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番外編
番外編最終話 運命はただそこに⑦
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あまりの不甲斐なさに溜息が出る。自分で決めたことで、望んだことなのに、いつまでおたおたしているつもりなのだ。
今頃ルシュディーは発情期の激しい発作に襲われてひとりで苦しんでいるかもしれない。
発情期中の性行為で番となれば、その後の発作は次の発情期の周期が来るまで収まると聞く。つまり、僕が覚悟を決めさえすれば、ルシュディーはこれ以上苦しまずに済むのだ。
どうすればいいかなど考えなくても分かることだった。僕はサーラにルシュディーが泊っている宿の場所を聞き、厨房でいくらかの果物をもらって城を出た。
ルシュディーが泊っている宿は、発情期のΩの利用を目的とした宿泊施設だった。夫婦や恋人同士で利用することも多いという。
受付でルシュディーの部屋の場所を聞くと、店主はルシュディーに話を通してから、と店員を部屋に向かわせる。発情期を狙った悪意のある者がいないとも限らないから、相手の同意を得ないと部屋に通せないのだろう。
店員が戻ってきて、そのまま二階の部屋に案内される。どことなく雰囲気が娼館と似ているなと思いながら、中ほどの部屋の前で店員がルシュディーに声を掛ける。部屋の中から返事がすると、店員は僕に一礼をして去っていった。
ドアがゆっくりと開く。と、少し困惑したような表情のルシュディーが顔を覗かせた。
「えっと……とりあえず入る?」
心臓が口から飛び出そうなほど緊張感に顔を強張らせながら、「ああ」と懸命に平静を装って返事をし、部屋に足を踏み入れた。
部屋の中には、ベッドと服や日用品を入れておく棚、小さなテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上には水差しとコップ、箱が一つある。
「もしかして差し入れ?」
「あ、ああ、何も食べていないんじゃないかと思ったから」
ルシュディーは僕が手に持っていた籠を見て、「助かる! ありがと!」と籠ごと受け取ってテーブルの上に置いた。
ルシュディーの様子から、まだ発情期は始まっていなかったようで、変わりない姿に安堵する。
「拍子抜けした?」
「え、いや」
「来る前の予兆みたいなのがあるんだよ。今夜か明日かなーって感じだったから、前もって宿取ったんだ。急だったからさ、言ってなくてごめんな」
ルシュディーは笑って僕に椅子に座るように手で示し、自分はベッドの縁に座る。一瞬椅子に座ろうとしたものの、やたらと存在感のある箱が気になって蓋に手を掛けた。
「ああっ! それ見るなッ!」
ルシュディーが飛び掛かる勢いで慌てて僕の腕を掴んだ。が、その拍子に箱がテーブルから落ちて中身が床に散乱する。
そこに転がったものが何なのか僕には分からなかったが――大きさの違う木製の棒のようなものが何本か、紐の通された球体のようなものがある――、ルシュディーを見ると見たことが無いくらい顔が真っ赤になっていた。
「……これは?」
「し、仕方ないだろ! 他に収める方法がねーんだから!」
ルシュディーは箱の中に道具をしまって、口をへの字にしてテーブルに乱暴に置いた。ルシュディーがこんな風に赤面するのは初めて見たので、思わずどきりとする。
「収めるって何を?」
「そんなの性衝動に決まって……って、いや別に、玩具が無くても大丈夫な程度なんだけど、一応っていうか……だ、だからしばらく経ったら戻るから! 大丈夫!」
僕の前で性的なことを意識させるような言葉を言ってしまったからだろう。動揺したルシュディーは、僕をドアの方に向かって身体を押した。が、僕はその手を反射的に掴んだ。
「ルシュディー、僕は君が苦しむのは嫌だ。僕と番になれば、その苦しみから解放してあげられる」
「いいよ、そんなこと。もう慣れてるし、平気――」
「違う、僕がそうしたいんだ!」
思わず声を荒げた僕を驚いたように見詰める。僕は自分の内から湧き上がる感情のままルシュディーを抱き寄せた。ルシュディーの甘い匂いが僕を包み込む。
「僕はきっと、本当の意味で幸福になるのが怖いんだ。陛下の従者として務められているだけで幸福だと思っていたし、今も幸福だと思う。だけど、愛し愛されるなんてことが、そんな幸福が、僕には初めから無い人生だった。これからもずっと無いと思っていたんだ」
身を硬くしていたルシュディーが、緩むのが分かる。そっと身体を離して、その美しい虹彩を見詰めた。
「君が僕を愛してくれたから、僕は愛する幸福を知った。だから、僕は君のためなら何でもする」
ルシュディーははにかむように笑って僕の頬に手を伸ばした。一層濃い甘い匂いが鼻腔を蕩かす。鼓動が高鳴り、身体中の血が熱く滾るようだった。
「それって、おれが誘ったらその通りにするってこと?」
「いや」
衝動的にルシュディーの身体をベッドに横たえ、その上に覆い被さった。
今頃ルシュディーは発情期の激しい発作に襲われてひとりで苦しんでいるかもしれない。
発情期中の性行為で番となれば、その後の発作は次の発情期の周期が来るまで収まると聞く。つまり、僕が覚悟を決めさえすれば、ルシュディーはこれ以上苦しまずに済むのだ。
どうすればいいかなど考えなくても分かることだった。僕はサーラにルシュディーが泊っている宿の場所を聞き、厨房でいくらかの果物をもらって城を出た。
ルシュディーが泊っている宿は、発情期のΩの利用を目的とした宿泊施設だった。夫婦や恋人同士で利用することも多いという。
受付でルシュディーの部屋の場所を聞くと、店主はルシュディーに話を通してから、と店員を部屋に向かわせる。発情期を狙った悪意のある者がいないとも限らないから、相手の同意を得ないと部屋に通せないのだろう。
店員が戻ってきて、そのまま二階の部屋に案内される。どことなく雰囲気が娼館と似ているなと思いながら、中ほどの部屋の前で店員がルシュディーに声を掛ける。部屋の中から返事がすると、店員は僕に一礼をして去っていった。
ドアがゆっくりと開く。と、少し困惑したような表情のルシュディーが顔を覗かせた。
「えっと……とりあえず入る?」
心臓が口から飛び出そうなほど緊張感に顔を強張らせながら、「ああ」と懸命に平静を装って返事をし、部屋に足を踏み入れた。
部屋の中には、ベッドと服や日用品を入れておく棚、小さなテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上には水差しとコップ、箱が一つある。
「もしかして差し入れ?」
「あ、ああ、何も食べていないんじゃないかと思ったから」
ルシュディーは僕が手に持っていた籠を見て、「助かる! ありがと!」と籠ごと受け取ってテーブルの上に置いた。
ルシュディーの様子から、まだ発情期は始まっていなかったようで、変わりない姿に安堵する。
「拍子抜けした?」
「え、いや」
「来る前の予兆みたいなのがあるんだよ。今夜か明日かなーって感じだったから、前もって宿取ったんだ。急だったからさ、言ってなくてごめんな」
ルシュディーは笑って僕に椅子に座るように手で示し、自分はベッドの縁に座る。一瞬椅子に座ろうとしたものの、やたらと存在感のある箱が気になって蓋に手を掛けた。
「ああっ! それ見るなッ!」
ルシュディーが飛び掛かる勢いで慌てて僕の腕を掴んだ。が、その拍子に箱がテーブルから落ちて中身が床に散乱する。
そこに転がったものが何なのか僕には分からなかったが――大きさの違う木製の棒のようなものが何本か、紐の通された球体のようなものがある――、ルシュディーを見ると見たことが無いくらい顔が真っ赤になっていた。
「……これは?」
「し、仕方ないだろ! 他に収める方法がねーんだから!」
ルシュディーは箱の中に道具をしまって、口をへの字にしてテーブルに乱暴に置いた。ルシュディーがこんな風に赤面するのは初めて見たので、思わずどきりとする。
「収めるって何を?」
「そんなの性衝動に決まって……って、いや別に、玩具が無くても大丈夫な程度なんだけど、一応っていうか……だ、だからしばらく経ったら戻るから! 大丈夫!」
僕の前で性的なことを意識させるような言葉を言ってしまったからだろう。動揺したルシュディーは、僕をドアの方に向かって身体を押した。が、僕はその手を反射的に掴んだ。
「ルシュディー、僕は君が苦しむのは嫌だ。僕と番になれば、その苦しみから解放してあげられる」
「いいよ、そんなこと。もう慣れてるし、平気――」
「違う、僕がそうしたいんだ!」
思わず声を荒げた僕を驚いたように見詰める。僕は自分の内から湧き上がる感情のままルシュディーを抱き寄せた。ルシュディーの甘い匂いが僕を包み込む。
「僕はきっと、本当の意味で幸福になるのが怖いんだ。陛下の従者として務められているだけで幸福だと思っていたし、今も幸福だと思う。だけど、愛し愛されるなんてことが、そんな幸福が、僕には初めから無い人生だった。これからもずっと無いと思っていたんだ」
身を硬くしていたルシュディーが、緩むのが分かる。そっと身体を離して、その美しい虹彩を見詰めた。
「君が僕を愛してくれたから、僕は愛する幸福を知った。だから、僕は君のためなら何でもする」
ルシュディーははにかむように笑って僕の頬に手を伸ばした。一層濃い甘い匂いが鼻腔を蕩かす。鼓動が高鳴り、身体中の血が熱く滾るようだった。
「それって、おれが誘ったらその通りにするってこと?」
「いや」
衝動的にルシュディーの身体をベッドに横たえ、その上に覆い被さった。
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