皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

リーンと研究

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ルオとリーンのお忍びからしばらくして連日リーンは専用の厨房に籠っていた。
離宮を建てる際のリーンの要望で作ってもらった場所だった。
最近は視察の予定が減ったので空き時間が多く暇だった。
リーンは知り合いの商人達に小国でも育ちやすい作物と見慣れない作物があれば売ってほしいと頼み、芋という珍しい食材を手に入れた。
飢饉はいつおこるかわからない。
民が飢えないように、強くて育ちやすい食物を探していたリーンは離宮の庭に作ってもらった畑で芋を育て始めた。
離宮を好きにしていいとリーンは許可をもらっていた。
警備の関係上、人の出入りだけはルオの確認が必要だったが。
リーンは商人から芋を全部買い取り、栽培と同時に珍しい芋料理の研究に夢中だった。
芋はお腹にたまるので、リーンはルオと食事の席を共にしてもお茶しか飲めない。

「ごめんなさい。先に食べました」
「いや、いいんだけど……」

リーンは食事の用意はいらないとあらかじめ伝えている。イナが淹れたお茶を飲みながら料理を食べるルオに微笑む。
ルオは自分の前で全く食事をしないリーンの様子を不審に思っていた。
数日なら目を瞑った。
しかし半月も続けば心配になる。

「リーンはきちんと食事をしているのか?」

ルオは駄目元でイナに尋ねた。

「気配を消してお昼に厨房に来てください。失礼します」

イナは詳細は教えないが一言だけ伝える。
リーンの意向に添わなくても、リーンのために必要なことだった。
ルオが厨房に行くと、リーンと家臣達が食事していた。

「姫様、さすがに飽きたんですが」
「自ら試食しなくても。殿下も心配されてたでしょ?」

リーンは嫌そうな顔をする家臣に毎回同じ言葉を伝える。

「民に流行らせる前に調べないといけないの。どんな料理があるか、栄養価も。それにまだ試作の段階で、ルー様に説明するほどじゃない。最近忙しそうだもの」
「殿下も声を掛ければきっと召し上がってくれると思いますよ。姫様の手作りって言えばいくらでも」
「栄養価がわからない怪しい物を食べさせるわけにはいかない。この国の後継はルー様しかいないから大事な御身を危険にさらすわけにはいかない」
「考えすぎですよ」
「大国とは違うのよ。もしもがあれば手遅れよ」

ルオはリーンが畑を始めたことは知っている。
細い腕で農具を持ち、土を耕そうとする姿に慌てて止めて、庭師に命じて畑を作らせた。

「リーン!?待って!!持たないで。下ろして!!」
「ルー様?」
「畑が欲しいなら作らせるから。すぐに。危ないから」
「気にしないで。大丈夫だから」
「いや、庭師を呼んで、すぐに」

遠慮するリーンの農具を強引に奪った。
リーンは研究する時は場所の相談以外は話さない。
話を聞いても報告段階ではないと言われるだけだった。
研究は自身で動き、臣下を使う様子がなくリーンの臣下も動く様子はなかった。
畑の世話もリーンが一人で行い、ルオが手伝うのも笑顔で断られた。

ルオは不穏な会話を聞きながら、これからはきちんと問いただすことを決めた。
そして今まで放置したことを反省した。

「姫様、後ろ」

リーンは後ろに振り向くと、壁に背を預けるルオに驚き首を傾げる。
ルオが厨房に顔を出すのは初めてだった。

「ルー様、どうしました?」
「休憩中。不穏な会話がきこえたんだけど、どういうこと?」
「まだ報告する段階ではありません」

笑顔のリーンにルオは今回は引く気はなかった。
皇太子妃自ら、毒味なんて許すつもりは一切ない。

「リーン、離宮でのことの責任者は?」
「ルー様です」
「今度から研究関係は全部俺に報告をあげて。案の初期段階から。俺はリーンのためならいくらでも時間は作るよ」
「え?」
「離宮を自由にする許可も撤回する。俺に報告してからにして。やっぱり研究班を作ろうか。前々から考えていたんだ。リーンは指示を出すだけでいい」

リーンは自分の研究をルオに口出されるとは思わなかった。
皇太子の立場で報告を求められたのも初めてだった。

「趣味ですし、成果があるか」

成果の見込みがあるかわからない研究は国として必要ない。わざわざ研究者を雇うほどではないという言葉をルオは最後まで言わせなかった。

「別に成果は気にしなくていいよ」
「予算が」
「予算は余裕があるよ。今はリーンの考えた氷菓子目当てに滞在する貴族が落としてくれるだろう?まずリーンが全然使わないから、俺達への予算も余っている」
「研究者が信頼できるかわかりません」
「宮殿に一室用意するよ」

リーンはルオが引かないことがわかり頷くしかなかった。
こんなに強情なルオは初めてだった。

「わかりました。よろしくお願いします」

一段落したのを確認し、イナはルオに芋料理を差し出した。

「殿下、よければどうぞ」
「イナ!?」

ルオは椅子に座り、目の前に置かれた料理を口に入れる。

「ルオ!?それは貴方が口にいれるものでは」

リーンの非難する言葉をルオは聞こえないフリをした。

「リーンが作るなら俺の分も用意してよ」
「はい?」
「愛しい妻が自分以外に腕を振るうなんて、面白くない」
「実験ですよ?」

リーンは鈍かった。
リーンが食事を共にしない数だけ、目の前の男達にも料理を振る舞っていたのはルオとしては不愉快である。

「リーンにとってはそうでも俺には違う。あと俺より体の弱いリーンにこそ栄養価の高い物を口にしてほしい。それに調べたいなら、兵舎の料理人に命じるよ。兵達に食べさせてデータをとればいい。あいつらの体は頑丈だ。料理の研究は料理人の本業だろう?」
「それは」
「俺は絶対にリーン以外を娶らない。リーンに何かあったら皇族の血が絶えるから覚えておいて。夜からは食事を共にしてくれる?」

「凄い。殿下が姫様に勝ってる」
「あんなに振り回されてたのに」

臣下達の称賛は二人には聞こえず、リーンはなぜか不機嫌なルオに戸惑っていた。
そして瞳を逸らさない譲るつもりのないルオに諦めて頷く。
論破はできても、皇太子が全権を持つ離宮で無理矢理進めるべきではない。それにルオの提案は効率的であり、予算に余裕があるなら反対する理由もなかった。

「わかりました。芋の研究からは手を引きます」
「俺のために料理するならいいけど、他は面白くない」
「ルー様のこだわりがよくわかりません。まさかと思いますが、公私混同してません?」
「さあね。俺これでも皇太子だから、ある程度の我儘許されるし」

悪びれもなく笑うルオの言葉に拍手が沸き起こった。

「さすが殿下。お見それしました」
「これで芋生活から解放される!!」
「俺はこのままでも良かったけど」
「お前みたいに姫様のために尽くすことが生きがいの人間ばかりじゃないんだよ」

リーンの臣下はこの件に関しては薄情だった。
リーンに心酔する一人の護衛騎士以外は毎日の芋料理に飽き飽きしていた。
大国貴族は美食家である。王族らしく頑固なリーンが譲らないので不本意でも付き合っていた。
リーンは自分の薄情な部下を睨みつける。
ルオは気にせず、イナに差し出される料理を黙々と食べていた。
目の前の芋づくしの料理を毎日リーンが食べていたとは違う意味で心配になった。腹は膨れても栄養価は低そうだった。
そしてリーンは食が細い。
今度からリーンの食事に気をつけようと決めたルオだった。
後日皇太子直轄の研究所が作られた。
宮殿に一室のつもりが、リーンの願いと聞いた貴族が寄付を出し立派な研究所が建設された。
この研究所では分野を問わず様々な研究がされ、小国に多くの富をもたらすことになる。民の暮らしを豊かにするために作られた研究所が皇太子の嫉妬が原因で作られと知るのは一部の者だけだった。

***

リーンは研究所の視察にルオと共に来ていた。
ここはリーンのための研究所ではなく、ルオが医療の研究のために作った場所だった。
小国の医療研究所の設立を聞いた大国が設備投資を申し出、愛娘のために国王個人として惜しみない資金援助をした。
ルオは恐縮したが、リーンに説得されて甘えて受け取ることにした。ルオにとっては巨額でもリーンにはお気持ち程度の施し。なにより小国が大国の施しを断るのは無礼だった。
おかげでルオの想定よりも立派な研究所が建てられた。
リーンは一人の研究員を凝視し、ルオに頼んで別室に研究員を呼び寄せる。

「どうしてここにいるの!?」
「リーン、元気そうだな」

研究員に詰め寄るリーンと、親しげな男の様子にルオは眉間に皺を寄せる。

「お兄様もお元気そうで、違いますよ。なんでここに」
「おもしろい研究所の話を聞いてさ。研究員は出身国に関係なく有能で犯罪歴がなければ受け入れるなんてさ。しかも中々手厚い。大国と違って制約も緩いから自由気ままに研究ができる。そんなの知ったらいくしかないだろう?」

相変わらず自由な兄の様子に、リーンは兄の首元から手を離した。

「手紙をくれれば手配しました」
「一研究者として乗り込むことに意義があるんだ」
「お父様が心配します」
「父上は気にしない。俺が世界を渡り歩き成果を持ちかえれば何も言わない。この国にいることは言っていない」

ルオは二人の会話についていけなかった。ただルオの心配するような関係ではないことはわかった。
ルオは大国の王子に礼をした。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「挨拶はいらない。単なる研究員だ。妹が迷惑をかけてすまない」
「私は迷惑なんてかけてません」
「どうだろうな。元気そうで安心したよ。義弟よ、これの扱いに困れば相談にのるよ」
「お兄様はどこにいるかわからないので、相談しようがありません」
「リーンなら探せるだろう?しばらくはこの国にいるよ。ここまで研究できる環境が整うとは」
「大国の王子が小国で研究員なんて」
「人生楽しく生きないとな。王族の務めは果たしているから安心しろ」

ルオは二人の様子に優秀なのに時々ぶっ飛んでいる感じがそっくりだと思っていた。
ルオはリーンが好きでも、変わっていることはよくわかっていた。
リーンの言う王国の王族は変人と言う言葉を思い出し、きっと弟も変わっているのだろうと思いながら二人を見守る。
オルの横暴に振り回されていたルオは穏やかで柔軟な思考の持ち主だった。
リーンは思慮深く、計算高かった。ただ計算しすぎて目論見を誤ることがあった。
正反対の二人はお互いに補い合っていくことで小国は徐々に力をつけていった。
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