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9 押し付けられました?

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「この度、遠縁から養女として当家に迎え入れた妹のアリネリアです」

 ジェノール伯爵家の庭にて始まった茶会。招待客が一通り揃ったところで、ソリュートが来客たちの前でアーネを紹介する。紹介されたアーネは内心混乱していた。

 ───普通、当主である伯爵から紹介するものでは?

 肝心の当主は夫人と同じテーブルでニコニコとしている。しかも夫妻は堂々とテーブルの上で指を絡めて手を繋いでいる。

 ───遠縁?初耳なんですけど?そうなの?

 ソリュートは堂々とした立ち振る舞いでアーネの背中を押す。アーネの戸惑いなどお構い無しだ。

「さぁ、アリネリア。皆様にご挨拶を」

「アリネリア・ジェノールです。宜しくお願い致します」

 緊張でカチコチに固まりつつも、繰り返し練習した淑女の礼を披露する。そもそもジェノール家に友好的な人物しか招待されていないためか、惜しみのない拍手を頂いた。アーネは安堵の息を吐く。

「ここで、もう一つ当家から重大発表がございます」

 会場がザワつく。アーネもまた驚いてソリュートを見上げた。お披露目としか聞いていないため、何のことかわからず不思議に思ったのだ。

「私、ソリュート・ジェノールは、伯爵家の継承権を放棄し、隣国に婿入りすることとなりました」

「え!?」

 思わず声を上げたアーネを一瞥し、ソリュートは笑う。

「皆様ご存知の通り、愚弟も体が弱く伯爵家を継ぐには適しません。よって、このアーネが次期当主となります!!」

「えぇ!?む、無理!無理ですよ!!」

 アーネは人前であることも忘れてソリュートに掴みかかる勢いで迫って声を上げた。周囲が驚愕したのはソリュートの発言のせいか、アーネの行動のせいか、あるいは両方か。

「ん?どうした、アーネ」

 ソリュートはのほほんと問い返すだけ。アーネの取り乱しように慌てもしない。

「どうしたじゃありません!わたくしに領政なんてできませんよ!領民の皆様の生活が、命がかかっているんです、もっと慎重にご検討ください!!そもそもわたくしには荷が重いです!それにこんなぽっと出の小娘に領民の皆様が何を思うか!きっと不安に思われますよ!」

 流されるまま生きてきたアーネだが、他人の人生まで負えるほど能天気ではないし、無責任にはなれない。

 必死に言い募るアーネに、ソリュートは喜びを噛み締めるような、笑みを押し殺すような表情で体を震わせる。

「素晴らしい!さすが我が妹!皆様、聞きましたか?降って湧いた幸運より権力よりも、真っ先に民を思いハッキリと憤る姿!恋に溺れて生まれ持った重責を投げ出す私などより、よほど当主に相応しい!!皆様、どうか不肖の兄に代わり、妹を、当家を宜しくお願い致します!」

 グッと拳を握り、演説するソリュートは実に暑苦しい。人の話を聞かず一方的に話し続ける熱量は養母を彷彿させる。間違いなく母子だと確信した。

 異様な熱量に呑み込まれたのか、血迷ったのか。感じ入った様子で拍手喝采をする聴衆。この流れは最早アーネの手に負えるものではない。

 実際に伯爵家を継ぐのはアーネの結婚相手となるだろう。それを見越して、茶会開始前はアーネに興味を示さず、義理で来ていたような人々まで目の色を変えた。



「お手紙が届いております、お嬢様」

 茶会の翌日から届くようになった大量の手紙を運んでくるのは、先日からアーネの専属侍女となった元・ハーリス子爵令嬢である。勘当された身の上故に、今はサラと名乗っている。

 サラを伯爵家に勧誘したのはウィルだ。彼もアーネ同様、特にサラを恨んでいない。というか彼は死にそうでそれどころではなく、サラを全く覚えていなかった。一応サラは謝罪をしたが、言われた本人はよく分かっていないという顔で受け入れていた。

 サラの勧誘をウィルに勧めたのは恐らくエストだ。

「男性からの手紙が多いわね…」

 魂胆が見え見えで嬉しくない。

「適当に言い訳して断ればいいわ。嫌なのでしょう?いくら社交が大切でも、ストレスでお嬢様が体調を崩したりしたら伯爵家の連中が何を仕出かすかわからないわよ」

 ドアを閉めて2人きりになった途端、サラの口調が素っ気なくなる。変に敬われるより、アーネはこちらの気安いサラの方が好きだ。

 ソリュートは向こうへの婿入りまで、様々な段取りを決めるためにも、今までより頻繁に帰国する予定だと言い残し、早々に留学先へと旅立った。茶会で見せた彼の熱量と共に、伯爵家は養女を溺愛しているという噂まで出回っている。

「それは言い過ぎじゃない?」

「まさか!私、ソリュート様に物凄い形相で念押しまでされたのよ!アーネに近づく男は全員身辺調査をするから名前と詳細を毎日報告しろって、大量の便箋とインク壺を頂いたわ。すごく怖かったんだからね!」

 隣国の首都にいるソリュートにまで手紙を届けるには、丸一週間はかかる。

「届くまでのタイムラグをどうなさるおつもりなのかしら…」

「それは大丈夫よ。ソリュート様の協力者Eって人宛てなの。ウィル様に渡せば届くって聞いてるわ」

 ウィル経由のEなど、エストしか思いつかない。ウィルとエストに関わりがあるのだから、ソリュートが知り合いでもおかしくはないだろう。

 しかし、エストはそんな手紙を受け取ってどうするつもりなのか。


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