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しおりを挟む王妃はセイレーンの父である公爵と親密な関係を築き続け、第一王子、第三王子の2人を出産した。
公爵と王妃の思惑は、第一王子に国を継がせ、第三王子には公爵家を継がせること。王家の血筋を乗っ取りつつ、公爵家に愛し合う2人の血筋を残す。───そう、第三王子も不義密通の子。王と交わる時には避妊薬を欠かさずコトの前後で飲み、吐き気を我慢して義務という形の拷問に耐えたのだと、王妃はセイレーンに暴力を加えながらよく口にしていた。己の愛した男の妻の座にいた女の面影をセイレーンに見ては、鞭を振るうのだ。
城の秘密通路は本来緊急時に王族を逃がすためのものであって、不義密通のためのものではないのだが、王妃はその通路を密かにリフォームまでさせて頻繁に往復していたのである。
時にはカツラを被り、化粧を変え、王族が非参加の夜会には公爵夫人として堂々と参加していたのだから、肝が据わっている。王妃に似ていると他人から言われても「まぁ!わたくしなど王妃様の足元にも及びませんわ」と言いつつ、美しく笑って退けるのだ。
そんな王妃の子である第一王子もまた、自身の行動に自画自賛して悦に浸るタイプだった。今、まさに壇上で自身に酔っている。
「セイレーン!お前のような女に、首吊りやギロチンは不釣り合いだ!服を剥いて民の慰み物として三日三晩労働させた後、その薄汚れた姿のまま馬車で市中を引きずり回してやる!!」
「そんな、あんまりです!」
悲鳴じみた声を上げ、王子の発言に反発したのは他でもない布の塊───もとい、聖女。
刑を言い渡された当の本人であるセイレーンは、真顔のまま微動だにせず壇上を眺め、血の繋がった異母妹と知りながら言い渡す刑の内容が下品過ぎないか?と、異母兄の人間性にドン引きしていた。
「セイレーン様はそこまで極悪非道なことをなさってませんわ!殿下、どうか、温情を!」
「実に慈悲深いのだな、聖女ミリア!ますます私は君が愛しい。愛しいが故に、君を少しでも傷つけた輩が私は憎くて憎くて堪らない!!」
「お怒りをお鎮めください、殿下!」
壇上の主役としては見せ場なのだろう。愛の深さを覚えて感動するべきシーンなのかもしれない。最も、観客たちは皆状況についていけず、シラケているようだった。
1人だけ、わざとらしいほど大きく響き渡る拍手をしながら現れた人物を除いて。
「さすが、聖女様。情が深くていらっしゃる」
側妃の息子であり、第一王子、第三王子の2人とは実際は全く血の繋がっていない第二王子は、招かれてもいない舞踏会に突如現れ、そのまま壇上に姿を見せた。誕生祝いに限らず、第一王子が主体となる舞踏会や夜会に、第二王子は決して招かれない。それが常識のように染み渡るほど、第一王子と第二王子の不仲は有名な話である。当然、第二王子と第三王子も仲が悪い。
ちなみに第三王子は引きこもりで滅多に部屋から出てこない。本日の舞踏会も欠席だ。王妃は着飾れる場は大好きなのだが、国王の隣に立つのが嫌だという理由で欠席することも多い。自分の息子の誕生日を祝う舞踏会でも、舞踏と名がつく限り国王と踊るのが嫌で現れない。国王は本来エスコートすべき相手が不在のためか、閉会の頃に現れて挨拶だけ、ということも多々ある。社交をする気がないとしか思えない王家で、第二王子だけが頑張っている。
「貴様…、何の用だ」
招かざる客である第二王子に対し、第一王子の警戒はあからさまだ。それでも第二王子は気にせず微笑む。
「もちろん、兄上の誕生日をお祝いに。そしたらこの騒動。聖女様の慈悲深さに感銘を受けまして、一つ助言を、と」
「要らぬ!毒婦の犬め!即刻立ち去れ」
「兄上ではなく、聖女様に申し上げたいので、引っ込んでいて下さい」
尚も怒鳴ろうとする第一王子を布の塊が遮った。
「私、聞きたいです、殿下」
「おい、」
「私は確かに常に誰かから嫌がらせをされてきました。学園でも、働き先でも、街中でも、いつだって!でも、それがセイレーン様の仕業だなんて思えません。身分も美貌もあり、殿下の婚約者という立場も既に手に入れているセイレーン様に、私を虐げるメリットなんかないじゃないですか!!」
「それは、嫉妬に狂って」
「どう見ても冷静でしょう、彼女は」
壇上から不躾に指を差されたセイレーンは憮然とした。周囲の視線が集中して居心地が悪い。確かに嫉妬に狂っているとは言い難いだろう。面倒になってきたから先に退場してもいいだろうかと思っていたところである。
「そうだよね。まるで事前に全て知っていたかのように冷静だよね。だからさ、君が」
「黙れ!」
「『真実の囁き』という魔法を使えばいいんだよ」
「黙れ!黙れ!」
「『真実の囁き』?」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
「聖女にしか使えない魔法さ、はい、教本」
教“本”と呼ぶにはあまりにも頼りない、握りつぶした紙製のボールが第一王子の頭上を飛び越えていく。第一王子は必死に跳ねるが、第二王子に頭を押さえつけられ、ボールは呆気なく聖女の手に収まった。
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