婚約破棄の裏事情

夕鈴

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婚約破棄の裏事情 後編

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国王に呼び出された第一王子はカローナとの婚約破棄の話を聞き絶句していた。

「父上、どうして」
「望んでおったろう?」
「違います。私はカローナに」
「マグナ公爵家とカローナ本人の了承もある。言い出したのはそなただ」
「そんな……。誤解です」

動揺する第一王子に第三王子は笑いをこらえて真顔を作る。

「兄上、おめでとうございます。嫌っている婚約者と縁が切れて良かったではありませんか。どうぞ望む令嬢を召し抱えてください。兄上好みのご令嬢を」
「私はカローナに」
「カローナとの婚約は破棄だ。自分の言葉に責任を」
「内輪の夜会です。痴話喧嘩です」
「国中が二人の不仲を知ってますよ。」

カローナと婚約破棄するつもりはなかった第一王子は言葉を失い無言で退室した。カローナとどうしても話がしたかった。
第三王子は愚かな兄に笑いを堪えて静かに見ていた。今更カローナを探しても会えないと口にする優しさはない。
第一王子の出て行く姿を見て悩む父親は放って第三王子は望みの書類を受け取りマグナ公爵家を訪問した。

****

イナナは第三王子の訪問を表面上は笑顔で迎えた。
第三王子は第一王子とカローナの婚約破棄の書類をイナナに渡す。破棄の書類を送ってもいっこうに手続きされず、ようやく姉が解放されたと知りイナナは自然な笑みを浮かべる。

「殿下、知らせてくださりありがとうございます」
「イナナ嬢、公爵に面会を。ここで見たことは話さないよ。僕はカローナの味方だから」

婚約破棄が成立したなら両親が寝込んでいる設定もそろそろ終わりにしようかとイナナは第三王子を案内した。
マグナ公爵はイナナが通したことに驚き渡された書類を見て納得した。念願の婚約破棄の書類に口元を緩ませるが第三王子が使者として訪問する理由は見当もつかずに、姿勢を正して向き合う。

「マグナ公爵、カローナの同意が得られたら婿として受け入れていただけませんか? その際は王族位は返上します」
「殿下?」
「幼い頃より慕っていました。カローナは家族と共に穏やかな生活を望んでいます。僕はカローナと共に領主でも構いません。望むなら兄上を王都から追い出してもいいですし」
「殿下とお姉様に交流があるとは聞いてませんが」
「差出人不明の贈り物」

第三王子の申し出にマグナ公爵夫人だけが笑みを浮かべる。カローナの誕生日に匿名の贈り物があり、その贈り物をカローナは気に入り隠れて大事にしていたのを知っていた。カローナの年齢に合わない流行り物を形式的に贈る第一王子の贈り物を大事にするフリをして一度も喜んだことのないことも。

「旦那様、私はカローナが望むなら構いませんわ」
「イナナ嬢とカローナの時間も邪魔しないよ。イナナ嬢が望まないなら君が王家に輿入れしないですむように手を回してあげるよ」

平凡と言われた第三王子がここ数年で優秀と評価を変え、後ろ盾さえあれば王を目指せるとも陰で囁かれていた。

「第一妃に継承権を放棄するかわりにマグナ公爵家への不干渉を約束させた。僕がカローナを落とせればだけど。きっと大丈夫だと思うんだ。僕はロナの幸せのためならなんでもするよ」

マグナ公爵夫人の母国では二つ名前を与えられた。公式の名と真名を。真名は親と夫にしか呼ばせるのは許されず、カローナには生涯大事にするたった一人に教えるようにと伝えていた。

「殿下、どうしてその名を」
「大事な思い出だから内緒。公爵の許可が降りればカローナに申し込みにいくんだけど」
「カローナが望むのなら異存はありません。無理強いはおやめください」

昔、愛娘が極秘で探していた少年と娘の想いに気付いてマグナ公爵夫人は笑みを深める。
マグナ公爵はカローナを誰よりも知る妻が賛成するなら異存はない。マグナ公爵夫妻もカローナが第一王子に情がないのは気付いていたので本人が望むなら構わなかった。王家に強引に求められ婚約を結んだが成長してから後悔した。当時は断れない状況を作られ、なにより妃に睨まれカローナが社交界で生きにくくなるのを恐れて了承したが、娘の希望でもここまで多忙を極め、王家に振り回され蔑ろにされる姿は想像もできなかった。カローナが王子の婚約者なら当然と笑顔でマグナ公爵家の介入を断るので動けずとも親心としては複雑だった。王子の婚約者としてどんなときも笑顔で前を向いて進み続けた娘が今度こそ幸せになれる相手と添い遂げさせたかった。

「もちろん。カローナの居場所は兄上は気付いていないけどここに来たらごめんね」
「追い返しますので、ご心配なく。お姉様には近づけません」

イナナは不敵に笑う。どんな理由があっても最愛の姉を傷つけた人間をイナナは許さない。
第三王子は兄は頼もしいイナナに任せて立ち去る。婚約破棄が発表されればカローナが縁談の嵐に襲われるので、その前に動かないといけなかった。

****

カローナが伯父夫婦に世話になり一月が経過した。
いつまでも伯父夫婦に甘えて怠惰な生活を送るのに罪悪感を持ちマグナ領の仕事を手伝いはじめた。
時々、妾に誘われた他国の王子から手紙と絵本が届き、絵本や冗談ばかりの手紙に笑みを溢して手紙の返事と贈り物を返した。夢のような絵本は楽しかったが、一冊だけ塔の中に閉じ込められたお姫様を王子が迎えにくる絵本だけは一切笑えなかった。王子に捨てられたカローナは叶うならずっと閉じ込められていたい。お姫様ではないカローナは気にせず本棚に仕舞いこの本だけは二度と手に取る気はおきなかった。世間知らずの優しい鳥籠に閉じ込められ、外の世界に憧れ救われたと喜ぶお姫様に待つめでたしめでたしではなく、鳥籠よりも冷たい現実世界を知るカローナはハッピーエンドとは思えなかった。
カローナは窓の風景を眺めながら放棄した仕事で王家や宰相達が悲鳴を上げるのは気付かないフリをする。カローナが何もしなくても窓の外に見える領民達は笑顔で逞しく生活している。
伯父夫婦は傷心のカローナが元気になっていく姿に安堵し、可愛らしいカローナならずっと傍にいてもいいと思いながら見守っていた。無邪気に笑う年相応の姿は愛らしく、昔から綺麗な顔で交渉し、空き時間はずっと書類を読んでいる姪が心配だった。行方不明の婚約者を探す第一王子からの手紙にも不在と返した。第一王子の婚約者ではなく、婚約破棄されたカローナが滞在しており、公式発表がなくても、王子が婚約破棄を命じた事実を信じていたという設定を通すつもりだった。

「カローナ、子供なんだから仕事なんてしなくていいのよ」
「お世話になってばかりで心苦しいですわ。それに私が頑張って伯母様達のお役に立てれば光栄ですわ」
「カローナ」

伯父夫婦はカローナを抱きしめ、可愛い姪を本気で第一王子から隠そうと心に決めた。
カローナは仕事を手伝ってお礼を言われることが不思議だった。第一王子にお礼を言われることはなく、ただ物言いたげな視線を受けるだけで、仕事をして褒められるのも初めてだった。カローナの王宮での生活の中で押し殺された感情が少しずつよみがえり始めていた。全てを諦めていたカローナの変化にポプラが一番喜んでいた。
殺伐とした世界で育ったカローナは段々表情豊かになり、孤児院で無邪気に遊ぶ姿にポプラはこっそり涙を拭う。子供でいることを許されず、不満も一切口にせずどんなことも笑顔で耐えていた。一度だけカローナが目を腫らして王宮から帰ってきた。目にゴミが入ったと笑い本当の理由は教えてくれず、きっと第一王子にまた意地悪を言われたとポプラは思っていた。


カローナは庭園でぼんやりするのが気に入っていた。
イナナに手紙を書き終えて、青空を見ながらサンを思い浮かべる。
思い切って芝生の上に寝転がり目を閉じる。憧れてもあの時は許されなかった行為だった。

「ロナ」

カローナをロナと呼ぶのは一人だけ。誰にも呼ばれることはないと気まぐれで教えた名前。
後になって教えたのは彼で良かったと思った。
夢でも会えたら嬉しかった。一つだけ後悔していた。

「サン、私も大好き」

初めて口に出し言葉にした。あの時は伝えられなくて後悔していた。言葉にすることも想いを認めることも許されないとわかっていても会えなくなってから伝えたくて堪らなかった。成長し現実を知り、カローナの立ち位置を知るほど、許されずに心に蓋をした想いも優しい場所で思い出に浸れると後悔が蘇った。
誰かが隣に座る音がしてカローナの手を握る温かい感触にゆっくりと目を開けると大好きだった色があった。

「迎えにきたよ。待たせてごめんね」

カローナは隣から聞こえる優しい声にゆっくりと起き上がると、小さい少年が大きくなっていた。王子の婚約者でなくても公爵令嬢のカローナはサンとはいけなかった。

「ありがとう。会えて嬉しい。でも許されない。もう充分」

カローナは二度と会えないと思っていた妖精に会えただけでも嬉しくて堪らず、願いが叶い伝えられただけで満足だった。笑みを浮かべて大好きだった瞳を見つめる。

「妖精も成長するんだ。でも綺麗な瞳は変わらない」

にっこり笑うカローナにサンは笑う。しっかり者のカローナは本当は夢見がちな少女で、夢は丸一日ぼんやりすること。それを知るのはサンだけだった。

「ロナはいつも可愛いね。僕、謝らないといけないんだ」

警戒心のカケラもないコテンと首を傾げる愛らしいカローナの真っ赤な瞳を見つめサンはゆっくりと口を開く。

「ずっと好きだったよ。僕はロナの秘密を知っていた」

サンがカツラを外すと輝かしい金髪が現れカローナは目を丸くする。目の前にいるのは、第三王子であり、今までの不敬に息を飲み慌てて姿勢を正し頭を下げる。

「殿下?サンって、そんな、大変失礼致しました。お許しください」

サンと名乗っていた第三王子は頭を下げるカローナに手をのばし、そっと抱き寄せ腕の中で息を飲む音は聞こえないフリをする。

「兄上との婚約は破棄させた。カローナさえ了承してくれるなら、僕はマグナ公爵家に婿入りする。カローナの夢を叶えさせて。カローナは僕の横でダラダラと過ごしてていいよ。継承権は放棄する。かわりにカローナ達への不干渉を誓約させた。違えるなら僕が潰してあげる。カローナは知ってるでしょう?」
カローナは抱きしめられる驚きよりも、優しい声にのせられる言葉への驚きが勝っていた。
カローナは第三王子の優秀さを知っている。影で第三王子か第二王子が王位を継ぐと言われていたが立場上肯定するわけにはいかなかった。
時々自分の仕事を手伝ってくれたのは第三王子。

「僕はロナが初恋なんだ。兄上から助けてあげられなくてごめん」

第三王子の生母は身分が低い。幼い頃に第一妃に目をつけられれば生きていられたかも怪しい。第一妃は息子を王にするために手段を選ばない。平凡と言われた第三王子が優秀さを示したのは留学から帰ってからだった。

「今なら知力も武力も全てにおいて兄上に負けない。何があっても守れる」

思い返せば第三王子は優しかった。令嬢達に囲まれ第一王子に放っておかれたカローナをよく気遣ってくれた。カローナはサンが好きでも王家は怖い。王家での教育はカローナの心を殺し、最終的に王族に忠実な人形になることを望まれる。サンが好きでも暖かい世界を知ったカローナは許されるなら戻りたくない。

「ロナは王家と関わらなくていいよ。ここの領主を継いでもいい。僕はロナといられれば何もいらない。妾になりたいなら僕の寵姫でもいいけど。ロナのなってほしいものになってあげるよ」

カローナは第三王子の言葉に胸がじんわりと温かくなった。カローナは必要とされたかった。せめて望んでくれる人の物に。でも婚約者に全てを捧げないといけないカローナは望んではいけなかった。用意された道は一つだけ。第一王子のことは諦めた。それでも、せめて言葉の刃で斬り刻む第一王子に見向きもされない花になりたかった。

「僕はロナしか側におかない。生涯愛するのはカローナだけだ」

カローナは諦めたものが手に入るとは思わなかった。隣国の祖父に読ませてもらう物語が好きだった。たった一人しか妃を持たない王様の話。どんなに国が大きくなっても、妃が亡くなっても誰も選ばず生涯一人の妃だけを愛した王様の話に憧れても口に出すのが許されないとは知っていた。
カローナは都合の良い夢を見てると気付き笑う。
目覚めて待っているのは冷たい現実。それに会えるのはこれで最後かもしれない。夢ならいいかと王族の前で初めて本音を伝えるためゆっくりと口を開く。

「私で良ければお側に置いてください」
「子豚になっても愛するから安心して」

カローナは吹き出し小さく笑う。小さい頃の呟きを覚えているとは思わなかった。記憶の中のサンよりも少しだけ低い声の第三王子。妖精だから本当の姿かわからなくても、優しい夢の中の温もりをくれる腕に甘えて無粋な考えは捨てサンとの逢瀬を楽もうと切り替える。

「大きくなれなかったの。身長もお胸も」

第三王子はカローナの魅力に気づかないバカな兄に心の中で感謝した。

「このままでも可愛いよ。どうしても気になるなら僕が大きくしてあげるよ」
「サンは魔法使いだね」
「君のためなら何でもなるよ。風が冷たいね。そろそろ戻った方がいい」

夢の時間の終わりを告げる声に顔を上げ、優しく笑う第三王子にカローナは笑い返す。

「会えて嬉しかった」
「またすぐ会えるよ。またね」

カローナは腕を解き立ち去る第三王子の背中を見えなくなるまで見つめていた。しばらくしてポプラに連れられ自室に戻り温かいお茶を口に含み好みの味に笑みを溢す。領地に滞在してからカローナにとっては良いことばかりだった。カローナはサンとの夢のような逢瀬を思い出して笑う。お腹を抱えて初めて声を出して笑い、はしたないと叱責を受けない居心地が良い場所にさらに笑いが止まらず、零れた涙を指でそっと拭う。
笑いの止まったカローナはベッドに飛び込み飾られているマグナ公爵家の紋章を見つめた。
本当に婚約破棄されて、自由になれたら夢のようだった。ただ第一王子を王にしたい第一妃が許さない。カローナは第一王子が王になるために自分は必要な駒だとよくわかっていた。温かくなった体はいつの間にか冷たくなり、カローナは冷たい現実から目を逸らすために目を閉じた。

カローナは伯父夫婦を手伝いながらのんびりと過ごしていた。王家から呼び出しがないのはイナナ達のおかげとわかり感謝していた。
カローナは十分休憩し、夢の怠惰な生活も思い出もたくさんできた。積み上げて放置したものと向き合わないといけないと思いつつも中々足が進まなかった。
和やかな伯父夫婦との優しい晩餐の時間に王都に帰るとは言えずに今日もワインと共に言葉を飲み込んだ。

****

マグナ公爵夫妻は第一王子からのカローナへの手紙を読んでいた。不満の中に綴られる恋慕に気付いてもカローナが望まなければ第一王子のために動かない。
カローナの婚約者だから支持したが今後は中立を保つ予定である。娘さえ巻き込まれないなら王位争いに興味はなかった。マグナ公爵夫妻は弟夫婦からようやく元気になったカローナの様子が綴られた手紙を酒の肴に笑い合っていた。カローナがいないことで忙しない王都でマグナ公爵家だけは穏やかな時間が流れていた。


その頃、第一王子は執務に追われていた。イナナに買収された大臣に見張られながら執務をしていたが全く終わりが見えなかった。

「多すぎる」
「御冗談を。いつもと変わりません。優秀な殿下ならすぐに終わるでしょう」
「ありえん。なぜ、少し出る」

大臣の窘める声を無視して第一王子は執務室を出て、帰ってきた侍従に声を掛ける。

「カローナの行方はわからんか?」
「はい。修道院にもカローナ様の記録はありません」
「探させろ。どうか無事で、」

第一王子はカローナが婚約破棄にショックを受けて姿を消したと思っていた。婚約破棄しても手に入れる方法はあった。姿を消した婚約者に触れたかった。いつも向けられた笑顔が恋しかった。カローナの気を引きたくて、傍に置いた令嬢の相手をする気がおきなかった。

「殿下」

男爵令嬢に呼びかけられても、第一王子は視線を向けない。

「殿下、カローナ様が」

腕に縋り涙を流す男爵令嬢に第一王子はカローナの行方不明を知ってから初めて視線を向けた。

「カローナ様が私を」

カローナへの手がかりがあるなら掴みたかった。第一王子は泣き続ける男爵令嬢を宥めながら、情報を聞き出すために別室に移動した。

****
第三王子はカローナとの婚約の準備を進めていた。
友人から内密にカローナを輿入れさせたいと相談されたが第三王子は渡すつもりはなかった。純真な友人にカローナを自身が幸せにしてあげたいと打ち明けると協力を申し出てくれた。カローナを自由に遊ばせてあげたいと願った王子は第三王子の心意気を買い、立場の弱い第三王子の援護を決めた。王子は第三王子に想い人がいるのは知っていたが、その相手がカローナと知り不遇な立場の弟分が初めて欲しいと願うものを手に入れるように援助を申し出た。
第三王子は国内で動かせる力は少ないが他国との繋がりは王子の中で一番持っている。次期国王に即位するだろう第二王子とも手を組んでいた。第二王子はずる賢い弟を重宝していた。王子同士の不仲は有名で、二人が手を組んでいるのを知っているのは当人達だけである。


第三王子は頻繁にカローナに会いに訪ねた。
庭園でぼんやりしているカローナとお菓子を食べて手を繋いで過ごす時間を気に入っていた。カローナが夢と思っているとは気づいていても、無邪気で夢見心地な姿も可愛らしく、現実逃避に付き合っていた。カローナが現実に戻りたくなった時に教えればいい。現実に戻ればマグナ公爵令嬢は第三王子に礼儀正しい態度に戻るのが目に見えていた。カローナの傷ついた心を癒すには時間が必要で、いくらでも付き合うつもりだった。
カローナの伯父夫婦は第三王子を警戒していた。
第一王子に見つからないように手を回すから極秘で会わせてほしいと頭を下げられ渋々面会を許した。伯父夫婦は第三王子とカローナの仲睦まじい姿を見てからは快く受け入れていた。第三王子が訪問する日はカローナを庭園に送り出し、可愛い姪の初恋を陰から見守っていた。カローナだけが現状に気付かず、ポプラは主の心の平穏のために黙っていた。

カローナはお気に入りの木蔭に座りぼんやりと空を見上げていると、隣に座った第三王子に気付き、夢の続きの重なる手に頬を染め微笑んだ。そして目を閉じて深呼吸する。自分だけいつまでも夢の世界に浸っているわけにいかないと幸福な時間を手放す覚悟を決めていた。今度は後悔しないようにきちんと告げようとも。カローナは目を開けて、第三王子に貴族の笑みを浮かべる。

「サン、ありがとう。会えて嬉しかった。私はもう大丈夫」
「ロナ?」
「いつまでも夢の世界にいられないから。ロナはサンのもの。それだけで十分」

第三王子はいつもぼんやりしたカローナの瞳に力が宿り王宮で見慣れた笑みに苦笑した。カローナは真面目であり、望んでも怠惰な生活を続けられる性格ではない。ずっと忙しすぎたため、休息を欲していただけだともわかっていた。

「帰るの?」
「うん。夢の時間は終わり。妃殿下がお怒り。殿下のかわりにおさめないと。イナナも可哀想だもの。でも貴方に会えたのが一番の幸運だった」

綺麗に微笑むカローナの頬に第三王子は優しく手をあて、指でつまんで引き伸ばした。
カローナは痛みに笑みを崩さず首を傾げ、もう片方の頬もつねると痛かった。

「夢じゃないよ。サンとしてずっと会ってたよ。僕は妖精でもない。不敬は気にしないから態度もそのままでいいよ」
「幻聴が」
「ロナが望むならずっと夢の世界でもいいよ。でも決めたなら手伝うよ。婚約者として」

第三王子はカローナの頬から手を離し、そっと手を握り貴族の顔を浮かべる真っ赤な瞳を真剣な顔で見つめた。

「カローナ・マグナ嬢、どうか僕と共に歩んでくれませんか?」

手に口づけを落とされてカローナの顔が真っ赤に染まる。

「ロナ、お疲れ様。頑張ったね。もう我慢しなくていいよ」

優しく笑いサンの顔をする第三王子にカローナの目から涙が溢れた。ずっとサンといることは諦めていた。また色のない世界で感情を殺して生きると思い覚悟を決めていた。

「化粧もこのままでいいから。ドレスも服もたくさん贈ったんだ。僕はありのままのロナが好き。無理して大人のフリをしないでいいよ。兄上達の好みになんてならなくていい」
「美人じゃないもの」
「僕はロナが世界一可愛くて美しいと思うよ。兄上の言葉は忘れて。それともまだ兄上が好き?」

カローナは首を横に振る。第一王子に向けるのは無である。嫌悪を抱くのは許されないが好意も持てなかった。カローナの心にあるのは陽だまりの妖精で涙を拭う優しい手の持ち主に微笑み握られた手に空いている手を重ねる。

「ロナの心にあるのはサンだけです。お父様達の許しがあるならどうかお傍に。ですが、殿下が私と婚姻すれば、」
「問題ないよ。僕には最強の味方がいるから。王位争いは起こらないよ。だって僕が降りて、カローナがいなくなれば……」

ニヤリと笑う顔にカローナは苦笑した。第二王子と第三王子が手を組むなら第一王子に勝ち目はない。単体でも強敵なのに二人そろえば勝つ方法は見つからなかった。

「私の心配することではありませんね。守ってくださいますか?」
「約束するよ。時間がかかってごめんね」

カローナは幼い日のサンとの約束を信じていなかった。でも今度は信じてみたかった。王族は怖い。でも第三王子がカローナを傷つけることは一度もなく見つめられる瞳に冷たさはカケラもない。

「殿下、サンは私の心の支えでしたわ」
「敬語もいらない。公式以外で僕はサンで君はロナ。僕は社交も得意だから貴族の顔をしなくていいよ」

第三王子なら第一王子のようにバカはしないし抜けていないので尻拭いはいらない。第三王子はカローナよりも優秀だと知っていた。

「かしこまりました」
「帰るなら僕の馬車で送るよ。兄上の目に入らない方が良いんだろう?」
「はい。ですがきっと殿下はお怒りでしょう。私が投げ出したお仕事を」
「急ぎと重要なものは処理したから安心して。兄上でも処理できて重要性の低いものしか残っていないから」

抜け目のない優秀な第三王子にカローナは笑う。カローナがいなくても第三王子達が手を回すなら何も問題は起こらない。仲の悪い第一王子に第三王子が手を貸してくれるとは想像もしなかった。握られた手を見つめ第三王子サンと一緒なら現実も怖くない気がした。王族でカローナを助けてくれたのは第三王子だけである。覚悟を決めたカローナは伯父夫婦に王都に帰ると告げるといつでも帰っておいでと抱きしめられ笑みを溢して頷き、感謝を告げて第三王子に手を引かれて馬車に乗り込んだ。

第三王子との馬車の旅を楽しみマグナ公爵邸に帰るとカローナはイナナに抱きしめられた。
マグナ公爵夫妻は雰囲気の柔らかいカローナと優しく見つめる第三王子に笑みを浮かべ迎え入れた。

「カローナ、おかえり。第三王子殿下との婚約を進めていいか?」
「お父様のご判断にお任せします」
「幸せになるのよ」
「お母様、私は幸せですわ」

見たことないほど幸せそうに笑うカローナにイナナは感動の涙を流していた。
幸せそうな二人にマグナ公爵は婚約を認めた。
王宮から使者が手紙を持ってくるまでは幸せな時間が流れていた。
カローナがイナナの涙を拭っていると、近づいてくる執事の顔を見てそっと離れた。そして渡された王家の紋章の入りの自分宛の手紙に目を通す。第一王子から会いたいと綴られ、カローナは不幸の手紙にため息を飲み込みいつもの笑みを浮かべた。

「イナナ、行ってくるわ。殿下の命ですから」
「お姉様、せっかくですのでそのお姿のまま行ってらっしゃいませ。もう婚約を破棄されました。第一王子殿下の好みに合わせる必要はありません」
「そうね。もともと釣り合わなかったもの」

自嘲するカローナにイナナが首を勢いよく振った。

「お姉様にですわ。私もご一緒しますわ」
「僕が行くよ。公爵から書類を預かったし、僕がいればどこでも歩けるだろう?」
「お姉様を泣かせたら許しません」
「悲しませたり傷つけたりはしないよ。感動の涙は僕が拭うから安心して。楽しみにしていてよ」

イナナは楽しそうに笑う第三王子を同属と気付いているので任せることにした。
カローナは着替えるため自室に行くと大量の贈り物に固まった。婚約破棄の噂を聞き、第三王子以外からも贈られていた。第三王子は苦笑しながら自分の贈り物から淡い桃色のドレスとヒールの低い靴を渡した。

「これとこれを着て。支度が終わるの待ってるよ。絶対に似合うから」

ポプラは第三王子からドレスや装飾品を受け取りぼんやりしているカローナを着替えさせ、薄く化粧をして、地顔を生かして可愛らしさを全面的に出して仕上げた。
カローナは戸惑いながらも第三王子の称賛の嵐に頬を染めて、優しくエスコートされ王宮に向かった。

王宮では誰もカローナに気づかないが王子がエスコートする謎の令嬢を咎められる者はいない。
第三王子が見慣れない異国の色を持つ愛らしい令嬢をエスコートしているので視線を集めていた。視線を集めることに慣れた二人は気にせず足を進める。
第三王子は第一王子が自室にいると聞き、カローナを連れて部屋を訪ねた。
ノックをしても声がなく、カローナの手を引きそっと中に入った。

「カローナ、カローナ」

第一王子に呼ばれる声が聞こえカローナは条件反射で寝室に足を踏み入れ、中の光景に息を飲む。

「カローナ、愛している」

第一王子はカローナの名前を呼びながら男爵令嬢を抱いていた。震えるカローナの目を冷たい目をした第三王子が優しく塞いだ。

婚姻前に体を重ねるのは許されない。カローナが抱かれれば醜聞である。事後の痕跡は隠せない。
第一王子は男爵令嬢の名ではなく、カローナの名を呼び全てカローナの所為にして後処理させるつもりだと思い目の前の悍ましい光景に動揺して震えていた。
第三王子は置いてある水差しを手に持ち熱に溺れ男爵令嬢に口づける兄の頭にかけた。
冷たい氷水を被せられた二人はようやくカローナ達の存在に気付いた。
男爵令嬢はカローナを見て妖艶に微笑む。

「酷い。どこまで」

第一王子はずっと探していた声の主に視線を向けた。

「なんで、破棄したのに。私は」

混乱して涙を流すカローナに汚い物を見せないように第三王子は自分の胸に顔を埋めさせる。

「カローナ、無事だったか」

正気に戻った第一王子の安堵の声がカローナは怖くてたまらなかった。どんなことも対処できるように教え込まれていた。ただこれはカローナの常識を超えていた。第一王子のお世話係だったカローナには微笑むことはできてもなんて答えればいいかわからなかった。

「大丈夫だから、僕に任せて」

囁かれる優しい声に頷いた。

「兄上、急ぎで会いたいと仰せでしたのでお連れしました。ご成婚おめでとうございます。」

王族のお手付きになれば後宮入りが決まる。王族の血を持つ者は王家に管理され、市井に出回り混乱や反乱をおこさせないように臣下に降りた者も記録されていた。

「私は、なんで……」

第三王子は呆然とする第一王子の声にずっと震えるカローナの肩を抱いて部屋を出ようとした。

「カローナ行こうか。」
「待て。カローナ、ずっと探していた。怒っておらん。だからこれからも傍に」

カローナは言葉を失い気力が湧かなかった。この期に及んでお世話係を手放したくない第一王子の気持ちはわかった。感情を殺して震えを止め、カローナは涙を拭いて第三王子の手を解き、第一王子に向き直った。ベッドから起き上がり服を纏わず手を伸ばす第一王子にいつもの笑みを浮かべる。

「お約束を違えて申しわけありません。私は精一杯殿下の目に入らないように努力致します。殿下の幸せを心よりお祈り申し上げます」

第一王子はいつもと変わらない優しい笑みにほっとして笑う。
扉が開き、第一妃と第二妃が足を踏み入れた。
カローナは礼をした。

「ご挨拶がおくれて申しわけありません。ただいま帰参致しました」

目を見張る第一妃ではなく、笑顔の第二妃がカローナに声を掛ける。

「頭をあげなさい。雰囲気が変わりましたね。可愛らしくていいわ。婚約おめでとうございます。」
「第二妃殿下、ありがとうございます。」
「貴方、なんてことを……」

第一妃は息子の失態に真っ青になり隣の女に嵌められたことがわかった。新たな婚約者は決めていたが迎え入れるには条件があり、第一王子の失態のおかげで台無しになった。

「二人は行きなさい。国王陛下がお待ちですよ。ここは私に」

内輪ですますつもりのない第二妃は笑みを浮かべて第三王子とカローナを送り出す。
第三王子に促されるままカローナはその場を後にした。謁見の間に行き、国王陛下に挨拶をすると第三王子とカローナの婚約が発表された。
謁見を終えた二人は庭園に向かい思い出の場所に座り込んだ。カローナは第三王子に抱き寄せられ腕の中でぼんやりしていた。

「カローナ、イナナと三人で留学に行かないか?外交ではなく、見聞を広めるために」

カローナは首を傾げる。

「友人夫婦からカローナを遊ばせたいって相談を受けたんだ。もちろん1日ぼんやり過ごしてもいいし、イナナと二人で買い物に行ってもいいよ。うちよりも他国の方が楽だろう?」

カローナが第一王子と婚約破棄し第三王子と婚約となれば騒がしくなるので魅力的な誘いだった。遊ばせたいと言うのはよくわからなくても。

「お仕事は?」
「僕も母上も自分の仕事は自分でできるよ。カローナは僕の隣にいるだけでいい。僕の部屋に閉じこもってもいいよ」

頼もしい新しい婚約者にカローナは笑みを浮かべる。隣にいてほしいと望まれることが嬉しくてたまらない。

「殿下にお任せしてもよろしいですか?私、考えるのに疲れました」
「任せて。楽しみだ。僕は考えるのも得意だよ」

それからカローナは第三王子を筆頭に自分の保護者に甘やかされて適度に怠惰な日々を過ごしていた。第三王子は笑顔で甲斐甲斐しくカローナの世話をやいていた。
12年間で将来に絶望した少女は幸せを掴んだ。カローナは愛する夫の腕に抱かれながら、辛い王宮での生活を耐えて良かったと思った。この幸せのために頑張ったと。
努力と苦労が報われるのを教えてくれたのは妖精で魔法使いで変幻自在の愛する夫だった。

***

第二王子はマグナ公爵となった弟と酒を飲んでいた。
カローナは第二王子に嫁いだイナナに取られていた。

「兄上、計画通りですか?」
「偶然だよ」

第二王子のお気に入りはイナナ・マグナだった。
王家のお茶会で笑顔を浮かべて憎しみの籠った視線を向けられるのは堪らなかった。
イナナにとって大好きな姉を取った王族は嫌いだった。婚約者になってからカローナは毎日王宮に行き、家では勉強と睡眠だけでイナナと遊ぶ時間がなくなった。
イナナは早熟な子供だった。
姉の変化も気づいていた。おっとりとして優しかった姉が常に笑顔をまとい空気が冷たくなったことを。全部王族の所為だとわかっていた。成長すると姉は家に眠るためだけに帰り、時々隣国で休んでいる姉を訪ねる時だけが姉妹で過ごせる時間だった。
突然の王子の思い付きに熱があるのに飛び出していく姉を見て暗殺しようかと思うこともあった。

第二王子は第一王子がカローナに酷い扱いをするとさらにイナナから向けられる視線が鋭くなることを気付いてからはさらに手を回した。
兄の周りに常に令嬢を送り込んだ。第一王子に恋い焦がれる令嬢と第二王子の味方の令嬢を。
第一王子がカローナを気に入っているのは知っていた。愚兄は友達のいないカローナを心配していたので令嬢達を二人の茶会に同席させるように手を回すように第一王子の周りに仕込んだ令嬢に命じた。
カローナの無理した社交の笑みに気付いていない第一王子は楽しんでいると勘違いした。そこから二人の歯車がゆっくりと狂った。

第二王子は最近弟が部屋を抜け出すと報告を受けていた。
後をつけると、子供らしいカローナと変装している第三王子の姿に第二王子は妖しく笑った。
カローナと別れた第三王子が第二王子の部屋を訪ねた。

「心に留めるよ。カローナも気づいてないんだろう?」
「条件は?」

第二王子は自分の幸運と聡い弟に笑う。平凡なフリをしている弟が優秀なのは気付いていた。
そして王位を掴むためにはマグナ公爵令嬢も邪魔だし丁度よかった。

「逆らわないなら協力するよ。欲しいんだろう?」
「僕は母上とカローナと3人でいられるなら王位はいりません。でも僕には力がありません。兄上に酷いことを言われるカローナを見てるしか……」
「留学して力をつけておいで。カローナは私が守ってあげるよ。兄上の手がつかないように。仕事も単独なものを。兄上といるのは嫌そうだからね。私も弟を大事に想っているんだよ」

第三王子は第二王子に思惑があると気付いても手を組むと決めた。カローナを守る手段を第二王子なら持っていた。留学して力をつけて早く帰ってこようと・・・。

「わかりました。カローナをよろしくお願いいたします。手回しは兄上が?」
「もちろん。父上達に手を回すよ。対外的には私達は仲の悪い兄弟だからね」


第三王子が留学に行ってからカローナのさらに多忙な日は始まった。第二王子は第一王子とカローナの仲を徹底的に邪魔した。第一王子の友人に手を回してカローナの嫌がることをさせるように仕向け、イナナからは憎悪の視線を向けられ堪らなかった。カローナには国外の仕事を回し、難しい仕事は陰でフォローさせた。第一妃は第一王子の評価が上がると勘違いしていた。第一妃の侍女達を買収し婚約者に仕事を押し付ける無能な王子という陰口が入らないように手を回していた。
第一王子がカローナへの恋心を拗らせているのは知っていた。徐々に体つきも大人になり、色気を匂わせるようになったカローナに第一王子が本能のままに手を出さないように二人っきりで過ごせないように常に令嬢達が邪魔するように手を回した。
婚約破棄騒動は予想外でも好都合だった。
第一王子に恋い焦がれる令嬢達の自由な王宮への出入りを許していたのは第二王子。
イナナにさらに憎悪の視線を向けられ第二王子は上機嫌だった。遠方の視察から帰った第三王子は詳細を聞いて慌てて動き出した。
婚約破棄を迷わず受け入れたカローナを受け入れられない第一王子を第二王子は静かに見ていた。
カローナは常に笑顔を浮かべる聖女のような婚約者。第一妃により王族が何をしても許すように躾けられ、王子が破棄したいと言えば本心はどうであれ受け入れる。第一王子はカローナのことを何もわかっていなかった。
第一王子に付き纏う男爵令嬢が企んでいるのは知っていた。
想像通り薬を盛られた第一王子は男爵令嬢と体を重ねたので、理由をつけて自分の母と第一妃に現場を押さえさせた。そこに第三王子とカローナがいたのは誤算だった。
第二妃が息子の思惑通り場を収めた。
大臣達は第三王子に手を引かれて姿を見せたカローナに絶句した。華奢な体に幼い顔で今まで第一王子の趣味に合わせて必死に背伸びしていた令嬢の本当の姿に。
傷ついたカローナを慰めるために頻繁に足を運びようやく立ち直った彼女を側で守るために王族位を返上し婿入りを願う第三王子の心証がよくなり、幸せをそうな二人を見送り会議は終わった。
しばらくしてまた緊急会議が始まった。

議題は第一王子と男爵令嬢の成婚について。
第一王子が男爵令嬢をお手付きにしたと証明書を見せられて緊迫した空気が流れていた。
第一王子がカローナを望む言葉に緊張が高まった。すでに第三王子との婚約が発表されていた。
第二妃や第三王子は第一王子を容赦なく糾弾した。第一王子に会いに来るように命じられ、カローナ達が目にしたものを。また長きにわたるカローナの冷遇に大臣達が顔を顰めた。
第一王子は臣下に落とし男爵令嬢との婚姻が決まり、同時に第二王子が王太子となるのが決まった瞬間だった。

第一王子達への嫌がらせを続けたいイナナに第二王子が提案した。自分に嫁げばやりたい放題だと。イナナは自由に姉と会えることと側室を娶り、子作り等を自分に求めないならと条件をつけた。
イナナの条件を第二王子は受け入れ、イナナの成人を待ち婚約を発表することになった。イナナは第一妃への復讐も諦めていなかった。
第二王子はイナナが自分の手回しに気付いてさらに憎悪の視線が強くなるのを想像すると興奮した。カローナは妹と第二王子が幸せな結婚をしたと信じていた。
イナナは姉への愛情と王家への憎しみで生きる人間だと気づいていなかった。第三王子はカローナの幸せが第一なので余計なことは言わない。
第一王子は寂れた伯爵領を与えられ、男爵令嬢は伯爵夫人とは名ばかりの貧しい生活を強いられた。第一王子はイナナの嫌がらせよりもカローナの無関心に傷つき、第三王子に愛らしい笑みを向け甘える姿に心が抉られていた。
三人の王子の中で欲しい物を手に入れられなかったのは第一王子だけだった。
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