55 / 58
番外編
番外編最終話 運命はただそこに⑦
しおりを挟む
あまりの不甲斐なさに溜息が出る。自分で決めたことで、望んだことなのに、いつまでおたおたしているつもりなのだ。
今頃ルシュディーは発情期の激しい発作に襲われてひとりで苦しんでいるかもしれない。
発情期中の性行為で番となれば、その後の発作は次の発情期の周期が来るまで収まると聞く。つまり、僕が覚悟を決めさえすれば、ルシュディーはこれ以上苦しまずに済むのだ。
どうすればいいかなど考えなくても分かることだった。僕はサーラにルシュディーが泊っている宿の場所を聞き、厨房でいくらかの果物をもらって城を出た。
ルシュディーが泊っている宿は、発情期のΩの利用を目的とした宿泊施設だった。夫婦や恋人同士で利用することも多いという。
受付でルシュディーの部屋の場所を聞くと、店主はルシュディーに話を通してから、と店員を部屋に向かわせる。発情期を狙った悪意のある者がいないとも限らないから、相手の同意を得ないと部屋に通せないのだろう。
店員が戻ってきて、そのまま二階の部屋に案内される。どことなく雰囲気が娼館と似ているなと思いながら、中ほどの部屋の前で店員がルシュディーに声を掛ける。部屋の中から返事がすると、店員は僕に一礼をして去っていった。
ドアがゆっくりと開く。と、少し困惑したような表情のルシュディーが顔を覗かせた。
「えっと……とりあえず入る?」
心臓が口から飛び出そうなほど緊張感に顔を強張らせながら、「ああ」と懸命に平静を装って返事をし、部屋に足を踏み入れた。
部屋の中には、ベッドと服や日用品を入れておく棚、小さなテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上には水差しとコップ、箱が一つある。
「もしかして差し入れ?」
「あ、ああ、何も食べていないんじゃないかと思ったから」
ルシュディーは僕が手に持っていた籠を見て、「助かる! ありがと!」と籠ごと受け取ってテーブルの上に置いた。
ルシュディーの様子から、まだ発情期は始まっていなかったようで、変わりない姿に安堵する。
「拍子抜けした?」
「え、いや」
「来る前の予兆みたいなのがあるんだよ。今夜か明日かなーって感じだったから、前もって宿取ったんだ。急だったからさ、言ってなくてごめんな」
ルシュディーは笑って僕に椅子に座るように手で示し、自分はベッドの縁に座る。一瞬椅子に座ろうとしたものの、やたらと存在感のある箱が気になって蓋に手を掛けた。
「ああっ! それ見るなッ!」
ルシュディーが飛び掛かる勢いで慌てて僕の腕を掴んだ。が、その拍子に箱がテーブルから落ちて中身が床に散乱する。
そこに転がったものが何なのか僕には分からなかったが――大きさの違う木製の棒のようなものが何本か、紐の通された球体のようなものがある――、ルシュディーを見ると見たことが無いくらい顔が真っ赤になっていた。
「……これは?」
「し、仕方ないだろ! 他に収める方法がねーんだから!」
ルシュディーは箱の中に道具をしまって、口をへの字にしてテーブルに乱暴に置いた。ルシュディーがこんな風に赤面するのは初めて見たので、思わずどきりとする。
「収めるって何を?」
「そんなの性衝動に決まって……って、いや別に、玩具が無くても大丈夫な程度なんだけど、一応っていうか……だ、だからしばらく経ったら戻るから! 大丈夫!」
僕の前で性的なことを意識させるような言葉を言ってしまったからだろう。動揺したルシュディーは、僕をドアの方に向かって身体を押した。が、僕はその手を反射的に掴んだ。
「ルシュディー、僕は君が苦しむのは嫌だ。僕と番になれば、その苦しみから解放してあげられる」
「いいよ、そんなこと。もう慣れてるし、平気――」
「違う、僕がそうしたいんだ!」
思わず声を荒げた僕を驚いたように見詰める。僕は自分の内から湧き上がる感情のままルシュディーを抱き寄せた。ルシュディーの甘い匂いが僕を包み込む。
「僕はきっと、本当の意味で幸福になるのが怖いんだ。陛下の従者として務められているだけで幸福だと思っていたし、今も幸福だと思う。だけど、愛し愛されるなんてことが、そんな幸福が、僕には初めから無い人生だった。これからもずっと無いと思っていたんだ」
身を硬くしていたルシュディーが、緩むのが分かる。そっと身体を離して、その美しい虹彩を見詰めた。
「君が僕を愛してくれたから、僕は愛する幸福を知った。だから、僕は君のためなら何でもする」
ルシュディーははにかむように笑って僕の頬に手を伸ばした。一層濃い甘い匂いが鼻腔を蕩かす。鼓動が高鳴り、身体中の血が熱く滾るようだった。
「それって、おれが誘ったらその通りにするってこと?」
「いや」
衝動的にルシュディーの身体をベッドに横たえ、その上に覆い被さった。
今頃ルシュディーは発情期の激しい発作に襲われてひとりで苦しんでいるかもしれない。
発情期中の性行為で番となれば、その後の発作は次の発情期の周期が来るまで収まると聞く。つまり、僕が覚悟を決めさえすれば、ルシュディーはこれ以上苦しまずに済むのだ。
どうすればいいかなど考えなくても分かることだった。僕はサーラにルシュディーが泊っている宿の場所を聞き、厨房でいくらかの果物をもらって城を出た。
ルシュディーが泊っている宿は、発情期のΩの利用を目的とした宿泊施設だった。夫婦や恋人同士で利用することも多いという。
受付でルシュディーの部屋の場所を聞くと、店主はルシュディーに話を通してから、と店員を部屋に向かわせる。発情期を狙った悪意のある者がいないとも限らないから、相手の同意を得ないと部屋に通せないのだろう。
店員が戻ってきて、そのまま二階の部屋に案内される。どことなく雰囲気が娼館と似ているなと思いながら、中ほどの部屋の前で店員がルシュディーに声を掛ける。部屋の中から返事がすると、店員は僕に一礼をして去っていった。
ドアがゆっくりと開く。と、少し困惑したような表情のルシュディーが顔を覗かせた。
「えっと……とりあえず入る?」
心臓が口から飛び出そうなほど緊張感に顔を強張らせながら、「ああ」と懸命に平静を装って返事をし、部屋に足を踏み入れた。
部屋の中には、ベッドと服や日用品を入れておく棚、小さなテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上には水差しとコップ、箱が一つある。
「もしかして差し入れ?」
「あ、ああ、何も食べていないんじゃないかと思ったから」
ルシュディーは僕が手に持っていた籠を見て、「助かる! ありがと!」と籠ごと受け取ってテーブルの上に置いた。
ルシュディーの様子から、まだ発情期は始まっていなかったようで、変わりない姿に安堵する。
「拍子抜けした?」
「え、いや」
「来る前の予兆みたいなのがあるんだよ。今夜か明日かなーって感じだったから、前もって宿取ったんだ。急だったからさ、言ってなくてごめんな」
ルシュディーは笑って僕に椅子に座るように手で示し、自分はベッドの縁に座る。一瞬椅子に座ろうとしたものの、やたらと存在感のある箱が気になって蓋に手を掛けた。
「ああっ! それ見るなッ!」
ルシュディーが飛び掛かる勢いで慌てて僕の腕を掴んだ。が、その拍子に箱がテーブルから落ちて中身が床に散乱する。
そこに転がったものが何なのか僕には分からなかったが――大きさの違う木製の棒のようなものが何本か、紐の通された球体のようなものがある――、ルシュディーを見ると見たことが無いくらい顔が真っ赤になっていた。
「……これは?」
「し、仕方ないだろ! 他に収める方法がねーんだから!」
ルシュディーは箱の中に道具をしまって、口をへの字にしてテーブルに乱暴に置いた。ルシュディーがこんな風に赤面するのは初めて見たので、思わずどきりとする。
「収めるって何を?」
「そんなの性衝動に決まって……って、いや別に、玩具が無くても大丈夫な程度なんだけど、一応っていうか……だ、だからしばらく経ったら戻るから! 大丈夫!」
僕の前で性的なことを意識させるような言葉を言ってしまったからだろう。動揺したルシュディーは、僕をドアの方に向かって身体を押した。が、僕はその手を反射的に掴んだ。
「ルシュディー、僕は君が苦しむのは嫌だ。僕と番になれば、その苦しみから解放してあげられる」
「いいよ、そんなこと。もう慣れてるし、平気――」
「違う、僕がそうしたいんだ!」
思わず声を荒げた僕を驚いたように見詰める。僕は自分の内から湧き上がる感情のままルシュディーを抱き寄せた。ルシュディーの甘い匂いが僕を包み込む。
「僕はきっと、本当の意味で幸福になるのが怖いんだ。陛下の従者として務められているだけで幸福だと思っていたし、今も幸福だと思う。だけど、愛し愛されるなんてことが、そんな幸福が、僕には初めから無い人生だった。これからもずっと無いと思っていたんだ」
身を硬くしていたルシュディーが、緩むのが分かる。そっと身体を離して、その美しい虹彩を見詰めた。
「君が僕を愛してくれたから、僕は愛する幸福を知った。だから、僕は君のためなら何でもする」
ルシュディーははにかむように笑って僕の頬に手を伸ばした。一層濃い甘い匂いが鼻腔を蕩かす。鼓動が高鳴り、身体中の血が熱く滾るようだった。
「それって、おれが誘ったらその通りにするってこと?」
「いや」
衝動的にルシュディーの身体をベッドに横たえ、その上に覆い被さった。
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる