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その後の彼ら。
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しおりを挟む城に入る以前から、グレイルには手足となって動く“影”がいる。王家の影とは別物で、あくまでグレイル個人に忠誠を誓う者たちだ。父から拷問術を仕込まれ、父監督の元躾けた暗部である。
彼らから挙がってくる報告は全てシェノローラのためのものだ。王配教育という名の国王補佐の合間を縫って、その報告に耳を傾ける。
シェノローラは、王族の中では異例なほど、周囲から軽視されてきた。その結果、彼女は必要以上に自身の身の振り方に関して悩んできたのである。
その異例さの背後には、その風潮を扇動した者がいるはずだが、グレイルは敢えて手出しをしてこなかった。彼女が他でもない自分を頼って、自分に依存するキッカケになればいいと放置してきた。もちろん許した訳では無いが。
ずっと、彼女の双子の弟たち、どちらかが立太子するだろうと思われていた。王族と縁を結びたい貴族は、自身の娘を、あわよくば立太子する方と結婚させたいと目論んでいたが、立太子しなかった方は殺される恐れもあり、どちらに味方するか踏ん切りがつかない。そこで、誰が立太子しても命の危険がない、王弟子息であるグレイルに我が娘を!と願う者たちが多かった。そういう者たちからは、シェノローラがグレイルの盾に見えたのだろう。盾を壊さないと目標には届かない。故にシェノローラはより一層、軽視され、陰口を叩かれてきた。
つまり、シェノローラが主に学園で受けた仕打ちの大半は、グレイルが傍にいることで発生していた。
シェノローラの立太子、および、グレイルとの婚姻が確定した今、グレイルが動かない理由などない。グレイルが傍にいない隙にシェノローラに水をかけて侮辱した連中を含め、シェノローラを侮辱した連中にまとめて報復を開始した。
「こいつらの一族には金を積まれても物を流通させないよう、父上に伝えろ。これを持っていけ」
グレイルの両親が営む商会を通さずに流通する物など無いと言っても過言ではないほど、実家の支配領域は広い。手紙には『母がもし侮辱されたら、と考えれば、僕の願いもわかるでしょう?』という一文と、細かな流通停止計画が書かれている。母のことを過剰に溺愛している父なら、想像だけで烈火のごとく怒り、積極的に協力してくれるに違いない。流通を止めれば売上は下がるが、両親にとっては微々たるもの。何も問題ない。
まずは、分家への嗜好品の流通から徐々に止める。嗜好品の停止が済んだら、次は日用品を止め、メインとなる本家への嗜好品流通停止を開始する。分家から抗議が来たら、本家のご令嬢の失態が原因だという事実のみを伝える。分家の不満や怒りは本家に向くだろう。最後は食料品の流通を止めるつもりだ。
装飾品の流通だけは止めない。いくら着飾っても蓋を開ければ食料品すら入手できない、空っぽの貴族。その惨めさを味わえばいい。どんなに位が高くても、最早誰も相手にしない。誰だって泥船には乗りたくないものだ。高価な装飾品と引き換えに僅かな食料を恵んでくれるお優しい連中に骨の髄まで奪われてしまえとグレイルは思っている。
例え彼らが謝罪したいと懇願しても、知らぬ存ぜぬで放っておくだけ。肝心のシェノローラは、きっと水を掛けられた一件など気に止めていない。立太子という重責を目の前にした彼女にとって、王族を侮辱する身の程知らずがどうなろうと些末なこと。彼女は相手にしないだろう。
「例の男爵令嬢はどうなさいますか」
天井から降ってくる問いかけを、当たり前のものと受け止めて、グレイルは少しだけ悩んだ。
リーリアティ・サルベール男爵令嬢。この女の取り巻きたちが、シェノローラに不敬を働いた。あくまで、自分たちが勝手にやったことだと取り巻きたちは訴え、一人の女を守っているつもりになっている。
「そうだな…」
リーリアティ・サルベール男爵令嬢。愛称はリリア。大きな双眸は、他人を疑うことを知らないかのように無垢な色をして輝いている。
リーリアティは未婚の母の元に産まれた。母の実家は未婚で出産などと恥だという凝り固まった価値観故に、生まれて間もない孫娘であるリーリアティを遠縁の親戚に押し付け、初産で気を失った娘には死産だったと嘘をついた。母は、子を失ったと信じ、嘆き、自らの命を絶ってしまう。
そんなことなど知らないリーリアティは、親戚筋をたらい回しにされつつも、純真さを忘れず、天真爛漫さで何事にも前向きに生きていく。その容貌は亡き母に瓜二つだった。一方のサルベール男爵は、老いた家令が隠していた手紙により、昔の恋人が自分の子供を妊娠していたことを知り、慌てて探し始めていた。そんな2人がようやく出会い、リーリアティは男爵家に引き取られた。
───という設定だ。
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たらい回しにされたのは本当だ。親戚ではなく、孤児院を、だったが。貴族の口調を真似るリリアを煩わしく思う職員に嫌がらせをされたり、他の子供たちと上手くいかなかったり、問題ごとの中心になりやすく、その結果、孤児院を転々としてきた。
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