追憶令嬢の徒然日記

夕鈴

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第二章

第百話 追憶令嬢の敗北

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ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園の2年生です。
平穏な生活を夢みる公爵令嬢です。

アナ達に一緒にお昼が食べたいとおねだりされたので庭園で食事をしています。貴族の多い第一庭園ではなく、校舎から少し離れた第二庭園を使っています。
第一庭園は貴族好みに作られています。季節に沿って美しい花が咲き誇るだけでなく、噴水やベンチにサロン等の設備の整えられた場所です。恋人との逢瀬に使う方も多くいらっしゃいます。
第二庭園は豪華な花はありません。園芸クラブが管理する庭園で、野花や薬草など様々な植物が育てられています。虫が出ることもあり上位貴族はほとんど出入りしない場所なので安全です。生前も私は立ち寄ったことはありませんでした。庭園の存在さえリオに聞くまで知りませんでしたわ。
私一人だとお説教を受けるのでステラに付き合ってもらっています。

アナ達は音楽の授業を選択しています。楽器をあまり知らないリナのためにバイオリンを演奏すると私の拙い演奏に感動したと拍手する姿は物凄く可愛かったです。そしてピアノを選ぶ生徒が多い中、リナはバイオリンを選択しました。アナは連弾したいとピアノを。
それからリナに頼まれて時々バイオリンを演奏するようになりました。
音楽の授業を選択するのは貴族ばかりです。課題曲を渡され、演奏し先生にアドバイスをいただく繰り返しです。私達に聞き覚えがあってもリナ達には知らない曲が多いので、向上クラブの時に演奏して教えます。
食事を終えた時に茶会の話題になり去年バイオリンを演奏した話をしたため、一曲聴きたいとおねだりされて披露しました。
第二庭園には私達以外に生徒はいなかったのですが、演奏を終えると生徒達が集まっています。アナが「もう一曲聴きたい!!」と無邪気な笑顔で言うので現実逃避にニ曲目を披露しました。
演奏を終えて目を開けると見間違いではありませんでしたわ。視線を集めるのはいつものことなので気にしないことにして、礼をしてステラの隣に座りリナにバイオリンを返しました。
声を掛けられないので視線は気にせずシエルに渡されたお茶を飲み、アナ達の話に耳を傾けていると集まっていた生徒達は去っていきました。
ただ一人動かずに立ちすくんでいる生徒を除いて。立ちすくんでいる生徒は顔色が悪くないので気にしません。

「あの、よければお名前を…」

先程まで固まっていた男子生徒が近づいてきました。ロンが私を背に庇おうとするのを首を横に振って止めます。ノア様よりもロンの方が紳士です。ロンは所作は綺麗ではありませんが、言葉遣いや行動などを礼儀正しくしようとするところに好感が持てます。ロンの成長は楽しみですが、目の前にいる細身の男子生徒に名前を教えてはいけない気がします。

「名乗るほどの者ではありませんわ」
「またお会いすることはできますか?」

うっとりとねめつけられるような視線に嫌な予感を感じます。嫌な予感がするのでお会いしたくありませんが同じ学園生です。よわよわしく笑みを浮かびて、視線を合わせずに口を開く。

「ご縁がありましたら」

ステラにそっと袖を引っ張られ、もうすぐ昼休みが終わることに気付きました。

「そろそろ戻らないといけませんわ。失礼します」

アナ達に別れを告げて、ステラと一緒に立ち去りました。午後の授業はステラとは別です。ステラと別れ、訓練の森に向かいます。
午後は魔法の授業です。
私は無属性設定なので森の隅で見学します。
一応リオからもらった物騒な結界の中にいます。最近は安全なので結界を使っていませんでした。セリア達から放れて見学しているので誰にも見つからないと思ってましたが、なぜかリオに知られてお説教を受けました。
魔法は1年生で基礎を学び、2年生からは応用です。自分で言葉を考え生み出していきます。
ただ魔力の制御が甘いと魔力が暴走してしまうことがあるので先生の監督のもと行われます。
私も生前よく失敗し水浸しにしましたわ。魔力の量が多いと有利ですが危険も伴います。
上位貴族は魔力保有量が多いのでうちのクラスは特に危険です。魔力の気配に結界を解除して急いで場を離れます。あそこにいれば結界に風の刃が当たって恐ろしいことが起こりましたわ。あら?
後ろで練習している生徒がいるのに気付きませんでした。飛んでくる水の刃を横に跳んで避け、一息つくと魔力の気配がします。爆発音がして、強い爆風が吹き体が浮きました。慌てて木の枝を掴むとポキリと折れて吹き飛ばされます。爆風に覆われた体の制御を取り戻すには魔法を使うしかありませんができません。大樹に衝突し、風が止み体が落ちていくので受け身を取って着地。固いはずの地面に足が食いこみ、感覚がなくなり浮遊感に襲われ、落下してます。息ができるので底なし沼ではなさそうなので受け身をとって衝撃にそなえます。びちゃっとした冷たい何かに背中が当たり落下が止まりました。全身が痛いですが、体は動くので深い傷はありませんわ。上を見上げると青い空が広がっています。
落とし穴…。落ちる訓練はしていませんでした。冷たくヌメッとした感覚は泥ですわ。
制服が泥だらけで汚れましたわ。私の全身も泥まみれで淑女としてあるまじき姿です。
私を嫌っているアリッサ・マートン侯爵令嬢と取り巻きのモナ・ダナム伯爵令嬢、ミーナ・ライ伯爵令嬢の笑い声が聞こえる気がします。直接的な魔法攻撃でなければ魔石の結界は発動しません。
私に攻撃する理由はなんでしょう。怪我をさせても魔法で回復できますし…。
考えるのは後ですわ。まずは怪我の確認です。擦り傷はありますが、動きに支障はありません。ゆっくりと立ち上がり、遠い空を見ながら考えます。中々深い落とし穴。私の腕力では登るのは不可能です。この深さは魔法の力で作った落とし穴でしょう。

「レティシア!!大丈夫か?」

聞き覚えのある声に感動しました。
穴の上からクラム様の声が聞こえました。淑女の行為ではありませんが、思いっきり息を吸って大きな声を出します。

「クラム様、大丈夫ですが、身体強化をかけて下さい。私はこの穴から抜けられません」

温かい風に包まれ、体が浮きます。風魔法に包まれて、穴から抜け出し、地面に足がつきました。トントンと足で地面を叩いても落ちませんわね。
目の前には先生がいました。助けてくださったのは先生でしたわ。

「申しわけありません。ありがとうございます」

「ルーン、大丈夫か?」

全身が泥まみれのためか視線を集めています。私も生まれて初めての経験ですわ。頭を深く下げます。

「先生、お騒がせして申しわけありませんでした」

「頭をあげなさい。何があった?」

顔を上げると、口角を上げているマートン様と目が合いました。
いつも陽気なクラム様がマートン様達を睨んでいます。

「ルーン様が転ばれましたのに、お助けできませんでした。ごめんなさい。私は魔力がありますのに」
「魔法でお助けできずに」

気の毒そうな顔を作ったマートン様と取り巻きによる魔力自慢が始まりました。クラム様が口を開こうとするので慌てて口を挟みます。

「私の不注意で申し訳ありませんでした。お気遣いありがとうございます」
「構いませんわ。私は魔力のあるものとして当然の―」

頭を下げた私に満足そうな笑みを浮かべるマートン様。先生が呆れた視線を向けています。私は授業の邪魔をしないように頭を下げて穏便にすませようとしたのに無駄でしたわ。
正直、先生の目がなくても爆風に吹き飛ばされて、木に衝突し、落とし穴に落ちたことを転んだというのは無理があるかと…。
私が避けることを想定しての攻撃。しかも先生の視線が離れてるのを計算してますわ。
大きな爆発を起こして爆風を起こし、先生の視線は爆発の近くにいた生徒にいきますわ。そして吹き飛ばされ制御できない私の体の前に大樹を生やして衝突。そして用意された落とし穴に落下。
私が衝突した大樹は枯れ木に変わっています。地属性の魔導士は植物の成長も自由自在。でも無理矢理成長させた木は生命力を使い果たしてすぐに枯れてしまいます。理由はわかりませんがこんなくだらないことに、美しい花を咲かせる予定だった木が枯れました。

「そうか。君達は訓練に戻りなさい。」

先生の言葉にマートン様達は礼をして離れて行きました。先生の視線は私に突き刺さります。

「私の不注意です。申し訳ありません。反省文を提出します」

先生はしばらく無言で見つめられました。そして長いため息を吐かれました。
ため息をつきたい気持ちは凄くわかります。

「反省文を書くのはルーンじゃないだろう。本当にいいのか?」
「構いません。度重なる授業の妨害行為を招いたのは私です。この件は私の不注意です」
「君は…。こちらこそすまない。保健室に行きなさい」
「俺が付き添ってもいいですか?」
「あぁ。カーチス頼む」
「一人で大丈夫です。大きな怪我もありません。どうか授業に」
「付き添ってもらいなさい」
「わかりました」
「ニコル!!」

クラム様の大きい声に呼ばれてニコル様が近づいて来ました。私の泥まみれの姿を見て驚いてますわ。
いつも笑顔のニコル様の驚き顔は珍しいです。
頷いて洗浄魔法をかけてくれました。気持ち悪かったのでありがたいです。
クラム様達の気遣いに感謝ですわ。

「ニコル様、ありがとうござ」

体がふわりと浮いてクラム様に抱き上げられて運ばれています。
慌てて後ろのニコル様を見ると笑顔で手を振ってくれているので、手を振り返しました。
違いますわ。

「クラム様、歩けます。降ろしてください」
「強く打ち付けただろう?」
「見てましたの?不甲斐ないですわ。お恥ずかしいですわ」

自分の不甲斐なさをごまかすように微笑むと、クラム様の眉間に皺が寄っています。赤い瞳を細めて怒った顔をしています。こんな顔をされるんですね。

「なんで言わなかったんだ?」

不機嫌を隠さない声のクラム様は正義感が強く実直。そんなクラム様が好きですが傲慢な方々に利用されないか貴族としては心配です。でもニコル様がいれば大丈夫ですかね。

「証拠がありません」
「俺が話すけど」

私は自分のためにクラム様が批難されるのは嫌ですわ。無属性関連で責められるのは私だけでいいのです。優しい友人に笑いかけます。

「クラム様は私のお友達です。それを理由に言い逃れされて逆に汚名を被せようとしたと責められます。きちんと外堀を埋めた上で攻撃を仕掛けています。悔しいですが私の負けですわ。避けきれませんでしたわ。あそこに誘い出された自分が情けないですわ」

穏やかな気持ちだったのに思い出したら悔しさが蘇りましたわ。
自分の不甲斐なさに怒りがこみあげてきます。

「落ち着けよ。もう授業の見学やめれば?」
「レポートもありますし、逃げるのも悔しいです」
「俺らの傍で見学すればいいだろう」
「うっかり魔法を避けそびれて結界が発動したら大変ですわ。私はクラム様達の傍で、警戒を続ける自信ありません。集中力も鍛えないといけませんわ」

眉間の皺が消えましたね。優しい貴方達には絶対危害を加えたくありません。私のうっかりをよく知っているクラム様が苦笑しました。

「魔法の授業の見学が鍛錬になってるな」
「笑いごとではありませんわ。ただ私を攻撃する理由がわかりませんのよ」

怒った顔ではなく、苦笑したクラム様にほっとしました。

「嫌がらせだろ?」
「自分に魔法が2倍で返されるかもしれないのに?」
「防御できるし、レティシアがそうならないように動くのわかってるんだろ?」

クラム様の言葉に驚きました。
盲点でしたわ…。そこまで読まれてましたの。

「マートン様達の手の上で転がされてたと思うと悔しいですわ。次こそは華麗に避けてみますわ。制服をやめて訓練着のほうがいいでしょうか」
「落ち着け。リオ様に特訓してもらえば?魔法攻撃ならビアード様よりもリオ様の方が得意だろ」
「リオのところに行ってきますわ」
「まだ授業中だから。その前に保健室だ」
「忘れてましたわ。自分で歩けるので降ろしてくださいませ」
「嫌」

今日のクラム様はしっかりしてますわ。
いつもの明るく少し抜けている感じとは違いますわ。頼もしい雰囲気にこれからますます令嬢達の人気がでますわね。
頼りがいがあるのは心強いけど、腹黒にはならないでほしい。
ぼんやりしてるといつの間にか保健室の椅子に降ろされて診察されてました。
駆けつけてきたシエルが新しい制服を用意してくれました。私の制服は所々破けています。シエルに繕ってもらって寄付しましょう。大きな怪我はありませんでした。
私の傷を見てシエルは真っ青です。
擦り傷なので治癒魔法は使ってもらえません。
せめて頬の傷は魔法で治してもらいたいとお願いしたんですが、傷は残らないと慰められるだけでした。
先生、令嬢の生活上不便なんです。治癒魔法をあまり使うのは良くないのはわかってますよ。でも…。
治癒魔法を使いすぎると耐性がつくから魔法で治していただけない意味は重々承知ですが。
悔しいですわ。
きっとこの頬の傷で視線を集めて困るのも作戦の範囲内ですか…?もしかして泥まみれの公爵令嬢をあざ笑うのが目的ですか?
先生が消毒してくれたので、シエルがルーンの薬を塗ってくれました。
着替えをすませて、気合を入れます。
絶対マートン様達を見返してやりますわ。
傷があっても優雅に撃退しますわ。もう絶対に負けません。
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