魔法付与師 ガルブガング

ひづき

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「私のお願いを聞いて下さるまで離しません」

「───脅迫ですよね、それ」

 ニコリともせずに真顔で淡々という様は相手が真剣だという証拠だろうか。勘弁して欲しい。魔法付与師として国に飼い殺されることも、公爵家に飼い殺されることもソフィアは望まない。

「是非、貴女の主にお会いしたい」

 ガルブガングに会いたい。それはある意味既に達成されている願いであり、引き受けることは出来ない願いでもある。

「どなたかと勘違いしていらっしゃるようです。私には主と仰ぐ方などおりません」

 嘘など吐いていない。審議判定の魔術をかけられても問題ない。しかし、内手首のホクロは予想外だった。念の為グローブはつけていたのに隙間から露出したのだろう。

「貴女が警戒するのも無理はありません」

「…」

 いないと言っているのに納得したように話を進める、そんな男に苛立ちを覚え、社交も外面も忘れて睨みつけた。

「一昨年、大規模な盗賊団の掃討作戦が行われたのはご存知ですか?」

「え? …えぇ、噂程度ならば」

 突然なんの話かと訝るも、素直に答えた。情報収集は貴族にとって必須。しかも一昨年の情報なのだ、知らない方が不自然だろう。

「私もその作戦に参加していたのです」

「存じ上げております。そこでのご活躍を称えられ、今年の建国記念日に爵位を授かる予定なのだとか。お慶び申し上げます」

 一昨年の功績なのに何故今かといえば、残党への対応など、作戦の事後処理が終わらなかったからだと聞いている。複数国を跨いで活動する、それだけ大規模な盗賊団だったらしい。

「その功績も全てガルブガング殿のお陰なのです」

「………その方は一体何者なのですか?」

 ガルブガングが何者なのか、たかが子爵令嬢が知るはずないだろう。問い返さない方が不自然かもしれないという計算から問いかける。

「私の命の恩人です。是非直接お会いして感謝を伝えたい。叶うなら騎士を辞してお仕えし、恩を返したい」

 有名なアレースが騎士を辞める理由としてガルブガングの名前を出せば、一躍その名は有名になるだろう。考え直せと言えるものなら言っただろう。

 しかし───

「命の恩人、ですか?」

 魔法付与は宝石に魔法を付与する。宝石なら何でもいい訳では無く、魔法付与師の魔力と相性の良い宝石でなくてはならない。ソフィアがよく使う宝石は細石さざれいし───宝石としてはクズ石としか呼べない天然石である。種類は問わない。魔法付与師によっては宝石の種類もサイズも特定のものでないといけないらしいので、そういった縛りがないのは手軽だ。

 身につけることを考え魔法付与は装飾品の一部と化している宝石に対して行う。細石のついた装飾品となると平民向けのネックレスのようなものが多い。いくら魔法付与が希少でも細石の装飾品など貴族の大半は見栄えを気にして手に取らないし、手に取るとしても女性だろう。

 ───それを、目の前の騎士が?

 彼は仮にも公爵家の人間。ソフィアが作る物よりも値の張る、立派な宝石のついた魔法付与品を余裕で買えるはず。人違いとしか思えない。

 疑いが顔に出ていたらしく、アレースは苦笑しつつ、襟元から手を入れ、細い鎖を引っ張り出す。先についた小さなアクアマリンがソフィアの前に掲げられた。

「どう見ても女性物、ですよね?」

「幼い姪が私にプレゼントしてくれたんです。こちらには防御魔法が付与されておりまして───」

「ワー、ソウナンデカ」

 身に覚えがある。これは確かにソフィアが魔法を付与したものだ。姪御さんも高位貴族だろうに、誰も助言しなかったのだろうか。

「私の部隊は敵の大規模な爆弾攻撃を受けましたが、これのお陰で私だけ無傷でした」

 防御魔法を付与したのだから、それを身につけているアレースが無傷なのは当然だろう。

「………魔法付与の品を身につけていたのが公子様だけだった、ということですか?」

「いいえ。全員が防御魔法付与の装飾品を身につけておりました。皆、私の物より高級な、大粒の宝石がついた宝飾品をね。つまり、ガルブガング殿の品は他の品より抜きん出て効果が高いのです」

「いえいえ、そんな、まさか!とてもそんな風には見えません」

 効果の比較などしたことがない。しようがないとも言う。所謂クズ石なのに、どうしてそんなことになったのか!

「これのお陰で無傷だったからこそ、私はすぐに反撃に転じることが出来ました。私が仲間達を守れたのも、功績を得たのも、全てこれのお陰なのです」

 そんなまさか。大袈裟なのでは。

「…それは、凄いですね」

 馬鹿正直に本音を口に出すわけにもいかず、心にも無い感想を述べた。

「是非、ガルブガング殿に直接お礼を言いたいのです。どうかご協力頂けませんか?」

 アレースは輝くような笑顔で詰め寄ってきた。ソフィアはスッと一歩下がる。

「申し訳ありません。私には一体何のことか───」

 精一杯の笑顔を取り繕い、ソフィアは申し訳無いと心から詫びる。謝罪なら幾らでも差し出すので、頼むから諦めて帰ってくれ!!と心底祈る。

「では、婚約しましょう」

 きらきらしい笑顔でアレースはソフィアの願望をぶった切った。


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