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しおりを挟む「あの、貴方は女嫌いだと聞いていたんですけど…?」
まるで口説かれているようだと、思い至って、いやいやそんなまさか!と焦るあまり、いくら何でも直球過ぎた!と慌てる。慌てたところで口から出た言葉はなかったことにはならない。
王弟は特に気にした様子もなく平然と、そうだな、と呟いた。
「3年前までは大嫌いだったな。今はそれほどでもない。体が拒絶するだけだ。たまに嘔吐する」
「それ、大嫌いから更に悪化してません?」
女嫌いではなく、女性恐怖症というのではないだろうか。専門医の受診が必要なレベルではないのか。
「そんなことはない。以前は極度の憎悪のような酷い嫌悪感が伴っていた。いつか自分が狂って女性全員を片っ端から殺害するんじゃないかと、そちらの方が怖かった」
そのような事態になっていれば、ある意味彼は歴史に名を刻むはめになっただろう。説明文の最後に、処刑された、の一文付きで。
「……………」
返答に悩み、耐えかねて視線を泳がせる。
「───この離宮に王命で私と結婚させられるという『アリーシャ・サルアーナ伯爵令嬢』がいると聞かされ、本当は謝罪してお帰り願わねばと思って来たんだ」
言いにくそうに話し始めた、その内容と行動の差に、彼に視線を戻さざるを得ない。
───それがどうして求婚になったの?
「でも、その伯爵令嬢が探し続けて見つからず諦めた君だと知ったら止まらなくなった」
「待って…、理解が追いつかない。探していた?私を?」
王族と縁などない、はずだ。社交もしたことがないのに一体どうして。名前も知らずに、容貌だけで探していたということか。ますます、わからない。
「『たかが貴族のお坊ちゃまでしかない男が吠えるな!』と、宣言されたことがあるんだけど…、覚えてない?」
───覚えている。他の出品者の優勝馬を無断で借りて隣の馬術競技に乱入した挙げ句優勝してしまい、家族からこっぴどく怒られた覚えがある。忘れるはずもない。あれ以来、馬の品評会には一度も連れて行って貰えなかった。毎年、当時のことが話題に挙がり、あの娘はどこの誰だったのかと噂されていると聞かされた。
そもそも、ことの発端は女のくせにと罵倒してきた男にブチ切れたせいだ。啖呵を切った覚えもある。
「で、殿下が、あの時の…?」
「あれは、女性を女という記号でしか見ず、誰にでも怯えて牙を向いていた俺が悪い。貴女が優勝して俺に向けて笑った時、俺は酷く驚いたんだ。あの時から、貴女に触れたくて仕方なかった」
彼は向かい側の席から、隣に移動してきた。その自然な流れに驚く。彼の手が頬を撫でてきたけれど、動揺のあまり赤面する余裕もない。
「え、いや、あの、ちょっと待って!!」
確かに、見たかコノヤロウ!!とドヤ顔を向けた覚えはある。その生意気な表情の一体何がお気に召したのか。
「女というものは男に媚びるだけの存在だと決めつけて嫌悪していた俺の歪な世界を、他でもない貴女だけが救ってくれた」
世界を、救う───!?
「そんな大層なことをした覚えはないよ!?」
「貴女が高位貴族だとは考えもせず、3年もの間見つけられなかったのに、俺は運がいい。そう思ったら求婚せずにはいられなかった」
「───ゃ、」
頬を撫でていた手に、指に、唇をなぞられ、自分のものとは思えぬ弱々しい拒絶の声が漏れる。この手を叩き落としてもいいものだろうかと、考えはしても、肝心の体は動かない。
───いや、だって、この人と結婚するためにここまで来たんだから、流されても問題ないのでは?
嫌ではないから困ってしまう。どう反応するのが正しいのかわからない。赤面してしまうのはどうしたらいいのだろう。恥ずかしさはどうしたらいいのだろう。ただ受け身でいればいいのか、何か応えるべきなのか。
「お、お戯れを───」
「───俺も自分で自分の行動に驚いてる。でも、やめたくない、君に愛されたい」
「王弟殿下、申し訳ございませんが、私共も同席しておりますことをお忘れなく!!」
耐えきれないとばかりに、離宮を取り仕切る執事が悲鳴の声を上げた。彼と共にそちらを振り向けば、殿下の護衛や、侍女たちも皆一様に顔が赤い。
みんなに見られていたかと思うと、急激に恥ずかしさが這い上がってくる。両手で顔を覆い、そのままの勢いで泣き出したかった。
予定の離宮滞在期間を終え、更に一週間を離宮で過ごした。ようやく出発だとなったら、今度は王都に向かう馬車の中で王弟と2人きり。しかも、王弟の膝の上である。
形だけの結婚でいいと聞いていたのに、話が違うではないか。愛されたい、愛したいと、男は常に願い、隙あらば囁いてくる。
花束も、裁縫箱も、ドレスも、宝飾品も。少しでも興味を示せばすぐに貢いでくるのは、さすがに叱った。少しは凹むかと思いきや、叱られたのに「そうやって自分の利益よりも俺の事を思ってくれるところが大好きだ」と、より溺愛が悪化した。地位や財産目当てで寄ってくるハイエナばかりだったから、たまたま目に止まった田舎のじゃじゃ馬娘が気に入っただけのような気もする。ある意味、彼を哀れだと思った。
もっと他のことにお金を使いなさいと説教した結果、今度は少しずつ少しずつ、馬車がリニューアルしたり、見覚えのない宝飾品が増え始めた。───渡さずに黙ってやればいいというものではない。
「王都で兄上に挨拶したら本当は一度サルアーナ伯爵領へ行きたいが───、その前に結婚式だな。兄上の嘘のせいで申し訳ない。面倒だが…、各国の要人が参加するため手は抜けないし、その分忙しくなる。だが、俺が拝領した地方の屋敷にさえ引っ込めば貴族らしさなんて意識しなくていいし、好きなだけ馬も畑もやればいい」
頼むから、背後から匂いを嗅がないでくれ!そう言いたいのに、言う方が恥ずかしくて結局言えない。
「どこまで私を甘やかすつもりなの?ちゃんと領政の補佐もするわよ」
「頼もしいな。ちゃんと妻として俺を甘やかすのも忘れないでくれ」
「え、これ以上甘える気なの?」
批判を込めて振り向くと、獰猛な獣のような笑みと目が合った。
「これでも我慢してるんだ。結婚したら嫌という程わからせてやる」
あ───、察した。よくわかんないけど、これは突っついたらダメなヤツだ。
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