不運な王子と勘違い令嬢

夕鈴

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9後編

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 少年は大きな決断をした。
 かつて隣にいた少女なら受け入れてくれた。
 今はどんな答えが返ってくるか想像したくなかった。
 少年は初めて感情に任せて行動した。


***

 捜査の指揮権を持つクロードは大衆の前でのエイベルとレオの記憶晒しをするための準備を整えた。
 記憶を覗く魔法は人格崩壊や記憶喪失などの副作用がおきやすく重罪人にしか使われない罰である。王家は禁術と認定し王族の許可なく使用すれば罪を問われる魔法の一つである。

 公的にはレティシアは療養中としか公言されていない。レティシアの監禁について箝口令が敷かれているため、レティシアとレオの密会に関与しただけのエイベルへの罰の重さに反対の声が上がった。
 クロードは王家への裏切りへの罰について語り、罪が明らかになるなら裁くと宣言した。
 ルーン公爵家が王家に圧力をかけていると思い込む貴族達は、ルーン公爵家を潰し、クロードの心象を良くするためにクロードを支持した。

 ルーン公爵家が沈黙し、ビアード公爵家が了承したためレティシアを支持する派閥は動かなかった。
 そして記憶晒しの日を迎えた。

 会場の中心に魔方陣が描かれた。
 魔方陣の外にはテーブルと椅子が配置された。
 記憶晒しには上位貴族夫妻と嫡男のみ同席が許された。
 前代未聞の王子と公爵子息の記憶晒し。
 突然の発表にも関わらず朝から行われるエイベル・ビアードの記憶晒しにほとんどの上位貴族が集まっていた。
 貴族達は国王夫妻とクロードが現れると礼をして迎えた。
 国外夫妻が着席し、クロードは周囲を見渡し、穏やかな笑みを浮かべて話す。

「頭をあげて。家の名に相応しい姿を求めるよ。長くなるから座ろうか。真実を明らかにするために任せるよ」

 クロードの声に控えていた王宮魔道士が礼をした。
 クロードが着席すると、貴族達も各々の席に腰をおろした。
 王族の護衛として派閥の異なるビアード公爵とスミス公爵が後ろに控えた。
 最後に入ってきたエイベルが魔法陣の中心の椅子に無表情で座った。王宮魔導士達が詠唱すると記憶が浮かび上がる。



 浮かんだのは青い髪飾りをつけた銀髪の幼子。

「嫌です!!持ってこないで!!リオ兄様、助けてください。リオ兄様、どこですか!!リオ兄様、レイ兄様!!助けて、兄様!!」
「珍しい蛇だ。こいつは」
「エイベル止まって。ご令嬢に見せるものではないよ。彼女は私達とは違うんだよ」
「シア、おいで。大丈夫だから。ほら、飴、駄目か。殿下、すみません」
「彼女を頼むよ」

 社交デビュー前の貴族子女が集められた大きな庭園ではレティシアがエイベルに追いかけられていた。
 幼いクロードが蛇を持つエイベルを嗜め、怯えるレティシアはリオに抱き上げられ首にしがみつき、遠ざけられていく光景が浮かんでいた。


「まさか、ルーン様?」
「マールの天使って……」

 常に落ち着いているレティシアしか知らない貴族達が子供らしい姿に驚きの声を溢す。
 マール公爵邸の庭園で無邪気な笑顔で従兄と遊ぶレティシアを見たことがある子息は公的に会った無邪気さも子供らしさもカケラもないレティシアを別人と思い込んでいた。
 マールの天使はレティシアの異名だった。

 一部の貴族達は浮かんでいる懐かしい光景に頬を緩ませた。





「お前が最年少婚約者候補?」
「今年の序列をご存知ですか?うちのほうが序列が高いので先に声を掛けてはいけませんよ。蛇の貴公子様」

 少し成長した穏やかな顔ではなく、従兄にそっくりな呆れ顔と嫌みな口調で話すレティシア。

「はぁ!?」
「敬意は相応しい方にしか払いません。お勉強なさっては?」
「生意気」
「シア、帰るよ。王宮で喧嘩すると叔母上に怒られるよ」
「内緒にしてくださいませ。ごめんなさい。リオ兄様!!ビアード様、失礼しますわ」

  綺麗な礼とお淑やかな微笑みを披露したレティシアとエイベルの喧嘩を呆れ顔のリオが仲裁して消えていく。
 6歳の頃にはレティシアは完璧な外面、令嬢モードを身に付けていた。ただ心は未熟だった。


「喧嘩!?あのルーン公爵令嬢が……」
「何をされても動揺せず眉一つ動かさない人形に感情があるのか……」

 クロードの婚約者候補の年上の令嬢達に囲まれても常に笑みを浮かべて穏やかな顔で流すレティシアを知る青年の呟きを拾ったエドワードの緩く結ばれた唇が弧を描く。
 文官貴族と違い武門貴族は感情を隠すのが不得手だった。
 動揺して本音を溢す貴族に気付かれないようにエドワードは観察しながら浮かび上がるビアード公爵家の訓練の光景を眺めた。


 事件に関係ない記憶は司法大臣のレート公爵の指示のもと流れを速くしていた。
 幼少のエイベルの記憶は訓練に関するものばかりだった。本人の記憶に残っていないことは映らない。クロードとの記憶は少なく、レティシアと喧嘩をしてリオに説教されている光景が訓練の次に多かった。

「子供の頃ですから。お気になさらず」

 王家の忠臣らしくない記憶に顔色の悪いビアード公爵夫人の隣に座るスミス公爵夫人が慰めるように声を掛けた。






 水の結界の中心で得意げに微笑む制服姿のレティシア。

「叔父様直伝ですわ。どうぞ、遠慮なく。壊せませんわ」

 エイベルの剣も風魔法も全て吸収する結界の中心で本を読み始めたレティシア。しばらくして結界の中心に魔石が投げ込まれ結界がパチンと弾け壊れた。

「甘いな。殿下がお呼びだ。シア、後で話があるから」
「リオ兄様いえマール様にはいつも破られてしまいますわ。え?話?殿下、殿下のもとに行かなくては。今すぐに。お待たせしてはいけませんわ。ありがとうございます。失礼します」
「ビアードは頭を使えよ。シアは自衛ができない。お前の攻撃が当たれば大怪我だ。結界を作らせてもいいが、本人は移動させろ。年上のお前が気をつけろ」

 礼をして消えていくレティシアとリオに説教を受けている姿が浮かび消えていく。


「父上、ありがとうございます。ビアードに相応しくならように」

 誇らしく笑うビアード公爵から剣を授けられ嬉そうな声が響く姿。


「エイベル、きちんと頭を使わないとリオには勝てませんよ。治してあげますから腕を出してください。無茶はいけません。殿下がお呼びですよ」
「偉そうに。先に言え」
「もう治りましたわ。魔法を使ったことは内緒ですよ。殿下はお待たせしても怒りません。治療優先です」

 レティシアがリオとの手合わせに敗北したエイベルの怪我を治療し、魔法で汚れを落とし見送る姿が浮かび消える。
 必死に訓練するエイベルにため息をついて治癒魔法をかける姿も頻繁に浮かんでいた。


「さすがルーン一族」
「風の天才を引き継ぐのはマールか。やはりターナーの血は優れている。スカウトしたい。まだ婚約者は……」

  レティシアとリオの魔法を初めて見た貴族達から感嘆の声が溢れた。武門貴族が獲物を見つけたような顔をした。
 ルーン公爵は娘の危機感の低さに教育を決めた。ビアード公爵夫人はレティシアを躊躇なく攻撃した息子を青い顔で眺めていた。


「休憩しようか。エイベルも。護衛は休んで」
「殿下の命令ですよ。おかけください。臨機応変を覚えなさい」

 クロードの部屋でレティシアとクロードが話し合いながら内務に励む姿。
 護衛に徹するエイベルをクロードが穏やかな笑顔で誘い、レティシアが耳元で囁き、姿勢を崩さない足を踏んだ。

「嘘だろう!?」
「ルーン嬢が!?」

 レティシアのエイベルとのやり取りに驚くレティシアのクラスメイトが響いた。王族は邪魔さえしなければ咎めず、穏やかな顔で眺めるだけだった。


 クロードがピアノを楽しそうに弾くレティシアを隠れて眺めている姿やリオやエイベルと親しそうに話す姿が浮かび、学生時代を思い出し懐かしそうに眺める貴族も多かった。
 クロードがレティシアを隠れて眺めている姿に一部の貴族は嫌な予感に襲われていた。


 友人との訓練やレティシアとクロードと過ごす様子が頻繁に浮かんだのは四年生までだった。

「レティシア!?貴女が、お人形……」
「ルメラ様、不敬です」
「レティシア様、私は仲良くしたいだけ。クロードも」
「私は貴方と親しくするつもりはありません。許しもなく身分の高い者の名前を呼ぶのは許されません。殿下の名前を敬称もなくお呼びするのも不敬ですわ。立場をわきませてくださいませ。授業がありますので失礼します」

 レティシアがうるんだ瞳のリアナ・ルメラ男爵令嬢を静かに見つめ、いつもよりも冷たい声で話していた。
 レティシアの姿が消え泣いているリアナをエイベルが隣に座り不器用にハンカチを渡した。

「私が悪いの。レティシア様は悪くないの。だから言わないで!!」

 エイベルはリアナが泣き止むまで隣にずっと座っていた。
 それからはエイベルは泣いているリアナを見つけるたびにハンカチを渡して無言で座っていた。

「ありがとう。エイベル様、がんばる。きっと仲良くなれる」

 涙を拭いてニッコリ笑うリアナが頻繁に浮かぶ。
 訓練しているエイベルをリアナを応援している姿も。

「エイベル様は国一番の騎士様!!」

 リアナは輝いており、エイベルがリアナに夢中になっているのは明らかだった。

「嘘だろう!?エイベル様と……」

 リアナと親しい子息がエイベルとの逢瀬に目を見張った。


 訓練場に足を運ぶ令嬢はいないため応援するのはリアナだけだった。レティシアは怪我を治療し、冷笑を浮かべて無茶を嗜めてすぐに去っていく。
 エイベルの記憶には優しいリアナと冷たいレティシアが頻繁に浮かんでいた。


「エイベル、やめなさい。足の怪我を」
「うるさい」
「紳士としてあるまじき言動ですよ。すぐ終わりますよ。いい加減になさいませ。殿下をお守りしたいなら自己管理くらい覚えてくださいませ」

 レティシアが剣を置かないエイベルを魔法で拘束して、治癒魔法をかけた。治療を終えると回復薬を置いて消えていく。

「ルーン様に捕まった?」
「あんなお顔もされるのか。呆れられてもエイベルが悪いよな。羨ましい」
「訓練過多のビアード、」

 ルーンの治癒士はどんな時も治療優先である。何度忠告しても反省しないエイベルにレティシアは呆れながら治療している光景が頻繁に浮かんでいた。エイベルの友人達はレティシアが体調管理をしていたという衝撃の事実に驚いていた。


「レティシア様!!」
「ルメラ様、不敬ですよ。許しなく名前を呼んではいけません」

 バスケットを抱えて愛らしい笑顔のリアナをレティシアが冷たく嗜める。

「クロードにも差し入れを」
「殿下の名前を敬称をつけずに呼ぶのも不敬です。殿下は毒味されたものしか」
「酷い!!私は毒なんて」
「レティ、どうかした?」
「クロード様!!お菓子を」
「不敬ですわ」
「礼はいらないよ。平等の学園だからレティも」
「かしこまりました。どうぞお好きに。失礼しますわ」
「待って、え?放してくれないか」
「クロード様、レティシア様が」

 レティシアを追いかけようとするクロードの腕を抱き、泣きすがるリアナにクロードはハンカチを渡してなだめる光景が頻繁に浮かぶ。


 愛らしい笑顔のリアナと正反対に常に厳しく冷たいレティシア。レティシアがリアナを虐めているように映っていた。クロードの腕をリアナが抱き微笑み合う姿も。

「これがビアード様の記憶。こんな風に見えているのか」

 ただし眺めているのは礼儀に厳しい上位貴族ばかりである。非常識なリアナを排除せず嗜めるレティシアの評価は賛否両論である。
 クロードはエイベルの誤解の始りを穏やかな顔のまま冷たい眼差しで眺めていた。



 足に包帯を巻き泣いているリアナをレオとエイベルが見つめ優しく慰めている。

「エイベル、兄上の妃としてレティシアは相応しくない。わかるだろう?」
「クロード様の騎士に相応しいのはエイベル様。どうか心のままに」

 リアナが手を握りエイベルにニコッと笑い消えた。


「嫉妬に狂ったルーンの才女と兄上のためにも話がしたい。優しい兄上は言えないだろう」
「レティシアはクロード殿下以外の男の呼び出しに応じません」
「エイベルなら呼べるだろう?」
「生徒会室になら」
「内密に話し合いたい」
「王家の呼び出しなら従うかもしれません。レティシアが命を受けるのは家格の高いマールと王家だけ」
「嫉妬に狂い変わり果てた彼女が素直に話を聞くか、またリアナに危害を加えるかもしれない。今回は運よく命が助かった。王族として」

 レオとエイベルがレティシアを教育するための計画を話し合い、呼び出す部屋に魔方陣を仕掛け始めた。


「は?」
「嘘だろう?あの程度で暗殺未遂?」
「なんで話し合うのに魔方陣を、これってまずくないか」

  レティシアによる暗殺未遂と騒いでいるエイベルとレオ。
 レティシアの治癒魔法の恩恵を受けていた子息達、特にエイベルの友人が顔を青くした。




 レオに腕を引かれたレティシアが椅子に座り穏やかな顔でレオと向き合っている。
 リアナ・ルメラ男爵令嬢が階段から落ちたことで暗殺未遂についてレオに糾弾される声が響くも、エイベルはずっとシエルを眺めていた。
 話し合いを諦めて部屋から立ち去ろうとするレティシアの後に控えるシエルがポケットの暗器に手を伸ばした。鍵のかけてある扉を力づくで壊そうとしているシエルが避けない軌道で風魔法で攻撃する。
 シエルの背中がエイベルの風を受けた。


「嘘だろう!?」
「エイベルが!?」

 戦意も武器を持たないシエルへの容赦のない風の刃に顔をしかめた武門貴族の子息達。

「王家への裏切りってまさか」

 エイベルの友人の震える呟きが響いた。







「エイベル!!どうしてですの。ビアード公爵家の者が戦意なき者に攻撃するとは、ビアード家の誇りはありませんの!?どうして、レオ殿下と一緒にいますの」

 目を吊り上げて睨み、冷たい声音で叫ぶレティシアが浮かんだ。
  初めて見る仕草に凝視する夫人達。ビアード公爵夫人の瞳が潤んだ。

「レティシア、お前はやりすぎた。リアナのために仕方ないんだ。女とはいえシエルは強い。お前に害を与える者を許さないだろう。戦場に出れば騎士道なんて守ってられない」

「ここは戦場ではありません。一度も戦場に出た事がありませんのにどの口がいいますの!?真向勝負!!正々堂々の精神はどうしましたの!?貴方、剣術と男気が取り柄ではございませんか!!ビアード公爵が嘆きますわ。魔法さえ使えれば、その性根たたき直してやりますわ!!うっ!?」

 どんなときも冷静で淑やかな令嬢、人形のように常に上品な笑みと落ち着いた声をもつレティシアが声を荒げ、抵抗しても無残に拘束される姿に数人の夫人は震え、多くの当主達が息を飲んだ。
 ルーン公爵夫人とエドワードの眼差しが冷たくなり、クロードが拳を握った。

 意識を失ったレティシアがレオに抱かれて消えていく姿を眺め、リアナに会い笑い合う映像をクロードは感情を殺した瞳で穏やかな顔のまま眺めていた。

「殿下のために。レティシアには資格がない」
「俺に言えば必要なら言い聞かせた。お前と違って俺と殿下の言葉は聞くんだよ。俺達に言えないなら正式に抗議すればいいだろうが!!なんで殿下に渡した!!シアが死んだら殺してやる」
「殿下は話し合うだけだと」
「シアがサラ様にどれだけ嫌がらせをされてきたか忘れたのか!?治癒魔法でどんな毒も解毒できても、水魔法を封じられたシアは無力だ。自衛もできない。わからないのか!?話し合うだけならなんで魔封じ仕掛けたんだよ!!そうか、そうだよな。年下で小柄な訓練をしないシアの結界はお前には破れない。口でも敵わない。私情に狂ってるのはシアじゃなくお前だろうが!!」


 常に余裕のある爽やかな笑みを浮かべるリオが鬼のような顔でエイベルを殴っていた。

「レティにレオ達を近付けないようにずっと命じていたのを忘れたか。私のためか。リオ、任せるよ。私の護衛からは外して。生徒会役員からも除名する。残念だよ」
「殿下?」

 リオに殴られるエイベルに背を向けて立ち去るクロード。


「殿下の命令です。ご用があれば正式な手続きをお願いします。今日は誰とも面会されません」

 クロードの侍従がエイベルに穏やかな笑みを浮かべて礼をした。

「すぐに仲直りできるよ。マール様もお許しくださるよ」


「レオ殿下とルーン様が逢い引きしてたわ」
「あら?まぁ、これは」
「クロード殿下が知ればどうなるかしら。お優しい殿下はお人形にはもったいないわ」
「彼女には資質がなかったんだろう」
「ルーンは休学。復学は未定だ」


「マール、なんでだ。俺は」
「俺の前によく顔を出せたな。脳筋らしく護衛にだけ徹していればいいものを。お前と話すことはない」

 冷たい眼差しのリオやエイベルを慰める生徒達が浮かぶ。

「レティシア、おかしい。どうして俺が殿下に遠ざけられた?」

「姉上は療養中です。ルーンはビアードを本邸に招くことはありません。ルーンの精鋭の力を試したければ遠慮なく。治癒魔法は簡単に人を殺せる魔法ですよ。攻撃の風、防御の水と認識されてますが、水は時に火や風よりも命を奪います」
「レティシアにいつ会える?」
「知らないんですか。姉上は意識不明です。僕はルーン公爵家嫡男として貴方が姉上に会うのを許しません。正式に裁かずとも僕は生涯忘れません。次、訪問されれば不敬で咎めますのでお忘れなく」



 クロードはレティシアの療養の事情を知り、ざわめく貴族を気にせず流れる映像を見ながら思考にふける。
 クロードはエイベルが劣等感を持ち、成長に伸び悩んでいるのを知っていた。
 エイベルよりも風魔法を巧みに操り、一歩も動かず全勝するリオ。
 学園一の治癒魔導士であり、エイベルには破れない防御結界を作るレティシア。
 常に空き時間は訓練をしていたエイベル。
 努力を人に見せないレティシアと秀才リオへの劣等感は自分で克服すべきと介入しなかった。
 強さだけを求められるエイベルよりもクロードとレティシアは厳しい環境で教育を受けていた。誰かを羨み悩む時間があるなら次の課題が与えられ、常に上を目指すことを求められてきた。


 クロードはエイベルがリアナと親しくなり次第にレティシアに不信を持っていく様子に気付かなかった自分の鈍さに拳を強く握った。クロードの前では無口なエイベルがレオに取り込まれていたのも。
 幼馴染みであり、忠臣ビアード一族への信頼に目が曇っていた自分を心の中で罵る。
 後悔したエイベルが苦しそうに両親に罪の告白をした姿を見ても許せるほどクロードは器の広い男ではない。幼馴染の少女を問題児のレオに預けるなど正気の沙汰には思えなかった。

「私にとってリオ兄様はお兄様ですが、周囲の目は違います。王妃は清廉潔白であるべき。火のないところでも火事がおきるのが社交界ですわ。醜聞になりかねないのでマール様、これからは従兄ではなくマール公爵子息としてのお付き合いを心がけます。よろしくお願いします」
「は?」
「ではお願いします。失礼しますわ」

 入学とともに一番懐いていたリオを遠ざけたレティシア。異性とは一定の距離を保ち、親しくすることも二人になることもレティシアが避けているのを知っていたエイベル。
 エイベルは幼馴染みの少女が築き上げたものを無自覚で壊したことに気付いていない。
 最後まで記憶を見てクロードのためと言われても軽蔑と憎悪しかない。父親の命令でもエイベルを裁かず現状維持は受け入れがたく、影にレティシアと自分に近付けないように厳命していたのに後悔はない。


 ビアード公爵は意識を失った息子を捕縛した。
 忠義のビアード公爵家の嫡男が恋に狂い冷静な判断ができずに公爵令嬢の誘拐に携わった。生まれた時から用意されていた輝かしい道が崩れ落ちた瞬間だった。



 *****

 王宮で記憶さらしが行われ緊迫した空気に支配されている頃レティシアはリオに好物の蜂蜜菓子を渡され、上機嫌でお茶をしていた。
 リオはレティシアとの面会の条件に外の情報を伝えないようにルーン公爵夫人から厳命されている。シエルが見張りについているので余計なことを話せば武力行使である。
 リオは実はレティシアがルーン公爵家で溺愛されているのを知っていた。フラン王国一の暗殺部隊を持ちシエルが訓練を受けていることも。

「美味しい」
「食べ終わったら外を歩くか?」
「まだお父様の許しがでません。視察に行けるのはまだ先ですわ」
「庭園までなら大丈夫だろう。抱き上げようか?」
「歩けますわ」

 リオはシエルの咎める視線を受けてレティシアを抱き上げる。
 久しぶりに庭園の泉に足をつけて嬉しそうに笑うレティシア。リオは風で乱れたレティシアの髪を手櫛で整えながら、夕焼け空を眺める。

「泳ぐのは駄目だ」
「かしこまりました」

 水の中で泳ぐのが好きな従妹が泉に魔力を流して遊んでいるのは見逃した。
 クロードの無茶によりレティシアのぶっ飛んでいる思考が周囲に知られ混乱を呼んでいるだろう王宮を思い浮かべ笑う。
 さらなる無茶が待っているなど二人は気付くことなく穏やかな時間を過ごしていた。
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