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しおりを挟むヴィナード殿下はどうするつもりなのだろう。ハレナは無意識ながら、ヴィナード殿下の傍らに駆け寄っていた。彼の目がハレナの姿を認め、ようやく驚きを見せる。ハレナは口を開くことなく、殿下の傍らに控え、殿下と共に相対する者たちへと向き直る。この行動がどういった結果を招くか、下手したらハレナ自身もヴィナードと共に罰せられるかもしれない、実家をも巻き込むかもしれない。そんなことに今更思い至ったけれど、逃げ出す気にはなれなかった。
「………そうだな、ひとつ訂正しよう。俺の実父は父上、いや、国王陛下の従兄であり、一応俺にも王家の血は流れている」
「実子であると父上を騙してきたことに変わりはありません!」
第二王子がすかさず言い返してくる。ヴィナードは場違いなほど愉しそうに、くすりと小さく笑った。
「それで?王子殿下たるお前は僕に何を望むと?」
「兄弟として過ごしてきた月日に免じて命だけは助けましょう。国外退去の上、二度とこの国に戻らないで頂きたい」
「お易い御用だ。いくぞ、ハレナ」
───え、そんなアッサリ受け入れるの!?
言い渡した第二王子ですら唖然とする中、ヴィナードはハレナの腕を掴み、引きずるように建物の外を目指す。壁と化していた参列者達は慌てて道を譲り、警備兵達は出口前で右往左往している。
「第二王子の命令だ、全ての責任はあいつがとるだろう」
そうヴィナード殿下が告げると警備兵達は顔を見合わせ、道を開けた。
ヴィナードの心中が分からず、曇天のような不安を抱えながらハレナはついていくしかない。
第二王子が手配していたのだろうか、よく商人が利用するような幌馬車の荷台に乗り込む。パーティ用の礼服姿のままというのが何とも滑稽だ。
「あの、良かったんですか?」
首元を弛め、胡座をかき、堂々と寛ぎ始めた彼に問いかける。
「別になぁ、僕がなりたくて王子だったわけじゃないし」
「あ、いえ、そちらではなくて。俺が着いてきて、良かったのかな、と」
部外者なのに勝手に割り込んで、勝手についてきた自覚があるだけに、ハレナは気まずさを覚えていたのだ。どうしたらいいかわからず、縮こまるように体育座りで同じ馬車に揺られている。
「それは───むしろ僕のセリフなんだが」
お疲れなのだろうか、目眩に耐えるかのように、額に手を添えてヴィナード殿下が応える。
「殿下?」
「ハレナは一緒に来て良かったのか?国外追放だぞ?」
「俺ですか?」
きょとんとしてハレナは瞬いた。呆れを隠さず、ヴィナード殿下は頭をかく。
「ハレナは僕のせいで家族に二度と会えないかもしれない」
今日ヴィナード殿下を見納めたら、何も伝えずに学園から立ち去る予定だったことを思い出す。領地に戻り、貴族位を捨て、二度とヴィナード殿下には会わないつもりだった。
「貴方に二度と会えなくなるか、家族に二度と会えなくなるか。俺は心の赴くまま選びました。だからここに居るんです。───もちろん、殿下にお許し頂けるなら、ですが」
馬車が、がたん、と大きく揺れた。その勢いで跳ねたかのようにヴィナードが勢い良く抱きついてきた。ハレナは慌てて彼を抱き留める。受け止めきれず荷台に転がり、痛みを覚える間もなく、唇を塞がれ、舌を絡め取られ───
「んんーッ!!」
さすがにこんな場所で抱かれるのは嫌だと必死に腕を突っ張って抵抗する。
「───あぁ、くそ、早く落ち着ける場所に行きたい!」
「胸揉むのやめてください!!」
渋々離れたヴィナード殿下と向き合い、ハレナは背筋を伸ばしつつ乱れた衣服を整える。
「…まぁ、恐らくだが、僕達は数ヶ月で連れ戻される。特に心配は要らない」
「国外追放なのに?」
確かに第二王子の独断なら取り消されることも有り得るのだろうか。よくわからない。
「そもそも僕は自分が父上の実子ではないと知っていた。もちろん父上もご存知だ。他でもない父上が許容していることを、僕が騙したと言うのは無理がある。そもそも僕を断罪する権限などアイツにはない」
「そう、なんですか…」
ヴィナード殿下には考えがあるらしい。自分ごときが口を挟めることでもないかとハレナは納得しきれない気持ちを飲み込んだ。そんなハレナの顎をヴィナード殿下の指が捕らえる。
「ふふ、せっかくだ。新婚旅行気分で楽しもうか!旅費も準備してある。まずは平民っぽい服を買わないといけないな。その前にこの礼服を脱がせるのが楽しみだ」
新婚発言に、ハレナの顔が耳まで赤く染まる。
国境近くの観光地にて。
ヴィナード殿下は予め待機させていた自身の配下から資金を受け取った。どうやら弟王子の不審な動きに気づき、予め手を打っていたらしい。馬車の馭者には、国境を越えるところを見届けたと嘘の報告をするよう命じて多額の謝礼を渡して首都に帰らせていた。
何も出来ない、何も準備していない、何も持っていない。身ひとつでついてきた足手まとい。そんな己の現状にハレナは酷く落ち込む。ヴィナードはそんなハレナの様子に気づくことなくご機嫌でハレナの手を握り、堂々と街を歩く。
「この街には視察で何度も来ているんだ。ホテルの予約もとってある。ハレナが来てくれたのは予想外だったが大丈夫、ベッドの大きいスイートルームだ。何も問題は無い。早く行こう」
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