婚約破棄の裏事情

夕鈴

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番外編

第二王子

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王家には三人の王子がいる。
第一王子は高慢で感情的で不器用だが根は優しい。
第二王子は誠実そうに見えて計算高く愉快犯。
第三王子は平凡そうに見えてずる賢く怠け者。

第一妃派と第二妃派が後継争いをしていた。
第一妃は負けず嫌いで常に頂点に君臨したい。第二妃は大嫌いな第一妃に敗北を与えたい。
第二妃が正室を譲ったのも側室の自分の子供が王位を継げばさぞ屈辱的な想いをするだろうと思惑があった。第一妃が国王に一服盛ったとも疑ったが、勝利を喜ぶ第一妃に屈辱を与える方法が思い浮かんでからは糾弾せずに心の中であざ笑っていた。
淑やかな第二妃の性格が歪んでるのを知るのは一部の者だけ。

第二王子は第二妃の影響を受け歪んだ性格を持っていたが知るのは少数の人間のみ。
第一王子は第一妃似の美しい顔立ち。第二王子は国王似の精悍な顔立ち。第三王子は第三妃似の平凡な顔立ち。
第一妃は王子の中で一番美しい第一王子の顔立ちに優越感を抱いていたが他の妃達は気にしていない。大事なのは能力であると。

「王族には絶対に逆らってはいけないわ。国王陛下の次に従うのは第一王子と私よ」
「はい」

第二妃は第一妃に教育されるカローナの報告を聞いていた。
昔はマグナ公爵夫人よりも第一妃のほうが立場が低く、自分より年の若い皇女に礼を尽くすのが第一妃は苦痛だった。マグナ公爵に嫁いでからも隣国の皇帝のお気に入りの皇女のマグナ公爵夫人への不敬は許されていない。国王より常に礼節を持って接するように命じられている。たとえ正室の第一妃でも。
そのためマグナ公爵夫人によく似た娘のカローナに礼節を説き自分に頭を下げさせることで優越感を抱いている姿を滑稽に見ていた。第一妃に育てられるカローナがまともに育つとは思えない。
王族命令で婚約を結ばせ、3歳のカローナの教育を始めたのは間違いだった。親から離され、毎日王宮に通う幼いカローナを同情的に見る視線は強い。第一妃は視野が狭い。第二妃は悪い手ばかりの第一妃を心の中で嘲笑う。


第二妃にとってカローナは異常な令嬢だった。王宮に通い始めた当初は子供らしかったが1年もすると微笑みを浮かべるだけの人形のような令嬢になった。
どんな嫌がらせをしても全て微笑み流すだけ。それは感情的で高慢な第一妃と関わりながら磨いた技術だとは誰も気付かない。
第二妃は試しにカローナの誕生日に贈り物を用意した。

「カローナ、お誕生日おめでとうございます。お祝いです」

第二妃に差し出される兎の縫いぐるみにカローナの目が輝き、にっこり笑って縫いぐるみを受け取った。

「ありがとうございます。第二妃殿下」

可愛い縫いぐるみにカローナの貴族の仮面が剥がれ、兎をギュっと抱きしめてお礼を言った。

「カローナ、はしたない」

第一妃の声にカローナはピシッと背筋を伸ばし行儀よく頭を下げる。

「申し訳ありませんでした。お許しください」

第二妃は頭を下げたカローナに優しく声をかける。

「カローナ、構いませんわ。私は喜んでもらえて光栄です。頭を上げてください」

「ありがとうございます。以後気をつけます。失礼します」

貴族の笑みを浮かべたカローナは第一妃のもとに行き頭を下げる。
第二妃は感情的にカローナを諫める第一妃を可哀想な顔を作って眺める。
4歳の令嬢に淑女として相応しくないものを持ってはいけない、感情を出してはいけない、安易に物をもらってはいけないと言い聞かせる姿は異常だった。

「第一妃殿下、私の配慮が足りませんでしたわ。どうか私に免じてここまでに。カローナにとってお目出度い日ですよ」
「わかりました。カローナ、それはお返ししなさい」
「はい。第二妃殿下、申しわけありません。」
「謝るのは私のほうです。」

第二妃はカローナからぬいぐるみを受け取り優しく微笑み、頭を下げ立ち去るカローナに憐れむ顔を浮かべて見送る。この光景を見た侍女達がカローナに同情して、第一妃派から第二妃派に流れればいいと思いながら。
第一妃の癇癪のおかげで第二妃の心象がどんどん良くなった。
第一王子よりも第二王子のほうが優れていた。
耳に入れないようにしても限界があり、第一妃は機嫌が悪くなるとカローナに当たっていた。反抗せず従順で憎いマグナ公爵夫人に似たカローナは第一妃にとって絶好の八つ当たり相手。第二妃は目に余るようなら保護するように侍女に命じていた。第二妃は隣国の皇帝の孫のカローナに何かあれば戦争がおこる可能性も視野に入れていた。

第二王子は自滅していく第一妃を愉快に見るのは趣味だった。
第二王子は婚約者を決めていなかったので定期的に第二妃主催の茶会に参加していた。

「正室は父上と母上の判断に任せます」
「殿下、側室でしたら?」

期待する令嬢に第二王子は微笑む。

「私も母上も有能な方なら喜んで迎えますよ。母上に認められるなら」

第二妃の聡明さは有名で、第二王子に恋い焦がれる令嬢は望み通り第二王子の手駒になる。第二王子は人を動かすのも趣味だった。

****
王宮では国王陛下も参加する第二妃主催の盛大な茶会が催されいた。
微笑みを浮かべているのに、瞳が笑っていないのが第一王子の婚約者の妹のイナナ・マグナ公爵令嬢である。第二王子はイナナに向けられる冷たい視線が快感だった。

「好みでない。つまらん」

カローナが不機嫌な第一王子に微笑みかけ侍女に別のお茶を用意させる。
第一王子はカローナの前だと我儘だった。
侍女が持ってきたお茶を、カローナが毒味を終えて渡すと静かに飲み始める。
イナナが姉に毒味をさせる第一王子を笑みを浮かべて冷たい瞳で睨んでいた。第二王子は新しい玩具を見つけて笑う。

「カローナ、どうだ?」
「深みもあり、さすが妃殿下の選ばれたものですわ」
「趣味がわるいのぅ」
「殿下、散歩にいかれてはいかがですか?」

第一王子は立ち上がる。カローナは第一王子が一人で散歩に行くと思っていたが不機嫌に睨まれ、立ち上がり中座の挨拶をする。第一王子と共にカローナが立ち去ると何人かの令嬢達も中座の挨拶をして二人を追いかけた。

「お二人は仲が良いですわね」
「この場で中座は」
「カローナ様はまだ幼いですから、仕方ありませんわ」

カローナは第一王子が場の雰囲気を壊さないように中座を勧めた。それに気づいている令嬢は少なく、カローナだけに批難が集中する。
イナナは笑みを浮かべて心の中で呪詛を唱えながら聞く。
その様子を第二王子は笑みを浮かべて愉快に見ていた。
この日から第二王子の楽しみは母親達の戦いとカローナと第一王子のすれ違いとイナナになる。


「カローナ、いい加減にせよ。なぜわからん」
「申し訳ありません。ですが、いえ、はい。私が間違っておりました。殿下のお心のままに。失礼します」

第二王子は声を荒げる第一王子に足を止めるとカローナが頭を下げていた。
第一王子が行くべき視察だった。視察の予定は2週間。その間に第一王子の楽しみにする武術大会があった。第一王子と別れ途方に暮れとぼとぼと歩くカローナに第三王子が近づいた。
第三王子はカローナの書類を強引に手元から抜き取る。

「カローナ、交換してくれないか?」

カローナが渡された書類を見ると3日で終わる視察。武術大会の見学に間に合うため第一王子も付き合ってくれそうだった。

「カローナの視察先に用があって。王族の視察だから」

カローナは第三王子に頭を下げる。

「ありがとう。助かったよ。またね」

カローナの言葉を聞かずに笑みを浮かべて去っていく第三王子の背中に感謝をこめて頭を下げた。
第二王子はわかりやすい弟の初恋に笑っていた。
カローナを気に入っている第一王子は彼女が共にいる未来を疑っていない。
視察を渋ったのも行先が賊が頻繁に出る場所だったからカローナを同行させたくなかっただけである。兄の思いやりは全く伝わっていなかった。
弟に奪われたらどうなるか想像するだけで愉快だった。
追いかけてこないカローナに不機嫌になり本人に当たってしまう母親そっくりの兄を第二王子は愉快に眺めていた。

****

第二王子は第一王子の婚約破棄宣言の時は笑いを堪えていた。
素っ気ないカローナに狼狽える兄。
第二妃は話を聞いて中座したことを悲しんでいた。

「愉快なことがおこりますね」
「笑いが堪えきれずに、カローナの声も弾んでましたよ。第一妃殿下は?」
「まだ耳に入らないわ。明日の朝あたりでしょう。手塩にかけたのに裏目に出るなんて・・。カローナよりも息子の教育をすべき」
「カローナに全部フォローさせて。いまだに自分の仕事をカローナがしているのに気付かない。あの鈍さは才能でしょう。しかもカローナに好かれてるなんて」
「明日が楽しみですね。」

第二王子は箝口令を敷いていないため、カローナと第一王子の婚約破棄の噂が貴族の中で広まっていた。

翌朝、昨夜のパーティの話を聞き、第一妃はカローナを呼び出しても参内しなかった。ショックで寝込んでいると話を聞き顔を顰める。
大臣に呼ばれ執務室に行くと書類の山に襲われていた。中途半端なものが多く、やり方も違ったため第一妃ではわからなかった。ほぼカローナに任せていたためカローナは自分のやり方で進めていた。カローナに処理の仕方をさりげなく教えたのは第二王子、基本を教えたのはサンである第三王子。
第一妃は第三妃を呼び出し手伝わせ、無言でペンを走らせていると第二妃が顔を出す。

「私もお手伝いいたしましょうか」
「必要ないわ」
「失礼しました。では第三妃殿下とお茶でもしようかしら。私達の手はいりませんものね」
「ええ。どうぞ、おかまいなく」

第二妃は笑みを浮かべて第三妃を連れて立ち去る。第一妃の性格ではあの状況で第三妃を残していけと言えないのはわかっていた。
第一妃はカローナの呼び出しを命じるも一向に参内しない姿に苛立ちを隠せず扇を投げつけた。
一番の被害者は第三妃である。二人の争いに巻き込まれた第三妃は何も言わずに心の中で息子の幸せを願う。申し訳ないが第三王子には好機であり、要領のいい息子ならうまく利用するだろうと思っていた。第三妃は二人の争いに巻き込まれるのは慣れていたので上機嫌な第二妃のお茶に付き合っていた。


国王と宰相は第一王子の婚約破棄騒動よりも恐ろしい情報に真っ青になる。

「マグナ公爵夫妻が倒れた!?」

マグナ公爵夫人は隣国の皇女である。心労で倒れたと知れば皇帝から兵を差し向けられる。婚姻の際に無体な扱いをすれば許さないと脅されていた。

「父上、いざとなれば兄上の首を持ったカローナに説得に行かせればすみますよ」
「もう少し仲良くせぬか」
「無理ですよ。私は一人でうまく国を治めますよ。ご安心ください」

第二王子は真っ青な国王に笑顔を浮かべて言い切る。
しばらくしてカローナの行方不明を告げられさらに国王の顔が真っ青になる。

「うまくいっていると思っておったのに。まさか不満があったとは・・。言えば破棄してやったものを。アレは妃の希望が強い」

第一王子の行動に国王は頭を抱える。

「父上、兄上はカローナを好いてますよ。カローナは違います」
「は?」
「兄上からの破棄の言葉にカローナの声が珍しく躍ってましたよ。今頃喜んでいると思いますよ」
「いつから!?」
「昔過ぎて忘れました」

第二王子は兄の鈍さは父親譲りと笑っていた。詰めが甘く迂闊なところも。
滑稽な父親を第二王子はここにも玩具があったかと愉快に眺めていた。

***

王宮ではお茶会が開かれた。
話題は婚約破棄騒動の審議である。令嬢達は国から通達がないので、妹のイナナから情報を得ようとしていた。

「マグナ様、カローナ様は」
「お姉様は姿を消してしまいました。殿下の目に触れぬようにと。無事を祈るしかありません」
「まさか、殿下が・・・」
「お姉様は私が物心ついた頃より王宮に通われてました。4歳の誕生日に突然大好きな縫いぐるみを淑女にふさわしくないと片付けましたの。王子の婚約者としてふさわしくあるために、あんなに努力をされましたのに」
「カローナ様はお忙しそうでしたもの。あんなことを」
「お姉様は殿下のためなら身を引きましたわ。穏便に。お姉様の罪とはなんでしょうか・・・・」

儚く悲しそうにつぶやくイナナに令嬢達は同情的な視線を向ける。
ここは第二妃主催のお茶会だった。

「王家から連日参内の手紙が参ります。恐れ多くも行方不明ゆえ」
「まぁ!?どなたから?」
「第一妃殿下と第一王子殿下です。私、寝込んでいたお姉様に知らせませんでした。翌朝お姿がなく、お手紙を見て姿を消したのでしょうか。恐れ多くも中身を拝見すると非難の言葉と参内せよと命令が。私は傷心のお姉様に」

令嬢達はあまりの仕打ちに言葉を飲みこむ。王族とはいえ第一王子達の行動は常識にかけていた。第二王子はイナナの茶番に付き合い、止められなくて申し訳ないと言いながら第一妃によるカローナの冷遇を漏らす。

***


「兄上、どうしてすぐに知らせをくださらなかったんですか!?」

第二王子は夜中に隠れて訪問した弟に笑う。

「お前のミスだよ。でも間に合うだろう?」
「勿論です。カローナを迎えたいと他国の王子からの手紙は処理済みです」
「おめでとう」
「ありがとうございます。第一妃に兄上を気に入っている他国の姫を紹介します。側室と妾を迎え入れないなら話を受けると了承をもらっています。姫を迎え入れても後ろ盾にはなりませんが、よろしいですか?」
「ああ。カローナがいない兄上は無能だ。いくらでも潰せる。まず心が折れるだろう?」
「否定はしません。では、僕はこれで」

立ち去る弟を見送る。第三王子は第一王子を王にはさせない。カローナに手を出されないように自身より弱い地位におくことはわかっていた。
優秀な弟が動くため第二王子は楽だった。

****
第三王子は成人と共に王族位を返上しマグナ公爵家に婿入りした。
その3年後に第二王子はイナナ・マグナと婚姻した。
イナナは第一妃への嫌がらせを楽しんでいた。楽しそうなイナナに反して第二王子は何人も側室を娶るが子供に恵まれなかった。イナナの王家滅べという長年願った呪詛のおかげかどうかはわからないが……。
結局イナナの強い希望でカローナと第三王子から養子をもらい後継問題は解消させた。姉の子供を大事に育てているイナナの願い通りイナナにとってカローナを苦しめた者達の血は後世に残されなかった。
第三妃は王族位を返上し、念願の王家からの解放に涙を流して喜んでいた。
第二王子は自分達がカローナの不幸を手引きしたことを匂わせ、予想通りイナナから憎悪の目を向けられ歪んだ笑みを浮かべた。
イナナは後継を早く育てて、退位した第二王子に地獄を見せる計画を立て始める。
第一妃の心を壊し、次の標的は第二妃だった。
イナナは大好きな姉と過ごし、復讐に燃える日を楽しんでいた。
イナナの様子に気付いた第三王子はカローナの耳に入らないように手を回す。妹が復讐に燃えると知ったら悲しむのがわかっていた。
聡い一部の家臣達は第二王子がイナナを愉快に観察し煽っている姿にドン引きしていた。
一番王に向いていない王子が継いだことを知るのはほんの一握りのものだった。
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