今回の「光」はテルマの「大雨」よりも大きかった。顕現化された魔力が他人の精神に及ぼす負の影響を「威力」と言ってしまって良いのなら、その「威力」の大きさは注ぎ込まれている魔力の量に依るのだ。

 テルマの場合、局地的な「大雨」を降らせて大量に浴びせたとはいってもその一粒一粒は小さかった。その総量と比べても人間大の「光」の方が明らかに魔力は多い。「威力」としてはテルマが降らせた「大雨」の何倍から下手をすれば何十倍にもなるかもしれない。それを「赤い勇者」でもない兄弟に浴びせたら……何が起きるのか。言わずもがな。

 クラウディウスにも分かっているだろう。分かっていればするはずがない。

 クラウディウスにそんな暴力的な一面は無い――はずだ。

 テイン先生もテルマと同じように考えていたに違いない。

 だから老教師は慌てて「光」を打ち消したりとせずにその騒動を眺めていた。

「ほお……何と大きな『光』を。素晴らしいですな」

 その結果――「まさか」の自体が起きた。

 クラウディウスは人間程の大きさになっていたその「光」を兄弟に向けて放った。

 その場にしゃがみ込んでいたスターンを庇うような格好でクランツが「光」を受け止める。

 大きな「光」はクランツの頭の先から足の先までその前面の全てを余すところなく包み込み――消えた。

「クランツ君ッ!」

 糸の切れた人形のようにぐしゃりとへたり込んでしまったクランツのもとにテイン先生が駆け寄った。得意の風魔法を使用したのだろう老人とは思えない速度だった。


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