じゃじゃ馬令嬢の嫁入り

ひづき

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 開け放った扉を、丁寧な手つきで素直に閉め、彼はしっかりノックからやり直してきた。

 コホンと軽く咳払いをして「はい」と返事をすれば、律儀に「入っても?」と入室許可を求めてくる。「えぇ、どうぞ」と答えて侍女を見ると、何故か彼女は震える手でドアを開き、男を招き入れた。

「失礼する。───邪魔しただろうか」

「一休みしていたところですの。どうぞ、お座りになって」

 ニッコリと微笑み、淑女らしく指先まで優雅に見えるように気をつけつつ同席を促す。気分はマナーのロールプレイング授業だ。まさか、相手が本当にやり直してくるとは思っていなかったからこその違和感である。

 男は、椅子に座らず、座るアリーシャの足元に跪く。

 疑問に思った時にはもう遅い。



「アリーシャ・サルアーナ伯爵令嬢。俺と結婚してくれ」



 一生聞くことなどないだろうと思っていた求婚の言葉。言われたらどんなにときめくことだろうと、幼い頃憧れたセリフ。

 現実は厳しい。残念ながら全くときめかない。

 淑女の皮も、マナーも、人目も忘れて、思わず真顔だ。

「いや、その前に貴方は誰よ?初対面の人間から一方的に名前を呼ばれても気味が悪い!やり直し!」

 どこかから喉を引き攣らせるような悲鳴が聞こえたが、無視だ、無視。

「やり直しって、どこから」

「入室からに決まってるじゃない!乙女の憧れるプロポーズを雑にして許されると思わないでよね!!」

「───わかった」

 素直に立ち上がる男性の姿に、再び外野(侍女の他にいつの間にか離宮の執事とか人が集まっている)から悲鳴が上がる。慌ただしく走り出す足音が複数聞こえるし、何だか落ち着かない。それでも、譲れないものがある。

 この後、男は5回プロポーズをやり直した。





 離宮から王宮へ飛び込んだ伝令は王に伝える。

「あ、あの女嫌いの殿下が!初対面であるはずのサルアーナ伯爵令嬢に跪いて愛を請いました!」

「そうか、愛想つかされたか」

「違います!愛の告白をして結婚の申し込みをしたんです!」

「酷薄とした決闘の申し込みか」

「陛下!お気を確かに!」

「いやいや。余に気を使わんで良い。そんなことは起こりようがないのだからな」

 王弟の女嫌いは筋金入りである。5歳で既にその片鱗を見せていた。

 将来王になる息子と、そのスペアになる息子の2人を産んだ母は、役目から解放されたとばかりに、浮気を繰り返すようになっていた。父は母を省みることなく、母を単なる政治の道具としか思っていなかったようで。愛に飢えた母は、性欲に溺れた。

 生まれて直ぐに王位継承者として隔離され英才教育を施されていた兄とは違い、弟は母と同じ宮で生活していたため、幾度となく生々しい浮気現場を目撃していたらしい。

 弟は孤独だった。

 兄は王位継承者として父から期待され、叱咤激励され、愛されていた。兄が健康でそこそこ優秀だったために、出番がないと判断された弟。父は当然のように興味を示さなかった。

 一方で母も、産む義務は果たしたとばかりに、仕事と浮気とで毎日充実していると笑っていた。

 弟は、女というより、母を嫌っていた。母を思い出させるから女に対して拒絶反応を示すようになった。成長と共に女性から言い寄られる機会が増えると、ますます酷くなった。どうも生物学的なメスを匂わせる女、つまり、性欲・肉欲を漂わせる女性がとことんダメなのだ。某大国の色欲に塗れた女王を目の前にしたら、恐らく弟は嘔吐する、痙攣する、失神する。某女王を怒らせ、その場で処刑されるかもしれない。

 そんな哀れな弟が、伯爵令嬢に決闘を申し込んで一触即発だと言うなら、兄として令嬢に謝罪をせねばなるまい。

「陛下!」

 嗚呼───、そのように言い募らなくとも、事の重要性はよくわかっている。

 某国の女狐は媚びを売る余裕もなくトラウマに囚われる弟を面白がるだろうし、目新しさからさぞ気に入るだろう。

 とはいえ、目の前で嘔吐されればキレるかもしれない。男として不能ならすぐに飽きるかもしれない。何れにしても、その場で即首を跳ねられる恐れがある。

 暴君でしかない女王に敵対しているレジスタンスによるクーデターが成功すれば状況は変わるだろうが、いつになるかわからない、成功するかもわからない。最悪、レジスタンスによって女王もろとも弟まで殺されるかもしれない。

 ───そうだ、サルアーナ伯爵令嬢に土下座しよう。

「陛下!お願いですから聞いて下さい!」

「令嬢にどう償おうか考え中だ」

「陛下!!」





「サルアーナ伯爵令嬢殿は、その、貴女はどのような物を貰うと嬉しい?」

 ぎこちなく対面に座り、ちらちらと横目でこちらを伺う男性の、どこら辺が女嫌いなのだろう。

「表向きの答えと、本音。どちらをお望みです?」

「本音を」

「実用性のあるもの、ですかね」

 ふむ、と、彼は頷いた。

「花を贈ろうと思っていたが、それよりも実用性のある物の方が喜んでくれるか?」

「花も好きですよ。貴方がわたくしのために選んでくれた、悩んでくれた、その気持ちが何よりも嬉しいのですから」

「で、本音は?」

 どこか、ニヤニヤと。楽しそうに問われる。───悔しい。見透かされていることが悔しいようで、少し何か違うような気もする。

 貴族っぽい話し方を忘れて散々求婚のダメ出しをした後ということもあり、今更誤魔化しても無駄だと悟る。観念しました、降参ですという意味を込めて、淑女らしからぬ盛大な溜め息をついた。

「花の後に食べられる実がなる品種しか育てたことはないわね。───本当に花は好きなのよ?でも人から貰ったこともないし、実際に貰ったらどう感じるのかは私にもわからない」

「そうか。ならば、貴女に花を贈る、最初の男になってもいいか?」

「その花が気に入れば受け取るわよ。他の誰かに割り込まれる前に精々頑張るのね」

 女のくせに偉そうなことを言いやがって、とか。生意気だ、とか。家族以外の貴族の男なんて、皆そういう態度をとるイメージが強い。

 ───なのに、彼は楽しそうに笑うのだ。

「責任重大だな」

 調子が、狂う。形だけの結婚になると思っていた。彼にとってこの結婚は、危機回避のための、ただの手段でしかないはずだ。



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