不運な王子と勘違い令嬢

夕鈴

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番外編 勘違い令嬢の軌跡

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アリアはお茶会で令嬢達に必ず問いかける。
6歳のレティシアはこの時が運命の分かれ道とは気付かなかった。

「あなた達は将来どんな殿方と添い遂げたい?ここは無礼講よ」
「第一王子殿下です」
「世界一の王子様、クロード殿下です」

招かれた令嬢達は笑顔でクロードの名前を口に出す。クロードへの称賛の嵐に混ざらずに、アリアは上品にお茶を飲む最年少のレティシアに視線を向けた。
アリアの視線に気付き、カップを置いたレティシアは淑女の笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。

「私はお父様の選んだ方です」

アリアは子供らしくないレティシアに慈愛に満ちた笑みを浮かべて問いかけた。

「どんな方でもいいの?」
「はい。ルーン公爵家の令嬢としてきちんと務めを果たします」
「遠い国やあなたのお父様より年上でも?」
「はい。お父様がルーン公爵家と陛下のためとお考えなら構いません」

クロードの名前を出さないレティシアにアリアの視線が一瞬だけきつくなる。レティシアは意思の強い青い瞳でアリアの不満げな銀の瞳を見つめ返す。

アリアの機嫌を取らないレティシアは隠れて見ていたクロードに気に入られたことは気付かなかった。
その後の自由な散策時間に庭園で無邪気に花を愛でるギャップに一目惚れされたことも。
淑女の仮面を上手に被るレティシアの素は自然が好きな無邪気でお人好しの少女だった。



「初めてのお茶会はどうだった?」
「アリア様は怖い人でした」
「よく頑張ったね。叔母上が帰られるまではうちにお泊まりだ」
「まぁ!?お話してくださいませ」

レティシアは迎えに来た大好きな従兄の言葉に目を輝かせる。ルーン公爵邸に帰り、さらに教育が厳しくなると知らないレティシアはお茶会の淑女の顔とは正反対の満面の笑みでレイヤの首に抱きつき幸せな時間を堪能していた。


 連日クロードは国王夫妻とルーン公爵の前で熱弁して頼み込んでいた。家柄も良く、美しい初恋の少女が他の男の婚約者に選ばれる前にと焦っていた。

「家の利になる縁談を選ぶのは当然です。彼女ほどまっすぐに媚も嘘もなく向き合う令嬢はいません。私はルーン公爵令嬢を選びたいです」
「クロードが望むなら魔力があるなら構わないが」
「ありがとうございます。父上」
「私は彼女に資質を感じません」
「私がフォローできるように努力します」
「婚約者の内定までは六年あります。ゆっくり見極めましょうか」
「ありがとうございます!!挨拶に」
「殿下、あくまでも婚約者候補です。特別扱いはお控えください」

ルーン公爵の忠告にクロードは頷いた。
クロードの婚約者候補になればレティシアは婚約を申し込まれない。
王を愛するアリアはクロードを慕い教養のある令嬢達を選んでいた。レティシアはルーン公爵家が第一のアリアが気に入らない令嬢だったが息子の初恋のため受け入れた。
王は令嬢の落とし合いを穏やかな顔で眺めていた。クロードは冷めた眼差しで眺めていた婚約者候補の集まりが初めて楽しみになった。

自由参加のクロードの婚約候補の集まりに社交デビューを終えていないレティシアは顔を出さなかった。
レティシアが参加しないことに落胆しているクロードを見たアリアはルーン公爵家に直々に招待状を送った。
ルーン公爵は社交デビュー前から令嬢の熾烈な争いに巻き込まれる愛娘を不憫に思いながら呼び出した。

「殿下の婚約者候補に決まった。しばらくはローゼと王宮に通いなさい」
「かしこまりました」

 クロードの強い希望で8歳の魔力の有無と属性を調べる魔力測定を受ける前に婚約者候補に選ばれたレティシアは父の命令に恭順の礼をした。
 レティシアの頭はこの後の授業のことでいっぱいだった。教師により王家や婚約についての授業を受けながら知識を必死に叩き込んだ。


それからレティシアは定期的に王宮に参内した。
アリアやクロードが参加するお茶会で行儀よくお茶を飲み時間が過ぎるのを待つ。
アリアや令嬢達の意地悪な質問に真っ直ぐな眼差しで堂々と返答する。クロードに決して媚ずに、上品に挨拶をして、ルーン公爵領について問いかけると誇らしげに話す。

「自領についてお話くださる?」
「かしこまりました。ルーン公爵領は広大な土地を持ち、王国一たくさんの泉を抱えております。一番有名なのは――――――」
「レティシア、そこまででいいわ。よくお勉強してますね……」

最年少のレティシアは自領についてはどの令嬢よりも詳しかった。いつまで経っても止まらない領地の紹介をアリアが止めるまで語り続けた。アリアでさえも生まれ育ったマール公爵領の泉の数や水質、公爵邸が改修された数や変化した場所等の知識はなかった。
アリアが若干引いているのに反してクロードはうっとりと顔が緩むのを隠して見惚れていた。
嘘のない真っ直ぐな青い瞳に囚われた日からクロードの世界は変わった。

「殿下!!お隣をよろしいでしょうか?」
「花束をありがとうございます。お部屋に飾りましたのよ!!」
「え?どうぞ」

令嬢達の激しい争いに参戦せずマイペースにアリアから贈られた本を読んでいるレティシアをこっそり眺めるのはクロードにとって有意義な時間だった。



レティシアはルーン公爵夫人とともに参内するとアリアや教師達に預けられていた。
ルーン公爵令嬢として相応しくなるために学んでいてもレティシアは平凡な令嬢である。同世代の中では優秀でも、三歳以上も年上の秀才達には敵わない。

「王妃は常に完璧を目指すのです。間違えは許されず、わからないも許されないのですよ。貴方にできるかしら?」

レティシアは高慢な態度で話をされても得意の淑女の笑みを浮かべて聞き流す。レティシアは怒られるのが怖いので静かに頷きながら質問してはいけないのがわかった。レティシアにとって一番怖いのは背の高い令嬢でもアリアでもなく両親だった。


どんなに脅しても、自慢しても笑顔を浮かべて流すレティシアに令嬢達が悔しがっていることは気づかない。脅しを脅しと認識しない幼いレティシアは察しの悪い子供だった。
課題が終わらなければ、倍の課題と母親からのお説教が待っている。時々遊んでくれる従兄や優しい伯父夫婦を思い出して目の前の課題を終わらせるためだけに頑張るだけである。

「殿下から花束をいただきましたのよ。パートナーに選ばれたのは私ですわ。ルーン様は、いただいたことはないでしょう?」

レティシアは令嬢達の争いも気付かない集中力を身に付けた。令嬢達と話す暇があるなら課題を終わらせて庭園の泉で遊びたいお年頃だった。
婚約者候補の令嬢の中で一番家格が高いレティシアは王族以外は無視しても咎められないので集中して本を読んでいた。
鬼のような形相の令嬢の顔を見るのは本を読み終えた時だけである。とはいえ、どんな怖い顔も両親よりは怖くないので動揺することなく微笑み流した。


アリアは気分屋である。
思いつくままに課題を出すのも日常茶飯事である。
突然、クロードの前で婚約者候補達が楽器を披露する場を設けられた。最年長は13歳、最年少の7歳のレティシアである。
レティシアのピアノの演奏は一番出来が悪かった。母親に知られれば怒られるので演奏が終わり令嬢達がクロードとお茶を始めても一心不乱にピアノの練習をしていた。
視線を集めることには慣れていたため目立つことには気づいていない。クロードよりも課題を優先し必死にこなすのは空気を読まないレティシアだけだった。



「一番酷い演奏でした」
「これからうまくなるよ。レティの小さな手だとまだ届かないだろう。レティにも弾きやすい曲を教えてあげるよ。これは、吟遊詩人が作った曲で―――――」

レティシアは酷い結果を聞いた母親に怒られ、従兄のレイヤの膝の上に座り慰められていた。そしてレイヤから教わった婚約者候補達の誰も知らない曲を練習し、二度目の演奏会では最下位を脱出した。
この経験から情報を集め、母親に怒られないように必死に学ぶことを覚えた。
レティシアは平凡から聡明に評価が変わり、周囲の賑やかな令嬢が少なくなったことにも気づかない。
求められたことを必死にこなし、怒られないように努力する。ルーンに関する侮辱や嫌がらせ以外は通じないスルースキルが高すぎる公爵令嬢らしくない子供だった。


社交デビューを終えるとレティシアは婚約者筆頭候補に選ばれた。王妃教育に通う日が増え、アリアの部屋かクロードの側近候補のための子供部屋が王宮でのレティシアの居場所になった。
常に人の視線を意識することを母から教えられているレティシアはルーン公爵邸よりも広い庭園を行儀よく散歩をする。ルーンの庭園が一番好きでも、色とりどりの花が咲き誇る庭園にニコッと笑顔をこぼして、慌てて淑女の顔に戻す。

風を感じて歩いていくと庭で汗を流して、剣を構えているクロードを見つけた。
ビアード公爵に挑んでは吹きとばされ、いつも笑顔で落ち着いているクロードがボロボロだった。転んでも立ち上がり、また挑んでいく。

「殿下も頑張ってるんですね。決して挫けないルーンのように」

レティシアは穏やかな顔ではなく真剣な顔のクロードを眺め、何度も何度も改良を重ねて咲かせたルーンの新種の花を思い出した。カキンと音が響き、クロードがビアード公爵の隙をついて、吹き飛ばされずに剣を振り下ろした。初めて見る勝ち気に笑うクロードの顔にニコっと笑ったレティシアは初めてクロードに好感を持った。
クロードの頑張りに触発されたレティシアはアリアの部屋に戻って課題を始めた。
しばらくして入ってきたのは着替えをすませたクロードだった。

「母上はいないのか。礼はいらないよ。聞いて欲しいんだけどいいかな?」

クロードはレティシアの隣に座って本を広げて、一人で語り出した。先程までボロボロだった姿が嘘のような穏やかな顔で。レティシアはクロードの話を聞きながら、途中で目を大きく開けた。

「うん。誰かに聞いてもらうと考えがまとまるね。私が一人で話してごめんね」
「いえ、ありがとうございます」
「レティが嫌じゃなければまた付き合ってくれるかい?」
「光栄です。殿下のお心のままに」

レティシアがつまずいた所がクロードの独り言のおかげで理解できニコリと笑った。
嬉しそうに笑うクロードとレティシアが話しているとアリアが戻り、お茶の用意をさせた。

「殿下はなんでも知ってますのね」
「クロードには国で一番の教育をさせています」
「私も頑張らないといけません。ごめんなさい」
「レティ?」
「殿下のお役に立てるように頑張ります。ルーンではなく教え通り全ての民のために学び相応しくあるために」

アリアはレティシアのクロードに向ける眼差しが変わったのに気付いて笑う。
クロードの希望で特別に妃教育を受けさせているレティシアは真面目に取り組んでいるが、意欲も向上心も感じられなかった。
レティシアはルーン公爵家のための生き方ではなく、王子の婚約者としてきちんと歩もうと姿勢を変えた。しばらくしてクロードを尊敬するようになった真面目で一生懸命すぎるレティシアにアリアが絆され、婚約者に内定された。


レティシアは婚約者筆頭候補時代からアリアに付き添い公務の指導を受けていた。アリアがレティシアを連れ回すのには私情も混ざっていた。
船に乗せれば波は穏やかになり、雨の感知もできる。
雨の感知を外さないのはルーン公爵とレティシアだけだった。

「もうすぐ雨が降ります」
「船を速められますか?」
「潜ってもいいですか?」
「すぐに上がってらっしゃい」

レティシアは船から海の中に飛びこんだ。集まってきた魚達にお願いをして船に戻ると船は物凄い速さで進むのに揺れは少ない。
魔法が使えないのに見事な水流操作を披露するレティシアは船の揺れが苦手なアリアにとってありがたかった。

クロードとの婚約が決まった頃には「お父様に従います」が「殿下のお役に立つために」と口癖が変わっていた。

初めての1週間の船旅でレティシアは初めて酷い揺れを体験する。マール公爵はずっと海を眺めていた姪が船から落ちないように抱き上げた。

「伯父様、お魚さんに頼みますか?」
「王国の海域を出てからは海に潜ってはいけないよ。海には危険が潜んでいるから」
「危険?」
「危ないから部屋に戻ってシエルと」

船がさらに激しく揺れ、船よりも大きな海蛇が顔を出した。

「レティは私といようか」
「殿下?お願いします」

クロードがマール公爵に抱かれたレティシアに手を伸ばす。

「歩けます」

レティシアは首を横に降り、船に足をつけると海蛇と目が合い、足がすくみ、恐怖に固まる。レティシアに向かって長い舌を伸ばす海蛇を見てクロードが抱き寄せ、マール公爵が二人を背に庇う。
騎士達が海蛇の討伐に動き、レティシアは濃厚な血の匂いに意識を失いそうになるのを堪えた。

「部屋に戻るよ」

クロードは動揺しているレティシアを抱き上げて、レティシアの部屋に行く。初めて見た巨大な海蛇はマール公爵に任せて。

「何があっても守るよ。心配いらないよ」
「大丈夫です。ありがとうございます。殿下は御身を」
「私はエイベルよりも強いよ。リオにも負けない」
「さすが殿下ですわ」

クロードはレティシアの震えている指先に気づかないフリをして隣に座り、手を繋ぐ。気を逸らすために学園でのリオ達の楽しい話をはじめる。
レティシアは魔物を見ても冷静なクロードをさらに尊敬し、クロードは笑みを浮かべたレティシアへの恋心を募らせる。




「王族の全ては民のため。決して求めてはいけない。常に民を慈しみ恨んではいけないよ。王の心は民のもの。妃の心は王のもの。妃になる心構えはいずれわかるようになればいい」

レティシアは王から言われた言葉を理解できるまでしばらく時間がかかった。民のためだけに身を捧げる王族、常に書類に囲まれ多忙なクロード。

「ごめん。待たせたかな。礼はいらないよ」
「いえ、お疲れ様です。殿下、いつでも頼ってくださいませ。私もリオもエイベルも殿下にお仕えでき嬉しく思ってます」
「レティ?」

レティシアは疲れた笑みを浮かべ、隣に座りお茶を飲むクロードを見てクロードのために生きる覚悟を決めた。王位争いで疲弊した国への救援の手配をしたレティシアは、ありえなくてもクロードが何を選んでも付き従おうと。

「殿下の笑顔は民の宝ですわ」

レティシアの決意した美しい笑みにクロードは顔が熱くなるのを堪えて穏やかな笑みを返した。
レティシアが王妃になる道を阻むだろう大事な物を遠ざける決意をした日だった。




「どの国の王族も素晴らしい方々ですが殿下が一番ですわ。孤独な玉座……。私だけは祈ってもいいでしょうか。民のためではなくクロード様お一人のために。国に全てを捧げる殿下が幸せになれますように」
「レティの願いはきっと届くよ。殿下は運命を掴んだ人だから」
「運命?」
「もう少し大きくなればわかるよ。可愛い姪の成長に……。いや、さてもう一仕事か。お手を」
「光栄ですわ」

マール公爵の呟きはレティシアには聞こえなかった。
愛したい人を見つけ、手に入れられる運を持つクロード。
運を味方につけても鈍い息子は敗者だった。
マール公爵にとって王国一、愛らしく美しい花に育つだろう自慢の姪。未来の王妃として外交の経験を積みつつも幾つかの欠点があった。


「美しい婚約者を置いて行くなど、」
「殿下に信頼して任せていただけるのはありがたいことですわ」
「星空がさらに輝く場所を知っているか?」
「はい。日に日に輝きが増していきます。私は心から感謝しております」

誰からの恋慕にも気づかないレティシア。
マール公爵家は王妃という道が決まっているレティシアに恋の知識を教えなかった。
ルーン公爵家の教育にも恋という概念は存在しない。
可愛い姪や妹分、愛娘に恋慕う男ができて欲しくないという私情により。
知識の足りないレティシアの思考回路がおかしく成長したのは訂正をいれずに、あたたかく見守っていた男達が原因だった。
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