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逆鱗

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悲しい顔のドログをマイケルが睨んでいる時、ヘンリエッタの耳に少年の声が聞こえた。
ここでは歌えないとヘンリエッタが話すと少年は告げ口すると拗ねた。横暴に慣れているヘンリエッタは少年のリクエストである騎士の歌を歌い始めた。
突然始まった歌にドログとアンジェラは驚くことなく静かにヘンリエッタを見つめた。マイケルは聞き覚えのある歌に茫然としてヘンリエッタを見た。

「なぜ、悪魔の歌を」

ヘンリエッタの歌をドログの次に多く聴いてくれたのは家族以外でコレットである。
ヘンリエッタの歌の教師は姉である。姉から歌を教わる時はよくコレットが同席していた。
ヘンリエッタは姉のように、誰もが頬を染めるような色気のある歌声は持っていない。一度聞いたら覚えられる姉ほど器用じゃない。
才能のないヘンリエッタが歌を覚えるまで優しく付き合ってくれたのはコレット。
面倒見が悪く厳しい姉とは正反対のコレットはよく優しく頭を撫でながらヘンリエッタの歌も好きと褒めてくれた。
ヘンリエッタはコレットを祝福をした自分はバケモノであり悪魔にも思えてきた。
ヘンリエッタの本当の願いはいつも叶わない。
ドログの傷は治らなかった。
コレットは幸せに…。

「まさか、お前!?そうか、そうか、騙していたのか。本物のヘンリエッタはどこだ?」

愛しい少女の偽物を鋭く睨みつけるマイケルが剣を抜くのをドログが取り押さえた。アンジェラは現実を認識しないマイケルに冷たい瞳で見つめた。

「ヘンリ達を傷つけるなら全力で相手になるわ。血縁でも容赦しない」
「お前はバケモノの一身か。アンジェラも」

睨み合うマイケルとアンジェラ。
ふんわりと微笑んでいるヘンリエッタ。
ドログは緊迫した二人よりもまずい存在に気付いていた。緊迫した空気の中、扉が開いた。
パーティーに飽きた第二王子が姫を連れて友人のマイケルとアンジェラを探していた。

「マイケル、そろそろ、何事だ」

取り押さえられているマイケルを見た第二王子が目を見張った。

「バケモノです。ヘンリエッタのフリをした。こいつは俺達を妬んで、」
「殿下、誤解です。マイケルがヘンリに剣を向けようとしたのをドログが取り押さえただけです」


マイケルの言葉を遮りアンジェラに王子の腕を抱いた姫が愛らしく首を傾げる。

「高貴な血が優先。剣を向けられたら命を差し出すのが当然では?」
「マイケルを解放しろ」

王子に命じられてもドログは剣を抜くことを諦めていないマイケルは解放できなかった。

「恐れながらヘンリエッタに剣を向けないと」
「私の殿下の命令に逆らうなんて立場がわかってませんのね。殿下、役に立たない駒など不要です」
「殿下、スダー令嬢に手を出す者は」
「君の気に入りだからといって優遇する必要があるかい?」
「アンジェラはいつも彼女の味方だわ。私はアンジェラを評価しているけど歌うしか能力のない令嬢を私より優先する理由があって?」

ニコリと笑う姫も蔑む視線の王子も睨むマイケルもヘンリエッタは不愉快だった。アンジェラの声を聞こえない3人によりこのままならドログが裁かれるのがわかった。ずっと我慢していた。でももう限界だった。ヘンリエッタの耳に心のままにと呟く女の声が聞こえた。
ヘンリエッタはマイケルを取り押さえるドログを見てゆっくりと口を開いた。

「ドログ、約束は永遠?」
「ああ。何があっても傍にいるよ」

ドログはヘンリエッタを見て諦めた。ドログに求められているのはヘンリエッタを守り幸せにすること。そしていつも必死に笑顔で隠し我慢しているがヘンリエッタは短気である。アンジェラやコレットという婚約者をないがしろにしている二人にも不満があるのをドログは知っていた。それでも神が余計なことをしないように必死に抑え込んだり昇華させたりと努力していた。
ヘンリエッタはニッコリと笑い、笑みを消して冷たい顔をした。言い争う4人は寒気がして思わず口を閉じる。
ヘンリエッタは立ち上がり息を思いっきり吸い、高らかに宣言する。耳に囁く女の声を復唱して。

「当代巫女姫として宣言致します。言霊の力は絶大です。王家の望みでしたら従いましょう。古の約束の破棄を。ヘンリエッタ・スダーは生涯王家に歌を捧げぬと宣言致します。ここにて終焉の歌を奉納します」

ヘンリエッタは神から教わった歌を口にすると快晴の空は雲に覆わて真っ暗に。響き渡る美しい歌声に呼応するように激しい雨と雷鳴が。笑みを浮かべず真剣な顔で瞳を光らせ世界の終わりを告げる終焉と別れの歌を歌う。ヘンリエッタにとって大事なものを奪おうとした王家との別離の願いをこめて。

「ドログ」

ドログはヘンリエッタの声に頷き、マイケルの拘束を解き伸ばされる手を繋いで部屋を出る。
二人が去った部屋でようやく寒気がおさまり、体が動きだしたアンジェラの体が崩れ落ちた。アンジェラ以外の3人は二人を捕えろと騒ぎ出す。
アンジェラは大罪を犯したことに気付かない3人を監視するように家臣に命じ、父に会うために足早に立ち去る。姫のお茶の誘いも聞こえないフリをする。ヘンリエッタという神に愛される少女の怒りを買う姫と交遊を深めても害しかない。
マイケルは学園に監禁されているかもしれないヘンリエッタを探しに部屋を出た。突然の雨に驚きながらもマイケルの告白に照れて隠れた美声の持ち主との恋の結末に生徒達は笑みを浮かべた。秘密の恋人が結ばれた日が国の破滅への一歩を踏み出した日とは気づかない。
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