144 / 172
第二章
第百三十話 追憶令嬢と生誕祭
しおりを挟む
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
平穏な生活を夢見る公爵令嬢です。
王家主催のパーティーの中でも一番予算があてられる国王陛下の生誕祭が開かれています。
王宮の一番大きく豪華な広間で上位貴族と諸外国の来賓、王族や有力貴族が招待されています。このパーティーに参加できる王家から招待状を受け取った貴族はとても名誉なこと。公務の関係で参加できない貴族もいますが当主夫妻は必ず参加します。もちろんルーン公爵家は全員参加です。マール公爵家はマール公爵夫妻とリオが。国外を飛び回るリオのお兄様達は帰国が間に合わないため欠席です。
国王陛下のありがたい挨拶も終わり、私はリオと一緒に挨拶回りをしていました。
クロード殿下やレオ様は先ほどからずっと外国のお姫様達のおもてなしのために華麗なステップを踏んで踊っています。昔は婚約者の私がいたので何曲か一緒に踊り、その後は談笑しながら接待していました。クロード殿下のダンスする姿をしみじみと眺めるなんて初めてですわ。外見だけなら物語の王子様そのものです。私は殿下よりも頭一つ分身長が低いので見ている者には物足りなかったのでしょう。綺麗で殿下ともお似合いのお姫様と踊る姿は絵になりますわ。殿下が社交の笑みを浮かべてらっしゃるので気に入っているかはわかりません。いつもは忙しなく動いていた生誕祭でこんなにのんびりできるとは思いませんでしたわ。昔は生誕祭の準備に招待客リストを頭に入れるだけでも大変でしたわ。来賓のお客様への接待をアリア様と一緒に伯母様と、いえ恐ろしいことを思い出すのはやめましょう。
クロード殿下とお姫様も絵になりますがうちの弟も絵になりますのよ。ルーン公爵家嫡男のエドワードの婚約者の椅子は殿下の妃の次に魅力的なもの。エドワードもお姫様や有力貴族のご令嬢の接待ダンスを爽やかに踊っています。まだ11歳なので他の殿方と比べ身長は低いですが、体格差を気にさせずリードする技術は王族にも劣りませんわ。そして社交の爽やかな笑みを浮かべるエドワードもご令嬢達に憧れの眼差しを受けています。
来年はエディも学園に入学しますが、ファンクラブができますわね。未だに私に甘えてきますがそろそろ姉離れの時期でしょうか。成長は誇らしい、それでも時々見つける子供らしい可愛いところがなくなるのは寂しいですわ。
差し出されるグラスを戻ってきたリオから受け取ります。
昔は王太子の婚約者として金の刺繍の入ったドレスを纏うことが多かったです。今日は青い生地に銀糸の刺繍と濃紺の装飾で飾られたドレスを纏っています。ドレスはリオから贈られました。婚約者への贈り物は殿方の甲斐性と言いますが…。毎月贈られると思う所がありますわ。お断りすると捨てる?と言われるのでありがたく受け取っています。
「今日のシアも一段と美しい。ドレスも似合っているよ。他の男に見せたくない」
「社交辞令以外の賛辞を言うのはリオだけですわ」
「鈍いからなぁ」
穏やかに笑うリオは自分がいかに容姿に優れて周囲の視線を釘付けにしているか気付かないのでしょうか。婚約者と一緒にいる時にダンスに誘うのはマナー違反です。私が傍にいなくなればリオにダンスの誘いが殺到しますわ。
「私はリオが美しいお姫様達にとられないか心配ですわ」
「俺のお姫様はシアだけだから杞憂だ」
耳元で囁かれた甘い声に心臓の鼓動が速くなります。最近は令嬢モードを上手く装備できるようになりました。深呼吸して緩む頬も赤くなる顔も必死に抑え、ルーン領の花を思い浮かべます。ほのかに香るのはルーンの鎮静作用を持つ香油。この香りを嗅ぐと自分を取り戻せると気付いてからはハンカチやドレスに使っています。このドレスには贈られた後にルーンの紋章を入れる時に使った糸は香油をたっぷり染みこませてあります。この香油を贈ってくれたのはエドワードです。姉の不甲斐ない姿を見ても引かずにさりげなく効果のあるものを贈る器の大きさは将来有望ですわ。令嬢モードの穏やかな笑みを浮かべてリオに微笑み返すと甘い笑みではなく穏やかな笑みでそっと髪を撫でる手に安堵しましたわ。リオのエスコートを動じずに受けられるまで中々大変でしたわ。様子のおかしいルーン公爵令嬢は許されませんので。私とリオの役目は終わっているので談笑しながらパーティーが終わるのを待ちましょう。
「レティシア!!」
呼ばれる声に視線を向けると金髪が近づいてきます。あれは?
海の皇国の皇女様が豪華なドレスで勢いよく駆けてきます。真珠や珊瑚など海の中でとれるものが飾られた重たそうなドレスが粗々しい音を生み、周囲の視線を集めます。淑女としてはありえない行為です。リオがグラスを給仕に預けて私の前に立ちました。
「皇女様、」
「邪魔よ!!私はレティシアに用があるの」
リオの口上を遮った皇女様の不機嫌な様子にグラスを給仕に渡し、リオの隣に立ち礼をします。
「このたびは」
「口上も挨拶もいらない。レティシア、お兄様は!?」
言葉を遮られ皇女様の我儘モードに突入しているのを察しました。公の時はきちんとお話される言葉も乱れております。フラン王国語を話せるようになったんですね。感心している場合ではありませんわ。
海の皇国は皇子皇女の数が多く名前を明かす風習はありません。招待状は全て皇帝陛下宛に送られます。招待客リストには海の皇国から皇帝陛下の名代での訪問は海の皇女様一人だけでした。到着が遅れていると報告が受けておりましたが。随行しているはずの貴族も侍女も姿が見えません。まさか置いてきたのでしょうか?
「恐れながら本日の名代は皇女様お一人と」
「お兄様よ!!この国に外遊に寄ってからお姿が見えない。お兄様の後見のレイ伯爵家も代替わり。お兄様は貴方と一緒に過ごした日からおかしかった。接待役のレティシアが私の傍を離れるなんておかしかったのよ。あの時に気付いていれば!!お兄様を私に隠れて誘惑したんでしょう!!お兄様を返して!!」
声を荒げる皇女様が探しているのはロダ様でしょうか?
事情を知りませんの?国としての話し合いは済んでいます。だからロダ様達は爵位を与えられフラン王国民として受け入れクロード殿下も気に掛けています。クロード殿下は時々ロダ様の様子を見るために教室に顔を出しますもの。
「皇帝陛下のお考えをお聞かせいただけますか」
「あれには失望したって。もう兄じゃないから忘れろって。私にはお兄様だけなの。お願いだから返して!!」
海の皇国の事情はわかりません。ここでは絶対に口に出せないのは確かです。海の皇国とどんな取引をしたのかはわからないので、事情を話せば外交問題に。メイル伯爵もロダ様はこの場に招かれてません。皇女様を落ち着かせて、クロード殿下にお任せするのが一番ですわ。
「申し訳ありません。私は皇女様の望む答えを持っておりません。お力になれず」
「嫌!!許さない!!お兄様がいない国なんていらない」
叫ぶ皇女様は私の言葉は最後まで聞いてもらえません。リオは皇女様に邪魔と言われたので口を挟めませんし、ここは私がなんとかするしかないんですが。騒ぎに気付いた殿下が来てくださったりしませんかね。
「皇女様、」
「お兄様。どこにいらっしゃるの!!お兄様!!許さない、お父様も何もかも消えてしまえばいい!!」
声を荒げ、叫びはじめた皇女様から青黒い禍々しい魔力が漂います。会場には魔法が発動しないように魔封じの結界が仕込んであります。魔法で他国を蹂躙するつもりはなく、魔法を武力として使うつもりはないと他国にアピールするための部屋です。魔法を持たない他国の方々への安全への配慮のために用意された部屋です。魔法を未知と捉え恐怖の対象とする国の方々を接待するときに使われる部屋でもあります。全ての魔法が発動しないはずなんですが。なぜか青黒い靄が伸びてきて魔力が吸われていきます。ゾクリとする嫌な感覚に顔を顰めそうになると嫌な感覚がなくなりました。温もりに包まれて顔を上げるとリオに強い力で抱きしめられていました。風?
真顔のリオの顔には汗が流れ、風の結界で包まています。まがまがしい魔力が膨れ上がり青黒い尾びれ?が結界を壊しました。爆風が起こって体が吹き飛びます。
「お兄様を奪った全てを許さない!!」
ガシャンと音がして窓が割れて外に。ポタリと見えるのはリオの頭から流れる血。このまま落下すれば死にますわ。
「ディーネ、結界を。安全に下に降ろして」
温かい水の球に包まれポタンと地面に体が降ろされました。強く抱かれていた手を解き、血まみれで真っ青なリオに治癒魔法をかける。私を庇って王宮の強固なガラスが割れた時にきっと。止血して傷ついた組織を修復する。
「リオ」
冷たく閉じた目は開きません。周りではどんどん人が吹き飛ばされて落ちてきます。薄く水の柔らかい膜で地面を覆う。王宮魔導士も近くに倒れています。魔法の使えない空間で使われる魔法。陛下の無効化魔法も効かないかもしれません。会場は青黒い魔力に覆われたまま。
唯一皇女様を沈められそうなロダ様はいません。海の皇国の方も吹き飛ばされてます。
青黒い嵐の中心にいる皇女様には誰も近づけません。
「許さない。すべて亡くなってしまえばいい!!」
皇女様の後に人魚?が見えました。あの銀髪と蜂蜜色ってまさか!?
殿下とエディ!?
殿下が手を当てて無効化魔法を発動してますが効きません。青黒い魔力が二人を包んでいます。
「ディーネ、あれをなんとかできますか!?」
「海の魔術ね。皇女が怒りで我を忘れて使役してる人魚たちも同調してる」
「鎮められますか!?」
「力で抑えられるけど、あそこまで暴れたら顕現しないと対処できないわ。レティの魔法も私との契約も知られてしまう」
吹き荒れる風、荒れる会場、禍々しい魔力の刃、悲鳴、倒れている人達、目を開けないリオ。あのままだと殿下とエディが危ない。やるべきことはわかっています。もう会えなくても後悔しない。ここで躊躇う自分の方が許されない。
「大丈夫。ディーネ。お願い力を貸して」
「私はレティの願いを叶える」
「ありがとう。お願いします」
リオとの約束はもう守れない。でも守れる力があることを誇りに思ってルーン公爵令嬢らしく優雅に微笑む。
「リオ、ごめんなさい」
深呼吸して集中し魔力を纏い精霊を召還するための詠唱を唱える。使うことはないと思っていました。でも今はありがたい。ディーネ、ありがとう。絶対に生涯かけて貴方だけは守るから。
「親愛なる水の眷属たるディーネ。我の声を聞き給え。契約者たるレティシアが命じる。
かの者たちを鎮めるために姿を現せ」
纏った魔力が消えると青く美しい光が輝き、青い瞳を持つ美しい女性が現れる。初めて出会った時の姿。空から雨が降りディーネが皇女様に近づいていく。風や青黒い魔力なんてないように優雅に歩いて皇女様の前で足を止めた。
「頭が高い。下級精霊ごときが我が契約者を傷つけるとは」
ディーネの美しい声が響く。会場の中には雨が降るも状況は変わらない。
「消えたいの?これ以上わが契約者を傷つけるなら廻らない輪廻の果てに葬り去るわ。私はウンディーネ様のように慈悲はない。警告はしたわ。そう、」
ディーネが人魚に腕を向けると人魚がひれ伏す。
禍々しい魔力が薄れ、嵐が消え皇女様がパタリと倒れる。人魚が何かを唱えて消えていく。
近くに倒れているエディと殿下に傷はない。
これで大丈夫です。違いますわ。体を起こし、ざわめく人々が動く前にやることがあります。
「ディーネありがとう。全ての人を眠らせて」
ディーネの魔法で起き上がった人たちがパタリと倒れて眠りにつく。まずは治癒魔法をかけてまわらないといけませんね。
「治癒魔法は私が。全員に魔法を使えばレティが倒れる」
「ありがとう。お願いします」
ディーネに甘えましょう。まだ倒れるわけにはいきません。浅い呼吸で青白い顔の目を閉じたままのリオ。
「ディーネ、リオは平気?」
「魔力を吸われ過ぎてるわ。危険よ」
魔力欠乏は死に繋がる。リオから贈られた魔石を全てリオに持たせて吸収させても顔色は戻りません。リオに口づけてありったけの魔力を注ぐ。全部あげてもいい。お願いだから死なないで。
「レティ、リオはもう大丈夫よ。これ以上はレティが危険」
ディーネの声に顔を上げる。リオの顔には赤みが戻り、手も温かい。
辺りには水の魔力が漂っているのでディーネの治癒魔法が発動したのでしょう。
「ありがとう。エディや殿下、皆は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。時期に目覚めるわ」
ディーネの言葉に安堵の息を吐く。
リオから贈られたお守りのネックレスや腕輪を全部外す。肌身離さず持っていた身分証明のメダルをリオの手に握らせる。眠っている大好きな人。手の温もりは大好きなものと変わらない。
「今まで守ってくれてありがとう。レティシアはリオにあげます。どうか幸せになって」
もう見れない顔を目に焼き付け、そっと唇を重ねる。これで最期。
「リオ、大好き。さようなら」
込み上げてくる涙は我慢して立ち上がる。視界が歪まないように。どんなときも優雅に振る舞うのがルーン公爵令嬢。なにより今は泣いてる時じゃないから。
「ディーネ、もうここにはいられない。行こう」
「レティ、いいの?」
「うん。私が招いたことだから。公爵令嬢が魔力を隠していたなんて許されません。それにこれからディーネの力を狙った人達が近付くいてくるかもしれない。私が消えれば全てが穏便です。嫌われ者の公爵令嬢の記憶なんてすぐに消えますわ」
「私は優しいレティが大好きよ」
「ありがとうディーネ」
ドレスは目立つので会場の破れたカーテンを拝借してローブ代わりに体に纏う。いつかきちんと返します。
どうか大好きな人達が幸せでありますように。今までありがとう。
寂しくなるから決して振り返らずに笑みを浮かべたまま外の暗闇に向かって足を進める。
レティシア・ルーン公爵令嬢の最期でありずっと目指していた脱貴族が叶った日。
平穏な生活を夢見る公爵令嬢です。
王家主催のパーティーの中でも一番予算があてられる国王陛下の生誕祭が開かれています。
王宮の一番大きく豪華な広間で上位貴族と諸外国の来賓、王族や有力貴族が招待されています。このパーティーに参加できる王家から招待状を受け取った貴族はとても名誉なこと。公務の関係で参加できない貴族もいますが当主夫妻は必ず参加します。もちろんルーン公爵家は全員参加です。マール公爵家はマール公爵夫妻とリオが。国外を飛び回るリオのお兄様達は帰国が間に合わないため欠席です。
国王陛下のありがたい挨拶も終わり、私はリオと一緒に挨拶回りをしていました。
クロード殿下やレオ様は先ほどからずっと外国のお姫様達のおもてなしのために華麗なステップを踏んで踊っています。昔は婚約者の私がいたので何曲か一緒に踊り、その後は談笑しながら接待していました。クロード殿下のダンスする姿をしみじみと眺めるなんて初めてですわ。外見だけなら物語の王子様そのものです。私は殿下よりも頭一つ分身長が低いので見ている者には物足りなかったのでしょう。綺麗で殿下ともお似合いのお姫様と踊る姿は絵になりますわ。殿下が社交の笑みを浮かべてらっしゃるので気に入っているかはわかりません。いつもは忙しなく動いていた生誕祭でこんなにのんびりできるとは思いませんでしたわ。昔は生誕祭の準備に招待客リストを頭に入れるだけでも大変でしたわ。来賓のお客様への接待をアリア様と一緒に伯母様と、いえ恐ろしいことを思い出すのはやめましょう。
クロード殿下とお姫様も絵になりますがうちの弟も絵になりますのよ。ルーン公爵家嫡男のエドワードの婚約者の椅子は殿下の妃の次に魅力的なもの。エドワードもお姫様や有力貴族のご令嬢の接待ダンスを爽やかに踊っています。まだ11歳なので他の殿方と比べ身長は低いですが、体格差を気にさせずリードする技術は王族にも劣りませんわ。そして社交の爽やかな笑みを浮かべるエドワードもご令嬢達に憧れの眼差しを受けています。
来年はエディも学園に入学しますが、ファンクラブができますわね。未だに私に甘えてきますがそろそろ姉離れの時期でしょうか。成長は誇らしい、それでも時々見つける子供らしい可愛いところがなくなるのは寂しいですわ。
差し出されるグラスを戻ってきたリオから受け取ります。
昔は王太子の婚約者として金の刺繍の入ったドレスを纏うことが多かったです。今日は青い生地に銀糸の刺繍と濃紺の装飾で飾られたドレスを纏っています。ドレスはリオから贈られました。婚約者への贈り物は殿方の甲斐性と言いますが…。毎月贈られると思う所がありますわ。お断りすると捨てる?と言われるのでありがたく受け取っています。
「今日のシアも一段と美しい。ドレスも似合っているよ。他の男に見せたくない」
「社交辞令以外の賛辞を言うのはリオだけですわ」
「鈍いからなぁ」
穏やかに笑うリオは自分がいかに容姿に優れて周囲の視線を釘付けにしているか気付かないのでしょうか。婚約者と一緒にいる時にダンスに誘うのはマナー違反です。私が傍にいなくなればリオにダンスの誘いが殺到しますわ。
「私はリオが美しいお姫様達にとられないか心配ですわ」
「俺のお姫様はシアだけだから杞憂だ」
耳元で囁かれた甘い声に心臓の鼓動が速くなります。最近は令嬢モードを上手く装備できるようになりました。深呼吸して緩む頬も赤くなる顔も必死に抑え、ルーン領の花を思い浮かべます。ほのかに香るのはルーンの鎮静作用を持つ香油。この香りを嗅ぐと自分を取り戻せると気付いてからはハンカチやドレスに使っています。このドレスには贈られた後にルーンの紋章を入れる時に使った糸は香油をたっぷり染みこませてあります。この香油を贈ってくれたのはエドワードです。姉の不甲斐ない姿を見ても引かずにさりげなく効果のあるものを贈る器の大きさは将来有望ですわ。令嬢モードの穏やかな笑みを浮かべてリオに微笑み返すと甘い笑みではなく穏やかな笑みでそっと髪を撫でる手に安堵しましたわ。リオのエスコートを動じずに受けられるまで中々大変でしたわ。様子のおかしいルーン公爵令嬢は許されませんので。私とリオの役目は終わっているので談笑しながらパーティーが終わるのを待ちましょう。
「レティシア!!」
呼ばれる声に視線を向けると金髪が近づいてきます。あれは?
海の皇国の皇女様が豪華なドレスで勢いよく駆けてきます。真珠や珊瑚など海の中でとれるものが飾られた重たそうなドレスが粗々しい音を生み、周囲の視線を集めます。淑女としてはありえない行為です。リオがグラスを給仕に預けて私の前に立ちました。
「皇女様、」
「邪魔よ!!私はレティシアに用があるの」
リオの口上を遮った皇女様の不機嫌な様子にグラスを給仕に渡し、リオの隣に立ち礼をします。
「このたびは」
「口上も挨拶もいらない。レティシア、お兄様は!?」
言葉を遮られ皇女様の我儘モードに突入しているのを察しました。公の時はきちんとお話される言葉も乱れております。フラン王国語を話せるようになったんですね。感心している場合ではありませんわ。
海の皇国は皇子皇女の数が多く名前を明かす風習はありません。招待状は全て皇帝陛下宛に送られます。招待客リストには海の皇国から皇帝陛下の名代での訪問は海の皇女様一人だけでした。到着が遅れていると報告が受けておりましたが。随行しているはずの貴族も侍女も姿が見えません。まさか置いてきたのでしょうか?
「恐れながら本日の名代は皇女様お一人と」
「お兄様よ!!この国に外遊に寄ってからお姿が見えない。お兄様の後見のレイ伯爵家も代替わり。お兄様は貴方と一緒に過ごした日からおかしかった。接待役のレティシアが私の傍を離れるなんておかしかったのよ。あの時に気付いていれば!!お兄様を私に隠れて誘惑したんでしょう!!お兄様を返して!!」
声を荒げる皇女様が探しているのはロダ様でしょうか?
事情を知りませんの?国としての話し合いは済んでいます。だからロダ様達は爵位を与えられフラン王国民として受け入れクロード殿下も気に掛けています。クロード殿下は時々ロダ様の様子を見るために教室に顔を出しますもの。
「皇帝陛下のお考えをお聞かせいただけますか」
「あれには失望したって。もう兄じゃないから忘れろって。私にはお兄様だけなの。お願いだから返して!!」
海の皇国の事情はわかりません。ここでは絶対に口に出せないのは確かです。海の皇国とどんな取引をしたのかはわからないので、事情を話せば外交問題に。メイル伯爵もロダ様はこの場に招かれてません。皇女様を落ち着かせて、クロード殿下にお任せするのが一番ですわ。
「申し訳ありません。私は皇女様の望む答えを持っておりません。お力になれず」
「嫌!!許さない!!お兄様がいない国なんていらない」
叫ぶ皇女様は私の言葉は最後まで聞いてもらえません。リオは皇女様に邪魔と言われたので口を挟めませんし、ここは私がなんとかするしかないんですが。騒ぎに気付いた殿下が来てくださったりしませんかね。
「皇女様、」
「お兄様。どこにいらっしゃるの!!お兄様!!許さない、お父様も何もかも消えてしまえばいい!!」
声を荒げ、叫びはじめた皇女様から青黒い禍々しい魔力が漂います。会場には魔法が発動しないように魔封じの結界が仕込んであります。魔法で他国を蹂躙するつもりはなく、魔法を武力として使うつもりはないと他国にアピールするための部屋です。魔法を持たない他国の方々への安全への配慮のために用意された部屋です。魔法を未知と捉え恐怖の対象とする国の方々を接待するときに使われる部屋でもあります。全ての魔法が発動しないはずなんですが。なぜか青黒い靄が伸びてきて魔力が吸われていきます。ゾクリとする嫌な感覚に顔を顰めそうになると嫌な感覚がなくなりました。温もりに包まれて顔を上げるとリオに強い力で抱きしめられていました。風?
真顔のリオの顔には汗が流れ、風の結界で包まています。まがまがしい魔力が膨れ上がり青黒い尾びれ?が結界を壊しました。爆風が起こって体が吹き飛びます。
「お兄様を奪った全てを許さない!!」
ガシャンと音がして窓が割れて外に。ポタリと見えるのはリオの頭から流れる血。このまま落下すれば死にますわ。
「ディーネ、結界を。安全に下に降ろして」
温かい水の球に包まれポタンと地面に体が降ろされました。強く抱かれていた手を解き、血まみれで真っ青なリオに治癒魔法をかける。私を庇って王宮の強固なガラスが割れた時にきっと。止血して傷ついた組織を修復する。
「リオ」
冷たく閉じた目は開きません。周りではどんどん人が吹き飛ばされて落ちてきます。薄く水の柔らかい膜で地面を覆う。王宮魔導士も近くに倒れています。魔法の使えない空間で使われる魔法。陛下の無効化魔法も効かないかもしれません。会場は青黒い魔力に覆われたまま。
唯一皇女様を沈められそうなロダ様はいません。海の皇国の方も吹き飛ばされてます。
青黒い嵐の中心にいる皇女様には誰も近づけません。
「許さない。すべて亡くなってしまえばいい!!」
皇女様の後に人魚?が見えました。あの銀髪と蜂蜜色ってまさか!?
殿下とエディ!?
殿下が手を当てて無効化魔法を発動してますが効きません。青黒い魔力が二人を包んでいます。
「ディーネ、あれをなんとかできますか!?」
「海の魔術ね。皇女が怒りで我を忘れて使役してる人魚たちも同調してる」
「鎮められますか!?」
「力で抑えられるけど、あそこまで暴れたら顕現しないと対処できないわ。レティの魔法も私との契約も知られてしまう」
吹き荒れる風、荒れる会場、禍々しい魔力の刃、悲鳴、倒れている人達、目を開けないリオ。あのままだと殿下とエディが危ない。やるべきことはわかっています。もう会えなくても後悔しない。ここで躊躇う自分の方が許されない。
「大丈夫。ディーネ。お願い力を貸して」
「私はレティの願いを叶える」
「ありがとう。お願いします」
リオとの約束はもう守れない。でも守れる力があることを誇りに思ってルーン公爵令嬢らしく優雅に微笑む。
「リオ、ごめんなさい」
深呼吸して集中し魔力を纏い精霊を召還するための詠唱を唱える。使うことはないと思っていました。でも今はありがたい。ディーネ、ありがとう。絶対に生涯かけて貴方だけは守るから。
「親愛なる水の眷属たるディーネ。我の声を聞き給え。契約者たるレティシアが命じる。
かの者たちを鎮めるために姿を現せ」
纏った魔力が消えると青く美しい光が輝き、青い瞳を持つ美しい女性が現れる。初めて出会った時の姿。空から雨が降りディーネが皇女様に近づいていく。風や青黒い魔力なんてないように優雅に歩いて皇女様の前で足を止めた。
「頭が高い。下級精霊ごときが我が契約者を傷つけるとは」
ディーネの美しい声が響く。会場の中には雨が降るも状況は変わらない。
「消えたいの?これ以上わが契約者を傷つけるなら廻らない輪廻の果てに葬り去るわ。私はウンディーネ様のように慈悲はない。警告はしたわ。そう、」
ディーネが人魚に腕を向けると人魚がひれ伏す。
禍々しい魔力が薄れ、嵐が消え皇女様がパタリと倒れる。人魚が何かを唱えて消えていく。
近くに倒れているエディと殿下に傷はない。
これで大丈夫です。違いますわ。体を起こし、ざわめく人々が動く前にやることがあります。
「ディーネありがとう。全ての人を眠らせて」
ディーネの魔法で起き上がった人たちがパタリと倒れて眠りにつく。まずは治癒魔法をかけてまわらないといけませんね。
「治癒魔法は私が。全員に魔法を使えばレティが倒れる」
「ありがとう。お願いします」
ディーネに甘えましょう。まだ倒れるわけにはいきません。浅い呼吸で青白い顔の目を閉じたままのリオ。
「ディーネ、リオは平気?」
「魔力を吸われ過ぎてるわ。危険よ」
魔力欠乏は死に繋がる。リオから贈られた魔石を全てリオに持たせて吸収させても顔色は戻りません。リオに口づけてありったけの魔力を注ぐ。全部あげてもいい。お願いだから死なないで。
「レティ、リオはもう大丈夫よ。これ以上はレティが危険」
ディーネの声に顔を上げる。リオの顔には赤みが戻り、手も温かい。
辺りには水の魔力が漂っているのでディーネの治癒魔法が発動したのでしょう。
「ありがとう。エディや殿下、皆は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。時期に目覚めるわ」
ディーネの言葉に安堵の息を吐く。
リオから贈られたお守りのネックレスや腕輪を全部外す。肌身離さず持っていた身分証明のメダルをリオの手に握らせる。眠っている大好きな人。手の温もりは大好きなものと変わらない。
「今まで守ってくれてありがとう。レティシアはリオにあげます。どうか幸せになって」
もう見れない顔を目に焼き付け、そっと唇を重ねる。これで最期。
「リオ、大好き。さようなら」
込み上げてくる涙は我慢して立ち上がる。視界が歪まないように。どんなときも優雅に振る舞うのがルーン公爵令嬢。なにより今は泣いてる時じゃないから。
「ディーネ、もうここにはいられない。行こう」
「レティ、いいの?」
「うん。私が招いたことだから。公爵令嬢が魔力を隠していたなんて許されません。それにこれからディーネの力を狙った人達が近付くいてくるかもしれない。私が消えれば全てが穏便です。嫌われ者の公爵令嬢の記憶なんてすぐに消えますわ」
「私は優しいレティが大好きよ」
「ありがとうディーネ」
ドレスは目立つので会場の破れたカーテンを拝借してローブ代わりに体に纏う。いつかきちんと返します。
どうか大好きな人達が幸せでありますように。今までありがとう。
寂しくなるから決して振り返らずに笑みを浮かべたまま外の暗闇に向かって足を進める。
レティシア・ルーン公爵令嬢の最期でありずっと目指していた脱貴族が叶った日。
3
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる