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番外編
リーンの秘密
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リーンは執務室に訪ねてきたルオの言葉に首を傾げる。
ルオはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「明日、休みだから出かけないか?」
「視察?」
「違うよ。遊びにいかないか?」
リーンには急ぎの仕事はない。
だが皇帝から任される仕事が増えているルオは多忙だった。
「休みならゆっくり休んで」
「二人でベッドで過ごすのもいいけどさ。せっかくだからお忍びしよう」
リーンはルオの言葉通りなら休めないと知っている。
逆に体が疲れることをしている様子が脳裏に浮かび、ほんのり頬を染めたリーンの頭に浮かんだことは気づかないふりをして戸惑う妻に言葉を重ねる。
ルオは体力と剣には自信があった。
「俺さ外交はできないけど、腕なら自信あるよ。俺がいれば命の危険はない。視察以外で離宮を出たことないだろう?」
自分より忙しいのにリーンに息抜きをさせようとしている夫の気遣いが嬉しかった。多忙な夫が心配でも熱心に誘われ断るのは気が引けた。それにリーンもすれ違いが多いルオと一緒に過ごしい気持ちはあった。
「旦那様の言葉に従います」
「決まりだな。また後でな」
「はい。いってらっしゃいませ」
リーンの言葉に満足そうに笑って執務室を出て行くルオを見送り、後で何か差し入れしようかと考え始める。
多忙なルオを休憩させるのはリーンの大事なお役目になっていた。どんな時でもリーンを嬉しそうな笑顔で迎えるルオに胸がくすぐったく、幸せそうな顔で差し入れを食べる姿を見ている時間も好きだった。
優秀なリーンの臣下はお忍びの相談を堂々とする二人に突っ込みはいれない。
***
翌朝、ルオの腕の中でリーンは目をさました。
ルオはリーンが寝てから帰り、目覚める前に出て行く日が続いていた。
リーンは久々の夫の腕を堪能しようと左胸に耳を当てる。リーンはルオの心臓の音を聴くのが好きだった。
しばらくするとルオが目を開ける。
「起きるか?」
「もう少しだけ」
ルオは抱きつく妻の髪を梳きながら、気がすむまで好きにさせることにした。
ルオはリーンに見惚れても平静を装えるほどの余裕はできた。リーンに面会を求める貴族や王子を見て腹を括り、格好つけるのはやめて、正直に生きることにした。
リーンが愛しく、可愛いくてたまらないことを口に出し抱きしめる。
心臓の鼓動は速いし、ぼんやりするけど、我に返ってもリーンが腕の中にいることが幸せだった。
最初は戸惑っていたリーンが段々甘えてくるようになったのもたまらなかった。
ようやく自分の胸から顔を上げた妻に口づけをおとすと、ふんわりした笑みに見惚れた。甘える妻に手を出さないように自制心を総動員してルオは起きあがる。
今日はどうしてもやりたいことがあった。
「これ、着てくれないか?」
リーンはルオに渡された簡素なワンピースを身に纏った。
ルオはどんな姿も可愛いリーンに頬を緩ませ帽子を被せ、王家の紋章のない馬車に乗る。人通りの少ない道で場所を降り、人が賑わう街を目指すためルオは強引にリーンの手を繋いでゆっくりと歩き出す。
指を絡め合って手を繋いで歩くのになぜか頬が赤くなる自分が恥ずかしくてリーンはルオの腕に抱きつく。
ルオはリーンの様子に顔がニヤけるのを我慢した。
最近、リーンが向ける恋い焦がれた顔が堪らなかった。
「ルー様」
「今はルオでいい」
リーンは優しく笑うルオに頬を染めて頷く。
街は祭りのため人で賑わい広場では音楽に合わせて民が楽しそうに踊っていた。
「踊るか?」
首を横に振り、ベンチを指さすリーンの希望でベンチに座る。リーンはルオに寄り添いながら賑わう人々をぼんやり眺めていた。
ルオとゆっくりするのは久しぶりなのでリーンは離れたくなかった。ふとリーンの中で懐かしい記憶が浮かんできた。
「まさかまた見られるとは思わなかった」
リーンは大国に貴国してからは、王族らしく務めていた。
お忍びをする気はなく、立場上許されないこともわかっていた。
感慨深く零す言葉にルオは笑う。
「リーンが願うならいくらでも連れてくるけど」
ルオにとってお忍びなんて簡単である。
宮殿を抜け出すことも。
今は護衛を隠して連れていたが、皇族の身分を隠してお忍びを手配するのは容易いことだった。
「そういえばルオはお忍びが趣味だったね」
「よく宮殿を兄上と抜け出していたからな」
リーンは同じようなお忍び好きの兄を思い浮かべた。
「どこの王族も曲者ばかり」
「俺は大国の王族はリーンしか知らないからな」
「外見に騙されないでね」
リーンの外交や交渉手腕はルオには真似できない。
相手をのせて、気づくと契約をすませている手腕は詐欺のようだった。
ルオにとって相手が上機嫌で商談を終わらせているのが一番怖かった。リーンが外交を担ってからは国力が負ける国にさえ小国が不利になる契約を結ぶことは一度もなかった。
「情けないけど、会うときは側にいてほしい。カモにされる未来しかみえない」
気まずい顔のルオにリーンは笑う。
苦手なことを正直に口に出す所は好感を持っていた。ルオの苦手はリーンが補うつもりだった。
小国は大国と違って穏やかな国であり貴族同士の騙し合いもほとんど行われない。
大国王族なら簡単に操れる貴族ばかりで溢れていた。
リーンも時々貴族達の人の良さを利用している。このぬるま湯のような環境で育ったルオには曲者のいる他国とのやり取りは任せられず、大国の王族には会わせたくなかった。
「もちろん。お兄様達相手でも負けないように頑張るわ。私は皇太子妃だもの。それに笑顔を見ると力がわくから」
リーンは大国も家族も民も大事である。
大国の王族としては小国が大国のためになるように動かないといけない。
リーンは小国を豊かにして、大国に利のある同盟国とするつもりである。
大国は小国が友好国として、敵対しないことを示しているうちは牙を向けない。
小国が大国に刃向かうならリーンは内部から壊すか、間者として国王に報せなければいけない。
歴代の他国に嫁いだ姫の役割だった。
嫁ごうとも大国の王族としての役割が一番と大国の姫は教え込まれる。
他国の国主に嫁げるのは、国王が認める優秀な者だけであり、姫達は嫁いだ国に自分の役割を悟らせることはなかった。思惑を隠し嫁いだ国の正妃としての役目も全うしている。国王の御眼鏡に敵わない姫は自国の貴族か他国の王族以外に嫁がせられる。友好の証の駒として。
有能な姫を輩出するために、国王はたくさんの妃を娶っている。
姫の役割を知るのは国王と宰相と国主に嫁がされた姫達だけ。一部察している者もいるが決して口にすることはない。
昔のリーンなら躊躇いなくできた。でも今は嫌だった。
だからリーンは小国の民やルオのためにうまく動く。小国が大国とずっと友好国でいられるように。
ルオはリーンを騙さないと約束してくれた。
でもリーンはルオを騙して、手を回していくつもりだった。
「力?」
ルオの言葉でリーンは我に返る。
ルオの視線が目の前の民衆にあり、自身が冷たい顔をしていないことに安堵し、民に向けるための表情を纏う。
「うん。私達には権力がある。上手に使えばたくさんの人を幸せにできる。生きれることは尊いことだから。でも生きるだけでは幸せにはなれない」
慈愛に満ちた顔で民を見ている年下の妻は綺麗だった。
そしてルオにはない熱意だった。
「リーンはよくそんなに民の為に熱心になれるよな」
「民と国のために生きるのが王族のさだめだもの。今は皇族ね。それに私を生かしてくれたのは大国民とお父様達。いずれ恩を返さないと」
「大国にいたかった?」
リーンはルオが優しくて誠実なことは知っている。
大国の利が一番と育てあげられる大国の姫であるリーンをルオは知らない。
リーンはルオに表向きの言葉を伝える。
「ううん。大国にいても私は役に立たないから。王家の姫の役目は他国に嫁いで、両国に繁栄をもたらすことだもの」
「そうか……。俺はリーンほどの志は持てないんだよな」
リーンはしみじみと呟くルオが真剣に政務に取り組む姿を知っている。
ルオが自分の価値に気付かないから、リーンはルオのことはその分自分が大事にしようと決めていた。
それにリーンは自分の思い入れが強すぎることを気付いている。リーンは大国の他の姫たちと境遇が違った。
「私は大国の姫でなければこんなに生きられなかった。誰よりも王族として恩恵を受けてきた。お父様やお兄様が私のために病を治す薬を探してくれた。多大な時間とお金をかけて。」
リーンは自分の病を治す方法を父と兄が必死に探してくれたことを知っていた。王族なのに、務めを果たさない自分は姫としての価値はなかった。それでも父達はリーンに生きることを望んでくれた。
「え?」
リーンの言葉に驚く夫の声に小さく笑う。
大国では有名でも離れた小国には伝わっていなかった。
「聞いてないの?体が弱い深窓のリーン姫の話を。縁談相手のことはしっかり調べないと。でもルオは仕方ないか」
リーンはルオが大国に訪問した事がなく、自分達の婚姻の事情を思い出し静かに昔話を始める。
ルオは病弱だったというリーンと、子供時代のことを穏やかに話す妻とが同一人物に思えなかった。
自分と出会った時は元気そうに見えていた。ただリーンは色白で華奢であり、ルオは大国の人間の特徴なのかと思っていた。ルオは大国の女性貴族はリーンしか認識していない。
リーンの臣下が大国貴族ばかりで健康的な肌色を持つイナが伯爵令嬢とも知らない。
「今は大丈夫なのか?」
「うん。普通の人ほど強くはないけど。でもお兄様に死にやすいから病気になったら報せなさいって言われてる。変人だけど、私のお兄様は優しくて心配性なの」
笑いながら聞かされる内容はルオにとっては笑いごとではなかった。
自分の体に寄り添い微笑むリーンがいなくなるなど考えたくない。
ルオはリーンを貧困地域や病が蔓延する場所に近づけないことを決め、帰ったらリーンの視察の予定を組み直す予定を立てた。
そして医療整備を整えることも。
小国の医療は大国には及ばない。
リーンが病に罹って、薬が間に合わずに死ぬなんて耐えられない。
せっかく巡ってきた幸運な日々を手放したくないルオは皇太子の地位に初めて感謝した。
国を大きくすれば力が手に入る。リーンとの穏やかな時間のためなら……。リーンが民の様子に微笑みかける顔を見て、リーンの心を手に入れるためじゃなく自分のために皇帝になることを決めた。
リーンとの幸せな時間を作るためなら、権力はいくらあっても邪魔じゃない。リーンが笑ってくれるならなんでもできる気がした。
思わず抱きしめると静かに自分の胸に体を埋め、そっと背中に手を回すリーンがルオは愛しくてたまらなかった。
ルオはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「明日、休みだから出かけないか?」
「視察?」
「違うよ。遊びにいかないか?」
リーンには急ぎの仕事はない。
だが皇帝から任される仕事が増えているルオは多忙だった。
「休みならゆっくり休んで」
「二人でベッドで過ごすのもいいけどさ。せっかくだからお忍びしよう」
リーンはルオの言葉通りなら休めないと知っている。
逆に体が疲れることをしている様子が脳裏に浮かび、ほんのり頬を染めたリーンの頭に浮かんだことは気づかないふりをして戸惑う妻に言葉を重ねる。
ルオは体力と剣には自信があった。
「俺さ外交はできないけど、腕なら自信あるよ。俺がいれば命の危険はない。視察以外で離宮を出たことないだろう?」
自分より忙しいのにリーンに息抜きをさせようとしている夫の気遣いが嬉しかった。多忙な夫が心配でも熱心に誘われ断るのは気が引けた。それにリーンもすれ違いが多いルオと一緒に過ごしい気持ちはあった。
「旦那様の言葉に従います」
「決まりだな。また後でな」
「はい。いってらっしゃいませ」
リーンの言葉に満足そうに笑って執務室を出て行くルオを見送り、後で何か差し入れしようかと考え始める。
多忙なルオを休憩させるのはリーンの大事なお役目になっていた。どんな時でもリーンを嬉しそうな笑顔で迎えるルオに胸がくすぐったく、幸せそうな顔で差し入れを食べる姿を見ている時間も好きだった。
優秀なリーンの臣下はお忍びの相談を堂々とする二人に突っ込みはいれない。
***
翌朝、ルオの腕の中でリーンは目をさました。
ルオはリーンが寝てから帰り、目覚める前に出て行く日が続いていた。
リーンは久々の夫の腕を堪能しようと左胸に耳を当てる。リーンはルオの心臓の音を聴くのが好きだった。
しばらくするとルオが目を開ける。
「起きるか?」
「もう少しだけ」
ルオは抱きつく妻の髪を梳きながら、気がすむまで好きにさせることにした。
ルオはリーンに見惚れても平静を装えるほどの余裕はできた。リーンに面会を求める貴族や王子を見て腹を括り、格好つけるのはやめて、正直に生きることにした。
リーンが愛しく、可愛いくてたまらないことを口に出し抱きしめる。
心臓の鼓動は速いし、ぼんやりするけど、我に返ってもリーンが腕の中にいることが幸せだった。
最初は戸惑っていたリーンが段々甘えてくるようになったのもたまらなかった。
ようやく自分の胸から顔を上げた妻に口づけをおとすと、ふんわりした笑みに見惚れた。甘える妻に手を出さないように自制心を総動員してルオは起きあがる。
今日はどうしてもやりたいことがあった。
「これ、着てくれないか?」
リーンはルオに渡された簡素なワンピースを身に纏った。
ルオはどんな姿も可愛いリーンに頬を緩ませ帽子を被せ、王家の紋章のない馬車に乗る。人通りの少ない道で場所を降り、人が賑わう街を目指すためルオは強引にリーンの手を繋いでゆっくりと歩き出す。
指を絡め合って手を繋いで歩くのになぜか頬が赤くなる自分が恥ずかしくてリーンはルオの腕に抱きつく。
ルオはリーンの様子に顔がニヤけるのを我慢した。
最近、リーンが向ける恋い焦がれた顔が堪らなかった。
「ルー様」
「今はルオでいい」
リーンは優しく笑うルオに頬を染めて頷く。
街は祭りのため人で賑わい広場では音楽に合わせて民が楽しそうに踊っていた。
「踊るか?」
首を横に振り、ベンチを指さすリーンの希望でベンチに座る。リーンはルオに寄り添いながら賑わう人々をぼんやり眺めていた。
ルオとゆっくりするのは久しぶりなのでリーンは離れたくなかった。ふとリーンの中で懐かしい記憶が浮かんできた。
「まさかまた見られるとは思わなかった」
リーンは大国に貴国してからは、王族らしく務めていた。
お忍びをする気はなく、立場上許されないこともわかっていた。
感慨深く零す言葉にルオは笑う。
「リーンが願うならいくらでも連れてくるけど」
ルオにとってお忍びなんて簡単である。
宮殿を抜け出すことも。
今は護衛を隠して連れていたが、皇族の身分を隠してお忍びを手配するのは容易いことだった。
「そういえばルオはお忍びが趣味だったね」
「よく宮殿を兄上と抜け出していたからな」
リーンは同じようなお忍び好きの兄を思い浮かべた。
「どこの王族も曲者ばかり」
「俺は大国の王族はリーンしか知らないからな」
「外見に騙されないでね」
リーンの外交や交渉手腕はルオには真似できない。
相手をのせて、気づくと契約をすませている手腕は詐欺のようだった。
ルオにとって相手が上機嫌で商談を終わらせているのが一番怖かった。リーンが外交を担ってからは国力が負ける国にさえ小国が不利になる契約を結ぶことは一度もなかった。
「情けないけど、会うときは側にいてほしい。カモにされる未来しかみえない」
気まずい顔のルオにリーンは笑う。
苦手なことを正直に口に出す所は好感を持っていた。ルオの苦手はリーンが補うつもりだった。
小国は大国と違って穏やかな国であり貴族同士の騙し合いもほとんど行われない。
大国王族なら簡単に操れる貴族ばかりで溢れていた。
リーンも時々貴族達の人の良さを利用している。このぬるま湯のような環境で育ったルオには曲者のいる他国とのやり取りは任せられず、大国の王族には会わせたくなかった。
「もちろん。お兄様達相手でも負けないように頑張るわ。私は皇太子妃だもの。それに笑顔を見ると力がわくから」
リーンは大国も家族も民も大事である。
大国の王族としては小国が大国のためになるように動かないといけない。
リーンは小国を豊かにして、大国に利のある同盟国とするつもりである。
大国は小国が友好国として、敵対しないことを示しているうちは牙を向けない。
小国が大国に刃向かうならリーンは内部から壊すか、間者として国王に報せなければいけない。
歴代の他国に嫁いだ姫の役割だった。
嫁ごうとも大国の王族としての役割が一番と大国の姫は教え込まれる。
他国の国主に嫁げるのは、国王が認める優秀な者だけであり、姫達は嫁いだ国に自分の役割を悟らせることはなかった。思惑を隠し嫁いだ国の正妃としての役目も全うしている。国王の御眼鏡に敵わない姫は自国の貴族か他国の王族以外に嫁がせられる。友好の証の駒として。
有能な姫を輩出するために、国王はたくさんの妃を娶っている。
姫の役割を知るのは国王と宰相と国主に嫁がされた姫達だけ。一部察している者もいるが決して口にすることはない。
昔のリーンなら躊躇いなくできた。でも今は嫌だった。
だからリーンは小国の民やルオのためにうまく動く。小国が大国とずっと友好国でいられるように。
ルオはリーンを騙さないと約束してくれた。
でもリーンはルオを騙して、手を回していくつもりだった。
「力?」
ルオの言葉でリーンは我に返る。
ルオの視線が目の前の民衆にあり、自身が冷たい顔をしていないことに安堵し、民に向けるための表情を纏う。
「うん。私達には権力がある。上手に使えばたくさんの人を幸せにできる。生きれることは尊いことだから。でも生きるだけでは幸せにはなれない」
慈愛に満ちた顔で民を見ている年下の妻は綺麗だった。
そしてルオにはない熱意だった。
「リーンはよくそんなに民の為に熱心になれるよな」
「民と国のために生きるのが王族のさだめだもの。今は皇族ね。それに私を生かしてくれたのは大国民とお父様達。いずれ恩を返さないと」
「大国にいたかった?」
リーンはルオが優しくて誠実なことは知っている。
大国の利が一番と育てあげられる大国の姫であるリーンをルオは知らない。
リーンはルオに表向きの言葉を伝える。
「ううん。大国にいても私は役に立たないから。王家の姫の役目は他国に嫁いで、両国に繁栄をもたらすことだもの」
「そうか……。俺はリーンほどの志は持てないんだよな」
リーンはしみじみと呟くルオが真剣に政務に取り組む姿を知っている。
ルオが自分の価値に気付かないから、リーンはルオのことはその分自分が大事にしようと決めていた。
それにリーンは自分の思い入れが強すぎることを気付いている。リーンは大国の他の姫たちと境遇が違った。
「私は大国の姫でなければこんなに生きられなかった。誰よりも王族として恩恵を受けてきた。お父様やお兄様が私のために病を治す薬を探してくれた。多大な時間とお金をかけて。」
リーンは自分の病を治す方法を父と兄が必死に探してくれたことを知っていた。王族なのに、務めを果たさない自分は姫としての価値はなかった。それでも父達はリーンに生きることを望んでくれた。
「え?」
リーンの言葉に驚く夫の声に小さく笑う。
大国では有名でも離れた小国には伝わっていなかった。
「聞いてないの?体が弱い深窓のリーン姫の話を。縁談相手のことはしっかり調べないと。でもルオは仕方ないか」
リーンはルオが大国に訪問した事がなく、自分達の婚姻の事情を思い出し静かに昔話を始める。
ルオは病弱だったというリーンと、子供時代のことを穏やかに話す妻とが同一人物に思えなかった。
自分と出会った時は元気そうに見えていた。ただリーンは色白で華奢であり、ルオは大国の人間の特徴なのかと思っていた。ルオは大国の女性貴族はリーンしか認識していない。
リーンの臣下が大国貴族ばかりで健康的な肌色を持つイナが伯爵令嬢とも知らない。
「今は大丈夫なのか?」
「うん。普通の人ほど強くはないけど。でもお兄様に死にやすいから病気になったら報せなさいって言われてる。変人だけど、私のお兄様は優しくて心配性なの」
笑いながら聞かされる内容はルオにとっては笑いごとではなかった。
自分の体に寄り添い微笑むリーンがいなくなるなど考えたくない。
ルオはリーンを貧困地域や病が蔓延する場所に近づけないことを決め、帰ったらリーンの視察の予定を組み直す予定を立てた。
そして医療整備を整えることも。
小国の医療は大国には及ばない。
リーンが病に罹って、薬が間に合わずに死ぬなんて耐えられない。
せっかく巡ってきた幸運な日々を手放したくないルオは皇太子の地位に初めて感謝した。
国を大きくすれば力が手に入る。リーンとの穏やかな時間のためなら……。リーンが民の様子に微笑みかける顔を見て、リーンの心を手に入れるためじゃなく自分のために皇帝になることを決めた。
リーンとの幸せな時間を作るためなら、権力はいくらあっても邪魔じゃない。リーンが笑ってくれるならなんでもできる気がした。
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