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しおりを挟む「んッ。富田く……あッ。やめ……んッ」
「……それで数直線を書いてみると。分かるな? そうすると1よりも小さい……」
クラスメートの喘ぎ声をBGMにしながら粛々と進められる数学の授業。しかし、
「ふう……んッ。もう……すご……」
(凄いって何? 凄いって何? 佐々木君、何されてるの? 富田君、何したの?)
(……エロい、エロい、エロい、エロい。何がエロいって、佐々木の喘ぎ声を聞いて俺の隣の席の女子が「はぁはぁ……」言ってんのが俺には超エロいんですけど!)
(気持ち良さそうだよなあ……。本当に気持ち良いのかなあ……? 男が男に触られても気持ち良いのかなあ……? ……俺が佐々木に触っても「あんあん」言うのかなあ。俺が富田に触られても「あんあん」言っちゃうのかなあ……。)
教室内に居た全員が漏れなく、悶々というのか、むんむんというのか、頭に熱気をこもらせていた。そんな状態では当然、授業の内容など少しも頭には入ってこないのであった。
教卓の前、生徒達に振り返った教師が「あー……」と言いにくそうに口を開いた。
「……佐々木」
「ひゃいッ!?」と玲人が顔を上げる。色っぽく濡れた目で教師の顔を見る。それと同時に「――ッ!?」と教室内に緊張が走っていた。
(先生ッ!?)
(注意するのか? 注意しちゃうのか? ……気付いていた事の自白にもなるよ?)
(せんせーッ!!! やめてやめてやめて。「とみささ」を壊さないでッ!!)
――等々といった生徒らの視線を一身に受けた教師は「…………」と無言で小さく頷いた後、
「……具合が悪そうだな。我慢していないで保健室に行ってきなさい」
と真面目な顔で言った。真面目な顔を装って言った。
真面目な顔は装えていたが、この教師もこの教師で佐々木玲人の喘ぎ声と教室内の悶々、むんむんとした雰囲気に当てられてしっかりと勃起してしまっていた。黒板に向かう事で勃起を隠し、生徒達に向き直る時は必ず教卓の前に移動していた。
「えッ?」と玲人が驚くのとほぼ同時に教室内のあちらこちらからは「ふぅ……」と息が漏れていた。
佐々木玲人のエロボイスを、もっともっと聞いていたかった者も居るのだろうが、クラスメートらの大半は「聞いていたいが聞いていられない」という者達であった。
(……だってエロ過ぎるだろ。頭がおかしくなるわ。いやもうなってるかも……。)
そんな中、明らかな反発の意思を見せた生徒が一人だけ居た。勿論、富田涼太だ。
「む……ッ」
と涼太は本来ならばあり得ない、あってはいけないであろう事に、教師を強く睨み付けていた。擬音で言えば「ギロッ」だ。漫画だったら「ゴゴゴゴゴ……」といった描き文字を背負っていそうだった。プレッシャーを与えていた。
教師はそっと目を背けながら言った。
「あー……佐々木、一人では保健室に行くのも大変か。隣の席の富田、付き添ってあげなさい」
「えッ!?」と「うーす」が同時に聞こえた。玲人と涼太が同時に口を開いたのだ。
涼太は横目で玲人を見た。玲人は、
「あ、あの、先生。俺、やっぱり、だいじょ――あんッ!?」
喋っていた途中で涼太に背中を撫でられて喘ぐ。
「大丈夫かよ、玲人くん」と涼太はわざとらしい声を掛けながら玲人の背中をさすり続けていた。玲人は「んッ。んッ」と閉じた口から色っぽい声を漏らす。
「だ、大丈夫そうには見えないな。佐々木、我慢してないで行ってきなさい。ほら。遠慮しなくて良いんだぞ。さっさと行きなさい」
教師が生徒に向かって「さっさと」とか言いやがった。教師も余裕を失っていた。
「うーす、せんせー。行ってきまーす」
と返事をしたのは玲人ではなくて涼太だった。
「行こうぜ、玲人くん」と言って玲人に肩を貸す。183センチで120キロの玲人と156センチで50キロ未満の涼太では体格に差があり過ぎて、本来ならば肩を貸すなど無理であろうが――涼太には触れられたくなくて一人で真っ直ぐに立とうとしている玲人の腰に、逃すまいと寄り添った涼太が手を回す。撫で回す。あんあんあん――。
よろめきながらも玲人と涼太の二人は肩を貸し借りしているふうの格好で歩く事が出来ていた。
――二人が出て行った教室では。
「ふぅ……」
ひと仕事、終えたように教師が息を吐いていた。
ざわざわと生徒達が囁き始める。皆が皆、佐々木玲人の喘ぎ声と富田涼太の行為に気が付いていた事を確認し合っていた。意外かもしれないが、彼らにとってはこれが初めての確認作業だった。二人のどちらかでも近くに居たら出来ない話であった。
「どうしたものか」と呟いた教師に向かって、
「先生」
一人の生徒が挙手をした。黒髪眼鏡の委員長だった。ちなみに女だ。
「ん? どうした?」
「佐々木君と富田君の事ですが」
きらりと眼鏡に光を反射させて、その奥の目の色を隠した委員長は、
「いかがわしい行為ではなくてただのスキンシップだと思われます。下手に注意をして、あまつさえそれは性的な行為だと指摘してしまえば彼らが同性である事も加味して二人共に深い傷跡を残す結果となりかねません。仮に彼らのどちらか一方にでも恋愛感情がある、もしくはこれから芽生えるとするならばそれは彼ら自身に気付いてもらうしかないかと。やはりここでも二人が同性であるという事で、その行為は好意を抱いている相手にのみするものであるはずだと教え、促す事には大きなリスクが伴います。あなたは同性愛者であると他人が指摘するに等しいからです。先生。ここは流れに任せて、二人の行く末を静かに見守るべきかと」
とうとうと語り上げた。その心は、
(「とみささ」の邪魔すんなし。)
であった。
「…………」と少しだけ黙った後、教師は、
「その通りだな」
うむッと強く頷いた。その心は、
(……あの二人が同性愛者かどうかは知らないし。他人の人生だ。どちらでも良い。教師としての立場から何かしらの口を出してどうにかなってしまったとしても責任は持てないし。見なかった事にして放置しても「見守るべき」なんてエクスキューズがあれば職務放棄にもならないのなら大助かりだな。……委員長が何を言っていたのか強過ぎる圧に怯んでいたせいで半分も聞いていなかったけど。)
であった。
「先生――」
「――うむ」
事勿れ主義の男性教師と実は腐り切っていた黒髪眼鏡の女委員長ががっしりと手を組んだ歴史的瞬間であった。
(流石ね、委員長同志。よくぞ言ってくれたわ。これで「とみささ」は守られる!)
(なんだなんだ? よくわからねえけど結局、何も変わらずに明日からもエロいのが続くのか? 続くんだな? 続くんだったら、オッケーだ。)
(嗚呼……恥ずかしくて、ドキドキし過ぎて、聞いていられないなんて思ってたはずなのに、いざもう二度と聞けないのかもしれないとなるとやっぱり佐々木の喘ぎ声が聞きたいだなんて。俺はもう、俺はもう……。)
それぞれにそれぞれな思惑はありながらも、パチパチパチ……――パチパチパチパチパチバチバチバチバチッ!!! わあ――ッ。自然と拍手が歓声が湧き起こる湧き上がる。
このクラスが一丸となった瞬間でもあった。
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