妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき

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よん

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 アンセルの祖国にある学園にべルティシアは留学しており、彼女は学園近くのタウンハウスから通学していた。とはいえ、別にタウンハウスに住んでいるわけではない。

 魔王城とタウンハウスを繋ぐ転移用の魔法陣があり、それを利用してべルティシアは魔王城からタウンハウスを経由して通学していた。

 同じルートを使わせて貰い、アンセルはタウンハウスから馬車で実家である城に顔を出した。

「おお!アンセル!無事であったか!」

 アンセルの父は涙を流してアンセルを出迎えたが、アンセルが父に歩み寄ることはない。父の涙は立ち会う貴族たちへのパフォーマンスなのだと知っているからだ。

 アンセルが王太子なのは長子だからに過ぎない。国王は溺愛する側室の、可愛い息子であるラグナルに王位を継がせたかった。ラグナルの地位を高める為に、その後ろ盾として利用するようにべルティシアと婚約させたのだ。常に何か理由をつけてアンセルを排除しようとしていたのは他ならぬ父である。

 父がラグナルを溺愛するばかりではなく、きちんと指導していたら、そもそも婚約破棄騒動など起こりようがなかっただろう。

「私はこの度祖国に別れを告げに来たのです」

「何を言う!」

 国王の息子はアンセルとラグナルの2人。ラグナルは今回の失態により王位を継ぐのは絶望的。アンセルが継がないとなれば、残るのは国王が毛嫌いする王弟か、その息子だ。国王は腹違いの弟である王弟を暗殺者の盾にして殺そうとしたことさえある。奴の血族に譲るくらいならアンセルの方がまだマシで、アンセルがどうにか繋いでいる間にラグナルを押し上げる為の工作をしようとしているのだろう。

「私は既に魔王様の妃となり、ご寵愛を賜りました。肚にも秘術を刻んで頂き、既に子を宿している可能性すらあります」

 もう父親に利用される必要はないのだと思うと酷く心穏やかで。胎内の奥で受け止めた熱を思えば柔らかな笑みさえ浮かぶ。

「馬鹿な!男の身で気が狂ったか!!衛兵!この気狂いを殺せ!!」

 近衛兵がすかさず槍を向ける───が、先は近づくことが出来ず、見えない何かに刺さり引くことさえ出来ない。指輪凄いな、と。場違いながらべルティシアが自慢するのを思い出し、アンセルは感心した。剣も弾かれ、矢が室内に持ち込めるはずもなく、殺意も敵意も喪失し、得体の知れない何かへと向けられる恐怖へと変わる。

「夫と義妹をこの場に連れてこなかったこと、感謝して下さい。あの2人がいたら今度こそ氷漬けだけでは済まなかったですよ」

「氷漬けだと!?出任せばかり」

 あの場にいなかった国王が喚く。一方、あの冷え冷えとした空間を思い出した者達は手から武器を落とし、床に座り込む。

「この国を乗っ取るくらい容易いですが、正直面倒ばかり増えてメリットが特に無いので要りません。魔族の繁殖問題も、まぁ、まだそこまで切羽詰まってはいないそうですし、この国が破綻すればそのうち勝手に最下層で血は交わるでしょう」

 好きにしろとフェルベードから言われているアンセルは好き勝手見解を述べる。

「魔王妃となった私に剣を向けた以上、魔族領の資源は一切輸出しません」

 国力の差を競い合っている隣国に負けそうで意地になっているのは知っている。さっさと負けてしまえばいいとアンセルは思う。今まで国の為にと自身に言い聞かせて働き、耐えてきたが、今はそれよりも大切なことがある。

 ただの人間で、しかも男のアンセルを抱くなど手間ばかりでしかないはずなのに、慎重に慎重に愛でてくれたフェルベードを想う。もう目の前の、自分を蔑ろにする家族に縋り付く必要などないのだ。

 今までに感じたことの無い解放感と幸福感に包まれたまま、アンセルは祖国に背を向けた。





「家族とあんな風に決別して、本当に良かったのか?」

 一部始終を魔法で見ていたフェルベードは城の前でアンセルが出てくるのを待っていた。出てきたアンセルは微笑む。

「フェル、これからは貴方が私の家族です」

 呆気にとられたフェルベードの表情は、今までアンセルが見てきた誰よりも人間くさい。

「ああ、もちろん。これでもかってくらい愛してやるから嫁に来い!」

 フェルベードが両腕を広げると、アンセルは躊躇いなくその胸に飛び込む。笑い合う2人を前に城の兵達は呆気にとられるばかり。



 いや、もう結婚してるよね?と、存在を忘れられたべルティシアは呆れた。呆れつつも、これから訪れるであろう賑やかな生活に思いを馳せる。

 魔族領には結婚式という概念がない。奇跡的に子供が授かれば夫婦を名乗るし、授からなければパートナーどまりということが多いためだ。子供の有無に関わらず夫婦を自称するのは王侯貴族くらいのもの、それも財産分与を明確にするための手段でしかない。非常にドライなので、わざわざそれをお披露目しようという発想が無い。そこをどうにか説得して、兄達の結婚式を挙げようと、べルティシアは気合を入れる。

 当然、留学生活もおしまいであるが、そこに未練は全くない。子供じみた足の引っ張り合いばかりの留学生活よりも、目の前の2人の方が断然面白そうである。

 兄が愛する人と出会えたのだから、あの婚約破棄も全くの無駄ではなかったとべルティシアは満足げに頷いた。



[完]
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