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番外編
第一王子 後編
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第一王子は夜会の日に初めてカローナを迎えに行かなかった。
迎えの時刻になっても王家の馬車が来ないので、カローナはイナナと和やかに話ながらマグナ公爵家の馬車に乗り会場に向かう。
多忙なカローナにとって大事な妹と過ごせる時間は貴重である。
会場に着き友人に声を掛けられたイナナと別れカローナは第一王子が楽しそうに令嬢に囲まれているのを見て、きちんと夜会に参加している姿に笑みを浮かべた。そして第一王子とは正反対の場所で談笑している主催者に近づき挨拶をかわした。
挨拶を終えたカローナは、侯爵に声をかけられ美しい微笑みを浮かべながら談笑をした。そのあとも数人の有力貴族と挨拶をかわし、しばらくして人混みからそっと離れた。
親しい令嬢に囲まれ楽しそうな第一王子に自分のフォローは必要なさそうと眺めながら賑やかな夜会の雰囲気に浸っているとカローナにグラスが差し出された。視線を向けると諸外国を飛び回っている第三王子に笑いかけられ、カローナは礼をしてグラスを受け取り微笑みを返した。
「お帰りなさいませ。殿下」
「ただいま。当分はゆっくりできそうだよ」
王子同士は仲が悪くてもカローナは弟王子達との仲は良好である。カローナは人当たりのいい笑みを浮かべる第三王子の留学の話を微笑みながら耳を傾けていた。その様子を第一王子が冷たい瞳で見ているのは気付かない。
第一王子はいくら待ってもカローナが近寄らず、弟に微笑みかけているのが気に入らなかった。
「カローナ」
カローナは呼ばれる声に第三王子に礼をして第一王子のもとに足を進める。第一妃に国王陛下の次に優先すべきは第一王子と教え込まれており、喧騒の中でも声を掛けられれば王子の声に気付き条件反射で反応した。
カローナは令嬢に囲まれいる第一王子の前に行き、笑みを浮かべて礼をする。
「ごきげんよう。ご挨拶が遅れて申しわけありません」
第一王子の視線に気づいてカローナは赤ワインを取りに行き、王子の前で一口飲みグラスを差し出す。頷き第一王子がワインを飲み干したので空のグラスを受け取りまたワインを取りに行く。いつの間にか毒味もカローナの役目になっており、第一王子好みの味も熟知していた。
第一王子の好むワインは度数が高く毒味の一口だけでもアルコールが体に回るのがわかってもカローナは拒否できない。戻ってきたほのかに頬を染めるカローナからワインを満たされたグラスを受けとり第一王子はゆっくりと口に含み好みの味に頬を緩ませ、ワインが半分残るグラスをカローナに渡す。飲みかけのワインを飲むように視線を受け、酒に弱いカローナは鉄壁の笑顔と気合いで平静を保ち口をつける。さらに頬を赤らめ、瞳を潤ませ、小さい口でゆっくりと飲むカローナを第一王子が食い入るように見ていることに気付く余裕はなく、姉の危険を察したイナナが他の令嬢を差し向け慌ててカローナを保護する。カローナは第一王子の批難の視線に気づいたがこれ以上飲むと醜態を晒しそうなので礼をして退席する。
馬車に乗った途端にカローナは酔いと疲労で意識を失った。イナナは最愛の姉を眺めながら王子への憎しみを募らせ、女を抱けなくなる呪いを探そうかと真剣に悩む。イナナの部屋には怪しい本が隠され年々増えている。
****
第一王子は夜会でカローナの側を離れても、表情が揺るがなくなったことに気づいた。最近はカローナは微笑みしか浮かべない。何を言っても穏やかな顔と微笑みだけしか向けられない。
「カローナ様が私に近づくなって」
「カローナが?」
「はい。カローナ様が私の殿下に気安く」
第一王子はよく見かける男爵令嬢の言葉にカローナが嫉妬してると喜び頬を緩める。定例のお茶会に顔を出さずに、呼び出さないと全く会いに来なくなったカローナに寂しさを覚えていた。カローナに酷い言葉を向けられたと悲しむ男爵令嬢にを慰めながら歪んだ笑みを浮かべていた。後宮入りして贅沢三昧な生活に憧れる男爵令嬢は第一王子に笑みを浮かべられ喜びを隠して自分へのカローナの仕打ちを悲しんでいるフリをする。
第一王子を夢中にさせたい男爵令嬢はいつしか美しく優しい王子に夢中になった。しばらくして第一王子がカローナの話題しか興味を持たず、王子にどうすれば愛されるか悩みはじめる。男爵令嬢は第一王子がカローナを好きだと気付いても、一番愛されるのは自分でありたい。豊満な胸で迫っても美しい第一王子が男爵令嬢に手を出すことも恥じらう様子もないため、今日もカローナに酷い仕打ちを受けたと悲しむフリをする。
カローナは外交のため諸外国を訪問しており、第一王子と最後に会ったのは二月前。
第一王子は他国の王子から外交に訪問したカローナの話を聞いていた。王子に甘える可愛い婚約者とカローナと3人で一週間も親しく過ごしたエピソードに静かに耳を傾けていた。ますます魅力的に成長した婚約者が自分のいない所で男といるのは不愉快で、何よりすれ違いの多い自分達は一週間も共に過ごしたことはない。第一王子は嫉妬に狂いそうになる自分を隠して平静を装う。第一王子の不穏に気付いたイナナが近づき、他国の王子に失礼を働かないようにフォローに入る。カローナのいない夜会で第一王子のフォローはイナナの役目であり心の中で能無しと呟きながら一切顔に出さずに笑みを浮かべて傍に控えていた。
第一王子は翌日の夜会で目の端にカローナが青年と談笑している姿を見つける。第一王子は帰国の報せを受けていない。そしてカローナが夜会に参加するなら迎えに行くつもりだった。
ふと昨日の夜会で聞いた他国の婚約破棄騒動を思い出した。王子を愛しすぎた婚約者が王子の想い人に暗殺未遂をしようとして断罪され国外追放された話を。想い人を守り結ばれた王子よりも、婚約者に愛を乞われ、懇願される様子が羨ましくてたまらなかった。
第一王子の腕は丁度カローナに嫉妬を向けられたと頻繁に泣く男爵令嬢に掴まれていた。うまくいかなくても内輪の夜会なのでいくらでももみ消せると歪んだ笑みを浮かべる。
内輪でも無理ですとさり気なく止めるカローナは隣にいなかった。
国王は中座して、邪魔な弟達もいないため、大事にはならないと悪魔の囁きに負け、第一王子は自分に全く視線を向けないカローナを一心に見つめながら男爵令嬢の腰を抱く。うっとりする男爵令嬢に視線は向けず、カローナを見つめ思いっきり息を吸う。
「カローナ・マグナ。私はそなたとの婚約破棄を宣言する」
カローナは帰国の予定が早まり、王家主催の夜会に随行者の大臣の息子と共に帰国した足で王宮を訪ね、別れの挨拶をしていると呼ばれる声に無意識に視線を向け微笑む。
第一王子はいつもの微笑みを浮かべられ全く動揺しないカローナに混乱し声を荒げる。
「過去の様々な悪事、視界に映るのも悍ましい。さっさと立ち去れ」
カローナは声を荒げる王子に平静を装いドレスの裾を掴んで優雅に礼をする。
「ごきげんよう、殿下。かしこまりました。殿下の命に従いましょう。確認ですが、私とは婚約破棄でよろしいんですか?」
カローナは第一王子の予想を裏切り、いつもと変わらない声色と綺麗な笑みを返す。
「こっ、ここの者たちが証人だ。そ、そなたと婚姻などせぬ」
「かしこまりました。では私は殿下の視界に映らないように努めます。失礼します」
礼をして踵を返し会場を出て行こうとするカローナに第一王子は茫然とする。
「え!?カローナ」
「殿下、私の為に」
カローナが第一王子が呼んでも振り向かないのは初めてだった。
「カローナ、おい」
男爵令嬢の喜ぶ声は第一王子の耳に入らない。
第一王子は人目を気にせずカローナを呼ぶ。人々は談笑を止め、楽団は演奏を止め、会場にはカローナを呼ぶ声と男爵令嬢の喜ぶ声だけが聞こえていた。カローナの姿が見えなくなり、茫然とした第一王子が口をつぐむと静寂が会場を包みこむ。華やかな夜会が気まずい雰囲気に一変する。第一王子が婚約破棄を申し出たのに、カローナが捨てたように見えていた。第一王子に恋い焦がれた令嬢達は狼狽えている情けない王子の姿に恋が冷める。そして第一王子が腰を抱く知性のカケラもない趣味の悪い令嬢に扇子で顔を隠して蔑む視線を浮かべる。
第二王子が第一王子の隣に颯爽と現れ笑みを浮かべ礼をする。
「皆様、お騒がせして申し訳ありません。どうぞ夜会をお楽しみください」
第二王子は楽団に視線を送り音楽の演奏を再開させ、令嬢を誘ってダンスを踊り出す。王子が動くなら周りの貴族も従う。
第一王子はカローナの行動に衝撃を受け中座する。
夜会を壊し弟が場を収めたことも憐れみの視線を向ける貴族にも、自分にまとわりつく男爵令嬢の言葉にも気付かずに。
初めての婚約者からのつれない態度に失意にくれ、他に気に掛ける余裕は一切なかった。
第一王子が部屋で落ち込んでいると朝早くに侍従が駆けこんできた。
「殿下、執務室が、」
第一王子は侍従に急かされ執務室に行くと目を疑う。
カローナの放棄した仕事が第一王子に戻され、見たことのない山積みの書類に第一王子は息を飲む。
「間違えではないか?」
「全て第一王子殿下の名のものです」
戸惑いながらも第一王子は椅子に座り、書類に目を通すと見覚えのないやりかけの物ばかりで顔を顰める。
「この案件途中では」
「カローナ様でしょうか?」
「カローナを呼べ」
使者を送るもカローナは一向に参内せず、第一王子が呼びに行こうとすると急ぎの仕事をお願いしますと大臣に止められる。大量の執務により第一王子の頭から婚約破棄とつれないカローナのことは抜け落ちる。
不器用な第一王子は同時に2つのことはできなかった。
第一王子は何度も呼び出しても姿を見せないカローナに痺れを切らして大臣の目を盗んでマグナ公爵邸を訪問する。第一王子はイナナに言われてようやく婚約破棄のことを思い出す。
カローナがショックで寝込んでいると聞き第一王子は喜び、一目会って声を掛けたかったが、執事のようやく眠ったので休ませてくださいという懇願に負けて王宮に帰った。
第一王子は気分が良かったのは執務室に帰るまで。抜け出したことを諫める大臣と執務室の机の上の大量の書類を見て現状を思い出した。
寝込んでいるカローナに無理をさせることはできない。カローナと話したくても執務を終わらせるのが優先だった。執務の合間にカローナに会いに来るように手紙を書いてもいくら待っても返事は来ない。カローナが呼び出しに応じないのも手紙の返事がないのも初めてだった。カローナを心配しながらも必死に書類を片付けていた。
国王に呼ばれ第一王子は執務室に行く。
「カローナとの婚約を破棄する」
第一王子は国王の言葉に聞き間違えと思うと続くカローナの了承もあるという言葉に息を飲む。
自分達の不仲を口にする国王に必死に弁明し、内輪の夜会での痴話喧嘩で本当に婚約破棄されるとは思っていなかった。
「父上?私はカローナを疎んだことは一度もありません」
「幼い頃よりそなたのために尽くしてきたカローナは心を痛めて行方不明だ。そなたの幸せを願い、不甲斐ない婚約者ですまぬと謝罪してきた。皆が納得しておる。もちろん第一妃も」
「行方不明!?私はカローナが……。それにカローナも。カローナはどこに」
「全てが遅い。諦めよ」
第一王子は国王の言葉は耳に入らず部屋を飛び出し探しにいこうとすると大臣に腕を掴まれ執務室に連行される。マグナ公爵家が捜索しており、なにより大量の執務を片付けてほしいと。第一王子は大臣の目を盗み侍従に命じてカローナの行方を探させた。
「カローナ、無事でおれ」
第一王子はカローナの居場所の心当たりに手紙を送っても不在、不明としか返信がない。
イナナの情報操作により市井や社交界ではカローナの冷遇が噂になっていた。3歳から王宮で厳しい教育を受け、常に王家のために尽くしていた第一王子の婚約者。第一王子の冷たい態度にいつも笑みを浮かべて寄り添った令嬢の悲劇を。
大衆の前での婚約破棄という辱めを受け寝込み、姿を消した第一王子の婚約者と。
「カローナ様が」
「カローナ様はいつも優しく。それに第一王子殿下の代わりに差し入れも」
「どうかカローナ様に幸せを」
幼い頃より公務をしていた黒髪の美人で優しく常に笑顔を浮かべる第一王子の婚約者は有名で、民達にも人気が高かった。行方不明のカローナの無事と酷い婚約者との婚約破棄を願う声が溢れ、罪に問われても、カローナの情報を王家に流す者はいない。また貴族もカローナに冷たい言葉を投げかける第一王子を知っていた。第一王子が令嬢に囲まれていても一切不満を言わずに殿下のお心のままにと微笑み公務に励むカローナが嫉妬に狂うような気性の持ち主でないことも。そして優秀なマグナ公爵令嬢にとって男爵令嬢を潰すなど簡単だった。男爵家も令嬢も無事なら手を出していない。明らかな冤罪で被害者がカローナなのは誰の目にも明らかだった。
第一王子は大臣と母に許されず、行方不明の情報しかないカローナを探しにいけず、終わらない書類の山に苛立っていた。
男爵令嬢はカローナの名前を呟き、自身に見向きもしない第一王子を切ない顔で見ていた。時々向けてくれた視線も一切なくなり、自分に触れることも夜会が終わってから一度もなかった。
第一王子がカローナにいじめられたというと優しくしてくれたのを思い出す。
「殿下、カローナ様が」
第一王子はカローナの名前に反応し、男爵令嬢に視線を向ける。
「私に、殿下に近寄らないでと」
「どこで、それを」
男爵令嬢は言葉を濁し、震えながら涙を流して第一王子の腕に縋りつく。第一王子は優しく情報を聞き出すために声を掛ける。嘆き縋るだけでカローナの情報を言わない男爵令嬢にため息をこぼし、隠れて監視をつけ、カローナを見つけたら捕まえ連れてくるように命じる。婚約破棄されても共にいる方法がありカローナなら微笑んで頷いてくれると信じていた。
第一王子をカローナが自分を怖がっているという噂を聞いても信じなかった。第一王子はカローナの無事を祈りながら、執務を進める。不甲斐ないと父に言ったカローナに弁明したかった。第一王子は一度もカローナを力不足と思ったことはない。伝えたい言葉がたくさんあり、会いたくて堪らない。第一王子はカローナが隣にいる未来を一切疑っていなかった。
「カローナ」
男爵令嬢は第一王子の気をひきたいのに全く見向きもされない。カローナの名前を出しても視線を向けられなくなった。一心不乱に書類に向かい、時々カローナの名前を呟く第一王子をずっと見つめていた。第一王子も側近達も男爵令嬢を空気のように扱い、書類を捌いていた。
イナナは目元に隈をつくり、憔悴する第一王子を静かに眺めていた。姉がいれば、気遣いの言葉をかけ世話をやき食事とお茶を用意し休ませる姿が想像できた。
第一王子は懐かしい花の香りに顔を上げる。期待に満ちた顔はイナナを見て表情をなくした。イナナは第一王子と目が合ったため礼をする。
「頭をあげよ。イナナ、カローナはまだ」
「はい。必死に捜索してますが…」
「そうか」
いつもの傍若無人な男の豹変にイナナは笑みを堪えていたが、第一王子の瞳に狂気を感じた。夜会で酔った姉を見る獣のような瞳を思い出し、イナナの悪い予感が当たりそうだった。イナナは第一王子に見向きもされない自分を睨む役立たずの男爵令嬢を見た。男爵家はいつでも潰せる。もともと姉への無礼を許す気はなく、男爵家に手を回さなかったのは多忙だったからである。せっかくなので有効活用してから断罪しようと口角を上げ、第一王子の部屋から退室する。
イナナは姉に会いに領地に行きたかったがマグナ公爵家は王家に見張られていた。
イナナは上機嫌に悪巧みの用意を始める。狂気を感じる第一王子と男爵令嬢を二人セットで断罪できれば時間の節約にもなり良い事尽くめだった。
イナナは第一王子が姉に頻繁にお茶を用意させているのを知っている。姉の部屋から第一王子のためにブレンドした茶葉と香水を持ち出す。第一王子が姉に贈った服と同じものを男爵令嬢のサイズに合わせて用意させた。
イナナは王家のお茶会の帰りに一番親しい第二王子を訪問する。イナナの悪巧みは第二王子に都合がいいものなので協力を求めるために。
「殿下、お願いがあります。こちらをかの男爵令嬢に殿下から贈ってくださいませんか?第一王子殿下好みのものですわ。お姉様の代りに殿下を労わるご令嬢へのお礼に」
イナナは用意した香水と茶葉と服を差し出した。第二王子は冷たい目で自分を見るイナナに笑って了承する。
第二王子はカローナが姿を消してからは、兄に送っていた令嬢達を引き上げさせた。悪い噂を持つ第一王子に付き纏うのは男爵令嬢だけになった。マグナ公爵家を敵に回した王子に先がないのは誰の目にも明らかだった。第一王子に恋い焦がれる令嬢の家族は落ちていく王子に家が巻き込まれるのは避けたいため、娘には王子のことは諦め近づかないように厳しくに命じていた。
第二王子は笑みを浮かべて労りの言葉を告げて、イナナから預かった贈り物を男爵令嬢に渡した。兄を支えてくれるお礼と。男爵令嬢は王子同士が仲の悪いと知らないため贈り物と励ましに胸を躍らせ、第二王子が自分の味方だと思い込む。贈られた服と香水と茶葉は男爵家では手に入らない高級なものだった。
親切な第二王子に用意された部屋で侍女の手を借り早速着替える。贈り物は鏡に映る自分に似合っていなかったが第一王子の好みならと文句を飲み込む。第一王子好みの香水も噴きかけ、第一王子の執務室に入った。第一王子は執務室に漂う不快な濃い香りに書類から顔を上げる。視線を向けると男爵令嬢だったので興味をなくし視線を書類に戻した。男爵令嬢がお茶を用意しても第一王子は手を付けず書類から顔をあげない。
様子を眺めていたイナナは男爵令嬢の無能ぶりにため息をこぼす。
イナナがお茶を淹れて、第一王子の前にそっと置くと第一王子はカップに手を伸ばしお茶を口に含む。懐かしの味と香りに顔をあげるとイナナがいた。
「カローナか」
「姉の部屋にあったものです。」
「そうか。カローナは・・・。」
男爵令嬢はまた第一王子に言葉を掛けられるイナナを睨んでいた。
「殿下、王家に不用な姉はお忘れください。失礼します」
イナナは自分を睨む男爵令嬢の無礼は捨て置く。イナナは第一王子に恋い焦がれ歪んだ色の瞳を持つ男爵令嬢に口角を上げ微笑みかけた。イナナに煽られた男爵令嬢は怒りで顔を赤くして睨み返す。イナナは自分の世界に浸る第一王子に礼をして退室する。
第一王子はイナナのお茶を飲み、カローナを思い出し歪んだ笑みを浮かべた。笑顔で傍にいてくれる婚約者が恋しくてたまらなかった。触れるのが怖かったのに、今は触れたくて堪らなかった。
男爵令嬢は自分に見向きもしない第一王子を見ながら決意した。男に夢を見せるという薬と黒髪のカツラを偶然手に入れた。
お手付きになれば男爵令嬢の願いは叶う。男爵令嬢はカローナと同じ黒髪のカツラを被り、自室に入った第一王子を追いかけた。
第一王子は自室に戻り、カローナの唯一の荷物のお茶の道具の隣にある茶葉を手に取る。
いつもここでお茶を淹れていた。旅先から帰って、静かにお茶を出し視線が合うと微笑む姿が堪らなく好きだった。つれなくされてもいい。どうか無事でいてほしいと心から祈っていた。
第一王子は扉が開き、勝手に部屋に入る人物に視線を向けると髪色に目を見張る。
私室に自由に出入りを許したのはカローナだけ。
第一王子は強引に唇を重ねられ、漂う匂いに嫌悪を覚え、力強く肩を押して離れるとカローナではなかった。乱暴に手で唇を拭い、相手をするのも面倒で失意のため息をつき、部屋を出ようとすると抱きつかれる。引きはがすために肩に手を置くと、視界がぼやけ段々思考できなくなり、抱きついているカローナが見えた。
「カローナ」
男爵令嬢は笑い、背伸びをして第一王子に口づける。第一王子はカローナからの口づけと思い顔を赤くする。
「殿下、私を殿下のものに」
薬でぼんやりとする第一王子の理性が切れた。触れたくて堪らなかった婚約者を抱き上げ、ベッドに落ろして押し倒した。
男爵令嬢はカローナの名前を呼びながら自分の体に夢中になる第一王子に笑みを浮かべる。自分の体を知れば王子は貧相なカローナでは満足できなくなる。
男爵令嬢は欲しい物が手に入るとわかっていた。愛していると自分の体に溺れる第一王子はいずれ自分を離せなくなると。
男爵令嬢はうっとりと恋する男の熱に溺れた。
恋い焦がれた婚約者が腕の中にいると思い込んだ第一王子は幸せの絶頂だった。
自分の体に縋りつく腕に幸せを噛みしめ、柔らかい肌に痕を残し、自分を求めて甘える声に望まれるまま口づける。
男爵令嬢が口移しで飲ませた幻覚作用を持つ媚薬は憔悴し、不眠だった第一王子には効果抜群だった。ただ即効性のあるものなので長くは効果は続かない。
幸せの絶頂の第一王子は突然冷たい水に襲われた。第三王子がカローナを呼びつけ、おぞましい物を見せた兄に水と氷の入った水差しの中身を容赦なく浴びせていた。
「酷い。どこまで、なんで、破棄したのに。私は」
探していた声が聞こえて第一王子は視線を向ける。
第三王子の胸に顔を埋めているカローナの姿に笑う。第一王子は第三王子は認識せず、濡れる体も気にならない。
「カローナ、無事だったか」
第一王子は大事な婚約者の無事に安堵して、ようやく第三王子の存在に気付く。
「兄上、急ぎで会いたいと仰せでしたのでお連れしました。ご成婚おめでとうございます」
弟の言葉と視線を辿ると第一王子は全裸な自分と男爵令嬢に気付いた。
「私は、なんで・・」
「カローナ行こうか」
第三王子に肩を抱かれて出て行こうとするカローナに第一王子はベッドから起き上がり慌てて手を伸ばす。
「待て。カローナ、ずっと探しておった。怒っておらん。だからこれからも傍に」
立ち止まり第三王子の手を解き自分に近づくカローナに第一王子はほっとした。
「お約束を違えて申しわけありません。私は精一杯殿下の目に入らないように努力致します。殿下の幸せを心よりお祈り申し上げます」
第一王子はカローナのいつもと変わらない優しい笑みを見て、また傍に戻ってくると思い微笑み返す。
「貴方、なんてことを・・」
母親の甲高い声が耳に入り、第一王子がカローナから視線をはずすと第一妃と第二妃が部屋の中にいた。
「自分の愚行をわかっているの!?せめて」
第二妃は邪魔な第一妃を黙らせるには十分な成果である情事の跡に微笑みを浮かべて、出て行ったカローナを追いかけようとしている第一王子に声を掛ける。
「殿下、体を拭いて服を着てください。私は祝福致しますわ。ご令嬢のお世話は私が任されますわ。準備もせずに、そこまで愛されてますのね」
「違う、これは、なにかの間違い、カローナを」
「照れないでくださいませ。お二人の婚約は破棄されてます。カローナへの義理立てもいりませんわ」
第一妃にとってまずい状況だった。
第一妃が次の王子の婚約者候補に選んだのは他国の姫。婚姻に伴う条件は側妃と妾を持たない。もしも3年経っても身籠らないなら姫が選んだ妃を娶ることが許された。
第一妃は第二妃さえいなければ男爵令嬢を殺して、息子の口封じさせればすんだがこの機会を性悪な第二妃が見逃すとは思えなかった。
第二妃さえいなければ……。カローナと第三王子だけなら問題なかった。第一妃は唇を強く噛み、苛立ちも忌々しい顔を隠さ余裕はなかった。
国内にマグナ公爵家ほど後ろ盾として心強い家はいない。
ただ第三王子がカローナを欲しいと願い、第一王子達がマグナ公爵家に関わらないなら、第一王子に他国の姫との縁談を用意し、自身は継承権を放棄し王族位の返上をすると取引を持ち掛けた。邪魔な第三王子の排除と新たな後ろ盾に第一妃は取り引きに応じた。行方不明のカローナとの婚姻よりも現実的だった。
「お二人の邪魔はしたくありませんが、報告しないといけません。悪いようには致しません。ご令嬢もお体が辛いでしょう。私はお二人の味方ですわ」
第二妃は慈愛に満ちた笑みを浮かべ腹心の侍女を呼び男爵令嬢を任せた。第二妃は第一妃を連れて部屋を出た。
「図ったわね」
「私は何も。謁見に来れないほど具合が悪いのかと心配して同席しただけです。お元気そうで安心しました」
第一王子は男爵令嬢に見向きもせずに、服を着ようとすると侍女に湯あみに連れていかれた。氷水を浴びた王子をそのまま行かせることはできないと。
急いで湯あみをして服を着ていると第一王子は国王に呼び出される。
カローナを追いかけたかったが父の呼び出しは無視できなかった。
男爵令嬢は第一妃に鬼のような形相で睨まれたが第二妃の優しさに安堵し緊張の糸が切れて眠っていた。第二妃の侍女は令嬢を起こして湯あみをさせて事実確認をした。医務官に診察させ第一王子と体を重ねたことが証明された。
男爵令嬢は客室に案内され侍女と護衛をつけられ、ようやく休むことが許された。豪華な部屋で丁重に扱われることに喜びを覚えて男爵令嬢は第一王子との幸せな生活を思い描きながら目を閉じた。
****
第一王子が謁見の間にいくと、国王、宰相、第一妃、第二妃、第二王子、第三王子、大臣達が話し合っていた。
「国王陛下、遅れて申しわけありません」
「話は聞いている」
「陛下、カローナが見つかりました」
「カローナは僕の婚約者です。兄上でも慣れ慣れしく呼ばないでください」
「は?」
第一王子は第三王子の言葉に顔を顰める。
「カローナは私の」
第三王子は第一王子に言葉を遮り、冷たい瞳で見据える。
「婚約破棄されてますよ。自分で会いたいと呼びつけて他のご令嬢を抱いている姿を見せつけ、これ以上何を望まれますか?」
第一王子は頭の中はカローナのことだけで男爵令嬢に手を出したことは頭から抜けていた。
「カローナは私を好いておる」
「殿下いけませんわ。失った途端に恋しくなるなんて。ご自分は男爵令嬢に愛を囁かれていたではありませんか。側室を許されていてもさすがに、あの光景を見たらカローナは・・・」
第二妃が眉を下げ、悲しみに満ちた顔で第一王子の言葉を遮る。幼い風貌のカローナに優しく寄り添う第三王子を見た後の大臣達も、第一王子の非常識さに顔を顰める。
「遅れてしまい申しわけありません」
扉が開き第三妃が入室する。カローナと過ごしていた第三王子は国王に呼び出されたためカローナを母に預けていた。現れた母親に近づき小声で尋ねる。
「母上、カローナは?」
「眠ってるわ。貴方の上着を抱いて眠る姿があまりに可愛くて来るのが遅れてしまったわ。帰りは送ってあげて。まだ怖いみたい」
第三王子は顔を緩ませる。目の前のカローナに好かれていると勘違いしている兄の幻想に緩んだ顔を引き締め会話に混ざる。
「兄上、カローナは目に入らないように努力しますって言ったの覚えてます?言葉の綾でもカローナは安心してましたよ。兄上の側を離れられるのを。僕の側にいたいと願ってくれました。王宮は怖くても僕がいるなら頑張ると。でも王族の命には逆らえないので僕達はマグナ公爵家の領主になります。」
「愚弟、許さないよ。能力があるのに放棄するな。カローナと共に国のために尽くせ」
「カローナって真面目でしょう?貴族達の前で宣言したから顔を出せませんよ。今回は極秘で連れてきたんですよ。兄上の命令があったので。僕達のことより兄上でしょう。ご成婚の準備を」
「陛下、王族とはいえ公爵令嬢への仕打ちに罰は必要ですわ。冤罪で婚約破棄され、10年以上も冷遇され、きちんとしないと民にも示しがつきません。せっかくですので、男爵令嬢との幸せを祝福しましょう。優秀な第一王子殿下なら治められる地もあるでしょう」
長年の領主の不正が裁かれ王家預かりになった土地があった。
作物は実らず、不毛の地帯に民もほとんど逃げ出していた。第二妃はその土地を与え臣下に落とせと進言していた。
「私は冷遇など」
第三王子は声を荒げる第一王子にイナナから預かった分厚い書類を渡した。
「マグナ公爵家より預かりました。カローナが5歳からこなした執務を記録したものです。全て第一妃殿下と第一王子のものです。婚約者としての執務は別にしてあります」
「待て、私はこんなに任せて」
身に覚えのない第一王子の手元の書類を見て顔色を悪くしたのは第一妃だった。
「お疑いなら調べてください。記録を見れば文字でわかるでしょう。兄上が認めなくても事実は変わりませんが」
大臣達は書類の厚さに言葉を失った。大人びていても3歳で王宮に連日通わせるのさえ不憫に思っていたのに、社交デビュー前からずっと二人の代わりに働いていたとは思わなかった。
第一王子と第一妃への視線がさらに冷たくなった。
国王は第一王子を臣下に落とすことを決めた。臣下に信頼されない王族に未来はなく、献身的に尽くしたカローナへの仕打ちを見れば誰にも支持されず敬意を持たれないのは明らかだった。なによりもマグナ公爵家の怒りが怖く、マグナ公爵家とカローナの祖父である隣国の皇帝が納得する罰が必要だった。
第一王子は伯爵位を与えられ男爵令嬢との婚儀が進められた。
第一王子がカローナに会おうとするので、第三王子はイナナと共に留学させた。
男爵令嬢は予定が狂ったが、伯爵夫人になれると喜んでいた。
第一王子が男爵令嬢に会いにくることはなく、二人が顔を合わせたのは婚儀の日だった。
幸せそうな男爵令嬢の横に暗い顔の第一王子がいた。祝福の声に、第一王子は頷くだけで一切笑顔を見せない。
第一王子がカローナに会うのは翌年の国王の生誕祭だった。
「カローナ」
カローナは第一王子の声に気付いたが第三王子が首を振ったので気付かないフリをした。王家のことは第三王子に全て任せていた。嫌われているカローナには第一王子のためにできることはないと思い懇願の声に振り向くのをやめた。
第一王子は幸せそうに微笑むカローナに切ない瞳を向ける。
似合わない化粧をやめて、黄色いドレスを着て第三王子に甘えるカローナにショックを受けていた。第三王子と共にいるカローナは見たことない顔ばかりしていた。出会った時のような愛らしい少女がいた。
「ごきげんよう」
イナナは茫然とする姉を見る第一王子に礼をした。イナナは留学中に第三王子の腕の中で緊張の抜けた姉から本音を聞いていた。初恋だったけどすぐに打ち砕かれ、疎まれていたから婚姻するのが怖くてたまらなかったと。イナナの想像以上にカローナの傷は深かった。
「殿下、お姉様と婚約破棄してくださりありがとうございます。おかげで幸せそうですわ。お姉様はずっと殿下を怖がってましたので。失礼しますわ」
第一王子はイナナの声には反応せずにカローナをずっと見ていた。
伯爵になってからの貧しい生活よりカローナのいない生活が辛く、いつも面影を探していた。
「ロナ、愛しているよ」
「辛くて堪らなかったあの日々にご褒美がもらえるとは思いませんでした。サンが迎えに来てくれるならどんなことも耐えられますわ」
「バカだな。そんな日は来ないよ。僕がずっと傍にいるから。ロナは僕に守られて隣にいるだけでいい」
バルコニーで寄り添う二人を第一王子は見ていた。第三王子に口づけられて幸せそうに笑うカローナも。
「辛くて堪らなかった?」
「兄上、気付いてなかったんですか?いつも第一妃殿下譲りの貴族の笑みしか浮かべてませんでしたよ。令嬢達にいじめられ、婚約者に冷たくされて、厳しい教育を強いられる生活を。可哀想とは思いましたが子供の私には何もできませんでした」
微笑む第二王子の言葉に第一王子は凍りつく。
「なぜ言わぬ」
「言えるほどの関係はありません」
「なぜカローナは私ではなく」
「弱った時に優しくされれば心が揺れますよ。行方不明のカローナを見つけて、心が回復するまで寄り添ってましたし。いないとは気づいてましたがカローナの所だったとは」
第一王子は第二王子に嵌められたとは気づかなかった。第三王子に出し抜かれたことも。
初めてカローナにとっての自身の立ち位置を知り茫然としていた。
イナナに買収された第一王子の部下達によりカローナに近づくことも死ぬことも許されなかった。
生気を失いただ執務にあけ狂う第一王子の姿があった。
初恋を拗らせた王子は幸せになれなかった。
常にカローナにフォローされ、献身的に支えられてきた第一王子が男爵令嬢を見ることも満足することもできなかった。
名ばかりの伯爵夫妻は寂しい生涯を終えた。
第一王子だった男の墓の前に毎年花を捧げる夫婦がいた。
尊敬と感謝の言葉を持つ桃色と白色の薔薇の花を添えて祈りを捧げる。
第一王子の努力で伯爵領は変わった。荒地で実る作物を見つけ、育てて次第に栄えていく。
狂った第一王子は執務に心血を注いだ。執務の途中で飲むお茶だけがカローナの面影を見つけられた。いつもカローナの幻を探していた。
カローナは伯爵になり10年で亡くなったかつての婚約者に会いにきていた。
第一王子は抜けているが、やればできるのを知っていた。弟達には敵わなくても決めたらやり遂げられる人と。
民を想う心も王の資質も持っていると思っていた。
愛する男爵令嬢のために王位を返上し、弟王子の治世を支えるために誰もやりたくない捨てられた伯爵領を望んだ。10年間でカローナの傷は第三王子や暖かい人達のおかげで癒された。
カローナと第一王子はうまくいかなかった。人には相性があるから仕方ない。
思い返したら言葉は冷たいけど、意地悪はされなかった。
歩きづらい道では手を繋ぎ、危ない時は庇ってくれた。カローナにとって手のかかる婚約者にお互いさまかと思えるようになった。
民のために命を捧げた元婚約者に敬意を示して毎年命日には祈りに来ていた。第一王子と仲の悪かった夫も快く付き合ってくれていた。
「貴族なのに愛しい人と共に歩めるのは幸せですね。私はお役に立てませんでした。でもあの日々があったので、見つけられたと思います。殿下、お疲れ様でした。どうか安らかに」
第三王子はカローナの誤解を解く気はない。第一王子がカローナを想っていたのは知らなくていい。第一王子が欲しかったカローナの笑顔は生きている間に向けられなかった。第三王子とイナナは徹底的に二人の邪魔をした。
伯爵領は後継がいなかったため第一王子が亡くなった後は、王家に返納される。
男爵令嬢は狂った第一王子に耐えられず逃げ出し、追いかけてこない夫に悲しんでいた。
カローナのブレンドした茶葉を第一王子に毎年贈ったのは第三妃。
第三妃も第一王子とカローナのすれ違いに気づいていた。ただ第三妃が一番大事なのは第三王子だった。
第一妃と第二妃の争いに巻き込まれないようにひっそり息を潜めて息子と暮らしていた。
出来心でカローナに一目惚れした息子を変装させて庭園に送り込んだ。
大人達の争いに巻き込まれている哀れな二人が慰め合い安らいだ時間が過ごせるならと。
息子がカローナを救うと意気込むなら応援しながら暖かく見守った。
第三妃は息子に婚約者を奪われた第一王子に償いとして匿名でカローナの茶葉を贈った。臣下に降り、茫然とした第一王子が唯一伯爵領に持って行ったのはカローナのブレンドした茶葉と愛用のティーカップだけだった。
イナナや第三王子の嫌がらせは、民の幸せを願うカローナが知れば怒ると言いきかせてやめさせた。ただ会わせないように手を回すのは止めなかった。
気が狂った第一王子がカローナに危害を加えないとは言い切れなかった。
第三妃が大事にするのは息子だった。
第三妃は知っていた。
第一王子が王子の中で一番純粋で不器用だった。カローナが第一王子に素直に言えれば変わっていた。カローナのためなら動く情はいつも持っていた。大事にしたいのに空回りばかりする哀れな王子。
第三妃は口には出さない。ただ孫には女の子には優しくすることときちんと言葉にすることをしっかり教えた。
迎えの時刻になっても王家の馬車が来ないので、カローナはイナナと和やかに話ながらマグナ公爵家の馬車に乗り会場に向かう。
多忙なカローナにとって大事な妹と過ごせる時間は貴重である。
会場に着き友人に声を掛けられたイナナと別れカローナは第一王子が楽しそうに令嬢に囲まれているのを見て、きちんと夜会に参加している姿に笑みを浮かべた。そして第一王子とは正反対の場所で談笑している主催者に近づき挨拶をかわした。
挨拶を終えたカローナは、侯爵に声をかけられ美しい微笑みを浮かべながら談笑をした。そのあとも数人の有力貴族と挨拶をかわし、しばらくして人混みからそっと離れた。
親しい令嬢に囲まれ楽しそうな第一王子に自分のフォローは必要なさそうと眺めながら賑やかな夜会の雰囲気に浸っているとカローナにグラスが差し出された。視線を向けると諸外国を飛び回っている第三王子に笑いかけられ、カローナは礼をしてグラスを受け取り微笑みを返した。
「お帰りなさいませ。殿下」
「ただいま。当分はゆっくりできそうだよ」
王子同士は仲が悪くてもカローナは弟王子達との仲は良好である。カローナは人当たりのいい笑みを浮かべる第三王子の留学の話を微笑みながら耳を傾けていた。その様子を第一王子が冷たい瞳で見ているのは気付かない。
第一王子はいくら待ってもカローナが近寄らず、弟に微笑みかけているのが気に入らなかった。
「カローナ」
カローナは呼ばれる声に第三王子に礼をして第一王子のもとに足を進める。第一妃に国王陛下の次に優先すべきは第一王子と教え込まれており、喧騒の中でも声を掛けられれば王子の声に気付き条件反射で反応した。
カローナは令嬢に囲まれいる第一王子の前に行き、笑みを浮かべて礼をする。
「ごきげんよう。ご挨拶が遅れて申しわけありません」
第一王子の視線に気づいてカローナは赤ワインを取りに行き、王子の前で一口飲みグラスを差し出す。頷き第一王子がワインを飲み干したので空のグラスを受け取りまたワインを取りに行く。いつの間にか毒味もカローナの役目になっており、第一王子好みの味も熟知していた。
第一王子の好むワインは度数が高く毒味の一口だけでもアルコールが体に回るのがわかってもカローナは拒否できない。戻ってきたほのかに頬を染めるカローナからワインを満たされたグラスを受けとり第一王子はゆっくりと口に含み好みの味に頬を緩ませ、ワインが半分残るグラスをカローナに渡す。飲みかけのワインを飲むように視線を受け、酒に弱いカローナは鉄壁の笑顔と気合いで平静を保ち口をつける。さらに頬を赤らめ、瞳を潤ませ、小さい口でゆっくりと飲むカローナを第一王子が食い入るように見ていることに気付く余裕はなく、姉の危険を察したイナナが他の令嬢を差し向け慌ててカローナを保護する。カローナは第一王子の批難の視線に気づいたがこれ以上飲むと醜態を晒しそうなので礼をして退席する。
馬車に乗った途端にカローナは酔いと疲労で意識を失った。イナナは最愛の姉を眺めながら王子への憎しみを募らせ、女を抱けなくなる呪いを探そうかと真剣に悩む。イナナの部屋には怪しい本が隠され年々増えている。
****
第一王子は夜会でカローナの側を離れても、表情が揺るがなくなったことに気づいた。最近はカローナは微笑みしか浮かべない。何を言っても穏やかな顔と微笑みだけしか向けられない。
「カローナ様が私に近づくなって」
「カローナが?」
「はい。カローナ様が私の殿下に気安く」
第一王子はよく見かける男爵令嬢の言葉にカローナが嫉妬してると喜び頬を緩める。定例のお茶会に顔を出さずに、呼び出さないと全く会いに来なくなったカローナに寂しさを覚えていた。カローナに酷い言葉を向けられたと悲しむ男爵令嬢にを慰めながら歪んだ笑みを浮かべていた。後宮入りして贅沢三昧な生活に憧れる男爵令嬢は第一王子に笑みを浮かべられ喜びを隠して自分へのカローナの仕打ちを悲しんでいるフリをする。
第一王子を夢中にさせたい男爵令嬢はいつしか美しく優しい王子に夢中になった。しばらくして第一王子がカローナの話題しか興味を持たず、王子にどうすれば愛されるか悩みはじめる。男爵令嬢は第一王子がカローナを好きだと気付いても、一番愛されるのは自分でありたい。豊満な胸で迫っても美しい第一王子が男爵令嬢に手を出すことも恥じらう様子もないため、今日もカローナに酷い仕打ちを受けたと悲しむフリをする。
カローナは外交のため諸外国を訪問しており、第一王子と最後に会ったのは二月前。
第一王子は他国の王子から外交に訪問したカローナの話を聞いていた。王子に甘える可愛い婚約者とカローナと3人で一週間も親しく過ごしたエピソードに静かに耳を傾けていた。ますます魅力的に成長した婚約者が自分のいない所で男といるのは不愉快で、何よりすれ違いの多い自分達は一週間も共に過ごしたことはない。第一王子は嫉妬に狂いそうになる自分を隠して平静を装う。第一王子の不穏に気付いたイナナが近づき、他国の王子に失礼を働かないようにフォローに入る。カローナのいない夜会で第一王子のフォローはイナナの役目であり心の中で能無しと呟きながら一切顔に出さずに笑みを浮かべて傍に控えていた。
第一王子は翌日の夜会で目の端にカローナが青年と談笑している姿を見つける。第一王子は帰国の報せを受けていない。そしてカローナが夜会に参加するなら迎えに行くつもりだった。
ふと昨日の夜会で聞いた他国の婚約破棄騒動を思い出した。王子を愛しすぎた婚約者が王子の想い人に暗殺未遂をしようとして断罪され国外追放された話を。想い人を守り結ばれた王子よりも、婚約者に愛を乞われ、懇願される様子が羨ましくてたまらなかった。
第一王子の腕は丁度カローナに嫉妬を向けられたと頻繁に泣く男爵令嬢に掴まれていた。うまくいかなくても内輪の夜会なのでいくらでももみ消せると歪んだ笑みを浮かべる。
内輪でも無理ですとさり気なく止めるカローナは隣にいなかった。
国王は中座して、邪魔な弟達もいないため、大事にはならないと悪魔の囁きに負け、第一王子は自分に全く視線を向けないカローナを一心に見つめながら男爵令嬢の腰を抱く。うっとりする男爵令嬢に視線は向けず、カローナを見つめ思いっきり息を吸う。
「カローナ・マグナ。私はそなたとの婚約破棄を宣言する」
カローナは帰国の予定が早まり、王家主催の夜会に随行者の大臣の息子と共に帰国した足で王宮を訪ね、別れの挨拶をしていると呼ばれる声に無意識に視線を向け微笑む。
第一王子はいつもの微笑みを浮かべられ全く動揺しないカローナに混乱し声を荒げる。
「過去の様々な悪事、視界に映るのも悍ましい。さっさと立ち去れ」
カローナは声を荒げる王子に平静を装いドレスの裾を掴んで優雅に礼をする。
「ごきげんよう、殿下。かしこまりました。殿下の命に従いましょう。確認ですが、私とは婚約破棄でよろしいんですか?」
カローナは第一王子の予想を裏切り、いつもと変わらない声色と綺麗な笑みを返す。
「こっ、ここの者たちが証人だ。そ、そなたと婚姻などせぬ」
「かしこまりました。では私は殿下の視界に映らないように努めます。失礼します」
礼をして踵を返し会場を出て行こうとするカローナに第一王子は茫然とする。
「え!?カローナ」
「殿下、私の為に」
カローナが第一王子が呼んでも振り向かないのは初めてだった。
「カローナ、おい」
男爵令嬢の喜ぶ声は第一王子の耳に入らない。
第一王子は人目を気にせずカローナを呼ぶ。人々は談笑を止め、楽団は演奏を止め、会場にはカローナを呼ぶ声と男爵令嬢の喜ぶ声だけが聞こえていた。カローナの姿が見えなくなり、茫然とした第一王子が口をつぐむと静寂が会場を包みこむ。華やかな夜会が気まずい雰囲気に一変する。第一王子が婚約破棄を申し出たのに、カローナが捨てたように見えていた。第一王子に恋い焦がれた令嬢達は狼狽えている情けない王子の姿に恋が冷める。そして第一王子が腰を抱く知性のカケラもない趣味の悪い令嬢に扇子で顔を隠して蔑む視線を浮かべる。
第二王子が第一王子の隣に颯爽と現れ笑みを浮かべ礼をする。
「皆様、お騒がせして申し訳ありません。どうぞ夜会をお楽しみください」
第二王子は楽団に視線を送り音楽の演奏を再開させ、令嬢を誘ってダンスを踊り出す。王子が動くなら周りの貴族も従う。
第一王子はカローナの行動に衝撃を受け中座する。
夜会を壊し弟が場を収めたことも憐れみの視線を向ける貴族にも、自分にまとわりつく男爵令嬢の言葉にも気付かずに。
初めての婚約者からのつれない態度に失意にくれ、他に気に掛ける余裕は一切なかった。
第一王子が部屋で落ち込んでいると朝早くに侍従が駆けこんできた。
「殿下、執務室が、」
第一王子は侍従に急かされ執務室に行くと目を疑う。
カローナの放棄した仕事が第一王子に戻され、見たことのない山積みの書類に第一王子は息を飲む。
「間違えではないか?」
「全て第一王子殿下の名のものです」
戸惑いながらも第一王子は椅子に座り、書類に目を通すと見覚えのないやりかけの物ばかりで顔を顰める。
「この案件途中では」
「カローナ様でしょうか?」
「カローナを呼べ」
使者を送るもカローナは一向に参内せず、第一王子が呼びに行こうとすると急ぎの仕事をお願いしますと大臣に止められる。大量の執務により第一王子の頭から婚約破棄とつれないカローナのことは抜け落ちる。
不器用な第一王子は同時に2つのことはできなかった。
第一王子は何度も呼び出しても姿を見せないカローナに痺れを切らして大臣の目を盗んでマグナ公爵邸を訪問する。第一王子はイナナに言われてようやく婚約破棄のことを思い出す。
カローナがショックで寝込んでいると聞き第一王子は喜び、一目会って声を掛けたかったが、執事のようやく眠ったので休ませてくださいという懇願に負けて王宮に帰った。
第一王子は気分が良かったのは執務室に帰るまで。抜け出したことを諫める大臣と執務室の机の上の大量の書類を見て現状を思い出した。
寝込んでいるカローナに無理をさせることはできない。カローナと話したくても執務を終わらせるのが優先だった。執務の合間にカローナに会いに来るように手紙を書いてもいくら待っても返事は来ない。カローナが呼び出しに応じないのも手紙の返事がないのも初めてだった。カローナを心配しながらも必死に書類を片付けていた。
国王に呼ばれ第一王子は執務室に行く。
「カローナとの婚約を破棄する」
第一王子は国王の言葉に聞き間違えと思うと続くカローナの了承もあるという言葉に息を飲む。
自分達の不仲を口にする国王に必死に弁明し、内輪の夜会での痴話喧嘩で本当に婚約破棄されるとは思っていなかった。
「父上?私はカローナを疎んだことは一度もありません」
「幼い頃よりそなたのために尽くしてきたカローナは心を痛めて行方不明だ。そなたの幸せを願い、不甲斐ない婚約者ですまぬと謝罪してきた。皆が納得しておる。もちろん第一妃も」
「行方不明!?私はカローナが……。それにカローナも。カローナはどこに」
「全てが遅い。諦めよ」
第一王子は国王の言葉は耳に入らず部屋を飛び出し探しにいこうとすると大臣に腕を掴まれ執務室に連行される。マグナ公爵家が捜索しており、なにより大量の執務を片付けてほしいと。第一王子は大臣の目を盗み侍従に命じてカローナの行方を探させた。
「カローナ、無事でおれ」
第一王子はカローナの居場所の心当たりに手紙を送っても不在、不明としか返信がない。
イナナの情報操作により市井や社交界ではカローナの冷遇が噂になっていた。3歳から王宮で厳しい教育を受け、常に王家のために尽くしていた第一王子の婚約者。第一王子の冷たい態度にいつも笑みを浮かべて寄り添った令嬢の悲劇を。
大衆の前での婚約破棄という辱めを受け寝込み、姿を消した第一王子の婚約者と。
「カローナ様が」
「カローナ様はいつも優しく。それに第一王子殿下の代わりに差し入れも」
「どうかカローナ様に幸せを」
幼い頃より公務をしていた黒髪の美人で優しく常に笑顔を浮かべる第一王子の婚約者は有名で、民達にも人気が高かった。行方不明のカローナの無事と酷い婚約者との婚約破棄を願う声が溢れ、罪に問われても、カローナの情報を王家に流す者はいない。また貴族もカローナに冷たい言葉を投げかける第一王子を知っていた。第一王子が令嬢に囲まれていても一切不満を言わずに殿下のお心のままにと微笑み公務に励むカローナが嫉妬に狂うような気性の持ち主でないことも。そして優秀なマグナ公爵令嬢にとって男爵令嬢を潰すなど簡単だった。男爵家も令嬢も無事なら手を出していない。明らかな冤罪で被害者がカローナなのは誰の目にも明らかだった。
第一王子は大臣と母に許されず、行方不明の情報しかないカローナを探しにいけず、終わらない書類の山に苛立っていた。
男爵令嬢はカローナの名前を呟き、自身に見向きもしない第一王子を切ない顔で見ていた。時々向けてくれた視線も一切なくなり、自分に触れることも夜会が終わってから一度もなかった。
第一王子がカローナにいじめられたというと優しくしてくれたのを思い出す。
「殿下、カローナ様が」
第一王子はカローナの名前に反応し、男爵令嬢に視線を向ける。
「私に、殿下に近寄らないでと」
「どこで、それを」
男爵令嬢は言葉を濁し、震えながら涙を流して第一王子の腕に縋りつく。第一王子は優しく情報を聞き出すために声を掛ける。嘆き縋るだけでカローナの情報を言わない男爵令嬢にため息をこぼし、隠れて監視をつけ、カローナを見つけたら捕まえ連れてくるように命じる。婚約破棄されても共にいる方法がありカローナなら微笑んで頷いてくれると信じていた。
第一王子をカローナが自分を怖がっているという噂を聞いても信じなかった。第一王子はカローナの無事を祈りながら、執務を進める。不甲斐ないと父に言ったカローナに弁明したかった。第一王子は一度もカローナを力不足と思ったことはない。伝えたい言葉がたくさんあり、会いたくて堪らない。第一王子はカローナが隣にいる未来を一切疑っていなかった。
「カローナ」
男爵令嬢は第一王子の気をひきたいのに全く見向きもされない。カローナの名前を出しても視線を向けられなくなった。一心不乱に書類に向かい、時々カローナの名前を呟く第一王子をずっと見つめていた。第一王子も側近達も男爵令嬢を空気のように扱い、書類を捌いていた。
イナナは目元に隈をつくり、憔悴する第一王子を静かに眺めていた。姉がいれば、気遣いの言葉をかけ世話をやき食事とお茶を用意し休ませる姿が想像できた。
第一王子は懐かしい花の香りに顔を上げる。期待に満ちた顔はイナナを見て表情をなくした。イナナは第一王子と目が合ったため礼をする。
「頭をあげよ。イナナ、カローナはまだ」
「はい。必死に捜索してますが…」
「そうか」
いつもの傍若無人な男の豹変にイナナは笑みを堪えていたが、第一王子の瞳に狂気を感じた。夜会で酔った姉を見る獣のような瞳を思い出し、イナナの悪い予感が当たりそうだった。イナナは第一王子に見向きもされない自分を睨む役立たずの男爵令嬢を見た。男爵家はいつでも潰せる。もともと姉への無礼を許す気はなく、男爵家に手を回さなかったのは多忙だったからである。せっかくなので有効活用してから断罪しようと口角を上げ、第一王子の部屋から退室する。
イナナは姉に会いに領地に行きたかったがマグナ公爵家は王家に見張られていた。
イナナは上機嫌に悪巧みの用意を始める。狂気を感じる第一王子と男爵令嬢を二人セットで断罪できれば時間の節約にもなり良い事尽くめだった。
イナナは第一王子が姉に頻繁にお茶を用意させているのを知っている。姉の部屋から第一王子のためにブレンドした茶葉と香水を持ち出す。第一王子が姉に贈った服と同じものを男爵令嬢のサイズに合わせて用意させた。
イナナは王家のお茶会の帰りに一番親しい第二王子を訪問する。イナナの悪巧みは第二王子に都合がいいものなので協力を求めるために。
「殿下、お願いがあります。こちらをかの男爵令嬢に殿下から贈ってくださいませんか?第一王子殿下好みのものですわ。お姉様の代りに殿下を労わるご令嬢へのお礼に」
イナナは用意した香水と茶葉と服を差し出した。第二王子は冷たい目で自分を見るイナナに笑って了承する。
第二王子はカローナが姿を消してからは、兄に送っていた令嬢達を引き上げさせた。悪い噂を持つ第一王子に付き纏うのは男爵令嬢だけになった。マグナ公爵家を敵に回した王子に先がないのは誰の目にも明らかだった。第一王子に恋い焦がれる令嬢の家族は落ちていく王子に家が巻き込まれるのは避けたいため、娘には王子のことは諦め近づかないように厳しくに命じていた。
第二王子は笑みを浮かべて労りの言葉を告げて、イナナから預かった贈り物を男爵令嬢に渡した。兄を支えてくれるお礼と。男爵令嬢は王子同士が仲の悪いと知らないため贈り物と励ましに胸を躍らせ、第二王子が自分の味方だと思い込む。贈られた服と香水と茶葉は男爵家では手に入らない高級なものだった。
親切な第二王子に用意された部屋で侍女の手を借り早速着替える。贈り物は鏡に映る自分に似合っていなかったが第一王子の好みならと文句を飲み込む。第一王子好みの香水も噴きかけ、第一王子の執務室に入った。第一王子は執務室に漂う不快な濃い香りに書類から顔を上げる。視線を向けると男爵令嬢だったので興味をなくし視線を書類に戻した。男爵令嬢がお茶を用意しても第一王子は手を付けず書類から顔をあげない。
様子を眺めていたイナナは男爵令嬢の無能ぶりにため息をこぼす。
イナナがお茶を淹れて、第一王子の前にそっと置くと第一王子はカップに手を伸ばしお茶を口に含む。懐かしの味と香りに顔をあげるとイナナがいた。
「カローナか」
「姉の部屋にあったものです。」
「そうか。カローナは・・・。」
男爵令嬢はまた第一王子に言葉を掛けられるイナナを睨んでいた。
「殿下、王家に不用な姉はお忘れください。失礼します」
イナナは自分を睨む男爵令嬢の無礼は捨て置く。イナナは第一王子に恋い焦がれ歪んだ色の瞳を持つ男爵令嬢に口角を上げ微笑みかけた。イナナに煽られた男爵令嬢は怒りで顔を赤くして睨み返す。イナナは自分の世界に浸る第一王子に礼をして退室する。
第一王子はイナナのお茶を飲み、カローナを思い出し歪んだ笑みを浮かべた。笑顔で傍にいてくれる婚約者が恋しくてたまらなかった。触れるのが怖かったのに、今は触れたくて堪らなかった。
男爵令嬢は自分に見向きもしない第一王子を見ながら決意した。男に夢を見せるという薬と黒髪のカツラを偶然手に入れた。
お手付きになれば男爵令嬢の願いは叶う。男爵令嬢はカローナと同じ黒髪のカツラを被り、自室に入った第一王子を追いかけた。
第一王子は自室に戻り、カローナの唯一の荷物のお茶の道具の隣にある茶葉を手に取る。
いつもここでお茶を淹れていた。旅先から帰って、静かにお茶を出し視線が合うと微笑む姿が堪らなく好きだった。つれなくされてもいい。どうか無事でいてほしいと心から祈っていた。
第一王子は扉が開き、勝手に部屋に入る人物に視線を向けると髪色に目を見張る。
私室に自由に出入りを許したのはカローナだけ。
第一王子は強引に唇を重ねられ、漂う匂いに嫌悪を覚え、力強く肩を押して離れるとカローナではなかった。乱暴に手で唇を拭い、相手をするのも面倒で失意のため息をつき、部屋を出ようとすると抱きつかれる。引きはがすために肩に手を置くと、視界がぼやけ段々思考できなくなり、抱きついているカローナが見えた。
「カローナ」
男爵令嬢は笑い、背伸びをして第一王子に口づける。第一王子はカローナからの口づけと思い顔を赤くする。
「殿下、私を殿下のものに」
薬でぼんやりとする第一王子の理性が切れた。触れたくて堪らなかった婚約者を抱き上げ、ベッドに落ろして押し倒した。
男爵令嬢はカローナの名前を呼びながら自分の体に夢中になる第一王子に笑みを浮かべる。自分の体を知れば王子は貧相なカローナでは満足できなくなる。
男爵令嬢は欲しい物が手に入るとわかっていた。愛していると自分の体に溺れる第一王子はいずれ自分を離せなくなると。
男爵令嬢はうっとりと恋する男の熱に溺れた。
恋い焦がれた婚約者が腕の中にいると思い込んだ第一王子は幸せの絶頂だった。
自分の体に縋りつく腕に幸せを噛みしめ、柔らかい肌に痕を残し、自分を求めて甘える声に望まれるまま口づける。
男爵令嬢が口移しで飲ませた幻覚作用を持つ媚薬は憔悴し、不眠だった第一王子には効果抜群だった。ただ即効性のあるものなので長くは効果は続かない。
幸せの絶頂の第一王子は突然冷たい水に襲われた。第三王子がカローナを呼びつけ、おぞましい物を見せた兄に水と氷の入った水差しの中身を容赦なく浴びせていた。
「酷い。どこまで、なんで、破棄したのに。私は」
探していた声が聞こえて第一王子は視線を向ける。
第三王子の胸に顔を埋めているカローナの姿に笑う。第一王子は第三王子は認識せず、濡れる体も気にならない。
「カローナ、無事だったか」
第一王子は大事な婚約者の無事に安堵して、ようやく第三王子の存在に気付く。
「兄上、急ぎで会いたいと仰せでしたのでお連れしました。ご成婚おめでとうございます」
弟の言葉と視線を辿ると第一王子は全裸な自分と男爵令嬢に気付いた。
「私は、なんで・・」
「カローナ行こうか」
第三王子に肩を抱かれて出て行こうとするカローナに第一王子はベッドから起き上がり慌てて手を伸ばす。
「待て。カローナ、ずっと探しておった。怒っておらん。だからこれからも傍に」
立ち止まり第三王子の手を解き自分に近づくカローナに第一王子はほっとした。
「お約束を違えて申しわけありません。私は精一杯殿下の目に入らないように努力致します。殿下の幸せを心よりお祈り申し上げます」
第一王子はカローナのいつもと変わらない優しい笑みを見て、また傍に戻ってくると思い微笑み返す。
「貴方、なんてことを・・」
母親の甲高い声が耳に入り、第一王子がカローナから視線をはずすと第一妃と第二妃が部屋の中にいた。
「自分の愚行をわかっているの!?せめて」
第二妃は邪魔な第一妃を黙らせるには十分な成果である情事の跡に微笑みを浮かべて、出て行ったカローナを追いかけようとしている第一王子に声を掛ける。
「殿下、体を拭いて服を着てください。私は祝福致しますわ。ご令嬢のお世話は私が任されますわ。準備もせずに、そこまで愛されてますのね」
「違う、これは、なにかの間違い、カローナを」
「照れないでくださいませ。お二人の婚約は破棄されてます。カローナへの義理立てもいりませんわ」
第一妃にとってまずい状況だった。
第一妃が次の王子の婚約者候補に選んだのは他国の姫。婚姻に伴う条件は側妃と妾を持たない。もしも3年経っても身籠らないなら姫が選んだ妃を娶ることが許された。
第一妃は第二妃さえいなければ男爵令嬢を殺して、息子の口封じさせればすんだがこの機会を性悪な第二妃が見逃すとは思えなかった。
第二妃さえいなければ……。カローナと第三王子だけなら問題なかった。第一妃は唇を強く噛み、苛立ちも忌々しい顔を隠さ余裕はなかった。
国内にマグナ公爵家ほど後ろ盾として心強い家はいない。
ただ第三王子がカローナを欲しいと願い、第一王子達がマグナ公爵家に関わらないなら、第一王子に他国の姫との縁談を用意し、自身は継承権を放棄し王族位の返上をすると取引を持ち掛けた。邪魔な第三王子の排除と新たな後ろ盾に第一妃は取り引きに応じた。行方不明のカローナとの婚姻よりも現実的だった。
「お二人の邪魔はしたくありませんが、報告しないといけません。悪いようには致しません。ご令嬢もお体が辛いでしょう。私はお二人の味方ですわ」
第二妃は慈愛に満ちた笑みを浮かべ腹心の侍女を呼び男爵令嬢を任せた。第二妃は第一妃を連れて部屋を出た。
「図ったわね」
「私は何も。謁見に来れないほど具合が悪いのかと心配して同席しただけです。お元気そうで安心しました」
第一王子は男爵令嬢に見向きもせずに、服を着ようとすると侍女に湯あみに連れていかれた。氷水を浴びた王子をそのまま行かせることはできないと。
急いで湯あみをして服を着ていると第一王子は国王に呼び出される。
カローナを追いかけたかったが父の呼び出しは無視できなかった。
男爵令嬢は第一妃に鬼のような形相で睨まれたが第二妃の優しさに安堵し緊張の糸が切れて眠っていた。第二妃の侍女は令嬢を起こして湯あみをさせて事実確認をした。医務官に診察させ第一王子と体を重ねたことが証明された。
男爵令嬢は客室に案内され侍女と護衛をつけられ、ようやく休むことが許された。豪華な部屋で丁重に扱われることに喜びを覚えて男爵令嬢は第一王子との幸せな生活を思い描きながら目を閉じた。
****
第一王子が謁見の間にいくと、国王、宰相、第一妃、第二妃、第二王子、第三王子、大臣達が話し合っていた。
「国王陛下、遅れて申しわけありません」
「話は聞いている」
「陛下、カローナが見つかりました」
「カローナは僕の婚約者です。兄上でも慣れ慣れしく呼ばないでください」
「は?」
第一王子は第三王子の言葉に顔を顰める。
「カローナは私の」
第三王子は第一王子に言葉を遮り、冷たい瞳で見据える。
「婚約破棄されてますよ。自分で会いたいと呼びつけて他のご令嬢を抱いている姿を見せつけ、これ以上何を望まれますか?」
第一王子は頭の中はカローナのことだけで男爵令嬢に手を出したことは頭から抜けていた。
「カローナは私を好いておる」
「殿下いけませんわ。失った途端に恋しくなるなんて。ご自分は男爵令嬢に愛を囁かれていたではありませんか。側室を許されていてもさすがに、あの光景を見たらカローナは・・・」
第二妃が眉を下げ、悲しみに満ちた顔で第一王子の言葉を遮る。幼い風貌のカローナに優しく寄り添う第三王子を見た後の大臣達も、第一王子の非常識さに顔を顰める。
「遅れてしまい申しわけありません」
扉が開き第三妃が入室する。カローナと過ごしていた第三王子は国王に呼び出されたためカローナを母に預けていた。現れた母親に近づき小声で尋ねる。
「母上、カローナは?」
「眠ってるわ。貴方の上着を抱いて眠る姿があまりに可愛くて来るのが遅れてしまったわ。帰りは送ってあげて。まだ怖いみたい」
第三王子は顔を緩ませる。目の前のカローナに好かれていると勘違いしている兄の幻想に緩んだ顔を引き締め会話に混ざる。
「兄上、カローナは目に入らないように努力しますって言ったの覚えてます?言葉の綾でもカローナは安心してましたよ。兄上の側を離れられるのを。僕の側にいたいと願ってくれました。王宮は怖くても僕がいるなら頑張ると。でも王族の命には逆らえないので僕達はマグナ公爵家の領主になります。」
「愚弟、許さないよ。能力があるのに放棄するな。カローナと共に国のために尽くせ」
「カローナって真面目でしょう?貴族達の前で宣言したから顔を出せませんよ。今回は極秘で連れてきたんですよ。兄上の命令があったので。僕達のことより兄上でしょう。ご成婚の準備を」
「陛下、王族とはいえ公爵令嬢への仕打ちに罰は必要ですわ。冤罪で婚約破棄され、10年以上も冷遇され、きちんとしないと民にも示しがつきません。せっかくですので、男爵令嬢との幸せを祝福しましょう。優秀な第一王子殿下なら治められる地もあるでしょう」
長年の領主の不正が裁かれ王家預かりになった土地があった。
作物は実らず、不毛の地帯に民もほとんど逃げ出していた。第二妃はその土地を与え臣下に落とせと進言していた。
「私は冷遇など」
第三王子は声を荒げる第一王子にイナナから預かった分厚い書類を渡した。
「マグナ公爵家より預かりました。カローナが5歳からこなした執務を記録したものです。全て第一妃殿下と第一王子のものです。婚約者としての執務は別にしてあります」
「待て、私はこんなに任せて」
身に覚えのない第一王子の手元の書類を見て顔色を悪くしたのは第一妃だった。
「お疑いなら調べてください。記録を見れば文字でわかるでしょう。兄上が認めなくても事実は変わりませんが」
大臣達は書類の厚さに言葉を失った。大人びていても3歳で王宮に連日通わせるのさえ不憫に思っていたのに、社交デビュー前からずっと二人の代わりに働いていたとは思わなかった。
第一王子と第一妃への視線がさらに冷たくなった。
国王は第一王子を臣下に落とすことを決めた。臣下に信頼されない王族に未来はなく、献身的に尽くしたカローナへの仕打ちを見れば誰にも支持されず敬意を持たれないのは明らかだった。なによりもマグナ公爵家の怒りが怖く、マグナ公爵家とカローナの祖父である隣国の皇帝が納得する罰が必要だった。
第一王子は伯爵位を与えられ男爵令嬢との婚儀が進められた。
第一王子がカローナに会おうとするので、第三王子はイナナと共に留学させた。
男爵令嬢は予定が狂ったが、伯爵夫人になれると喜んでいた。
第一王子が男爵令嬢に会いにくることはなく、二人が顔を合わせたのは婚儀の日だった。
幸せそうな男爵令嬢の横に暗い顔の第一王子がいた。祝福の声に、第一王子は頷くだけで一切笑顔を見せない。
第一王子がカローナに会うのは翌年の国王の生誕祭だった。
「カローナ」
カローナは第一王子の声に気付いたが第三王子が首を振ったので気付かないフリをした。王家のことは第三王子に全て任せていた。嫌われているカローナには第一王子のためにできることはないと思い懇願の声に振り向くのをやめた。
第一王子は幸せそうに微笑むカローナに切ない瞳を向ける。
似合わない化粧をやめて、黄色いドレスを着て第三王子に甘えるカローナにショックを受けていた。第三王子と共にいるカローナは見たことない顔ばかりしていた。出会った時のような愛らしい少女がいた。
「ごきげんよう」
イナナは茫然とする姉を見る第一王子に礼をした。イナナは留学中に第三王子の腕の中で緊張の抜けた姉から本音を聞いていた。初恋だったけどすぐに打ち砕かれ、疎まれていたから婚姻するのが怖くてたまらなかったと。イナナの想像以上にカローナの傷は深かった。
「殿下、お姉様と婚約破棄してくださりありがとうございます。おかげで幸せそうですわ。お姉様はずっと殿下を怖がってましたので。失礼しますわ」
第一王子はイナナの声には反応せずにカローナをずっと見ていた。
伯爵になってからの貧しい生活よりカローナのいない生活が辛く、いつも面影を探していた。
「ロナ、愛しているよ」
「辛くて堪らなかったあの日々にご褒美がもらえるとは思いませんでした。サンが迎えに来てくれるならどんなことも耐えられますわ」
「バカだな。そんな日は来ないよ。僕がずっと傍にいるから。ロナは僕に守られて隣にいるだけでいい」
バルコニーで寄り添う二人を第一王子は見ていた。第三王子に口づけられて幸せそうに笑うカローナも。
「辛くて堪らなかった?」
「兄上、気付いてなかったんですか?いつも第一妃殿下譲りの貴族の笑みしか浮かべてませんでしたよ。令嬢達にいじめられ、婚約者に冷たくされて、厳しい教育を強いられる生活を。可哀想とは思いましたが子供の私には何もできませんでした」
微笑む第二王子の言葉に第一王子は凍りつく。
「なぜ言わぬ」
「言えるほどの関係はありません」
「なぜカローナは私ではなく」
「弱った時に優しくされれば心が揺れますよ。行方不明のカローナを見つけて、心が回復するまで寄り添ってましたし。いないとは気づいてましたがカローナの所だったとは」
第一王子は第二王子に嵌められたとは気づかなかった。第三王子に出し抜かれたことも。
初めてカローナにとっての自身の立ち位置を知り茫然としていた。
イナナに買収された第一王子の部下達によりカローナに近づくことも死ぬことも許されなかった。
生気を失いただ執務にあけ狂う第一王子の姿があった。
初恋を拗らせた王子は幸せになれなかった。
常にカローナにフォローされ、献身的に支えられてきた第一王子が男爵令嬢を見ることも満足することもできなかった。
名ばかりの伯爵夫妻は寂しい生涯を終えた。
第一王子だった男の墓の前に毎年花を捧げる夫婦がいた。
尊敬と感謝の言葉を持つ桃色と白色の薔薇の花を添えて祈りを捧げる。
第一王子の努力で伯爵領は変わった。荒地で実る作物を見つけ、育てて次第に栄えていく。
狂った第一王子は執務に心血を注いだ。執務の途中で飲むお茶だけがカローナの面影を見つけられた。いつもカローナの幻を探していた。
カローナは伯爵になり10年で亡くなったかつての婚約者に会いにきていた。
第一王子は抜けているが、やればできるのを知っていた。弟達には敵わなくても決めたらやり遂げられる人と。
民を想う心も王の資質も持っていると思っていた。
愛する男爵令嬢のために王位を返上し、弟王子の治世を支えるために誰もやりたくない捨てられた伯爵領を望んだ。10年間でカローナの傷は第三王子や暖かい人達のおかげで癒された。
カローナと第一王子はうまくいかなかった。人には相性があるから仕方ない。
思い返したら言葉は冷たいけど、意地悪はされなかった。
歩きづらい道では手を繋ぎ、危ない時は庇ってくれた。カローナにとって手のかかる婚約者にお互いさまかと思えるようになった。
民のために命を捧げた元婚約者に敬意を示して毎年命日には祈りに来ていた。第一王子と仲の悪かった夫も快く付き合ってくれていた。
「貴族なのに愛しい人と共に歩めるのは幸せですね。私はお役に立てませんでした。でもあの日々があったので、見つけられたと思います。殿下、お疲れ様でした。どうか安らかに」
第三王子はカローナの誤解を解く気はない。第一王子がカローナを想っていたのは知らなくていい。第一王子が欲しかったカローナの笑顔は生きている間に向けられなかった。第三王子とイナナは徹底的に二人の邪魔をした。
伯爵領は後継がいなかったため第一王子が亡くなった後は、王家に返納される。
男爵令嬢は狂った第一王子に耐えられず逃げ出し、追いかけてこない夫に悲しんでいた。
カローナのブレンドした茶葉を第一王子に毎年贈ったのは第三妃。
第三妃も第一王子とカローナのすれ違いに気づいていた。ただ第三妃が一番大事なのは第三王子だった。
第一妃と第二妃の争いに巻き込まれないようにひっそり息を潜めて息子と暮らしていた。
出来心でカローナに一目惚れした息子を変装させて庭園に送り込んだ。
大人達の争いに巻き込まれている哀れな二人が慰め合い安らいだ時間が過ごせるならと。
息子がカローナを救うと意気込むなら応援しながら暖かく見守った。
第三妃は息子に婚約者を奪われた第一王子に償いとして匿名でカローナの茶葉を贈った。臣下に降り、茫然とした第一王子が唯一伯爵領に持って行ったのはカローナのブレンドした茶葉と愛用のティーカップだけだった。
イナナや第三王子の嫌がらせは、民の幸せを願うカローナが知れば怒ると言いきかせてやめさせた。ただ会わせないように手を回すのは止めなかった。
気が狂った第一王子がカローナに危害を加えないとは言い切れなかった。
第三妃が大事にするのは息子だった。
第三妃は知っていた。
第一王子が王子の中で一番純粋で不器用だった。カローナが第一王子に素直に言えれば変わっていた。カローナのためなら動く情はいつも持っていた。大事にしたいのに空回りばかりする哀れな王子。
第三妃は口には出さない。ただ孫には女の子には優しくすることときちんと言葉にすることをしっかり教えた。
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