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3.幕間

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 寝る前の子供たちに絵本を読み聞かせる。

 アイリスはこの優しい世界が好きだ。現実もそうであって欲しいと願う心に偽りはない。





 今日の昼間のこと。

 あの女の葬儀を終えて王都に戻ってきた直後らしいキャシーが、アイリスの元を訪ねてきたのには驚いた。先触れが来た時、ユーリエの間違いではないかと思ったのに、本当にキャシーが来たので驚いた。しかも「平民出身のメイドという形で雇って欲しい」と。床に這い蹲る勢いで頭を下げられ、アイリスは返事に窮した。

 アイリスにとってキャシーは、大切なミレーユを殺した憎い女の娘だ。同時に、可愛いユーリエが“妹”と認めている存在でもある。キャシーに何かあれば、ユーリエが悲しむと思うと胸中は複雑だ。



 アイリスには前世の記憶がある。今生は王女に生まれた。前世は農婦や娼婦だったこともあるし、貴族だったこともあれば、犬や猫だったこともある。

 始まりは魔女だった。

 赤い髪の魔女。美しく、華やかで、誰からも愛される魔女。そうありたいと願い、そのためだけに生まれ持った力を使っていた。

 魔女の心の内は、魔女にしかわからない。

 魔女は、聖女の恋人に横恋慕したと言われているが、事実は異なる。魔女は聖女に愛されたかった、認められたかった。聖女に魔女の力は通用しなかったから、仕方なく周囲を操ったのであって、別にあの男に惚れていたわけでは決してない。むしろ殺したい。聖女が守っているから殺せなかっただけで、何度か挑戦していたほど大嫌いだ。

 魔女は重度のシスコンだった。そもそも、魔女と聖女が双子の姉妹だったことからして知られていないので誤解されるのも無理はない。無理はないが、大好きな聖女を奪った男に懸想していたと言われるのは極度の苦痛で、転生しても僅かに残っていた魔女の力を駆使し、伝承や記憶をひたすら消して回った。

 記憶を持ったまま転生を繰り返すことが、魔女に課せられた力の代償だ。聖女のいない世界を生きる、その絶望を繰り返す。

 次第に、聖女の子孫を見守るようになった。最初の生で、度を超えた“聖女を想う心”を結晶化させたものが、長い年月を得て歪みに歪み、聖女の子孫に対して不幸を撒き散らしていることに、偶然気づいたせいである。



 ミレーユを救うのは間に合わなかった。

 ミレーユが20歳の時、アイリスは5歳。まず、年齢差があり過ぎて、知り合いになれず。

 しかも、王女という身分がアイリスの行動を極端に制限する。平民なら喜んで公爵家の使用人になるのに!と何度か悔やんだ。

 降嫁すると、城で暮らしていた時よりも自由が許された。これならばと、社交界を利用してミレーユと知り合おうと意気込んでいた矢先、彼女の訃報を知った。あの時の深い悲しみは忘れられない。

 せめて、ミレーユの娘だけでも守りたい。

 アイリスは夫に、ミレーユへの憧れを語って聞かせた。したことといえば、それだけ。どうすればユーリエと知り合いになれるか、運良く夫が縁を運んでくれればいいな、くらいにしか思っていなかった。そこにユーリエがリーナとして働きに来たのには驚いた。気づいていないフリをするのが大変なくらい驚いた。夫は夫で、いつ打ち明けようか悩んでチラチラこちらを窺ってくるため、笑いを堪えるのが大変だった。

 姿を偽っても、初対面でも、彼女が纏う聖女の力をアイリスが見逃すはずがない。

 最初から露骨に構えば、匿っている意味がなくなってしまいそうで。でも親しくなりたくて。そわそわしている間に、甥のレイモンドがリーナと親しくなってしまい、予想外の出来事に頭を抱えた。なりふり構わずリーナに話しかけたのは、全てレイモンドのせいだ。



「貴女は、ミレーユが、ユーリエの母が、どうして亡くなったのか知っているのかしら?」

 這い蹲るキャシーに問い掛ける。目を眇めれば、キャシーに纒わり付く力の残滓が見えた。間違いなく、魔女の力だ。

「い、いいえ」

「あのネックレスについている石は魔女の負の感情を固めたもの。まぁ、メインの感情は過度な嫉妬なんだけれどね。元が感情の塊だから持ち主の感情に強く反応するの。当時の持ち主が強く強くミレーユの死を望んだから、魔女の石がそれに応えてミレーユを殺したのよ」

 元が魔女の想いであり、魔女の力なので、大きな力が動けば、アイリスにはすぐにわかる。ミレーユが亡くなった日に感じた激痛を今でも覚えている。

 あの日、過去の自分の愚かさを叩きつけられて、涙が止まらなくなった。自分が楽になりたいということしか考えずに、手放した感情の結晶。まさかこんなにも猛毒となるとは思っていなかった。まさか人を殺す日がくるとは思っていなかった。

 しかも、殺した相手が聖女の子孫だ。元々聖女には魔女の力が及ばないから油断していた。世代と共に血は薄まり、今の聖女の子孫に魔女の力を無効化することなど不可能だった。そんなことにも気づけない自分はどこまでも間抜けだと自責の念に駆られた。

「どうして、侯爵夫人はそのようなことをご存知なのですか?」

 震える小娘に、アイリスは微笑む。

「貴女が、その力でレイモンドの周囲を荒らしたのも知っているわ」

「それは、はい、仰る通りです。間違いなく、私の罪です」


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