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しおりを挟む公爵家の権力を持って粘り強く複数ギルドを監視し、不正を見つけ、脅しをかけ、ようやく得られた情報が「ガルブガング」という製作者の名前だけである。
更に根気強く監視を続け、一人の女性を見つけた。ガルブガングの下女を名乗る娘。姿勢の良さやお辞儀の様から見て徹底した淑女教育を受けていることは間違いないだろう。貴族令嬢か、裕福な平民か。常に手袋をしている為、手の荒れ方までは確認出来なかったそうだが、右手首にホクロがある、年若い女性。手袋越しなので不確かだが、膨らみ方などを想定し観察した結果、恐らく左手の薬指に指輪はない───との報告を受けた。
信憑性は今ひとつだが、もし本当に相手が結婚適齢期の未婚女性なら、ちょうどいい。
爵位を得る場は夜会であり、パートナーが必須とされる。妹には断られ、かといって下手な女性を選ぶ訳にもいかず困っていたのだ。都合が良いので婚約者選びという名目で女性を探そう。
そう思いついたアレースは失念していた。見た目もよく栄誉も手にした、公爵家の次男。それを狙うハイエナ達が機を見逃すはずがない。結果、釣書と封書の山が積み上がり、明らかに関係の無い高位貴族令嬢や隣国の王家筋とまでお見合いする羽目になった。
ようやく見つけた右手首にホクロのある女性。癖のある麦色の髪、アクアマリンのような瞳。
「───お断り致します」
玉の輿に浮かれ上がるわけでもなく、権力に媚びる訳でも無く、頬を赤く染めるわけでもない。戸惑いと、強い警戒心。今までにない反応だ。何よりこんなにハッキリと拒絶されたことなどない。
彼女には芯があると感じた。芯、それは外的な要因では決して揺らがない最優先事項。まるでガルブガングによって付与された防御魔法のように揺らがない。
唐突にアレースは気づいた。証拠などない。単なる勘。恐らくこの女性こそ───
落雷に打たれたかのような閃きを得て、アレースは片膝をつき、改めて結婚を申し込んだ。
「奇遇ですね、ソフィア」
「……………」
大きな旅行鞄を手に乗り合い馬車に乗り込もうとしているソフィアの肩を掴む。地味なワンピースとツバの広い帽子で変装したつもりなのだろうか。
「アンタら、乗るのかい?乗らないのかい?」
「ああ、お仕事の邪魔をして申し訳ない。こちら、迷惑料です。乗りませんので発車して下さい」
話しかけてきた馭者に笑顔でチップを渡す。無理に乗ったところで上手く行かないと悟ったのか、ソフィアも頷き、同意する。馭者は胡乱な目でアレースとソフィアを見たが、チップを受け取り立ち去った。馭者が半端な正義感から騒ぎ立てるような輩じゃなくて助かったと考えるべきかもしれない。
走り出した馬車を2人で見送り、アレースはソフィアの腰に腕を回して抱き寄せつつ、旅行鞄を取り上げる。
「…はぁ。お仕事はどうなさったのです?国境の砦まで視察に行かれたのではなかったの?」
「また話をちゃんと聞いてませんでしたね、ソフィア。視察に行くのは殿下で、私はその護衛です。同行するはずだった妃殿下が体調を崩された為、今回は取りやめになりました」
視察は表向きの理由で、実際は妃殿下の実家に赴くのが目的である。肝心の妃殿下が行けないのでは意味が無い。
ソフィアは己の不運を吐き出すように再度嘆息する。
身勝手な嫉妬に駆られた輩などから守る為、ソフィアには常に公爵家の隠密が護衛として張り付いている。が、彼らが伝えてくる内容は今の所ソフィアの家出のみ。平穏なのか、そうでないのか、いまいち判断に困る。その度に仕事を抜け出し、ソフィアを捕獲するのがアレースの日課だ。これはこれでなかなか充実している。
そもそもアレースには趣味もなく、暇を潰す為に仕事をするような人間だ。退屈を持て余し、惰性で生きる。その冷めた価値観は幼少期から変わらない。人に誇れるかは別にして、アレースの心の有り様は揺らがない。そんなアレースの心を揺さぶる唯一の存在、それがガルブガングであり、ソフィアだ。あの防御魔法に包まれた時の感動を忘れられない。目の前の唯一を逃がすつもりは毛頭ない。
「貴女をお慕いしております、ソフィア」
至近距離で囁く。うげ、とでも吐き出しそうな表情でソフィアは唇を引き結ぶだけ。
かつて任務に必要な情報を得るために同じようなセリフを別の女性に囁いたこともある。その時は面白いくらいにコロコロ掌の上で転がせたのに、ソフィアには通じない。嘘では無いのに、アレースの気持ちは伝わらない。
「結婚しましょうね、ソフィア」
「既に婚約しているでのに何を今更?」
「……………えぇ、まぁ、そうですね。そういうところも好ましく思ってますよ」
「それはどうも」
□□□□□□□□
アレースと婚約させられてからというもの、ソフィアには暇な時間が増えた。アレースを伴わない社交の一切を禁止されたからである。嫉妬から誰が何をしてくるか分からず危険だから、である。分かってるなら婚約させるな!とアレースに言いたい。
婚約したのだから公爵家に住めと言われたらどうしようかと思ったが、その辺は好きにして良いと言われた為、有り難くソフィアは実家に留まっている。その代わり、公爵家から派遣された警備が増えた。使用人の増員に関しては心が休まらないからと告げて辞退した。実際は秘密がバレるリスクを避けたいからだ。
別に調合師としての活動はバレても構わないし、それを理由に相応しくないとでも婚約を解消されれば万々歳ではある。しかし魔法付与師の方までバレると不味い。
魔法付与は趣味でもある為、暇を持て余すとついつい作ってしまうのだが、売りに行けない今は作品が溜まる一方で、隠し棚が閉まらなくなりそうなのが困る。
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