煙の向こうに揺れる言葉

らぽしな

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エピソード14-1

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気づいたら、病院の待合室にいた。

温かい手で背中を擦ってくれているのは、夫じゃない。
森さんだ。

夫は、今どこにいるのだろう。
また、いつもの場所なのだろうか。

ああ、どうしてこうなったのだろう。
私達はどこでまちがえたのだろう。


さっきまでは、もう少しマシな気分だったのに。

さっき…。
買い物に珍しく三人で出かけ、荷物持ちをしてくれたものの、帰り道は汐音が粘りがちしたソフトクリームの件で、はしゃいで歩いているから溢さないようにと諭した一言だけで、夫婦としては会話もなく家まで戻ってきた。

荷物を適当に置くと、夫はいつもの定位置へと行ってしまった。

汐音の様子を見ながら、お客様の準備をする。

「平凡か…。」
帰り道、夫がこぼした言葉。
本人は、ため息のように声に出したようで、考え事をしているようだった。
聞かれていたなんて本人は思いもしていないような、聞き取れないような小さなつぶやきだった。

〈平凡〉

かつての私は、この「普通の毎日」が訪れることがないと思っていた。
父はいない。
母は何もその点については何も言わなかった。

なぜなら、私がまだまだ手のかかる子供でそういう事を理解できない年齢だったから。

そんな母は、小学校に上がってすぐに急に亡くなり、永遠に聞くことができなくなった。
親戚という人たちと母の葬式で会ったけど、どの家庭も余裕がないと施設に入れられた。

ただ、それでもいい人ばかりだったらしく、母が入っていたわずかばかりの保険金は手を付けずにいてくれたらしい。

親戚の人から弁護士さん経由で、高校卒業と同時に施設をでなければならなかった私に100万に満たないお金を届けてくれた。
ただ、会うことは拒まれてしまった。
ぷっつりと、ルーツから縁が消えてしまったのだ。

子供時代は疎外感でいっぱいだった。
でも心のどこかで行事ごとに他所の家庭を垣間見ながらいつか自分の家庭を築いて、大好きな人と一緒に家族になっているのかな。
と、そんな妄想をしていた。

その一方で、後数年でこの安全な場所をでて、生きていかなければならない現実をも抱えていた。
そんな環境下でいたから、高校在学中も卒業してからも一生懸命働きながらいくつかの検定試験などを沢山受けた。

でもその資格なんてほとんど武器にならなかった、
大学なんて行けないから、安い賃金の業界で少しずつ経験値を積んでいくしかいのに。

施設の先輩の紹介でたどり着いた職場は会社の受付だった。
たまたま見初められて結婚する相手ができて、紹介できる人を探していたらしい。

手取り十五万円。
高いとは言えない給料。

それでも、月給制というだけで生活の質はほんの少し上がった。
ただ現実的な私は、漠然とここで何年もはできないとだけは悟っていった。
せいぜい二、三年。それ以上年を取ったら、その時は周りの視線に居た堪れなくなり自分から辞めたくなるようになってしまうような職場。

「三年」
若さが売りのようなこの居場所を三年で卒業できるように、職場では最大限の気配りと笑顔を、仕事帰りには少しでも自分を磨けるようにと、使えるお金を自分磨きに使うことにした。

その頃には昭和の頃からの神話がまだ囁かれてて、
「男性を落とすには、まず胃袋よ!」
という甘い夢に乗っかり、とりあえず料理の腕を磨くことにした。
お陰で今は料理については、2~30くらいの料理ならレシピなしで作れるようになっている。

そんなこんなで月日は流れ、三年という自分が決めた期限ぎりぎりに、突然機会が訪れた。
とある男性が、受付にやってきた。
それが匡尋だった。

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