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第二章
四十九話 追憶令嬢の幸運な日
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ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏・気楽・穏やかな将来のために奮闘している公爵令嬢です。
平穏なはずの学園生活は中々平穏ではありませんが。
最近は気になっていることがあります。
周囲の視線を集めるのは仕方ありません。
なぜか視線を感じて振り向くと隠れてしまう気配があります。
自分からは声を掛けませんよ。
気にするのはやめましょう。
私はシエルと一緒に学園を散策しております。
この広大な敷地の中に畑はないでしょうか?
生前に畑を見た記憶はありません。授業でようのない場所と庭園以外を歩いた記憶もないので散策も初めての経験です。
平等な学園で差がある唯一の場所が学生寮です。
毎月決まった寄付金を納める家の子女は第一寮。本校舎から近く十分な広さに整った調度品、貴族が住むのに相応しい設備が整えられた部屋を与えられます。
無料で利用できるのが第二寮です。本校舎から放れ、生徒が自活できる環境が整えられている場所だそうです。ケイトが言うにはうちの使用人宿舎の部屋よりも狭いそうですが不便はないと。
私は絶対に足を踏み入れてはいけないと言われてます。
第二寮を利用しているのは平民や下位貴族です。
私は第二寮でいいのですが、ルーンは学園に寄付金を納めているので第一寮一択でしたわ。
ケイトの話では、第二寮は共用の調理場があるので食材を手に入れる手がかりがあるかもしれませんわ。
人の気配と罵る声が聞こえてきます。
真っすぐ歩けば第二寮ですが木々の生い茂るほうに足を進めると大柄な生徒が小柄な生徒を突き飛ばしています。
近付くと他にも生徒がおり、一人の小柄な生徒が三人の生徒に囲まれてます。これは遊んでいるようには見えません。小柄な生徒が罵られておりこれは生徒会案件ですわ。
腕輪に魔力をこめてリオに連絡をいれて、シエルに先生を呼びに行くように命じます。
「魔法も使えない平民がなんでこんなところにいるんだ!?」
「奨学生だろ?こいつの所為で俺はクラスわけで・・・」
「自分の立場をわかってないんじゃねぇか」
「平民風情が生意気だ。せめて俺らの気分転換に付き合えよ」
平民と小柄な少年を罵る方々は貴族でしょうか。聞こえてくる言葉は貴族として相応しくないものばかりです。木の後ろに隠れて顔を見ますが、平凡な顔立ちで所作に美しさのカケラもなく、下品な言葉を使う生徒は誰一人見覚えがありませんわ。私はルーンに関係のない家格の低い方は覚えていません。昔は貴族名鑑を丸暗記していましたが今世は必要ありません。必要ないことは忘れて大事なことを記憶するだけで私の優秀ではない頭は限界ですわ。
シエルが先生を連れてくるまで見守っているつもりでしたが、下品な生徒達が苛立ちを露わに少年に拳を向ける仕草に見守れる雰囲気ではありませんわ。
厄介な事に関わりたくありませんが、もしも彼らが貴族なら公爵令嬢として放っておけない案件です。
息を吸って演説用のよく響き耳に残りやすい声を意識して口を開く。
「何事ですか?」
大柄な生徒の振り上げた拳が止まり私のほうに視線を向けたので、令嬢モードで武装した笑みを浮かべて近づきます。
「女!?こんな所に!?」
「何か用かな?」
一人の生徒が近づいてきます。私に求められる役割は保護ですわ。その先は生徒会にお任せしましょう。
「こちらの方をお借りしてよろしくて?」
王妃教育で身に付けた優雅な笑みを浮かべて圧力をかけます。
「こいつにそんな価値はありませんよ。よく見ると綺麗じゃないか」
「こんな奴より俺達と遊びましょう」
もう二人の生徒も近づいてきて下品な笑顔を向けられます。私の笑みが全く効かないんですか?
この笑顔を向けたらほとんどの方は譲ってくれますわよ。予想外ですわ。
「ご遠慮致しますわ」
「俺に逆らうと後悔するよ」
高慢な口調で優越感に浸ったお顔。
非常識な方は同じ言葉が好きですわね。どうして誰もが自分の言うことを聞くと思っているんでしょうか。平等の学園に表面的には身分は存在しませんわ。そして学園の外に出たルーン公爵令嬢にその言葉を向けられる方は少数ですのに。ルーンの力を使うつもりはありませんし、生前の殿下の方針に従いましょう。
「ここは誰もが平等なステイ学園ですわ」
「世の中には逆らったらいけないものがある。見慣れないから1年生か?先輩直々に指導してやるよ」
「やめてください、女の子に!!」
「お前は黙ってろ!!」
意地悪されていた少年が大柄な生徒に突き飛ばされ尻餅をつきました。
どうしましょうか。
救いなのは非常識な生徒達の関心が私に逸れていることです。
先ほど平等と言いましたが名乗りますか?
私の瞳の色は特殊です。ルーン一族の目を見て気付かない方に名乗っても効果がありますか?
武術で対抗しますか?武器がないから駄目ですわ。
少年を連れて逃げます?
突き飛ばされて座り込んだままの彼は、すばやく動けなさそうですわ。
「黙ってないで来いよ」
思考していると腕を掴まれ我に返ります。
「放してくださいませ」
「俺達は優しいから安心して」
「そうだよ。綺麗な子には特に」
本当に優しい人はこんなこと言いませんわ。
振り払いたくても、私の掴んでる手の力は強く敵いません。
ポシェットにあるセリアの道具を使います・・?過剰防衛ですわ。
このまま時間を稼いで先生が来るのを待ちましょう。はぐれたら動かないで待つのが一番ですもの。シエルがそのうち戻ってきますわ。戻ってきた時に移動してたら困りますものね。
「なんの権利があって彼女に触れている」
聞き覚えのある警告の声に視線を向けるとリオとシエル。後方に先生がいますわ。
もう大丈夫ですね。
「お前、なんで・・」
「生徒会だ。それ以前に俺の婚約者に手を出して無事ですむと思うなよ」
「婚約者?こいつが?従者もいない、こんなところにいるやつが・・・」
下品な顔をしていた生徒達の顔が青醒めていきます。
平民と思われていたんですね。瞳の色が濃い生徒は良家の出身者ばかりですがそんな常識も知らないんでしょうか。
「言葉に気を付けろ。俺が誰だか知らないはずはないよな?」
リオが冷たい声で殺気を飛ばすとようやく掴まれていた手が解放されました。
安堵の息を吐くと隣に立ったリオに腕を引かれて背に庇われました。
リオの目が据わってますわ。リオも多忙なのにさらに仕事増やしたから怒っているのでしょうか。
「レティシアが争いを好まないのはわかるけど、けじめは必要だ。いじめに令嬢暴行未遂で十分厳罰。下位貴族が平民に手を出し、上位貴族に逆らったなら尚更だ」
シエルに事情を聞いたんですね。リオが怒るのも当然ですわ。
国王陛下の信頼の証である序列で例年一位に君臨しているマール公爵家の子息。相応しくない貴族の行動を諫めるのは家格の高い者の務めですもの。
私は穏便に済ませたかったんですが無理でしょう。
少年を連れてトンズラすればよかったですわ。
「お嬢様。ここは平等な学園。身分なんて関係ないんだろう」
怯える顔に縋るような声で私に助けを求められても困ります。首を横に振ります。
私は家格の高いリオに逆らえませんわ。親しき中にも身分はあります。リオがマール公爵子息として動くなら私には見守る以外の選択肢は。
「誰が彼女に話しかけることを許した。身の程をわきまえろ。生徒会から罰則がいくが、逆恨みして手を出したら、お前らの実家潰してやるよ」
「自分の言葉の意味がわかっているのか」
「俺は自分の言葉に責任を持つ。婚約者を傷つけられた公爵家が男爵家を潰したなんて、話題性のかけらもないが。先輩として善意の忠告をしてやるよ。うちとルーン公爵家はお前らとは取引も縁も一切取り合わないから実家に伝えといて」
ルーン公爵家とマール公爵家と取引しない?もう事業は終わりですわよね。
他家もありますが、国外の取引はほぼマール公爵家が監視や支援をしてますわ。
国内の影響力はうちが強いですが、国外取引はマール公爵家を敵に回したらフラン王国では終わりですわ。
縁切り宣言をしたので、今後うちの派閥での婚姻や出世を望めなくなりますわね。王宮の大臣候補生の試験を受けるには上位貴族の後見が必須です。そして最終試験の面接官の一人は宰相であるお父様。
あらあらさらにお顔が真っ青ですわ。ことの重大さに気付いたんでしょうか?平民に貴族の権威を振りかざし傷つけようとした者に貴族を名乗る資格はないと怒るリオの気持ちはよくわかりますわ。
「お前にそんな権限はあるのか」
真っ青な顔で震えながら話してますが、まずは言葉に気を付けたほうがいいですよ。
リオはマール公爵家の三男という恐ろしいほどの権力を持つ人間ってわかってないんでしょうか?同じ貴族には思えないような下品な笑みとは正反対のリオが浮かべた貴族らしい笑みにほっとしますわ。
「あるよ。三男とはいえ俺はマール公爵家の人間でルーン公爵令嬢の婚約者。責任とともにある程度の権限も持たされてる。まずは生徒会と先生方に裁かれろ。先生、あとはお任せしても?」
先生の存在を忘れてましたわ。足早に近づいて来た先生の顔から大量の汗が流れてますが、リオの空気にのまれたんでしょう。学園の教師は能力重視なので貴族でない者もいますから。
「あぁ。マール様、あとは任されよう」
リオは先生に様付けされてますの?
この先生は生徒に様付けしていなかったはずですが……。気にするのはやめましょう。
「シア、ラウルも行くよ。シア、怪我は?」
「怪我はありません。ありがとうございます」
いつもの顔に戻ったリオにじっと見つめられているので笑みを浮かべます。全身を見られ掴まれて赤くなった腕で視線が止まりました。
「リオ、すぐに治りますよ。行きましょう」
ごまかすように笑みを浮かべてリオの手をとり歩き出します。リオがそっと髪を撫でて無事で良かったと呟くので満面の笑みを浮かべると優しく笑い返されたのでもう大丈夫ですわ。
心配性ですわね。
近くのサロンに移動し座ります。シエルの用意したお茶を口に含み、正面に座るラウルに微笑みかけてお茶を勧めます。
「災難だったな」
「申し訳ありません。ご令嬢を危険な目に合わせました」
リオが穏やかな顔で話すとラウルが勢いよく頭を下げました。
「頭を上げて。彼女が自ら首を突っ込んだだけだ。気にしないで」
「ありがとうございます」
「よくあることなのか?」
「少なくはありません。成績を落とせと言われますが、奨学金がほしいので…。マール様は僕の名前をご存知とは思いませんでした」
苦笑するラウル。
学園には優秀な生徒は学費免除の奨学生に選ばれ、未来への投資に奨励金が贈られます。決められた枠があるので、生前は私も殿下も辞退しました。
「去年、学園初の平民の主席合格は話題になったから。いつでも生徒会に」
「ありがとうございます」
頭を下げるラウルの方が下品な生徒達よりもよっぽど貴族として相応しい気がします。
「シアはどうしてこんなところに?」
「畑を探しに」
リオがため息をついています。確かに誠実そうなラウルが卑劣な意地悪をされているなんて嘆かわしいですわね。学ぶ意欲のある方は貴重ですもの。
「畑ですか?小さくていいならご案内しますよ」
「お願いしますわ!!」
ラウルの言葉に驚きました。そしてラウルの優しさに甘えて案内を頼みました。
ラウルに着いてサロンを出て、しばらく奥に進むと研究棟があります。
研究棟は先生の研究のための建物です。先生の助手である研究生はここに部屋を与えられます。
研究棟の前に大きな庭が広がっていますが、これは
「畑ですわ!!見慣れない野菜もありますわ」
「研究の一環で色々育てています」
「お手伝いすることはできますの?」
「令嬢が興味を待たれるのは珍しいですね。先生とマール様の許可がとれれば」
そういえばリオがいたのを忘れてましたわ。リオをじっと見つめますが、首を横に振られます。
「駄目ですか?毎日は我慢しますわ。時々で構いません。お邪魔はしないと約束しますわ。ラウル?」
「ここはご令嬢が一人で来るのは危険です。マール様とご一緒でしたらいつでも歓迎しますよ。お近づきの印にどうぞ」
ラウルが箱の中にあるオレンジの丸い物を差し出してくれたので手を伸ばします。
これは?重っ!!
ずっしりとした重さに驚くとリオの手が重ねられ持ってくれました。ラウルは小柄なのに力があるんですね。
「すみません。ご令嬢には重いですね。色が違いますが、かぼちゃです。小ぶりですが実がぎっしりしていて美味しいですよ。スープやサラダ等万能です。失礼しました。ご令嬢にかぼちゃは無用ですね」
「嬉しいですわ。ありがとうございます。ラウルは料理ができますの?」
ラウルがきょとんとしてますわ。
「あれ?自分の食事を作るくらいですね」
「食材や材料はどうしますの?」
「研究仲間からもらったものも多いですが、厨房にわけていただくこともあります。使わなくなった部分や食材の余りですが」
奇跡ですわ。ここに救いの神がいましたわ!!料理もできれ、物知りですわ。
「ラウル、お友達になりましょう!!」
ラウルの視線がリオを見ています。大事なことを思い出しました。自己紹介してませんでしたわ
「ご挨拶が遅れて申しわけありません。レティシア・ルーンですわ。よろしくお願いします」
平民の自己紹介は片手で握手ですよね。
片手を差し出すと控えめに握り返されます。
「こちらこそよろしくお願いします。ルーン嬢」
「彼女が暴走したら俺に知らせて。ラウル、よろしくな。いつでも相談に乗るから遠慮なく」
私の肩に手を置いた失礼なことを言ったリオを睨むと、宥めるように頭を撫でられました。ラウルが怯えるようなことを言わないでほしいですわ。
「ありがとうございます。マール様」
誠実そうな笑みを浮かべているから怯えられてはいませんわ。また友達が増えましたわ。
「シア、そろそろ戻るよ。またな、ラウル」
リオがニヤリと企んでいる顔をしてますが気にするのはやめましょう。
片手でかぼちゃを持ったリオに手を引かれて寮への足を進めますが、
「かぼちゃ・・。」
「今日はもう遅いから駄目だ。俺の部屋に置いとくよ。欲しい食材は俺が手配するよ。明日の放課後、それでいい?」
リオが手配してくれるなら有り難いですわ。
「わかりましたわ。ケイトからリオ宛にに荷物を送ってもらってもいいですか?」
「なんで?」
「私の荷物はシエルの確認が入るので、食材や道具は送り返され無駄だそうですわ」
「わかった。その手紙の内容はシエルは知ってるの?」
「暗号なので読めないはずですわ」
「悪知恵がよく働くな。今度俺にも暗号教えて。わかった。俺宛に送ってもらって構わないよ」
「リオ、大好きですわ!!」
これで問題解決ですわ。友達もできましたし一歩前進ですわ。
明日を楽しみにリオのエセ紳士モードは笑顔で流しますわ。
寮に着いたので礼をして別れました。
きっとシエルが食事を用意してくれていますわ。
今日も良い一日でしたわ。
平穏・気楽・穏やかな将来のために奮闘している公爵令嬢です。
平穏なはずの学園生活は中々平穏ではありませんが。
最近は気になっていることがあります。
周囲の視線を集めるのは仕方ありません。
なぜか視線を感じて振り向くと隠れてしまう気配があります。
自分からは声を掛けませんよ。
気にするのはやめましょう。
私はシエルと一緒に学園を散策しております。
この広大な敷地の中に畑はないでしょうか?
生前に畑を見た記憶はありません。授業でようのない場所と庭園以外を歩いた記憶もないので散策も初めての経験です。
平等な学園で差がある唯一の場所が学生寮です。
毎月決まった寄付金を納める家の子女は第一寮。本校舎から近く十分な広さに整った調度品、貴族が住むのに相応しい設備が整えられた部屋を与えられます。
無料で利用できるのが第二寮です。本校舎から放れ、生徒が自活できる環境が整えられている場所だそうです。ケイトが言うにはうちの使用人宿舎の部屋よりも狭いそうですが不便はないと。
私は絶対に足を踏み入れてはいけないと言われてます。
第二寮を利用しているのは平民や下位貴族です。
私は第二寮でいいのですが、ルーンは学園に寄付金を納めているので第一寮一択でしたわ。
ケイトの話では、第二寮は共用の調理場があるので食材を手に入れる手がかりがあるかもしれませんわ。
人の気配と罵る声が聞こえてきます。
真っすぐ歩けば第二寮ですが木々の生い茂るほうに足を進めると大柄な生徒が小柄な生徒を突き飛ばしています。
近付くと他にも生徒がおり、一人の小柄な生徒が三人の生徒に囲まれてます。これは遊んでいるようには見えません。小柄な生徒が罵られておりこれは生徒会案件ですわ。
腕輪に魔力をこめてリオに連絡をいれて、シエルに先生を呼びに行くように命じます。
「魔法も使えない平民がなんでこんなところにいるんだ!?」
「奨学生だろ?こいつの所為で俺はクラスわけで・・・」
「自分の立場をわかってないんじゃねぇか」
「平民風情が生意気だ。せめて俺らの気分転換に付き合えよ」
平民と小柄な少年を罵る方々は貴族でしょうか。聞こえてくる言葉は貴族として相応しくないものばかりです。木の後ろに隠れて顔を見ますが、平凡な顔立ちで所作に美しさのカケラもなく、下品な言葉を使う生徒は誰一人見覚えがありませんわ。私はルーンに関係のない家格の低い方は覚えていません。昔は貴族名鑑を丸暗記していましたが今世は必要ありません。必要ないことは忘れて大事なことを記憶するだけで私の優秀ではない頭は限界ですわ。
シエルが先生を連れてくるまで見守っているつもりでしたが、下品な生徒達が苛立ちを露わに少年に拳を向ける仕草に見守れる雰囲気ではありませんわ。
厄介な事に関わりたくありませんが、もしも彼らが貴族なら公爵令嬢として放っておけない案件です。
息を吸って演説用のよく響き耳に残りやすい声を意識して口を開く。
「何事ですか?」
大柄な生徒の振り上げた拳が止まり私のほうに視線を向けたので、令嬢モードで武装した笑みを浮かべて近づきます。
「女!?こんな所に!?」
「何か用かな?」
一人の生徒が近づいてきます。私に求められる役割は保護ですわ。その先は生徒会にお任せしましょう。
「こちらの方をお借りしてよろしくて?」
王妃教育で身に付けた優雅な笑みを浮かべて圧力をかけます。
「こいつにそんな価値はありませんよ。よく見ると綺麗じゃないか」
「こんな奴より俺達と遊びましょう」
もう二人の生徒も近づいてきて下品な笑顔を向けられます。私の笑みが全く効かないんですか?
この笑顔を向けたらほとんどの方は譲ってくれますわよ。予想外ですわ。
「ご遠慮致しますわ」
「俺に逆らうと後悔するよ」
高慢な口調で優越感に浸ったお顔。
非常識な方は同じ言葉が好きですわね。どうして誰もが自分の言うことを聞くと思っているんでしょうか。平等の学園に表面的には身分は存在しませんわ。そして学園の外に出たルーン公爵令嬢にその言葉を向けられる方は少数ですのに。ルーンの力を使うつもりはありませんし、生前の殿下の方針に従いましょう。
「ここは誰もが平等なステイ学園ですわ」
「世の中には逆らったらいけないものがある。見慣れないから1年生か?先輩直々に指導してやるよ」
「やめてください、女の子に!!」
「お前は黙ってろ!!」
意地悪されていた少年が大柄な生徒に突き飛ばされ尻餅をつきました。
どうしましょうか。
救いなのは非常識な生徒達の関心が私に逸れていることです。
先ほど平等と言いましたが名乗りますか?
私の瞳の色は特殊です。ルーン一族の目を見て気付かない方に名乗っても効果がありますか?
武術で対抗しますか?武器がないから駄目ですわ。
少年を連れて逃げます?
突き飛ばされて座り込んだままの彼は、すばやく動けなさそうですわ。
「黙ってないで来いよ」
思考していると腕を掴まれ我に返ります。
「放してくださいませ」
「俺達は優しいから安心して」
「そうだよ。綺麗な子には特に」
本当に優しい人はこんなこと言いませんわ。
振り払いたくても、私の掴んでる手の力は強く敵いません。
ポシェットにあるセリアの道具を使います・・?過剰防衛ですわ。
このまま時間を稼いで先生が来るのを待ちましょう。はぐれたら動かないで待つのが一番ですもの。シエルがそのうち戻ってきますわ。戻ってきた時に移動してたら困りますものね。
「なんの権利があって彼女に触れている」
聞き覚えのある警告の声に視線を向けるとリオとシエル。後方に先生がいますわ。
もう大丈夫ですね。
「お前、なんで・・」
「生徒会だ。それ以前に俺の婚約者に手を出して無事ですむと思うなよ」
「婚約者?こいつが?従者もいない、こんなところにいるやつが・・・」
下品な顔をしていた生徒達の顔が青醒めていきます。
平民と思われていたんですね。瞳の色が濃い生徒は良家の出身者ばかりですがそんな常識も知らないんでしょうか。
「言葉に気を付けろ。俺が誰だか知らないはずはないよな?」
リオが冷たい声で殺気を飛ばすとようやく掴まれていた手が解放されました。
安堵の息を吐くと隣に立ったリオに腕を引かれて背に庇われました。
リオの目が据わってますわ。リオも多忙なのにさらに仕事増やしたから怒っているのでしょうか。
「レティシアが争いを好まないのはわかるけど、けじめは必要だ。いじめに令嬢暴行未遂で十分厳罰。下位貴族が平民に手を出し、上位貴族に逆らったなら尚更だ」
シエルに事情を聞いたんですね。リオが怒るのも当然ですわ。
国王陛下の信頼の証である序列で例年一位に君臨しているマール公爵家の子息。相応しくない貴族の行動を諫めるのは家格の高い者の務めですもの。
私は穏便に済ませたかったんですが無理でしょう。
少年を連れてトンズラすればよかったですわ。
「お嬢様。ここは平等な学園。身分なんて関係ないんだろう」
怯える顔に縋るような声で私に助けを求められても困ります。首を横に振ります。
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「誰が彼女に話しかけることを許した。身の程をわきまえろ。生徒会から罰則がいくが、逆恨みして手を出したら、お前らの実家潰してやるよ」
「自分の言葉の意味がわかっているのか」
「俺は自分の言葉に責任を持つ。婚約者を傷つけられた公爵家が男爵家を潰したなんて、話題性のかけらもないが。先輩として善意の忠告をしてやるよ。うちとルーン公爵家はお前らとは取引も縁も一切取り合わないから実家に伝えといて」
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他家もありますが、国外の取引はほぼマール公爵家が監視や支援をしてますわ。
国内の影響力はうちが強いですが、国外取引はマール公爵家を敵に回したらフラン王国では終わりですわ。
縁切り宣言をしたので、今後うちの派閥での婚姻や出世を望めなくなりますわね。王宮の大臣候補生の試験を受けるには上位貴族の後見が必須です。そして最終試験の面接官の一人は宰相であるお父様。
あらあらさらにお顔が真っ青ですわ。ことの重大さに気付いたんでしょうか?平民に貴族の権威を振りかざし傷つけようとした者に貴族を名乗る資格はないと怒るリオの気持ちはよくわかりますわ。
「お前にそんな権限はあるのか」
真っ青な顔で震えながら話してますが、まずは言葉に気を付けたほうがいいですよ。
リオはマール公爵家の三男という恐ろしいほどの権力を持つ人間ってわかってないんでしょうか?同じ貴族には思えないような下品な笑みとは正反対のリオが浮かべた貴族らしい笑みにほっとしますわ。
「あるよ。三男とはいえ俺はマール公爵家の人間でルーン公爵令嬢の婚約者。責任とともにある程度の権限も持たされてる。まずは生徒会と先生方に裁かれろ。先生、あとはお任せしても?」
先生の存在を忘れてましたわ。足早に近づいて来た先生の顔から大量の汗が流れてますが、リオの空気にのまれたんでしょう。学園の教師は能力重視なので貴族でない者もいますから。
「あぁ。マール様、あとは任されよう」
リオは先生に様付けされてますの?
この先生は生徒に様付けしていなかったはずですが……。気にするのはやめましょう。
「シア、ラウルも行くよ。シア、怪我は?」
「怪我はありません。ありがとうございます」
いつもの顔に戻ったリオにじっと見つめられているので笑みを浮かべます。全身を見られ掴まれて赤くなった腕で視線が止まりました。
「リオ、すぐに治りますよ。行きましょう」
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心配性ですわね。
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「災難だったな」
「申し訳ありません。ご令嬢を危険な目に合わせました」
リオが穏やかな顔で話すとラウルが勢いよく頭を下げました。
「頭を上げて。彼女が自ら首を突っ込んだだけだ。気にしないで」
「ありがとうございます」
「よくあることなのか?」
「少なくはありません。成績を落とせと言われますが、奨学金がほしいので…。マール様は僕の名前をご存知とは思いませんでした」
苦笑するラウル。
学園には優秀な生徒は学費免除の奨学生に選ばれ、未来への投資に奨励金が贈られます。決められた枠があるので、生前は私も殿下も辞退しました。
「去年、学園初の平民の主席合格は話題になったから。いつでも生徒会に」
「ありがとうございます」
頭を下げるラウルの方が下品な生徒達よりもよっぽど貴族として相応しい気がします。
「シアはどうしてこんなところに?」
「畑を探しに」
リオがため息をついています。確かに誠実そうなラウルが卑劣な意地悪をされているなんて嘆かわしいですわね。学ぶ意欲のある方は貴重ですもの。
「畑ですか?小さくていいならご案内しますよ」
「お願いしますわ!!」
ラウルの言葉に驚きました。そしてラウルの優しさに甘えて案内を頼みました。
ラウルに着いてサロンを出て、しばらく奥に進むと研究棟があります。
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「畑ですわ!!見慣れない野菜もありますわ」
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「お手伝いすることはできますの?」
「令嬢が興味を待たれるのは珍しいですね。先生とマール様の許可がとれれば」
そういえばリオがいたのを忘れてましたわ。リオをじっと見つめますが、首を横に振られます。
「駄目ですか?毎日は我慢しますわ。時々で構いません。お邪魔はしないと約束しますわ。ラウル?」
「ここはご令嬢が一人で来るのは危険です。マール様とご一緒でしたらいつでも歓迎しますよ。お近づきの印にどうぞ」
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これは?重っ!!
ずっしりとした重さに驚くとリオの手が重ねられ持ってくれました。ラウルは小柄なのに力があるんですね。
「すみません。ご令嬢には重いですね。色が違いますが、かぼちゃです。小ぶりですが実がぎっしりしていて美味しいですよ。スープやサラダ等万能です。失礼しました。ご令嬢にかぼちゃは無用ですね」
「嬉しいですわ。ありがとうございます。ラウルは料理ができますの?」
ラウルがきょとんとしてますわ。
「あれ?自分の食事を作るくらいですね」
「食材や材料はどうしますの?」
「研究仲間からもらったものも多いですが、厨房にわけていただくこともあります。使わなくなった部分や食材の余りですが」
奇跡ですわ。ここに救いの神がいましたわ!!料理もできれ、物知りですわ。
「ラウル、お友達になりましょう!!」
ラウルの視線がリオを見ています。大事なことを思い出しました。自己紹介してませんでしたわ
「ご挨拶が遅れて申しわけありません。レティシア・ルーンですわ。よろしくお願いします」
平民の自己紹介は片手で握手ですよね。
片手を差し出すと控えめに握り返されます。
「こちらこそよろしくお願いします。ルーン嬢」
「彼女が暴走したら俺に知らせて。ラウル、よろしくな。いつでも相談に乗るから遠慮なく」
私の肩に手を置いた失礼なことを言ったリオを睨むと、宥めるように頭を撫でられました。ラウルが怯えるようなことを言わないでほしいですわ。
「ありがとうございます。マール様」
誠実そうな笑みを浮かべているから怯えられてはいませんわ。また友達が増えましたわ。
「シア、そろそろ戻るよ。またな、ラウル」
リオがニヤリと企んでいる顔をしてますが気にするのはやめましょう。
片手でかぼちゃを持ったリオに手を引かれて寮への足を進めますが、
「かぼちゃ・・。」
「今日はもう遅いから駄目だ。俺の部屋に置いとくよ。欲しい食材は俺が手配するよ。明日の放課後、それでいい?」
リオが手配してくれるなら有り難いですわ。
「わかりましたわ。ケイトからリオ宛にに荷物を送ってもらってもいいですか?」
「なんで?」
「私の荷物はシエルの確認が入るので、食材や道具は送り返され無駄だそうですわ」
「わかった。その手紙の内容はシエルは知ってるの?」
「暗号なので読めないはずですわ」
「悪知恵がよく働くな。今度俺にも暗号教えて。わかった。俺宛に送ってもらって構わないよ」
「リオ、大好きですわ!!」
これで問題解決ですわ。友達もできましたし一歩前進ですわ。
明日を楽しみにリオのエセ紳士モードは笑顔で流しますわ。
寮に着いたので礼をして別れました。
きっとシエルが食事を用意してくれていますわ。
今日も良い一日でしたわ。
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